シンプルプラン
音風がジャンプした先、そこは気味の悪い場所だった。
ベタッとしたぬかるんだ足元。ペットリとまとわりつくような気持ちの悪い空気感。空は厚い雲に覆われていて一面グレー。枯れ果てて灰色になった木がポツポツと立っていて、汚れた池というか沼のようなものがあるだけの、どこにも何の色味も無い場所だった。
「あ、音ちゃん。どうしたの?」愛理は音風を見て首を傾けた。
「部長…」音風はアイリーンの実演どおりに愛理の腕に前から腕を回し、しっかりとつかまった。音風の足元で黒い小さなカエルが飛び跳ねた。「ひゃっ!」音風は反射的に愛理の腕を更にギュっとしめた。「ぶ、部長、ここ、気味悪いですね」
「え?そお?…音ちゃん、怖いの?らしくないな」愛理は少し音風の方に顔を向けた。
「何か臭いし…」
「え?臭い?別に」
「…あそこの沼?ですかね?」音風が一瞬後ろを振り返りながら言った。愛理がつられて前を向いた。
『今です!』音風はレジィにゴーを出した。
瞬時にレジィが現れ、愛理の背中へ向けて『破魔矢』を放った。
全てシンプルプラン通りに事が運んでいる!
へっ…
レジィは大きく目を見開いた。
レジィの黒目勝ちの茶色い瞳に、モノトーンの景色の中『破魔矢』が七色以上の異様な光を発しながら勢いよく飛んで行く光景が映っていた。
愛理と音風の姿は影も形もない。
「嘘だー!ミスった?!」レジィは愕然とした様子で一人で叫んだ。
「あいつ振り返りもしてないよね?なんでさ?反応良すぎだし。僕、今、躊躇した?してないよね?うん、してない。みじんもしてない。えー?!あれでダメならどうしたら良いんだよ…」レジィは途方にくれたように立ち尽くした。
『レジィ、とにかく、矢だ!破魔矢、回収してって』レジィの頭に優の声が響いた。
ああ、そう…破魔矢…どこだよ?無いし。こんな色の無い場所、すぐにわかるはず…って、もしかして、あの臭そうなドブみたいな池ん中?かも?方向的に…だよね?もおーっ
レジィはとてつもなく嫌そうな顔をして、目をギュっと閉じて叫んだ。
「破魔矢へジャンプ!」
ジャンプしたレジィは肩近くまで水に浸かっていた。
「わっ…やっぱり。もー、すっごい臭いしー、濁ってるしー、中ヘドロってるしー、ヤダよー、あーやっぱ良い事ないー!最悪ー!」
レジィは顔をしかめて一人でわめき散らしながら、周囲を見回した。
「矢どこだよ?ジャンプしたのにわかんないって、どういう事?あんな目立つ矢…これ…もしかして中…下にあるって事?だよね…普通に考えるとそうだよねぇ…考えたくないけどさ」
レジィは手で水の中の感触を確かめた。
「うっわっ」レジィは思いっきり顔をしかめた。「もう腰下全部…がっつりヘドロだしー…矢、この中に埋もれてるって?…これ、どうやって探すんだよー、すっごい、もうホントにすっごいヤだけどー、もぅ!」
レジィは一通りわめくと汚い水の中に頭を突っ込んだ。
-青の島-
「レジィ、矢がみつからないって言ってる。何か…埋もれてる?って」優は少し首をひねりながら中継した。
「誰か手伝いに…ああ、誰も無理…優を行かせるわけにいかないし」アイリーンの色が少しくすみを見せている。
「上に光輝を切って貰えないか?」ユーディが提案した。
光輝を切るというのも、下へ行くと言うのも、全く嬉しくも楽しくもない。間違いなく進んでやりたがる事ではなく、むしろ嫌な事だ。が、守護者たちから次々に協力の声が上がった。
アイリーンは即座に上と交渉を始めた。「ダメ?すぐには切れない?時間かかる?手順踏む?何?準備がいる?」アイリーンは声に出してそう言いながら、少しだが超レアな嫌な赤を出している。
「私は?」サラが申し出た。「私の光輝ならいつもやってるからすぐに切れませんか?」
「あ…出来るって。サラ、お願い」
サラは頷いて消えた。
「音ちゃんがっ!」音風と通信していた優が叫んだ。「あいつに名前攻撃されてる…刺される?!」もう無理!我慢できない!「ごめんっ!」
「優、ダメ!」アイリーンが叫んだ。
「優、待っ…」ユーディはとっさに優に手を伸ばし、2人は同時に消えた。
「あぁ、もうっ!優ってば」アイリーンから一瞬だけだが、また嫌な赤が強く出た。そろそろ超レアでもなくなってきそうだ。アイリーンが優に厳しめだった理由は、優のこういう所をわかっていたからだった。が、効果は無かったらしい。
ユーディが戻らないってことは、一体になれたって事…よね。でも、今のタイミングで優の覚醒を解くのは無理だったんじゃ…
と、アイリーンが考えていると、優の守護者の一人が声を上げた。「優の思念が入ってくる。あいつと話してる」
「やっぱり。ユーディと一体になって優の意識で動いてるって事ね……優のバカ」
アイリーンのとげとげとした最後の一言に、守護者たちが明らかに驚いた顔をした。アイリーンの嫌な赤も珍しいが、アイリーンがこんな風に”バカ”と言うのも相当珍しい。
「とにかく、下の様子が知りたいわ。誰か協力してくれる人、探してちょうだい」
アイリーンがそう言うと、すぐに愛理の守護者たちから声が上がった。
「一人見つかった!」「こっちも一人!」
と、ほぼ同時に、しっぽのついた花奈とスーちゃんがそれぞれの守護者と一緒に現れた。
花奈はアイリーンを見ると、うっとりとした顔つきで言った。
「わー、天使様だー」
隣でスーちゃんもアイリーンを見て、うっとりとした様子でうんうん頷いている。
「レジィは直接は無理だけど、これで、音ちゃんと優とは繋げるわ。ありがとう」
そう言ったアイリーンは、天使様と言われるのにふさわしい、すっかり元の色の、いつもと変わらない落ち着いた様子に戻っていた。




