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緋咲奇譚  作者: シエル(ニジマスの神P)
第一部・一章 緋色月リフレクト
11/15

10 十六夜祭り


 幼馴染達と合流して祭りに来る途中、皆で遊べそうなものはないかと探していた時に見えた屋台が金魚すくいだった。

 屋台自体は目立つ場所にあった為に、迷うこともなく辿り着けた。

 屋台の周りには小さな子供連れの家族が多く、和気藹々とした雰囲気だ。夏祭りの金魚すくいなんて定番中の定番だもんな。


「そしてボク達はその定番スポットを荒らす訳だけども」

「ああ。片っ端から狩り尽くして草木も生えないようにしてやろう」

「……二人共、穏便にね?」

「ん? んんっ、ゲホンゴホン! オッフォン!」


 良識派のエミルに釘を刺される。勿論オレは自重などするはずもなく、仰々しい咳払いで搔き消した。

 エミルの目の温度が少し下がった気がするが、気のせいだ。気を取り直して行こう。


「さて、お前らいいか? 使っていいポイは三つまで。手元の金魚の数がそのままポイントで、最終的に一番多く金魚をすくった奴が優勝というシンプルなゲームだ。他に質問は?」


 厳しい眼差しで皆の顔を睥睨すると、早速手が上がる。


「瑠奈か。何だ?」

「一つ訊きたいんだけど、紙が破れた後のポイはどうすればいいかな?」

「紙が破れたポイは使用不能だ。……更に細かく言うなら、紙が完全になくなったポイで縁を使って金魚を捕まえたとしても無効だ。まぁここは皆の良識に頼る」

「つまり紙に引っ掛かればOKってことだね」

「ああ。確認は済んだか? それなら皆の衆、出陣せよ!」

「「「おー!」」」


 三人の声が綺麗に重なり、幼馴染二人は走ってポイを購入に向かう。

 オレも買いに行こうとしたその時、まだ立ち止まっていた瑠奈の視線が屋台裏に向けられていることに気がつく。

 疑問に思ったのは一瞬で、すぐに何の確認をしているのか気が付いた。


「心配しなくてもこの店のポイの号数は五号から六号だぞ」


 後ろから忍び寄ると瑠奈は僅かに眉を持ち上げ、そして一見いつもと同じように見える剽軽な笑顔を浮かべた。


「……そうみたいだね〜。やけに詳しいけど、まさかにゃんたろす君、ボク達にだけ薄い方のポイ渡すなんて小細工はしないよね?」

「馬鹿言うな。下調べもなしに金魚すくい対決を提案すると思うか? この店を見つけた時に確認済みだ」

「へぇ? まぁボクは例え薄いポイを渡された所で勝ちは揺るぎないから問題ないけどね。むしろキミ達相手なら良いハンデじゃない?」


 瑠奈は笑っているが、その眼差しはいつになく獰猛で、完全に戦闘モードに入っていることを改めて実感する。


 ――こいつ、何が何でも勝つ気だな。


 無論オレもエミル達のようなビリ回避などという安い目的ではなく、目指すのは一位。ナンバーワンにしてオンリーワンのみだ。気迫でも実力でも瑠奈に劣るつもりはない。

 だから売り言葉に買い言葉で行かせてもらう。


「心配すんなよ。かなるんと瑠奈は五号、オレとエミルは六号を渡されるだろ。なぁオヤジ?」


 同意を求めるように視線を向けると、店主がギク、と肩を跳ねさせた。


「図星か。まぁオレは女子供相手にそんな小細工をする程小さい男じゃないから安心しとけよ」

「そうだね、キミが小さいのは身長だけだものね」

「これから伸びるんだよ。見てやがれ、あっという間に抜かしてやるからな。今に上空から見下ろしてやるからな。マジで」

「ドローンでも飛ばして見下ろすのかい?」

「あははははは。そこに直れ、跡形も残さず膾にしてやる」

「きゃー暴力反対〜」


 一見にこやかに笑い合っている絵面だが、互いに視線で相手を刺すのを忘れない。

 牽制ではなく、刃を剥き出しにした白兵戦。視線だけで人が殺せるのなら、間違いなく死人が出ていただろう。というか今すぐ殺したい。身長弄りだけはやめろ。


 本気で殺気を纏いかけていると、ポイを買って戻ってきたらしいエミルがオレの頬をちょんと突いた。


「ねぇねぇ、キンタロー」

「……何だよ?」

「号数って何の話?」

「知らないのか? 和紙のポイにも種類があるんだよ。一般的に出回ってるのが四号から七号で、数字が大きいものほど薄く破れやすくなってる。尤も、最近は七号を扱っている店はあまり見かけないけどな」

