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冥府学園  作者: 大石次郎
4/11

イシナゲンジョ~後編~

「石っっ投げんじょおおおおッ!!!」

 額から角を生やし、文字通り鬼の形相の妖怪石投女と化した生徒会書記のモモイレイは吠えながら小脇に抱えた尽不悪礫甕から小石を一掴み取り出し、鉄道研究会のコバシヒロシに向かって投げ付けた。

「うひぃいいいっ!!」

 コバシは必死で光る南雲打男御杖を構えてこれを防ぎに掛かった。ズババッ! 多数の小石は弾かれ、コバシの制服も少し切り裂いたが、背後の木陰や渡り廊下の壁から顔を出して様子を見ていた生徒3名が相次いで顔や肩や頭を弾かれた小石で打ち払われた。

「げうっ?!」

「あっ!」

「べぅっ?」

 3名は致命傷ではないが、かなりの深傷を負った様子だった。

「コバシぃっ! 距離詰めろっ! 殺られるよっ?!」

 モモイの攻撃の際は、もうこれで『3体目』なので慣れた様子で一切顔を出さず『控え』の男子5人と完全に中庭の木陰に隠れていたフミコが監督のように檄を飛ばした。手には札を貼られたうんざり顔の百目を持っていた。

「オノ氏っ、わかってるよっ! うおおおおぅっ!!」

 コバシは杖を手にモモイに突進した。

「きぇぇやややーしゃッ!!!」

 モモイは奇声を上げて突然跳び上がり、コバシの真上を取った。唖然と宙を見上げるコバシ。

「石っ投げんじょッ!!!」

 短く叫んで杖の防御の間に合わないコバシに小石の散弾を投げ付けた。数割程度は杖の光で弾けたが、残りは全てコバシの頭、肩、胸等に降り注いだ。打ち据えられ流血しながら意識が飛ぶ寸前、コバシはモモイのパンティの柄が可愛い苺柄である事にある種の感銘を受けていた。

「コバシぃーっ!!!」

 百目をマイクのように構えて叫ぶフミコ。うんざり顔の百目。南雲打男御杖はコバシが倒れると、ひとりでに浮き上がり、着地したモモイに一振り打ち掛かり、甕本体で払われると中空で方向転換して、フミコと共に木陰に隠れていた控えの男子の一人、プロレス研究会兼アイドル研究会のスギモトユタカの手に収まった。

「次は俺か・・・・此の道を、行けばどうなるかと危ぶむ」

「さっさと行きなさいよっ!」

「お、おうっ」

 出陣前に詩を詠もうとしたスギモトをどやして木陰から送り出すフミコ。

「頑張れよっ!」

「イシナゲンジョ、びびってるびびってるっ」

「コバシの仇取ったれっ!」

 残りの控え男子も応援した。

「スギモトユタカ、行って参りますっ! うわぁあああーっ!!」

 南雲打男御杖を構え、突進してゆくスギモト。

「い、い、い、いっっ石、投げん、じょっ?」

 首を異様な角度に回し、よだれを垂らして待ち構えるモモイ。

「百目、モモイレイのあの身軽さ何だ?」

「んんっ?」

 百目はダルそうにスギモトを迎え撃ってるモモイを『見た』。

「小学生の時、ミニバスやってたみたいだよぉおお」

「よしっ、スギモトっ! モモイはバスケ経験者だっ! バスケの動きに気を付けなよっ!!」

 木陰から叫んで教えるフミコ。

「わかった! フミたそっ! うおおらぁああっ!!」

 猛然とモモイに打ち掛かるスギモト。バスケ特有の身を屈めた素早い動作で回避するモモイ。

「石投げんっっじょっ!!」

 本体の甕で殴り掛かってくるモモイ。杖で受けるスギモト。

「んぎぎっ」

 スギモトは受けきった。

「石ぃいいいいっ!!」

 モモイは軸足に力を込め、旋回するような動作を始めた。スギモトはこれを待っていた。

「ピボットっ、見切ったぁああっ!!」

 スギモトはモモイが回転に合わせて南雲打男御杖を振るい、モモイの脇腹を打ち据えた。ガァアアンッ!! 岩を打ったような衝撃音と共に閃光が瞬き、モモイの腕から尽不悪礫甕が弾き飛ばされた。

