ユーディ
気付くと、愛理の前にユーディが居た。愛理は思わず、下を向いてしまった。
すぐにレジィが現れた。
「有難う。レジィ」ユーディはレジィに声をかけた。
「いえいえ。へー、ユーディってこんななんだ」レジィは物珍しそうにユーディを見た。
「あれ?初対面?」何だか、私、今はレジィの存在に救われる…
「うん。そうだよ。ユーディ、かっこ良いね」レジィは愛理にニコッと笑ってみせた。
「え、うん…名前とか…」愛理は不思議そうにレジィを見た。
「ああ、僕、愛理と話しながら、さっきからユーディと会話してたんだ」
「え?」
「あー、テレパシー?んー電話みたいなもの。普通は知らない人とは無理なんだけど、ユーディも僕も知ってる他の守護者に仲介して貰ってね」
「愛理が私を拒否したから、愛理の守護者に協力を要請したんだよ」ユーディは真顔で淡々と話した。
「拒否したつもりは無いんだけど…」愛理は小さな声で言い訳するように言った。
ユーディは首を左右に振った。「愛理と繋がらなくなった…それは拒否だ」
愛理は申し訳なさそうな顔をした。
「当然だ…私は愛理を刈ったんだから」そう言ってユーディは目を伏せた。
なんか…ユーディってこんなだったっけ?
愛理はユーディの顔を良くみた。
紫味を帯びた銀青色のサラサラヘアーも、赤を秘めた青とでも言うような目の色も、前と同じ。そう、こんな綺麗な端正な顔だちで、厳しそうな顔つきでクールに淡々と話す人だった。全部、私の記憶通りなんだけど、何か違う…しっぽはついてる。前に会った、優と一体になってる、優でもあるユーディよね?でも、何かが違う気がする…
「でね、僕が駆り出されたってわけ。ま、こんな下まで来られるの僕だけってのもあるけど。愛理の守護者は上めの人たちが揃ってるからね」なんとなく気まずい雰囲気の中、レジィだけは変わらず、にこやかに話している。
「上とか下って何?」なんか、ホントにレジィが居てくれて良かったかも…
「あ、そこわかんない?簡単に言うと、人としてのレベルが高いと上ー、レベルが低いと下ーかな」レジィは指を立てたり、下に向けたり、手振りを交えて説明しはじめた。「ここ、霊界、色んなレベルの人たちが居るけど、同じようなレベルの人たちが集まってる。場所も上の人は上。下の人は下ってね。で、その人のレベルに応じて、行ける範囲も決まってくるんだよ。上の人は上の方しか居られないし、下の人は下の方しか居られない。ユーディだって一人だったらこの場所には入れないよ。優と一体になるとレベルが下がって低い場所にも入れるようになる。だから、今、ここに居られてるんだよ」
「あ、なんかそれ前にユーディに聞いた。すべてのものは振動でできてるって難しい話?」
「ん?多分そう?で、愛理の守護者はみんな結構上めな人が揃ってるから、ここには来られない。ここに入れるのは僕だけ」
「へえ、結構上め揃いなんだ」
「そりゃ、そうでしょ。4人のうち、誰が欠けても成り立たない重要な仕事に協力してるんだから。アイリーンみたいな上の人が守護についてるってだけでもすごいんだからね」
「そうなの?」愛理は首を傾げた。
「そうなの」レジィも首を傾げて真似した。「まあ、こっちにはアイリーンより上の人たちなんてごまんと居るんだろうけど。あっちの人の守護者やってる中では結構トップクラスに入るんじゃないかなぁ?」
「すごいんだ…ね。けど、アイリーンより上って、あんな天使みたいなのより上って想像できないな…こっちでは内面が外に現れる…んだったよね?」
「そうそう。どこまでも上には上が居るんだよっ。完全が無い限りね。あっ。これが有名な『天翔ける銀の月』?」
レジィはユーディが背に収めている銀の大鎌をみつめた。全体に青白い光を放っていて、三日月型の刃の刃先の部分は、特に複雑な色に光輝いている。
「綺麗だねー、ちょっと触っても良い?」レジィがかわいく上目使いにユーディに尋ねた。別にわざと上目使いしてるわけでもなく、身長差の為に自然とそうなってしまうだけなのだが。
