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緋咲奇譚  作者: シエル(ニジマスの神P)
第一部・一章 緋色月リフレクト
12/15

11 狐の足音


 白銀の髪の軌跡を追う内に段々と露店の数も減り、それに比例して人通りも少なくなる。

 外灯や提灯の明かりで煌々と照らされていた道から舗装されていない薄暗い山道へと変わり、何度も砂利や木の根に躓きそうになる。


「あっ……!?」


 足元に枯れ枝が引っかかり、大きくバランスを崩す。

 突然のことに頭が真っ白になった瞬間、顔面から砂利に突っ込んだ。

 掌や顎が砂利に抉られる感覚。少し遅れて焼けるような痛みが患部から全身を突き抜けた。


「……ってて……」


 転んだ際に膝も擦り剥いたのか、ぴりぴりと痺れるような痛みに顔を顰めながら顔を上げると、白銀の頭は大分離れてしまっていた。

 再び追いかけようと身体を動かしかけ、ふと立ち止まる。


 何故オレはこんなにもあの子を必死に追いかけているのだろうか?


 ……分からない。でも、早くあの子に追いつかなければ全てが駄目になってしまうような漠然とした不安感が頭を支配している。


 途中で此処が薄暗い獣道であることを思い出して引き返そうとも思ったが、今見失ってしまえば二度と会えなくなってしまうような強迫観念が拭い切れず、結局前へ進む他なかった。


 視界を狭める草葉を掻き分け、我武者羅に走っていると、ふと視界が開ける。

 手に何も引っかからない感覚を疑問に思いつつ上を見上げると、禍々しく肥大した緋色月が地球を見下ろしていた。


 赤い光に照らし出されるは、風化して塗装が剥がれ、中身の木が一部腐食した古い鳥居。

 狛犬らしき石像は風雨に晒され、首から上が砕けてしまっている。

 だがこの石像、何かおかしい。犬にしては細すぎるし、尻尾は丸すぎる。これでは犬というよりも……


「まさか、稲荷神社……?」


 オレの予想を裏付けるように、鳥居を潜ってすぐに小さな社が見えてくる。

 社の前にお供え物のように並べてある細々とした人形達は、どれも狐をモチーフにしたものだった。


 気が遠くなるほど大昔。かつて、この地には桜孤様と呼ばれる狐がいた。

 当時の十六夜村の人々は桜孤様を恐れ敬い、山に社を建てて祀ったという。


 まさか此処が桜孤様の社だとでもいうのか……? この朽ち果て、人々の記憶から忘れ去られたボロボロの社が……?

 神社内に更に足を一歩踏み入れた時、社の周りに花が咲いているのに気がつく。


「彼岸花……?」


 それは彼岸花に近い形をしていた。

 彼岸花といえば普通赤とか白の単色だ。けれどこの花は違う。細く伸びた花弁は赤と黒のまだら模様で、何とも毒々しい色合いだ。

 時期を考えれば咲いていても珍しくもないが、珍しい色だったので少し気になった。

 それに、遠くからでもはっきりと嗅ぎ取れるこの甘ったるい香りはあの花のものだろうか。


「そういやエミルが彼岸花好きだって言ってたよな。何本か貰っても怒られないよな……?」


 辺りをキョロキョロ見回し、人の気配がないことを十分に確認してから何本かを摘み取る。

 近付くと甘い香りが更に濃くなり、噎せ返りそうになる。


「うっ……この花、何なんだ? やけに甘い匂いだな」


 萎れない内に持って帰ろうとするが、そもそも何故オレはこんな場所にいるんだったか。


「……あ、そういやあいつ何処行った!?」


 漸く我に返り、慌てて辺りを見回す。

 確かにこっちへ来たと思ったのだが、あの子の姿は何処にもない。

 完全に見失ってしまった。


「マジか…………はぁ、帰るか」


 もう少し探したいのが本音だったが、この暗い山道をこれ以上進んでも見つけられる自信がなかったので、オレはそのまま踵を返すことにした。

 だが、数歩進んだ辺りで奇妙な感覚を覚える。


 ……あれ、今此処に居るのってオレ一人のはずだよな。

 あの子は見失ってしまったし、エミル達も置いてきてしまった。

 第一、こんな夜更けに朽ち果てた神社に来る奇特な奴なんて居ない。だから此処に居るのはオレだけなんだ。


 じゃあ……オレの影にぴったりと寄り添っているこの"影"は何なんだよ?


