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冥府学園  作者: 大石次郎
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百目~前編~

 土手を転がるように駆け降り、シズカは高架下に走り込むと高校指定のスクールバッグを投げ出して倒れ込んだ。拍子に中身がぶちまけられ、護身用に持っていた大振りのカッターナイフも土の上に滑り出た。シズカはむしゃぶりつくようにカッターナイフに飛び付き、刃を出し、それを構えて振り返った。誰も追ってきてはいない。ヒロコ達を上手くまけたのか? 明るく人気者だった小学生時代に習っていたソフトボールクラブ時代の脚力がまだ自分に残っていたのか? 或いは単にヒロコ達が『自分達がイジメ対象に過ぎないクラスの底辺女子を街中で本気で追い回す』という状況をダサく、割りに合わないと判断したのか? シズカには判断がつかなかった。だが、一先ず逃げ延びる事はできた、とシズカは思った。

 シズカはカッターナイフを下ろし、その場にへたり込み、乱れた呼吸を整えようとした。ズレた眼鏡を押し上げる。喉が猛烈に渇いていた。スポーツ飲料が飲みたかった。高架下の隅で、それを見ているモノもいた。そのモノは隅にあった半ば崩れ掛けた祠の中にいた。本当は祠に封じられていたモノだが、人間達が自分を忘れ、祠も朽ちたので、今は気分次第で祠から出入りすることができた。遥か昔、自分が偉大だった頃、自分には何か重大な役割があった気がしたが、そのモノはそれが何だったか? もうとっくに忘れてしまっていた。そのモノはジッと、シズカを『見て』いた。既に衰えたそのモノが人間に関わるにはそれなりの適性と手順が必要だった。久し振りだ、とも思っていた。

 と、シズカのスマートフォンが振動した。滑稽な程、ビクリと体を震わせ、恐る恐る制服のポケットからスマートフォンを取り出し確認するシズカ。ヒロコからのメールだった。シズカはメールを開く前に咄嗟に川の方にスマートフォンを投げ付けようとしたが出来るはずもなく、震える指でメールを開いた。

『テメェ逃げてんじゃねーよ?! アタシがアヤメ先輩に潰されるだろうがっ? 18時に×××ホテルの704号室に行け。客が目立つの嫌らしいから私服に着替えて制服は鞄に入れてけ。弁護士だから金持ってんぞ?! アナルOKなら追加料金弾むってさ! お前ラッキーだな!! ワラwwww(^q^) シズカ、お前今度逆らったらこれ、捨てアカでバラ撒くかんなっ、マジくそウケるけどっwwwwwww』

 送付された画像は以前ヒロコ達に脅されて学校の女子トイレで撮られた下着を脱いだシズカが便座で自分で開く形でM字開脚をして笑うよう促されたのでぎこちなく媚びた顔で笑っている画像だった。画像にはスマートフォンのイラスト機能で『現役JK便器!!』と書かれ、されにシズカのフルネームと住所、電話番号、各種アドレス等も全て書き込まれていた。

 シズカはスマートフォンを取り落とし、さらに呼吸が荒くなった。祠のそのモノは様子を伺う、祠の中の陰の向こうで無数の目玉が蠢いた。シズカはカッターナイフを強く握り締めた。

「クソがっ! ヒロコのヤツ、調子に乗りやがってぇええっ!! うあああぁーっ!!!」

 獣のように唸るシズカ。そのモノはこれは『当たり』だ、と思い、祠からズルズルと崩れた肉塊のような体で這い出してきた。体の全てに大小様々なイボのようにも見える『目玉』があった。

「中学の頃は私の手下だったクセにっ! アヤメ先輩に気に入られたからって調子に乗りやがって! 調子に乗りやがってっ!! 小学生の時イジメてやったの根に持ってるか? アイツぅううっ! ヒロコのクセにッ!!」

 激昂するシズカ。そのモノはシズカの背後まで崩れた肉塊の姿で迫り、そこに止まると延び上がり2メートル程度の無数の目玉を持つ肉の柱のような姿に変わっていった。肉の柱に卑小な鼻、耳、口、短い手足、鼠のような尻尾が生え出す。そのモノの姿は少し透けていた。シズカは自分の持つカッターナイフを見た。

