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「グギャァァァァァ!!!!」
薄暗いじめっとした空間に魔王の悲鳴が響き渡る。その声は魔物そのもの。
暫く立つと、その悲鳴も収まり、それと同時に床に溶けていくように魔王は消えた。
「いやー、やっと終わったなー」
魔王も消え、残された俺は一人呟く。
思えばこの世界に来て約1年、辛く長い道のりだった。
1年前この世界”ザガン”に召喚された俺は、ラノベを読んでいたこともあり興奮したものだ。だが、ラノベみたいにチート能力やらは手に入らなかった。そん時の落胆っぷりは今でも覚えてるよ。
まぁステータスは並の人より高いらしかったのでそれをバネに修業に明け暮れる日々。気づいたときには騎士団団長を片手で倒せるようになっていた。そこからは一人で世界中を回り、そして10分前魔王城にやっとたどり着いた俺は、魔王の部屋へ行くと開幕速攻で剣を振り、あっけなく魔王を倒し現在に至る。
魔王を倒したことで、やることがなくなった俺はこれから何をしようかと考えていると、ふと魔王の消えた場所が光っていることに気付く。
少し怖いが興味本位で近づいてみると、突如その光が弾けるように部屋中を照らすと俺の視界を奪った。
「まっぶ」
なんだなんだ?魔王が死ぬと発動するトラップか何かか? それとも魔王より強い敵が現れて世界が超絶大ピンチ!?みたいな感じか?
そんなことを考えながら目を開けると、そこには目を疑う光景が広がっていて俺は拍子抜けした声を上げた。
「へっ? ここってー...」
そこは8畳くらいの部屋だった。ベッド、机、そして散乱したプリントや教科書、ゲームコードの類等々、ベッドの上にあるエロ本なんて俺のタイプどんぴしゃだ。ていうか...
「俺の部屋じゃん!?」
え?なんで戻ってきたの?もしかしてそういう仕様なの?ボス倒したら元の世界に帰還しちゃうの?
え、マジで?
あれから約1年だぞ?学校に1年間も行ってなかったら、留年確定じゃねぇか。
まぁ、学校のことは置いといて親に何て言おうか。まぁ親は単身赴任でいないんだけど。
しかし、いないとしても1年の内に連絡はすると思うし、してなくても学校から親へ連絡が言ってるはずだから、どっちにしろ親は心配してるはずだ。
俺は親へ連絡するべく机に置いていたスマホを手に取った。そしてメールボックスを確認する。そこにはなんと一件もメールが入っていなかった。おいおい俺の親息子なんてどうでもいいのかよ。泣いちゃうよ?
と、悲しみにふける俺に一通のメールが届いた。この流れでのタイミングなので期待してメールの内容を見る。
〈昨日いったゲーセンに今日も行かねー?暇で暇でw〉
それは友達からのメールだったが、その内容に俺は疑問を感じざるを得なかった。
昨日?どういうことだ?昨日はまだ異世界にいたはずだが...そう暫く思考しているとあることに気付いた。
確か、俺が異世界へ行く前日はゲーセンへ行っていた気がする。もしかして、俺が異世界へ行ってる間の時間はこの世界で含まれていないのか?
俺はスマホで日付を確認すると、そこには俺が異世界へ転生したその日の日付と年が表示されていた。
「マジか...」
まさか俺が異世界で得たもの、すべてが無駄...なんてことはないよな?
慌てて俺は「ステータス」と唱える。
++++++++++++++++++++++++++++++
名前:縁乃蓮人 Lv???? 男
職業:元勇者
HP:????
MP:????
攻撃:????
防御:????
俊敏:????
魔法攻撃:????
魔法防御:????
スキル:????
装備:????