 気付いたのは偶然だった。

 暗さと足場の悪さを警戒して下を見ながら歩いていたら、地面に伸びる影が一つ多かったのだ。

 オレの影に寄り添う不鮮明な影からは年齢も性別も読み取れないが、確かに人間大で……人の形をしているように見える。


 そう自覚した途端、一気に人の気配が身近に感じられた。

 生温い風でさえ頸に何者かの息を吹きかけられたように錯覚させ、木の葉が擦れ合う音は笑い声に聞こえる。


 お……落ち着け、オレ。何を神経過敏になってるんだよ。

 そんなに後ろが気になるのなら、振り向けばいいじゃないか。首を少し後ろに向けるだけで、この奇妙な現象は全て解決するんだ。

 だから……ほら、振り向こう。一、二の三で振り向くんだ。それで全てが終わる。


 一、二……ほら。振り向こう。何を躊躇することがあるのか。

 振り返ったら誰もいなくて、ただの木の影をオレが人と見間違えていただけならお笑い種だ。全てはオレの勘違い。それで終わる。

 だけど、もし誰か居たのなら……オレはそれを受け入れられるのか?


 だっておかしいじゃないか。こんな近くまで人が近付いてくれば気付くはずだ。

 でも、此処に来るまで人の気配なんてなかった。全く気付かせずにすぐ後ろまで忍び寄るなんて可能なのだろうか?

 仮にオレが注意力散漫で後ろに人がいることに気づかなかっただけだとしてもおかしい。

 何でこの人はオレの後ろに立ち続けている?


 オレに用があるのなら声を掛ければいい。用がないのなら通り抜ければいい。にも関わらず、何故無言で立ち続けている?


 考えれば考えるほどに分からなくなって、体が凍り付いたように言うことを聞かなくなる。

 振り向きたいのに振り向けない。いや、嘘だ。オレ自身が振り返ることを拒絶しているんじゃないか。


 振り向けば終わる。その結果がどんなものであれ、終わる。

 ……結果がどんなものであれ? それってどういうことだよ。後ろに人がいるかいないかの二択しかないのに。まさか人じゃない何かが潜んでいるとでも言うのか? 馬鹿馬鹿しい……


 じゃあ、このまま振り返らなければ何も起きない?

 ……落ち着け、オレ。振り返らないことは、この奇妙な時間を引き延ばすだけ。根本的な解決にはならない。


 もし誰かいたら声をかけよう。危なそうだったら走って逃げよう。それでOK。

 全部オレの勘違いで、何もなかったらそれでいい。その時は笑おう。自分の臆病さを恥ずかしく思いながら笑おう。


 決意が砕けないよう、爪が掌に食い込むくらい両手を固く握り締めて、重たい首を後ろへ回す。


「……っえ…………あ……?」


 目の前の光景を理解するまで時間がかかった。脳が処理を終えるまで、オレは間抜けにも口を開けたままそれを見つめていた。


 重たそうな振袖に、腰の辺りまで垂れ下がったぼさぼさの髪。着物を着た女が、狐の社の前に立っていた。

 その姿は朧げで、少しでも目を逸らせば暗闇に融け込みそうだ。顔は髪に覆われてしまっていて見えないが、女の顔は確かにこちらに向いていて。

 そして……女の手には、赤く光るナイフが握られている。


「っあ……うわぁあああぁああぁぁあああぁあああぁ!?」


 漸く事態を飲み込んだオレが初めにした抵抗は、悲鳴を上げてその場から逃げ出すことだった。

 行き先も分からぬまま、ただ背後の女から逃れる為だけに道なき獣道を掻き分けて進む。


 ――何だよあれ、何だよあれ……!?


 若い女だった。確かにオレを見ていた。片手にはナイフを持って、じっとオレを見つめていた……!

 言い逃れはできない、明らかに異常だ。正体が人間であれ幽霊であれ、あの女は凶器を手にしてオレを見据えていた。


 ちゃんと振り切れているかどうか振り向いて確かめたくなる衝動に何度も駆られたが、振り返る僅かな時間でさえ相手に凶行の猶予を与えてしまうのではないかと怖くなって、結局振り返れなかった。