「ヤってやるっ! 顔、ぐっちゃぐちゃに切ってやるっ!! 一対一なら絶対ヤれるっ。ヒロコのクセにぃっ、ヒロコのクセにぃいいっ!! あ、そうだ。その前にぃっ」

 シズカはスマートフォンを拾い直し、カッターナイフを置いて、操作し始めた。そのモノは体を屈めて地べたに座ったまま熱心にスマートフォンを操作するシズカの様子を間近で『見て』いた。

「お返しに、小学校の時、アイツに犬のチンポしゃぶらせた動画バラ撒いてやるっ! 全部消したつもりだろうがさぁああ、残念っ! クラウドに保存してましたぁっ!! へへへへっ! このシズカ様を舐めんなよぉ、ヒロコぉおお、わからせてやるよっ、親の職場にも送ってやるっ。へへっ! お宅のお嬢さん愛犬家ですねぇっ!! アハハハっ!!! あれ、最後の暗証番号何だっけ? えーとっ、落ち着け落ち着け私ぃっ。5732で、何だっけ? えーとっ」

 シズカは思い出せず、焦り始めた。そのモノはシズカの頭の中の『脳』を透かして見てみた。

「57326541、だよ」

 後ろから呟くそのモノ。

「そう、それだっ! 57326541っと、ロック解除。よしっ、サンキューっ!」

 入り込み過ぎて言われるままクラウドのロックを解除したシズカはその流れで嬉しげに後ろを振り返った。無数の目玉と目が合う。

「どぅああああぁぁぁーっ?!!」

 絶叫して座ったまま後ずさるシズカ。カッターナイフをその場に置いたままだと気付いて慌てて取り直し、再び仰け反るように座ったまま後ずさりそのモノにカッターナイフを突き付けるシズカ。