「ぬぅううっ! おのれぇええっ! おのれぇええっ!!」

 石投女の本体、尽不悪礫甕逆神は翁の面をひび割れさせながら磯臭い濃い靄の中へと飛び去って行った。角の落ちたモモイレイは人の姿に戻り倒れ、気絶していた。

「お疲れスギモト、意外と動けるね」

 言いながら、フミコは控えの男子4人と共に木陰から出た。

「モモイさん、大丈夫かな?」

 倒したモモイを案じるスギモト。

「気絶してるだけでしょ? それよりコバシ生きてる?」

 コバシや不用意に覗いて石で打たれた者達は控えの男子達が様子を見に向かっていた。

「百目、あと何回祓えばアイツ、倒せそう?」

「んー、あと4回くらいかなぁ。でもこの潮の靄、だいぶ濃くなってきた。あんまり濃くなると学校から出れないだけじゃなく他の海の妖怪も招き始めるよぉおお?」

 言いながら、百目は落胆していた。ここが海辺ではないからか? それとも長い封印で弱っていたのか? 本来、水軍の武者の頭を兜ごと砕く程の力があるはずの石投女の『礫』の妖力は普通の人間の高校生の頭に当たってもせいぜい昏倒させる程度しかなかった。

 このまま潮靄の結界が強まり他の海の妖怪を招いて犠牲者が増えても事態が混乱し過ぎて手を出し難い気がした上に、女の札を貼られて身動きできない。百目は石投女の道連れにされるような事だけは何とか避けるつもりでいた。何よりフミコのような『雑な』人間に退治されるというのは、冗談ではなかった。


 それからスギモトと他の控えの男子2人が敗れて気絶させられたが、石投女を2体倒し、尽不悪礫甕のほぼ全面にひびを入れる状態に追い込んでいた。

 だが潮の靄はさらに濃くなり、高校の校舎の外には不知火が漂い、校舎内には人の拳程もある蠢き自力で徘徊するフジツボのような下等妖怪ツボ食みの群体が至る所にビッシリと貼り付き始めた。

「増えてきたね。ヤバくない?」

 足元で蠢いていたツボ食みを蹴り飛ばし「ニューっ!」と悲鳴を上げさせつつ、校舎の窓の外の不知火を見上げながらフミコは言った。

「俺達もあと2人だけだ。今から杖の『打ち手』を探すは難しそうだしなぁ」

 残った控えの男子の内、今、南雲打男御杖を持っている剣道部のカリノタツヤが険しい顔で答えた。

「早く石投女を見付けて片を付けようぜっ」

 最後の控え男子、野球部のムライヨシノリが続けた。

「だよね。百目、石投女の今の居場所、見える?」

「靄の結界が強過ぎて『見る』のは無理だけどぉ、たぶん職員室の方にいる気がするかなぁ?」

「行こうっ!」

 フミコは百目を手にカリノとムライを連れ、職員室へと走った。


 職員室へもうすぐそこという所で、廊下の脇の職員玄関に立ち込めた潮の靄の向こうでフミコ達がもう聞き慣れた、ズバババッ!! という炸裂音が響いた。壁か何かに石投女の石の散弾が命中した音だった。