 茂みを掻き分け、視界を遮る枝を折って走り続ける。

 自分の足が小枝を踏み割る度にバリバリと大きな音を立てるのでさえ恐ろしくて、頭がおかしくなりそうになりながら我武者羅に逃げ続ける。

 足はもう悲鳴を上げているけど、少しでも立ち止まれば間違いなくあのナイフで襲われることが本能で分かっているからか、立ち止まることはなかった。


 走りっ放しですっかり息が上がり、頬を汗が伝う。

 表層の体温は上がりきっているのに、心臓から背筋にかけては冷たいものが流れていて、暑いのか寒いのかよく分からない。


 幾度となく足を縺れさせながら薄暗い夜道を駆け抜けていると、視界の端に光るものを見つけた。

 小さいながらも安定した光を放つそれは自然のものではなく、人工的に設置された灯りだった。

 街灯? 民家? 何でもいい。この一寸先も見えぬ異界から抜け出せるのなら、何だってよかった。

 最後の力を振り絞り、痙攣する足で光へと向かう。

 慌ただしく駆けていたからだろうか。突如光がこちらを向き、視界が眩む。


「え……? にゃんたろす君?」

「…………ん?」


 いつものふざけた呼び方をされた気がして目を開けると、見知った金髪娘が驚きに目を見張りながら懐中電灯でこちらを照らしていた。


「る、瑠奈……? お前なんでこんな所に!?」

「それはこっちの台詞だよ。なんでこんな所にいるわけ? エミル君やかなるんるんはどうしたのさ?」

「いや、オレは……あっ……」


 説明しようとしてハッと後ろを振り向くが、神社に居た着物の女は何処にも居なかった。

 撒けた、のか……?


「にゃんたろす君?」

「あ……いや、何でもない。あいつらは来てない、オレ一人だよ」


 瑠奈は怪訝そうな顔でこちらを見ていた。

 これまでの奇妙な出来事を説明しようか迷ったが、瑠奈に言った所で怖がりだとからかわれるのがオチだと思ったので止めた。


 オレ達がいるのは簡易的な展望台のような場所だった。

 木で出来た柵があり、石造りのベンチがあり、町一帯が見渡せるようになっている。


「どうしたの~? 今日のにゃんたろす君は変だね~。ヘンテコにゃんたろす君~♪」


 瑠奈はベンチの一つに腰を下ろし、即興らしき珍妙な歌を唄い始める。

 いつも通りに能天気な彼女を前にして、漸く奇妙な異界から解放されて日常に帰ってきた実感が湧いてきた。


 先程までの出来事が一体何だったのか、オレにも分からない。

 現実というには不可思議で、幻にしては鮮明すぎる。説明しようと思っても上手く説明できる自信がない。

 握り締めていた筈の花は何処かで落としてしまったのか、近くには見当たらなかった。


「……というかお前、友達と合流したんじゃなかったのかよ? 何でこんな山の中に?」

「ん? やだなぁ、アレだよ。ア・レ♪」


 瑠奈は人差し指でちょいちょいと上を指す。釣られて視線を上げると、破裂音と共に空に大きな火花が散った。


「わ……」


 赤、青、黄、緑、紫、ピンク……色とりどりの花が夜空に咲く。地面より伝わる僅かな振動と、火薬の爆ぜるエフェクトがいつまでも続いていた。


「すごい……」

「フィナーレの花火だよ。この辺りなら人が少ないからよく見えると思ってね。ほら、にゃんたろす君もおいでよ」


 呆気に取られていると、瑠奈はベンチを叩いて隣に座るよう促す。


 十六夜祭りでは一日目と二日目の祭り終了時刻、午前零時に花火を打ち上げることになっている。

 今がフィナーレってことは、少なくとも一時間以上は山を彷徨っていたことになるな。

 それだけの間走りっ放しだったことを自覚すると同時に、疲労と倦怠感がどっと押し寄せてきた。

 促されるまでもなくベンチに腰を下ろし、夏空を彩る花火を観察する。


 エミル達、心配してるだろうな……ひょっとすると連絡が来ていたかもしれない。後でスマホを開くのが怖いな。


「……って瑠奈。花火は分かったけど、何で一人で見てるんだよ。友達とたこ焼きを取り合って喧嘩でもしたのか?」

「にゃんたろす君じゃあるまいし、そんなことしないよ。ボクにだって偶には一人静かに考え事をしたい時くらいあるんだからね?」

「何だと……?」


 オレは瞠目のあまり眼球が飛び出しそうになるくらいカッと目を見開いた。

 何ということだ。己の好奇心が赴くままに人心を弄び、掻き回す悪魔のようなこの女にも人間らしく感傷に浸る心が残っていたというのか……!?