「何だぁっ、お前っ?! オイっ! はぁっ? キモっ! はぁああっ? キモぉっ!! う、宇宙人かぁ?!」

 脂汗が止まらないシズカ。

「宇宙人んんっ? 違うよぉぉ。俺ぇぇ、『百目』っ。いい妖怪だよぉぉっ?」

 そのモノ、百目は名乗り、ことさら全身の目玉を大きく見開いた。シズカは唖然とした。

「ヒャクメ? いい妖怪? それって、アレか? 鬼太郎的なヤツか?」

「鬼太郎っ! ブフェフェフェフェフェファっ!! そうだねぇっ、それだねぇ、俺、とっても『いい妖怪』だよぉぉぉっ?」

 百目は楽しげに繰り返した。シズカは混乱する思考の中、何とか次の言葉を出した。

「な、何か、私に用があんの? 魂とか、食べる、とか?」

「お前の魂とかぁ、マズそうぅぅ、いらなーいっ」

「なっ? うっ、うっさいぞお前っ! 何だお前っ! 意味わからんしっ!」

「俺、百目だよぉ」

「それはもう聞いた! 何のようだっつってんだよっ!」

 スマートフォンを置き、両手でカッターナイフを構えるシズカ。

「俺の目、何でも見える。お前イジメられっ子だろぅぅ? 俺の力、分けてやろうかぁああ? 何でも見えるよぉ?」

 百目は卑小な口でニヤニヤ笑いながら言った。

「マジか? 何でも見えるのか? くれるのか? それで私にメリットあるか?」

「メリットぉっ! ブフェフェフェっ!! 見えるよぉ? お前をイジメてる、ヒロコの弱点だって、見えるようになるよぉぉ?! 警察に捕まらずに仕返しできるねぇええ」

 全身の目を細め囁く百目。シズカは目を見開いた。

「マジか? 警察捕まらないで復讐できんだな?」

「余裕余裕ぅぅ、絶対捕まらない。『捕まらなくなる』からぁぁ」

 楽しくて堪らない様子の百目。シズカはごくり、と唾を飲み込んだ。

「面白いじゃん? どうせヤケクソだし、いいよ。もらってやるっ! ヒャクメっ!! お前の力、私によこせっ!」

 シズカは叫んで答えた。

「ブフェフェフェフェフェファっ!! お前がそう答えたねっ?! なら、あげるぅぅぅっ」

 百目は尻尾を素早く伸ばし、カッターナイフを構えていたシズカの両手を縛ると、そのまま引き摺り寄せ始めた。

「ちょっ?! なっ? 何だよ?! やっぱ私を喰う気かよっ! やめろよっ!! ヒャクメっ、オイっ!」

 必死で足で踏ん張り抵抗するシズカ。百目は構わず引き寄せ続けた。

「やめなーいっ、おいでぇええっ!」

「やめろっ、やめっ、おおっ?」

 百目は間近までシズカを引き寄せた。無数の目に見据えられ、痺れたように動けなくなるシズカ。百目は短かった手を蛇のように伸ばし、シズカの眼鏡を取った。

「あっ」

 取られて小さく声を出すシズカ。

「んぐぐくっ・・・・べっ!!」

 百目は卑小な口まで溜めた粘液を一気にシズカ目元に吐き付けた。目だけではなく顔面も頭部も勢いよく汁まみれにされたシズカ。百目が尻尾を両手から離すと足で踏ん張っていた反動で飛び退くように後退り、汁まみれで体勢を崩すシズカ。

「ぶっふぁっ! 痛っ、きったなぁっ!! くっさっ! 苦っ。うあっ、お前っふざけんなしっ、目に入った、んんっ?」

 閉じていた目を開き、驚くシズカ。裸眼でも、眼鏡を掛けていた時よりも遥かにハッキリと周囲が見えた。

「見えるっ! えっ? 何これ!? あ、眼鏡はっ」

 振り向くと、百目は奪った眼鏡を卑小な口に入れ、バリバリと咀嚼し呑み込み、ゲップを一つした。

「後は上手くやりなぁ~っ」

 元々やや透けていた百目は姿を薄め、完全に掻き消えていった。

「マジか? アイツ」

 シズカは粘液まみれの髪を掻き上げ、立ち上がった。

「・・・・ヒロコの、弱点」

 呟き、目に『力』を込めてみた。自分の視界が吹き飛び、一瞬目が眩んで倒れそうになったが踏ん張って持ちこたえるシズカ。『見る』事に集中した。見知らぬ部屋が見えた。どこかのアパートか、コーポの部屋の中、女がベッドの上に座って煙草を吸っている。シズカと同じ高校の制服、ヒロコだった。ヒロコは顔を上げ、視線の先に淫靡な笑みを向けた。ベッドの傍に大学生風の整った容姿の男が歩み寄ってきた。

「タカヤマ先輩じゃん。アヤメ先輩の、彼氏・・・」

 自分が何を『見て』いるか理解し始めるシズカ。タカヤマはヒロコの髪を撫で、ヒロコから煙草を取ると、自分の口にくわえ、ベッドのヒロコの隣に座った。

「何か、トラブってなかった? アヤメの仕事。俺も上に売上払わなきゃいけないからさぁ」

「ああ、大丈夫でーすっ。シズカは弱点握ってるからアタシの言いなりなんですよぉ」

「そっか、ヒロコは偉いね」

「そんなことないですよぉ」

 照れるヒロコ。タカヤマは煙草から口を離し、ヒロコの顎を持った。

「アヤメ先輩にバレたらマジヤバいかも?」

「今日、アヤメは夜までバイトしてるから平気だって」

 甘く言って、ヒロコにキスを始めるタカヤマ。部屋で長々とキスをする二人を高架下のシズカは『見て』いた。シズカは無言でカッターナイフの刃を戻し、ポケットに入れると、地面落ちていたスマートフォンを拾った。出来る感触はあった。『見ている』キスをする二人の姿をそのまま独りでに起動させたスマートフォンに動画として録画させた。アヤメのアドレス等はベッドの上に置いてあったヒロコのスマートフォンを一目『見た』だけで全てすぐにわかった。

「ヒャクメ、お前の力、使えるじゃん」

 シズカは両目に異様な力を宿し、口元を卑小に歪めて笑った。

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