「外だっ!」

 フミコは先んじて職員玄関から外へ走り出ようとしたが、すぐにカリノに肩を掴まれた。

「ダメだって、杖持ってる俺が先頭で行くからっ」

「そうだよオノ、そいつに貼ってるから札もあんまり利かないんだろ?」

 カリノとムライに口々に言われ、フミコは恐縮した。

「あ、ごめんごめん。何か自分も戦える気になってた」

「今、男らしく引き留められてキュンとしちゃった?」

「うっさいっ、百目っ!」

「ブフェフェフェファっ!!」

「コイツっ!」

 軽く小競り合いしつつ、フミコ達は南雲打男御杖を持つカリノを先頭に職員玄関から潮の靄で見通しの利かない、不知火が多く漂う屋外に慎重に進み出た。

「石っっ投げんじょおおおおっ!!!」

 聞き覚えのある声が靄の向こうでした。

「この声、体育のキタノ先生じゃない?」

「だよなっ、あの人かぁ」

 フミコが言うと、カリノはやや困惑した声で応えた。

「カリノ、あの人タイプだったよな?」

「あっ、カリノ君、ああいうタイプ好きなんだぁ」

「いやっ、別にっ、俺はっ」

 わかり易く慌てるカリノ。

「さっさと退治したらぁああ?」

 自分以外の無駄話は好かないらしい百目が急かし、3人は濃い潮の靄の中、石投げ女の声のした方に進んで行った。

 先へ進むと生徒ではなく、職員室から逃れてきたらしい教員が数名倒れていた。生きてはいたが、これまでの被害者より怪我は酷かった。

「ヤバい怪我じゃんっ! 救急車呼べたらっ」

 スマホ等の通信機器は靄の結界が貼られてからは全て無効にされていた。悔しげなフミコ。

「止血だけでも」

 ムライが言い、一連の騒動で応急手当てに慣れた3人が処置を始めようとすると、

「ここはいい、それよりコウサカ先生をっ、壷の化け物に取り憑かれたキタノ先生を助けようとして、無茶してるっ。殺されてしまうっ!」

 教員の一人が息も絶え絶え言ってきた。

「手当ては俺がするから、2人はコウサカ先生をっ!」

 ムライはフミコとカリノを促した。

「わかった。ムライ、任せた」

「あんまり遠いと杖が探すの大変だからすぐ来てね」

「お前、バックレんなよぉ~?」

「バックレるかよっ!」

 フミコ達はムライを重傷の教員達の手当てに残し、先へと進んで行った。


 ズバババッ!! また、今度は比較的近くで、靄の向こうで石の散弾の炸裂音がした。

「キタノ先生っ! 落ち着いて下さいっ! その壷を捨てるんですっ!!」

 コウサカの声もした。

「説得は無理だろっ!」

 カリノは靄の中、素早く駆け込み始めた。

「状況がわからない。杖を持つ者の傍にいた方が有利だよぉおお?」

 促す百目。

「お前、嫌な言い方するなぁ」

 ボヤきながらも、確かにフミコはカリノに続くより他無かった。

「石投げんじょっ!!」

 靄の向こうに石投女化したキタノの姿が見えた。既にボロボロのバイクのヘルメットと防犯用の硬化プラスチック盾とサスマタで武装し、桜の木の陰にいるコウサカに向かって石の散弾を放っている。桜の木の幹もズタボロにされていた。

「あんな格好でよく持ちこたえたねっ」

「人間は時々変なことするからねぇええ」

「俺が行くっ! オノはどっか隠れててっ」

 杖を構え、剣道家らしく鋭く突進してゆくカリノ。

「靄が濃くなって力が増してる、取り憑いた女の体も強い。これまでみたいにまともに受けるとヤバいかもねぇええ?」

「マジ? カリノっ! 正面から受けるのマズいって!!」

 百目の話を聞き、慣れた手際でコウサカとは別の桜の木の陰に隠れつつ叫ぶフミコ。

「わかったっ!」

 返事をして即、直線的な突進をやめ、足さばきを使って左右の横移動を交えてジグザグに距離を縮め始めるカリノ。

「石っ投げんじょおおおっ!!」

 吠えて至近距離でこれまでより強烈な石の散弾をカリノに放つキタノ。カリノは冷静に半身で横に捌くようにして散弾を光る杖で弾き、さらに間合いを詰めた。

「あの、カリノとかいうヤツ、中々手練れだねぇええ」

「去年、何かの大会で3位になってたよ」

「ふぇええっ」

 一応感心しているらしい百目。そういえば幕末の頃、何の霊器でもない凡庸な刀に『決死』の気を込めて斬られて、危うく滅ぼされかけた事があった。少々悪ふざけが過ぎて相手を怒らたせいもあるが、あまり人間を侮ると想像もしないような『馬鹿げた』反撃をしてくる者がいる。改めて相手を『見て』ちょっかいを出そうと、百目は思った。