「どうぞ」ユーディはそっけなく言った。
「何かユーディ冷たいなぁ…大変な状況なのはわかるけどさ」レジィはぼそぼそと独り言を言いながら、ユーディの鎌の刃先に触れた。
愛理には一瞬レジィの姿が消えたように見えた。
「へ?レジィ、今、消えた?よね?」愛理は首をひねった。
「アハハ、飛ばされちゃったー」レジィは恥ずかしそうに笑った。
「飛ばされた?」愛理は更に首をひねった。
「ん?僕、今、一瞬上に行ってきた。そう言えば、これってそういう鎌だっけね。触れたモノを本来あるべき場所に送る…んだっけ?ふーん、切ってても僕の本来の場所がわかるって事かー、賢い鎌だね」レジィは感心したように鎌を見た。
ユーディがハッとした顔をした。「もしかして、愛理の祓師の?あ、失礼しました。そんな上の方だったとは」
「別に何も失礼してないけど。それに、そんな上とか、あんま変わんないし」
「いや、変わります」
「アハッ、僕、地味だしー。今、切ってるからね」
「申し訳ない」ユーディが珍しく焦ってるのがわかる。
「良いってば。んー、ユーディ、ちょっと銀が強いみたいだし…さっきまでと同じ、普通にレジィって呼んでね。僕、堅苦しいの嫌いなんだ」レジィは小首を傾げてニコッと笑った。
「あ…はい」ユーディはきまり悪そうな顔をしていた。
「レジィってそんな上の方?なの?」愛理は疑わしそうにレジィを見た。
「うん」
「ユーディより?」
「今のところはね」
「見えない」
「かもね。僕、地味だしね。あははっ」
不意に愛理の足に何かが触れた。
「ひゃっ…びっくりした。猫?」猫はターンしてもう一度愛理の足にスリんと体をこすり付け、愛理を見上げた。黒っぽいサビ柄の金の瞳の猫だ。
「その猫はサビママ。借りてきた猫だよ。落ち着きまくってるけどね」そう言ってユーディは少し微笑んだ。
ああ、そうだ、ユーディ、笑うと急にすごくやさしそうになるんだった。すごく素敵で…けど、やっぱり前とはなんか違う…
「今のアイリーンはこの階層より上には運べない。上からの命令だ。無視してでも連れて行きたいけど…ここより上は、アイリーン自身の負担になるだろうと言われて」ユーディは沈んだ様子になった。
「あ、『青の島』は?さっき行って思い出したけど、あそこ、結構中立だったよね?」レジィが思いついたように言った。
「運ぼうとしたがダメだった。おそらく下層のモノが中に入っているから」
「そっか」
「ここは優が眠って一体にならないと私も来れない場所だから、その間その猫が見張ってくれてる」
「猫が?」愛理は手を伸ばしてサビママの顎を撫でた。確かに賢そうな顔はしてるけど…
「その猫は、この階層の人間より、よほど信用できるからね。フッ、これ、昨日も愛理と交わした会話だ」
「え?あ、そっか。私、昨日もここへ来て、ユーディに会ってたんだ」覚えてないだけで。それで鎌で……そう、そんな事より…「それでアイリーンは?どうしたの?どこに居るの?」
ユーディは哀しげな目で愛理をみつめた。
サビママが小さく『ニャー』と鳴いた。
愛理が目を向けると、サビママは2、3歩進み、振り返って金の瞳で愛理を見つめた。まるでついて来いと言っているかのようだ。愛理はサビママにつられるようにして隣の部屋へ入った。
サビママは部屋へ入ると、ベッドの上にトンッと飛び乗った。サビママを目で追っていた愛理は思わず息をのんだ。
そこにはアイリーンが横たわっていた。
白いベッドに死んだように横たわる、色の無いアイリーン。全てがモノトーン。サビママの金の瞳だけが色を発している。
アイリーン…なんでこんな姿に…
あの眩しいくらいにキラキラと光り輝いてた、色んな色に輝いていたアイリーンが…私を七色の光でやさしく包んでくれたアイリーン…暖かい光に溢れていた天使みたいなアイリーンが…
愛理の目から涙が溢れ出た。