「へぇ、ポイにも色々あるんだね」


 エミルは感心したように頷く。かなるんは涼しげに装っていたが、小さく感嘆の声を漏らしていたのが聞こえた。

 この程度は基礎知識なんだが……大丈夫かな、こいつら。

 呆れると同時に、瑠奈への怒りも薄れてきた。


 そして読み通りにエミルとオレには六号、瑠奈とかなるんには五号のポイが三つずつ渡される。

 全員に行き渡ったのを見計らい、オレは息を吸い込んだ。


「それじゃあ……交戦開始ッ!」

「「「おー!」」」


 再び三人の声が綺麗にハモり、全員の手が同時に生簀へと伸びる。オレ達の目的はただ一つ。この生簀の金魚を狩り尽くすことだ。


 金魚すくいのポイはプラスチックの枠と和紙で出来ている。最中を使っている店もあるが、今回は紙の方を使用するのでそちらの説明をしよう。


 ポイに使用される和紙の強度はどれくらいかというと、水に浸すとすぐにふやけて破れてしまう程度。

 だから金魚すくい対決の場合、いかに紙に負担をかけず金魚をすくうかが肝になる。


 ポイの角度、引き揚げるタイミング、枠の使い方。

 金魚すくいは夏祭りの子供向けの遊戯と思われがちだが、それは違う。技術とセンスと経験と計算の全てを積み上げ、初めて名人となれる胸熱スポーツなのだ。


「……ああっ!? もう! 破れちゃったんだけど!」


 開始数秒で早くも最初のポイを使用不能にしてしまったかなるんは腹立たしげに手足をじたばたさせる。


「あはは、その調子じゃかなるんがビリだね。罰ゲームは金魚お持ち帰りだっけ?」

「その後、金魚を大量に手にした女子高生が祭り会場を歩くのであった……にゃははっ♪」

「エミルも瑠奈も似た者同士か! おかしいわ、なんであんた達はそんなすんなり取れるのよ!」


 かなるんはわなわなと震えながら二人を睨みつける。だがエミルも瑠奈も余裕だ。

 現状、かなるん以外の三人は最低でも一匹以上金魚をすくえている。そのことが二人の自信になっていた。


 エミルに至っては勝敗は既に決したとでもいうようにのんびり金魚をすくっている。

 かなるんに罰ゲームを受けさせるつもりで金魚をすくい続けるとは流石オレの幼馴染。まぁオレもすくい続けてるけどな!


「こういうのにはコツがあるんだよ〜。教えないけどねっ♪」


 瑠奈は喋りながらも凄まじいスピードで金魚を捕獲してゆく。店のオヤジの顔色なんて全く気にしていない。

 あの容赦のなさ、流石は鬼ジャーナリストだ。一番の脅威といえるだろう。


「あっ……とと、やっちゃった」


 金魚を十匹程度捕まえた後、エミルのポイは水の負荷に耐え切れず半分ほどが破れてしまった。エミルは口を尖らせながらも残ったもう半分で戦い続ける。

 ルール上、少しでも紙の部分が生き残っていればセーフだ。かなるんのみたいに真ん中から大きく破れてしまったポイはもう使い物にはならない。


 瑠奈はその間にもブレずにハイスコアを積み上げて行く。

 目にも留まらぬスピードで金魚すくい上げる腕の軌跡が残像を残し、千手観音のような厳かさと神々しささえ感じられる。


「あの姉ちゃん何者だ!? 凄まじいスピードで金魚が増えてくぞ!?」

「あれはまさか……千手金魚すくい!? 東京の黄月名人の一門の技じゃないか!」


 この騒ぎを聞きつけたらしく、いつの間にか屋台の周りには観衆が集まっていた。

 そして黄月名人とか千手金魚すくいとか不穏な単語があちらこちらから聞こえる。何だそれは……!?

 動揺していると、瑠奈の視線がこちらを向く。


『くくく……金魚すくい名人一家に長女として生まれたこのボクに金魚すくいで勝負を挑んだことが間違いだったと後悔させてあげるよ』


 言葉に出さずとも、その目が克明に物語っていた。間違いない……完全勝利を狙う目だ。

 いや、最早勝つなんて優しい表現も似合わない。本気で殺りに来てる目だ。


 見開かれた瞳は血の色で、赤黒い光は見る者全てを凍り付かせる。


 背筋をぞわぞわした感触が這い上がる。

 獲物を狙う禿鷹のような目が恐ろしくて堪らない。……なのに、どうしてオレはわくわくしているんだろう?