「面っ!!!」

 気合いと鋭い踏み込みで、カリノは南雲打男御杖をキタノの頭部に打ち込んだ。眩い閃光が走り、尽不悪礫甕が全面の破片を飛び散らせながらキタノの腕から弾かれていった。

「ひぃいいいっ! おのれぇええっ!!!」

 靄の中へと逃げ去る尽不悪礫甕逆神。角も落ち、変化の解けたキタノは気を失いその場に倒れ込んだ。

「キタノ先生っ!!」

 コウサカが桜の木の陰から飛び出してきて、キタノを抱え起こした。

「あまり動かさない方がいいですよ? 気絶しているだけです」

 やや複雑な顔でカリノはコウサカに忠告した。

「お疲れカリノ君!」

 百目を手に、フミコも桜の木の陰から出てくると、

「おーいっ!!」

 靄の向こうからムライも駆けてきた。


 駐車場で重傷を負った他の教員から鍵を貸してもらったコウサカは四駆車のエンジンを掛けた。

「コウサカ先生いけんの? 普段軽自動車しか乗ってないじゃん」

 後部座席からフミコが不安げにコウサカに言った。職員室にあった届いたばかりの新品の野球部のヘルメットと金属バットで装備を固めた隣のムライも座りが悪そうだった。

「私は杖に選ばれなかったが、役に立ちたい。キタノ先生の事もあるが、気付かずあの甕を社会科準備室に持ち込んでしまったのは私達だし、君たち生徒だけに戦わせるワケにもいかないよ」

 コウサカはそう言ったが、フミコの手の中の百目は失笑したい気分だった。百目にはコウサカの善心や勇む心よりも復讐心や百目にはちっぽけに感じられる義務感が優る様子と、単純に付け込み易い心の弱さが手に取るように『見えて』いた。