++++++++++++++++++++++++++++++
よかった。ステータスは見れるようだ。まあ能力値やスキル技名は見えなくなっているが...。
目前に表示されたウィンドウを見ながら安堵の息を漏らす。1年近く頑張ったんだ。これであなたに残ってるのは記憶だけでーす何て事になったら軽く絶望していたところだ。
〈いいぜー。暇人に付き合ってやろう〉
友達に返信した後〈オッケーじゃあいつもの公園で5時半なww〉とすぐにメールが返ってきたので承諾のメールを返した後、スマホを見ると5時25分だったので着替えて家を出る。
いつもの公園とは、桜川公園といってここから2~3キロはある場所で自転車で行っても5分では間に合わない距離なのだが、今の俺は5分もあれば多分地球一周できると思うのでかなり余裕があった。
しかし、一瞬で桜川公園につくのは可能なのだが移動した際に生じる突風などで事故が起きないか心配だな。よし、ここは普通に遅れよう。
向こうも100パーセント冗談だろうし、遅れても文句は言うまい。俺は自転車に跨るとゆっくりと桜川公園に向かうのだった。
結局俺が着いたのは、予定より15分くらいオーバーの50分前だった。
「おせーぞー蓮人ー」
と公園の入り口で俺を待っていたのは、友達の刀坂光輝だ。サッカー部でイケメンという少女漫画から出てきたのお前というくらいの設定の男子である。髪は茶髪で体型も良くいかにもスポーツ系男子といった感じだ。。久しぶりに会ったというのに殺意が湧いてくる。いや、久しぶりに会ったからこそ慣れていた感情が再び戻ったのだろう。
「いやいやー、5分じゃ無理だっつの」
「知ってるよー」
そう言って笑顔を向ける光輝。俺の後ろからバタバタっと何かが倒れる音がしたが、俺は振り向かない。取り敢えず腹が立ったので光輝を殴ることにした。あ、勿論超超手抜きっすよ。
「いってーっ何すんだよー」
腹部を抑える光輝を無視して、ゲーセンへ向かう。
ゲーセンは公園からとても近いのですぐに着いた。
「さて、何やるか」
俺が何をやるか決めていると光輝があれやろうぜーと指をさす。その方向を見ると、太鼓のマスターと言われる音ゲーがあった。
「おういいぜ」
「俺のバチ捌きをとくと見るがよい」
このゲームはバチで流れてくる音符をタイミングよく叩くシンプルなゲームで小さい子供から大人まで幅広い世代に楽しまれている。難易度は【優しい】【普通】【難しい】【鬼】【神】の5つで【鬼】から劇的に難しくなり【神】は運営側が設定をミスったのか音符の速さが異常でドンダーと呼ばれる太鼓のマスター熟練者でもクリア不可能といわれる所謂無理ゲーである。しかし、誰もクリアできていないせいか逆に人気があり金をつぎ込んでクリアして名声を手に入れたいという者が沢山いるのだ。
「勝負しようぜ!負けたらジュースな」
光輝は毎度お馴染みの勝負事を持ち掛けてきた。こいつジュースが飲みたいからって得意なゲームの時だけ賭けをするんだよな。全く、イケメンのくせに性格はブサイクな奴だ。まぁ、こいつが性格もイケメンだったら俺は近づいてすらないけどな。
「あぁ、いいよ」
「お、今日は乗り気な感じか?なんか練習でもした?」
「まあ、暫く振ってたかな」
バチを振ったとは言ってない。
「俺に隠れてやってたとは...俺も誘ってくれよぉ!」
「今度から誘ってやるよ」
100円ずつ入れると、画面が変わり曲選択となる。1ゲームにつき3曲まで曲を選択できるのでいつも通り光輝に任せた。
光輝が初めに選んだのは太鼓のマスターの一番難しいとされる曲だった。確か前回やった時は俺は【難しい】を選んだのだが、早すぎるせいでダメダメだったのを覚えている。光輝は【鬼】を選択していたが、まだ完全にマスターできていないので、所々ミスはあった。
光輝は今回も【鬼】を選択すると、「蓮人は【優しい】だよなー?」と馬鹿にしたような笑い声をあげてきた。
「【優しい】なんて選んだことねーよ」
この曲なら多分【優しい】でも簡単な曲の【難しい】以上の難易度はあると思うが...
俺はオプションから3倍速を選ぶと、難易度【神】を選択する。
「は!?馬鹿かお前」
驚きながら、阿保みたいに笑う光輝に俺も口端が自然と吊り上がるのを感じた。
そして曲が始まる。その瞬間、俺は集中力を高めた。すると、一瞬で横切るほど早い音符はとてもスローリーになっていて片手だけでも余裕で叩けるほどになっていた。途中、驚きのあまり光輝の手が動いていなかったが気にせず叩いた。
1曲目が終わると、結果が発表される。俺はフルコンボ。光輝はあまり良くない成績だった。
「は!?...え!?マジ!?」
驚く光輝に、ニヤける俺。先程とはまるで逆の状況にニヤけが止まらないのだ。
「まぁこれが俺の真の実力かな」
「蓮人!お前もしかしてドンダーの神様だったのか!?」
「何だ、ドンダーの神様って?」
ドンダーの神様...上手い奴って認識でいいのか?
「ネット上で話題とされる太鼓のマスターが一番上手い人だ!!」
そのままだった。
そこからは他のゲームをしながら、ドンダーの神様の武勇伝が数十分に渡って聞かされ続けた。
「んじゃあ、また明日なー」
「おうまた明日」
そろそろ夕時だと、光輝と別れた俺は人目のつかない裏通りへ移動した。
(ここら辺なら誰もいないな)
辺りを確認した俺は、右手を前に突き出す。そして手の平に火の玉が浮かび上がるようにイメージをすると、虚空から赤色の粒子が生成されそれが一つに集合し火の玉が形成された。
(よし、ちゃんと使えるな)
スキルが表示されなかった事について少し不安はあったが、同じく表示されなかった能力値も反映されてるし別に心配することなかったな。
用もなくなったので俺は裏通りから出ようと自転車へ跨った。