 藪蛇を突き出してしまった恐怖よりも、予想外に潰し甲斐のある好敵手に出会えた幸運を喜ぶ気持ちの方が強いのは何故だろう?


 頭の中で、スイッチが切り替わる音がした。


「……ふふ、ははは……成る程な。成る程。実に愉快、何たる僥倖か。だが、その程度で勝ったと思ってもらっては困るな」


 含み笑いを漏らしながら手を止める。手近にいる金魚達を片っ端からすくって茶碗に投げを繰り返していたが、もうそんな大雑把な作戦には興味がない。

 普通にやるだけじゃこいつには勝てない。本能で確信した。


「だからもうハンデはやめだ。こちらも本来のスタイルで行かせてもらう」


 オレは不敵に口端を釣り上げながら、懐からあるものを取り出す。


「っ!? あれは……!」


 オレの意図に気付いたエミルが声を上げる。だがもう遅い。


 いかに紙を破らないで沢山すくえるか計算するだけが金魚すくいではない。

 自分の近くに金魚を呼び寄せるのもまた、プロのスクイストの腕の見せ所なのだ!


「あれは……扇か? 何であんなものを……」


 そう。オレが持っているのは扇だ。

 かなるんやギャラリーはクエスチョンマークを飛ばし合っているが、瑠奈だけは笑顔で見守っていた。


 黒塗りの扇を水平に構え、丁度オレの周りに影が生まれるようセッティングする。そしてこちらからは仕掛けず、深淵なる闇の魔力が増大するまで待つ。

 するとどうだろうか? 疎らに泳いでいた金魚達が、誘い込まれるように扇の下へ集まってくる。


「えっ!? 嘘、なんで!?」

「おい、金魚が集まってきてないか!? どういう術だ!?」

「……そっか、そういうことなんだね」


 ざわめくギャラリー達。瑠奈も一足遅れてオレの意図を理解したらしく、真剣な面持ちで見守っていた。


「……今だ!」


 金魚が固まっている部分を狙って、素早く掬い上げる。オレの茶碗の中に落ちてきたのはひぃふぅ、みぃ……数えるのも馬鹿馬鹿しくなるくらいたくさんの金魚達が狭い茶碗の中にすし詰めになる。


「お、おおお!?」


 金魚達が腕の中に落ちるより早く、ギャラリーの歓声が巻き起こる。

 鳴り止まぬキンタローコール! オレは踏ん反り返ってそれを受け止める。

 振り返ると、瑠奈は不敵な笑みを浮かべたままオレの健闘を称えていた。


「流石だねにゃんたろす君。それでこそボクのライバル、潰し甲斐があるよ」

「言ってくれるな。お前こそポイに穴空き始めてるぞ? そんなんで大丈夫なのか?」

「ご心配なく。紙が完全になくなるまでは使用オッケーでしょ? これだけ面積があればまだ使えるよ」


 瑠奈のその言葉はただの挑発ではなく、紙の余った部分で次々に金魚を捕獲している。流石に強いな。良いぞ、こちらもテンションが出来上がってきた。


「ど、どういうことよ? どうして急に金魚が集まってきたの……?」


 かなるんはというと、オレ達の熱戦について行けずに置いてけぼりをくらっていた。


 一部のギャラリーからも似たような疑問が上がっているので、そっとエミルに目配せする。

 彼は素早くオレの意図を理解し、他の奴らには見えないよう小さく頷いた。


「金魚は影がある所に集まってくる習性があるんだよ。今のは扇で影を作って金魚の動きを誘導したってこと。僕も思いついてたけど、先にやられちゃったなぁ」

「影……!」


 エミルの解説を聞き、ギャラリーから更に大きな驚嘆の声が上がる。

 かなるんは水槽に前のめりになって影を作り始めるが、所詮は素人の二番煎じ。

 寄ってきた金魚を一網打尽にしようとするが、もたもたしていた為に金魚に暴れられ、結局ポイが破れてしまった。


「あぁっ!? また!?」

「あーあ、かなるんるんはこれで残機一ですねぇ。付け焼き刃で真似しようとしたって駄目だよ? 引き揚げるのにも技術が要るんだから」

「何でよっ!? 何であたしだけ!?」


 一気に仕留めようとして盛大にズッコけたので、ギャラリーからも苦笑が漏れる。


 かなるんのポイは残り一個。後一回ポイが破れれば、その時点で脱落とビリが確定する。

 本人もそれを理解していて、手つきに焦りが滲み出している。

 大きいのばかり狙う癖して、後ろからそろりとポイを近付ける辺りに自信のなさが溢れている。

 尻尾からすくおうとすればポイが破れるなんて初歩知識だろうに。


 というかポイの裏表すら見てないで使ってるし。どちらを上にするかでも大分紙への負担は変わるのに……まさかここまで初心者とは。流石に少し哀れに思えてきたぞ。少し手を貸すか……?