「これでたぶん最後ですから、慎重にいきましょう。おいっ、ヒャクメ。本当にアイツはグラウンドの真ん中にいるんだな?」

 杖を手に、助手席にいるカリノは後部座席を振り返ってきた。

「ああ、いるよぉ。もう隠れるつもりもないみたいであからさだねぇええ。決着つけるつもりだよ。力増してるみたいだから最初、車でやらないと勝てないんじゃなぁい?」

「こう、だよな?」

 カリノは助手席の底に杖の石突きを当て力を込めた。杖が光り、一瞬車体全体が光った。

「凄いっ、光ったよ、カリノ君!」

「イケるって、カリノ!」

「でも疲れるなぁ」

「よし、運転は任せてくれ」

 コウサカは四駆車を、グラウンドに向けて発車させた。潮の靄は纏まりつくように濃くなり、無数の不知火が周囲を乱舞していた。


 コウサカがグラウンドに四駆車を走り込ませると、異変はすぐに起こった。前方に多数の人影が表れた。

「何だ? 人っ?」

 運転しながら戸惑うコウサカ。

「違うよぉ?」

 ニヤニヤする百目。靄の向こうから現れたのは全身にツボ食みに寄生された生徒達だった。

「何ぃ?!」

 咄嗟にハンドルを切って回り込もうとするコウサカ。

「百目っ、あれは?」

 問うフミコ。

「ツボ食み憑きだよぉ、弱ってるけどまだ生きてる人間にたくさん憑くとああなる。ゾンビみたいなもんだね。まだ生きてるけどぉっ、ブフェフェっ!」

 ウケる百目。ツボ食み憑きは回り込んだ先にも大量にいた。

「どうすればっ? 生徒には手を出せないっ!」

「轢いちゃえばいいんだよぉ? ツボ食みが憑いて頑丈になってるからちょっとくらい轢いても死なないよぉおお?」

「大丈夫なんだな?!」

「大じょっ、ぐぇえええっ?!」

 フミコは両手で全力で百目を絞め上げていた。

「お前っ、また嘘じゃないだろうなぁ?! 百目ぇっ!」

「マジ! マジ! マジのヤツだからぁっ、ぐぇえっ、俺が死んじゃうっっ、フミコっ! フミコっ!! そんなに絞めたら、い、逝くぅ~っ!!」

 全ての目で白眼を剥きかける百目。フミコは力を緩めた。

「ふぅっ、コウサカ先生、大丈夫みたいです!」

「そ、そうか。よし、よしっ。やってみようっ!」

 腹を括ったコウサカはツボ食み憑きの群れに四駆車を突っ込ませ、次々と撥ね飛ばしていった。

「ハッハハハハハハハッ!!! 何か、爽快感があるねぇっ!!」

 コウサカはヤケっぱち気味に笑い、フミコ達をドン引きさせた。そのまま『直進』させてゆくと、グラウンドの中央に一際大きな影が見えた。

「カリノ、杖準備。死ぬよぉ?」

 百目がボソリと言うと、カリノは素早く杖を使って車体全体を光らせた。車体の発光に、ツボ食み憑き達は車に触れることすらできずに吹っ飛んでいったが、前方の大きな影が何かを振り下ろす仕草をすると、次の瞬間猛烈な石の散弾が車体前面を襲った。ズガガガガッ!!! 杖の光りで弾いてなお、一気に減速させられ、フロントガラスがひび割れた。

「直進、ヤバいよぉ?」

 百目がまたボソリと言うと今度はコウサカが激しくハンドルを切った。四駆車は大きく楕円を描いてグラウンド中央に走り込む。靄の向こうの影の正体も明らかとなってきた。

 それは全身にツボ食みを鎧のように纏い肥大した石投女だった。

「中の人誰だよっ?!」

 取り敢えずツッコむフミコ。

「いぃぃぃしぃぃぃっ投げぇっんっじよおおおおおッ!!!!」

 地を震わせるように吠え、爆発するように石の散弾を投げ付けてくる肥大化した石投女。曲線で走り込んできた四駆車の側面を削るように当たり、杖の光に弾かれたが、衝撃で四駆車はスピンさせられた。

「うわわわっ?!」

 悲鳴を上げるフミコ。

「あんなのどうすんだよっ?!」

 混乱するムライ。

「ぬおおおおっ!」

 運転に必死のコウサカ。

「杖の力を乗せた車を何回かぶつけて、集めたツボ食みを剥がして弱らせないと勝ち目無いねぇええ」

 冷静な百目。

「コウサカ先生っ! 頼みますっ!」

 杖を構え、叫ぶカリノ。

「わかった! うおおおおぉーっ!!!」

 横転しかねないドリフトで3発目の石の散弾を完全に回避し、コウサカはアクセルを全開にした。肥大化石投女が目前に迫る。

「石ぃっ?!!」

 驚愕の様子の肥大化石投女。


 ドガァアアンッ!!!!