 瑠奈は真顔でオレの顔をじっと見つめていたが、不意に満面の笑みを浮かべると両手の指をパキポキ鳴らし始めた。


「おやおや……にゃんたろす君、そんなに瑠奈さんの理性が飛んだ姿が見たかったなら言ってよ。何なら今ここでガチンコプロレス対決でもしちゃおっか?」

「すみません冗談です以後気を付けます」


 生命の危機を感じたので秒速で土下座すると、頭上から大きな溜息が聞こえた。


「本気でやるわけないでしょ。キミはボクを何だと思ってるのさ」

「オカルト厨のマスゴミ?」

「にゃんたろす君?」

「すみませんでしたおふざけが過ぎましたどうかその拳を下ろしてください瑠奈様」


 即座に二度目の土下座をすると、今度は溜息すら返ってこなかった。

 氷点下まで冷え切った視線だけを背中に感じ、冷や汗が全身から滝のように流れ出す。


「……まぁ、別にいいけどさぁ」


 呆れたような声が降ってくる。そっと瑠奈の顔を盗み見ると、彼女は拳を下ろして空を見上げていた。

 その横顔は特に何の感情も浮かべていないが、何だか荒涼として見えた。


 そんな彼女を見つめていると、この数日ずっと引っかかっていた疑問が再燃してきた。

 恐らく、それを聞いてしまえばこの和やかな空気は壊れてしまう。それでも、聞いておかねばならないと思った。


「なぁ瑠奈、一つ聞いていいか」

「なんだい?」


 オレは真っ直ぐに瑠奈を見据え、掌を強く握り締めて躊躇を振り払う。


「お前は……どうしてそこまで十六夜奇譚に拘るんだ?」


 瑠奈がぴくりと反応した。それはガラスが割れる直前に広がる波紋のようで、直後彼女は動きを止めた。

 和やかな空気が割れて跡形もなく砕けたのを感じると共に、足元からひんやりとした空気が這い上がってくる。

 かなるんの時みたいに、急に気温が下がったわけじゃない。ずっと前から肌寒さは感じていた。それを今改めて認識させられただけ。


 瑠奈は……微笑を浮かべていた。


「……何言ってるんだいにゃんたろす君。ボクは未来の天才ジャーナリストだよ? 一つの事件を熱心に調べて、何かおかしい?」


 一見いつも通りの瑠奈のように思えるが、口角を僅かに持ち上げた微笑とも取れる表情からは見た目の穏やかさとは真逆に、見ているだけで喉を潰されるような圧迫感が発せられている。