 今の所僅差でオレが優勢だが、少しでも気を抜けばあっという間にリードされてしまうだろう。

 オレが逡巡する間にも瑠奈はスコアを積み上げている。水槽内の金魚もかなり減ってきた。


 ……一方的なゲームは好きじゃない。

 オレは体勢を変える振りをしてかなるんに一歩近寄ると、耳朶にそっと囁いた。


「……ポイの裏表くらいはちゃんと確認しとけよ」

「え?」


 ポイと睨み合っていたかなるんは肩を跳ねさせてこちらを向こうとしたが、扇で動かないよう制し、更に耳打ちする。


「水に漬けるなら少しずつじゃなく全面に付けた方が紙にかかる負担が少なくて破れにくい。斜めにして入れるのがコツだ。入れる時は一気に入れてサッと取る。これが基本だ」

「え、え?」

「後、さっきからデカい金魚ばっか狙ってるけど、お前には荷が勝ちすぎてる。これは金魚の大きさを競うゲームじゃなく、数を競うゲームなんだ。水面にいる小さいのを狙え」


 戸惑うかなるんに一気に畳み掛ける。首を傾げながらも彼女は言葉を飲み込み、水面付近に上がってきている小さな金魚を視線で追い始める。


 必ず水面に上がってくる金魚はいる。なぜなら、狭い水槽に何十匹もの金魚が泳いでいるのだから。

 人間を狭い密閉空間……例えばエレベーターとかにぎゅうぎゅうに詰めた所を想像してみるといい。

 もしそのエレベーターが故障して閉じ込められれば、そう時間をおかずに酸欠になる奴が出てくる。

 金魚とてそれは同じ。酸欠になって弱った金魚は、酸素を求めて水面に上がってくる。

 水面付近ではくはくと口を開けている金魚がいたら、そいつは間違いなく酸欠。弱ってるからあまり動かないし、狙いもつけやすい。


「すくう時はビビらず正面から掬え。金魚を捕まえても慌てて引っ張り上げるな。水を切りながら斜めに引き上げろ」

「わ、分かったわよ!」


 かなるんは困惑していたが、水面に上がってきた赤い出目金に狙いを定める。


「えいっ! ……あ」


 これまで水面に付けるなりすぐ破れていたポイは……破れなかった。代わりに、茶碗の中でスイスイと出目金が泳いでいる。


「おぉお! 翠ヶ崎の姉ちゃんが一匹獲ったぞ!?」

「まぐれか?!」

「いや、今更一匹獲ってもビリは確定だろうよ」


 ギャラリーが一斉に盛り上がる。だが、殆どの声は逆転は無理だろうという苦笑交じりのものだった。


「と、とれた……」


 かなるんは茶碗の中を泳ぐ金魚を呆然と見つめている。獲れたことが自分でも信じられない、と顔に書いてある。


「よし。じゃ、精々エミルには追いつけるようにしとけよ。あいつの現スコアは十三匹だから」

「うげっ……!? あんたら獲りすぎでしょ!?」


 エミルはあの後無茶をして一枚目で何匹か捕まえたが、完全に破れて使えなくなったので今は二枚目に持ち替えていた。

 瑠奈は相変わらず一秒に一匹くらいのペースで金魚を掬い上げており、茶碗はもう三杯目だ。


 別にかなるんに多少の知識を与えた所で今更オレに追いつけるはずもないが、瑠奈には大分リードを許してしまった。

 ……まぁいいか。結果が分かってるゲームなんてつまらないしな。


「さて、オレも持ち場に戻るか」


 扇とポイを持ち直し、オレも倍速で掬い出す。目指すは一位のみ。それ以外の順位に興味などない。


 そう意気込んだはいいが、かなるんに時間を割いた代償は大きかった。

 水槽内に意識を戻した時、殆どの金魚は瑠奈に狩り尽くされていた。


「なん……だと?」


 目を離したのは数秒くらいだったはずなのに、どうなっているんだ瑠奈の腕は。

 扇で影を作って金魚を集める作戦も、そもそも集めるべき金魚がいなければ無意味。それでも必死に追いつこうと粘ったが、結果は僅差での敗北。

 瑠奈はギャラリーの瑠奈コールを浴びて高笑いし、オレは屈辱を味わうこととなった。

 そして、かなるんは……


「十七、十八……十九匹!? すっごい、かなるんるん第三位だよ!?」


 ギャラリーから盛大な拍手が送られる。瑠奈とオレの結果が発表された時よりも拍手が多いのは、彼女が絶望的な状況から巻き返したからだ。


「凄いよ奏流、あの状況からよく覆せたね!?」


 一部始終を目撃していたらしいかなるんのクラスメイトがやってきて、興奮気味にまくし立てる。


「ま、まぁあたしの力にかかればこのくらい当然だわ」


 かなるんは不遜に振舞いながら横目でちらりとこちらを見たが、オレは無視して手近に居たエミルに話しかけた。


「エミル、後半焦ったろ」

「えっと、ははは、面目ない」


 エミルは気恥ずかしそうに頬を掻いた。

 序盤は調子の良かったエミルだが、急に調子づいたかなるんに焦りが出たのか二枚目に続き三枚目まで早い段階で破ってしまい、本来の力が出せなかった。結果は計十五匹。


 全員の合計スコアは百匹を超える。

 当然エミル一人では持ち帰れないので、家に電話をして車で運んでもらうこととなった。


「キンタローさん、うちの坊っちゃまをよろしくお願いしますね」

「ええ、どうも」


 すれ違い様お手伝いさんに声を掛けられ、会釈を返す。その人の後ろでは見知らぬ男の人達が大きな水槽を抱えて車に運んでいた。


「何というか……便利だな、金持ちって」

「ん? 何か言った?」

「いや……」


 苦笑いで曖昧に濁す。

 ……言えないな、時折エミルが羨ましく感じるなんて。

 裕福な家庭でお手伝いさんまでいて、こんな夜でも呼べば来てくれる。もう慣れた景色だけど、羨望と少しの嫉妬があるのは間違いなかった。


「でもキンタローも凄いよね。四十四匹で、瑠奈とは一匹差でしょ? 二人だけ次元が違うよ」


 こちらの胸中など知りもしないエミルは純粋に瞳を輝かせて友人の健闘を称えている。

 負けた後に褒められても、聞く人によっては煽りにしか聞こえないということを教えてやった方がいいだろうか?