 光る四駆車は肥大化石投げ女を撥ね飛ばした。2割程のツボ食みが潰れ、剥がれ落ちた。

「もう一丁っ!」

 2度目の四駆車撥ね飛ばしを掛けるコウサカ。さらに3度目、4度目と続けざまに撥ね飛ばし9割程のツボ食みを引き剥がし、中の石投女化した演劇部員シマノハルカの姿を露とさせたが、車体はボロボロになり、真っ直ぐ走らせるのも困難な状態となった。そこへ、

「石ぃ投げんんっじょぉぉっ!!」

 シマノはどこで覚えたものか? スライダー気味の投球で低い軌道の石の散弾を放ち、車輪を掬うように命中させ、四駆車を横転させた。

 4人は杖の光とシートベルトに守られ何とか無事だった。


「あとは降りてやるっ! 皆は隠れててくれっ!」

 カリノは杖を手に、素早く車から降りて行った。恐怖心は無く、生き生きとしているようですらあった。

「あいつ、凄ぇな。オノ、大丈夫か?」

 ムライは隣でヨガのポーズのようになっているフミコを気遣った。

「うん、何とか。先生生きてる?」

「だ、大丈夫」

「俺の心配はぁああ?」

「お前、どうでもいいよっ!」

 軽く揉めつつ、車内に残されたフミコ達は車外に這い出た。

 見れば、既にカリノはシマノと交戦しており、フミコ達は慌てて横転した四駆車の陰に回った。

「この車、爆発しないよな?」

 不意に呟くムライ。顔色を変えるフミコ。

「百目っ!」

「ああ、ハイハイ」

 四駆車を『見る』百目。

「爆発はしないけど、もう走らないね。油は入ってるし、漏れてもいるから、一応距離は取った方がいいんじゃなぁい?」

 言われた通り、カリノとシマノが交戦する面との角度を気にしつつ四駆車から後退るフミコ達。と、背後の靄の中からツボ食み憑き達が迫ってるのに百目が気付いた。百目はため息をついてから忠告した。

「一応言っとくけど、来てるよぉ」

「えっ?」

 振り返るフミコ達。

「コイツら忘れてたっ!」

「百目言うの遅いしっ」

「サスマタ取ってくるよっ!」

 ムライは金属バットでツボ食み憑きに応戦し始めた。

「俺とコウサカ先生でコイツら押さえるから、オノはその目玉とカリノのフォローしてやってっ!」

「フォローってっ!」

「オノさん、これっ」

 戸惑っていると、四駆車からサスマタ片手に戻ってきたコウサカがフミコにスパナを渡した。

「いやっ、渡されてもねっ!」

 ツッコんだが、コウサカもムライもツボ食み憑き達の相手で手一杯になり、もうフミコには構わなかった。

「ちょっと、もう~っ」

 困惑しつつフミコは流れ弾に注意しながら改めてカリノのシマノの交戦を見た。ツボ食みが1割程残っている分、シマノの弾速はキタノが憑かれていた時より速いようだったが、妙にその場に留まったまま攻撃しており、カリノが追い込まれるという事はなかったが、カリノの方も決め手に欠け、攻めあぐねているようだった。