 剥き出しの警戒心と理不尽な敵意をぶつけられ、続く言葉が中々出てこなかった。

 そんなオレの怯みを見透かしたように、瑠奈は飄々とした笑みを深める。


「過去に起きた猟奇事件にまつわる都市伝説、閉ざされた田舎町の古い因習。オカルトマニアにとっては垂涎モノの設定じゃない。ボクがそれを調べて、何かおかしいかな?」

「おかしい。絶対に。全く以って納得できない!」


 気がつくと、食い気味に反論していた。自分で自分が無意識の内に出した言葉に驚く。……オレって、こんなにも鋭い声が出せたのか。


 即座に断じられた瑠奈は面食らっていたが、やがて不愉快そうに首を傾げる。


「……へぇ。どうして断言できる?」

「伊達に一年間お前と過ごしてきたわけじゃない。今回のお前がおかしいってことくらいとっくに気付いてるんだよ。どうして十六夜奇譚に拘る必要性がある?」


 今回の瑠奈は明らかにおかしかった。今の瑠奈に違和感を覚えなかったのなら、そいつは真の友達じゃない。

 出所不明の噂を広めて楽しむ彼女が、誰の目にも明確に十六夜奇譚の話を広めたこともそうだが、わざわざ事件現場でもある第二図書室にあのメンバーを集めた理由も気になる。


 オレ達を脅かすつもりだったなら、夜桜達まで連れてくる必要はない。

 彼らとオレ達にはあの日あそこで出会ったという以外に接点など何もないのだから。


「そもそも、お前と夜桜達はどういう関係なんだよ? クラスも違えば部活も違う。どういう繋がりなのかさっぱり見えない」


 なけなしの勇気を振り絞って冷静に、力強く食ってかかる。瑠奈は絶対に七年前の事件について何かを知っている。そう確信していた。

 だったら情報を共有すべきだ。これは全員で力を合わせて奇譚総集を完成させるゲームなのだから。


「答えろ、瑠奈。お前は何を企んでる?」


 今夜こそは逃がすまいと瑠奈の両肩を掴んで睨みつける。

 彼女は俯いたまま何も語ろうとしなかったが、それでも待っていると、不意に肩にかけていた手が払い退けられた。


「……いちいち喧しい餓鬼だな」


 低く唸るような抑揚のない声に心臓が跳ねる。

 次の瞬間。瑠奈の表情は一変していた。


「……瑠奈……?」


 飄々とした、人を食ったような笑みを常に浮かべているのが瑠奈だ。

 態度も子供っぽくて、その癖ミステリアスで薄気味悪い所がある。それがオレの知る黄月瑠奈という人間だ。


「別にどんな関係だって構わないでしょう。いちいち君に話さなくてはならない義務はない。私が何をしようと私の勝手だ」


 こんな……突き放した話し方をする瑠奈をオレは知らない。


 理性など蒸発したように濁り腐っていた瞳には正気の光が宿っていて、オレを睨みつける眼差しには力強い意志さえ感じられる。


「そ……そうかもしれないけど、今やオレも当事者だ。全く関係ないってことはないだろ。思わせ振りなことばっか言ってないで、ちゃんと話せ」


 様子の違う彼女に戸惑いながらも、表層だけは平常心を装って言い返す。


 オレだってただ怖がっていただけじゃない。

 このゲームに負けた時、オレ達は全員死ぬ。ならばかなるん達の為にも、もう煙に巻かれる訳にはいかない。少しでも情報を得ることが大事なんだ。

 ここまで来たら、もう絶対に引けない。


「……いいわ。そこまで言うのなら、もう少しだけヒントをあげる」


 暫し睨み合い、互いの意思の程を探り合っていたが、先に根負けしたのは瑠奈だった。


「……私はただ、七年前にあの第二図書室で何があったか知りたい。そして見つけたい。それだけの為にわざわざ東京から十六夜町に来たんだもの。……私は諦めない。屈するものか。その為なら、手段なんて選んでられない」


 いつも猫語でふざけている瑠奈とは思えない落ち着いた声で、ぽつり、ぽつりと積年の想いを吐き出す。其れは決意か、恨み言か。

 話の腰を折ることになるが、どうしても尋ねておきたかった。


「そんなこと知って、どうするつもりだよ……? オレ達は警察でもなければ探偵でもない、ただの高校生なんだぞ?」

「……それは……」


 その時、初めて瑠奈の瞳が陰る。彼女は答えに窮すように視線を揺らし、口を開いては閉じてを繰り返し、途切れ途切れに喋った。


「それは……実の所、私にも分からない。……ただ一つだけ言えるのは、この事件の糸口を見つけるまで私は先に進むことなどできない。……例え全てが徒労に終わったとしても、諦めることだけはしたくない」

「違う! オレが聞きたいのは、どうしてそこまで十六夜奇譚に感情移入するかってことだよ! 十六夜奇譚はお前にとって何なんだよ!?」


 中々進まない話に苛立って声を荒げると、瑠奈はあの聡明な眼差しでオレを貫く。


「……そうね、隠していてもその内バレるだろうから教えてあげる。七年前の犠牲者の子達は私の友達だったの」

「…………は?」


 彼女は立ち上がると、一歩、二歩と後退してオレを見下ろす。

 蛇に睨まれた蛙のように動けずにいると、彼女はふっと瞳の鋭さを和らげた。


「……今夜はここまでにしよっか」


 次の瞬間。オレの前にはいつもの瑠奈が立っていた。

 見慣れた胡散臭い笑みを浮かべる彼女からはすっかりあの得体の知れない雰囲気は消え失せ、鼻歌混じりに柵にもたれかかって花火を見ている。


「おい、まだ話は――」

「にゃんたろす君、ボクは十分にヒントを与えたよ。もうサービスしすぎなくらいに。だから後はキミが考える番だよ」


 オレの言葉を遮って瑠奈が完全なるピリオドを打つ。続く疑問は意味深な笑みに掻き消され、オレは沈黙せざるを得なかった。


 もう花火を楽しもうという気も起きない。

 ただ、遠く空から響く火薬の爆ぜる音がそれでも時間が進み続けているということを無粋に報せるのみだった。


「……そろそろ花火も終わりだね。瑠奈さんは門限があるんで先に戻るよ」


 瑠奈は最後にそう言い残すと、荷物をまとめて山道へ踵を返す。

 彼女の後ろ姿が闇に呑まれて見えなくなるまで、オレはその場から動くこともできなかった。

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