 ……まぁいいか。言った所でこの鈍感に伝わるはずもないし。

 それよりも今日はこんなにも楽しいんだから、楽しいことだけを考えていればいい。


「ああ、オレも瑠奈がここまでとは思わなかったよ。一抜けするつもりが誤算だった」

「にゃははっ、そっちこそ。妙に自信あるとは思ってたけど、ひょっとして大会とか出たことある?」

「地元の小さな大会なら何度かな。優勝はしたことないけども」


 技量には自信があるが、まだ大人には勝てない。経験の差は大きいということか。


「いやいや、でもあの金魚すくいへの熱意は中々持てるものじゃないよ。今度東京で大会あるからおいでよ、歴代優勝者の紹介枠でエントリーしとくからさ」

「何気に優勝経験あるんかい」

「まぁ瑠奈さんは才色兼備ですから。ありとあらゆるゲームに秀でてるよ?」

「うわつよい……って、ゲーム限定かよ」

「にゃはは〜♪」


 瑠奈はいつものふざけた笑い方で背を向け、オレのツッコミを誤魔化そうとする。おい、待てコラ。


「…………ねぇ、キンタロー」


 そのままいつものノリで瑠奈とふざけ合おうとした時、かなるんが後ろから肩を叩いてきた。

 彼女の申し訳なさそうな、複雑な顔を見てすぐに用件を理解したオレはおふざけモードを一旦オフにする。


「さっきのことか? 礼なら必要ないぞ」

「で、でもあたし……」


 予め断りを入れたが、かなるんは両手をもじもじと擦り合わせて視線を彷徨わせる。

 彼女にしては歯切れが悪い。どう切り出せばいいのか迷っているようだった。


 あの時、オレが教えなければ彼女は確実に戦果ゼロのままビリが確定していた。

 そしてかなるんに時間を割いた結果、オレは僅差で瑠奈に敗北した。その責が自分にあるとでも思っているのか? ……全く、とことん馬鹿だな。


「オレは基本を少し教えただけに過ぎない。逆転したのはお前の順応力の高さ故だ」

「でも……」

「でもじゃない。普通、多少教えられただけですぐに実践できる奴なんてそういねーよ。あれはお前の実力だ」


 かなるんの顔がこの上ないほど真っ赤に染まる。照れ隠しに憎まれ口の一つでも叩かれると思ったが、彼女は視線を地面に落として項垂れるだけ。


 暫くの間、オレもかなるんも無言だった。

 このまま息を潜めていれば二人して祭囃子の喧騒に融け出して跡形もなく消えてしまうような錯覚を覚えかけた頃、オレの方が沈黙に耐え切れずに口を開いた。


「それに……」

「それに?」


 かなるんが俯いていた顔を持ち上げる。

 特に考えず口にしたので、何と続ければ良いのか悩んだ。それでも回らない頭を必死に回転させて、続きを捻り出した。


「……それに、オレがお前に教えたのはオレの自由意志だ。だからお前のせいで負けたなんて自惚れるなよ」


 生温い風が彼女の淡い茶髪を揺らす。頭の後ろで緩く編み込まれているだけのように見えるのに、風が吹いても全くセットは崩れない。

 翠の瞳いっぱいに赤い顔のオレを映したまま、かなるんは呆然としていた。


「……何というか、その」

「何だよ。言いたいことがあるならハッキリ言え」