「百目、あの子何か動かないけど、何で?」

「車に何度も撥ねられて、左の足、捻挫してる。左の膝もイワしてるねぇ」

「よしっ、カリノっ! その子、左足痛めてる。左っ! 左っ!!」

 フミコがそう怒鳴ると、カリノはニッと野性味のある顔で笑い、フミコをゾクッとさせて、変則的な軌道でシマノの左側に回り、一気に間合いを詰めた。

「おっしゃ、カリノっ、押し込めっ!」

 スパナと百目を手に、応援するフミコ。しかし、シマノは自在な動きで時に甕本体を振るい、粘った。

「石ぃ~っ、石ぃ~っ!」

 唸るシマノ。

「妙に反応いいね、あの子。何部?」

「演劇部の1年だよぉ。体は強くないけど、憑依体質だからアイツと相性がいいみたいだねぇええ」

「んん、もう一手、何か切っ掛けがあればなっ。切っ掛け、切っ掛け。あっ!」

 フミコは自分が持っているスパナに気付いた。

「よっしゃっ! やったるよっ」

 フミコは狙い澄まし、スパナを振りかぶり、シマノに向かって投げ付けた。

「おりゃっ!」

 そこそこの精度でシマノへ飛んでゆくスパナ。

「石っ?」

 難なく反応して、甕を持たない方の、投石に使っている右手の裏拳でスパナを弾いたシマノだったが、その隙をカリノは見逃さなかった。

「小手っ!!」

 鋭く叫んでイマノの右手を杖で打ち据えるカリノ。鋭い閃光が瞬き、シマノの体に残ったツボ食みは全て弾け飛び、甕本体も中心から二つにひびが大きく入った。

「げぅううっ?!」

 甕本体も呻き声を上げた。カリノは追い打ちにシマノの胴を打ち払った。

「胴っ!!」

 再び閃光が放たれ、シマノの石投女の変化が解け、気を失い。甕本体は半ば崩落しながらシマノの左腕から離れた。

「チェストォォッ!!!」

 カリノは続けざまに光る杖で最大の力の突きを放ち、甕本体の中心の翁の面を貫いた。

「お、おのっ、れぇえええッ!!!!」

 南雲打男御杖で貫かれた尽不悪礫甕逆神は完全に砕け散り、塵と化し、消え滅びていった。


 それと共に、潮の靄は全て掻き消え、ツボ食みも不知火も幻のように消え去った。ツボ食み憑きだった者達も全て気を失い、その場に倒れた。カリノは大きくため息をついて、杖を支えにその場に膝をついた。

「あ~っ、キツい。もう一歩も動けん」

 呆気に取られていたフミコは百目を手に跳び上がった。

「やったじゃんかっ!! カリノぉ~っ! やったぁーっ!!!」

 疲れ果てたカリノは弱々しく笑って片手を上げるのが精一杯だった。

「本当に倒してしまうとは」

 先の折れたサスマタを持って呆れたようなコウサカ。

「カリノ、半端無ぇなっ」

 新品のはずがヘルメットと金属バットをベコベコにされたムライ。

「と、いうワケでぇええ、最大の功労者である俺に貼られたこの女の札ぁ、フミコ、剥いじゃってぇええっ、ペリィっとね! 景気よくぅっ!」

 ハイテンションで言う百目。フミコ、カリノ、ムライ、コウサカの視線が集まる。ムライは無言で金属バットを捨て、動けないカリノの元へ歩み寄り、杖を譲り受けると、フミコの前に来た。

「オノ」

「オッケー」

 フミコは百目の足の部分を持って頭上に掲げてしゃがんだ。

「ええっ? ちょっ、待っ、何でぇ? 一緒に戦ってきたじゃん? 努力、友情、勝利でしょおお?!」

「そもそもお前が原因だろ? オノ、指気を付けろよっ」

「わかってる」

「フミコっ! 相棒じゃないかぁああっ?」

「百目、思い出をありがとうっ」

「ちょっ!」

 ムライは南雲打男御杖を全力で発光させ、フルスイングで百目を打ち飛ばした。

「うそぉおおおおお~んっ!!!」

 百目は夕陽の彼方へと消えていった。

「これで片付いたなっ、よし! この流れで、オノっ、俺達付き合うか?」

「何でだよっ! あたしニカイドウ先輩が好きだから」

「ニカイドウってあの人か?」

 ムライはさっきまでツボ食み憑きと戦っていた辺りを振り向いた。つられて振り向くフミコ。気絶している元ツボ食み憑きの中にニカイドウがいて、口を開け、舌を出してノビていた。吹き出してしまうフミコ。ニカイドウに罪は無く、やはり見た目は好みだが、よくよく考えてみればニカイドウがどんな人間かよく知らなかった。まともに喋ったこともない。

 フミコはふぅうううっ、と深くため息をついた。

「そだねぇ、じゃあ、取り敢えず今回杖を使ってくれた男子全員、お友達ってとこから始めよっか?」

「それ普通に、ガチで友達からスタートだなっ」

「アハハハハっ!」

「いや、笑ってるし。カリノ、何とか言ってくれよっ」

「いや、俺は別に」

 フミコは夕陽のグラウンドで、しばらく機嫌良く笑っていた。

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