「なんか今のキンタロー、夜桜ぽかったわね。ツンデレチョロイン感が」

「うるせーよ」


 居た堪れなくなって、かなるんの頭を乱暴に撫で回す。


「やーめーてー! 髪の毛のセット崩れるー!」

「そんなんで崩れる柔なセットじゃねーだろお前のは」


 その後も戦いの余熱が冷めないまま、オレ達は暫く互いの健闘を称え合うのだった。




     *   *   *



「それじゃ、また明日な」


 小さくなる背中に向かって手を振る。やがて彼女の後ろ姿が人混みに消えて完全に見えなくなり、手を下ろす。


 友人との待ち合わせ時間が来たとかで、瑠奈は行ってしまった。また三人に戻ったわけだが、この後どうするかはまだ決めていなかった。


 さっきの大騒ぎのお陰で金魚すくいは大盛況となったお陰で、オレ達は色々な屋台に引っ張りだこだった。

 射的にヨーヨーすくい、ダーツに飴細工。片っ端から回った結果、荷物の量はとんでもないことになった。

 かなるんが抱き締めている特大のぬいぐるみを横目に見て、溜息が漏れる。明らかに通行の邪魔になっているが、本人はとても幸せそうだ。


「キンタロー、次はどこに行くの?」

「そうだな……どっかで荷物預けて盆踊りにでも行くか。櫓はあっちだったよな……わっ!?」


 踵を返しかけたその時。丁度目の前を人影が横切った。

 両手に荷物を抱えていたオレは回避する術もなく、真正面からぶつかってしまう。


 衝突の煽りを全身に受け、両手に抱えた袋がばさばさと落下する。


「大丈夫、キンタロー!?」

「…………」


 エミルが慌てて駆け寄ってくる。その後も何か言葉をかけてきたがその声は遠く、オレの耳には言葉として入ってこなかった。


 生気の抜け落ちた死人のような瞳が無感情にオレを映す。

 オレの前で座り込んでいるのは、巫女服を着た子供だった。

 まだ夏も終わり切っていないのに厚手のニット帽を被っていて、帽子の下からは白銀の長い髪と、幼さを残しながらも怜悧な美貌が覗く。

 性別は……よく分からない。男のようにも見えるし、女のようにも見える。綺麗だが何処となく冷たさを感じる容姿だった。


 その時、何処からか大きな太鼓の音が響いてきた。

 その子は身動ぎ一つせず座り込んでいたが、太鼓の音を聞くと無言で立ち上がり、走り去ってしまった。


「……キンタロー? どうし……わっ!?」


 オレはエミルを押し退けると、その子が走り去って行った方へと駆け出す。


「キンタロー!? 何処行くの!?」


 制止の声すらも無視して、道行く人々を乱暴に掻き分けて進んだ。

 脳裏に先程まで向けられていた絶対零度の眼差しが焼き付き、原因不明の焦燥が募る。


 早くあの子を追いかけなくては。いや、早く追いつかなければならない。……何故? 追いついて、どうするつもり?

 追いついた後どうすればいいのかも全く分からないが、とにかく追い着かねばならないという強迫観念のみがオレを突き動かしていた。


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