00 Lieder ohne Worte
以前別作品にちらりと載せたものの設定を変えた作品です。今回はプロローグとなりますので短めです。
ソレらが何なのか、初めは全く理解する事が出来なかった。
場所はいつもの第二図書室。
いつも此処に集まる時と何ら変わらず制服を纏った姿で、皆が集まっていた。
だが、眼前に広がる光景は決していつも通りではなかった。
まず、肉塊が転がっていた。
ひしゃげた薄ピンク色の物体は最早肉の塊としか表現しようがない程に原型を留めておらず、ソレが元は人間であったなんてぱっと見では誰も気付かないだろう。
次に視界に飛び込んできたのは、今の時期に被るには少し暑そうなニット製の帽子を被った死体。
顔の右半分のみが無惨に潰されているソレは、ご丁寧にもう半分が残されていた為に言い訳も誤魔化しもできなかった。
せめて顔が全て潰されていたのなら、あの子の帽子を被った別人という可能性を挙げる事もできた。
例えそれが一時の気休めにしか成り得ない、非生産的な行為だとしても、少なくとも目の前の最悪の事態からは目を逸らす事ができるから。
一歩、また一歩踏み出す度に足下で粘り気のある液体が跳ねる。
上履き越しにも伝わってくる生温かさに背筋を冷たいものが這った。
震える手を伸ばしてそっと触れた骸のまだ暖かいその温度が、鉄臭い血の臭いが、容赦なく眼前の光景が現実なのだと脳に叩き込んでくる。
ぐるりと改めて教室内を見回すと、どれもこれも皆の面影を残した肉塊ばかりが転がっていた。
コレがあの子達だなんて信じられないし、信じたくもなかった。
だって、皆ついさっきまで自分の意思で動いて、生きていたじゃないか。
人は意思を持ち、学習し、発想する事ができる賢い生き物だ。
だが、死んだ人間は物と同じだ。自分では動きもしないし、考える事も無い。今まで見聞きしてきた事も全て消えてしまったソレは、単なる肉塊だ。
そして、こうなってしまってはもう決して元通りに戻る事は無いと理解すると同時に胃の中から込み上げてくる感覚がして、耐え切れずにその場でしゃがみ込んで戻した。
それでも尚気分の悪さは収まらなくて、涙が止まらなくて、苦しかった。
――どうしてこんな事になってしまったのだろう。
嗚咽やら色々な液体をぶち撒けながら、すうっと芯から冷やされてゆく頭は漠然とした疑問を投げ掛ける。
いつだって平穏な日々を望んでいた筈なのに、一体何処から間違ってしまっていたのだろうか。
思いつき。好奇心。暇潰し。
アンニュイな日常に刺激を求めてしまった自分が全て悪いのだろうか? いや、きっとそうだ。
いつ、何処から間違えてしまっていたのか?
そう考え出すとキリがないが、少なくとも自分があの時あんな事を言い出しさえしなければ、こんな結末は訪れなかった筈だというのは自分が一番よく解っている。
まるで現実味がない、嘘みたいな話。
夢を見ている気分だが、今尚滴り落ちてくる鉄臭い生温い液体と、焼け付いた赤の鮮明さが間違いなく現実なのだと本能が機能を停止しかけた頭に訴えかけてくる。
――いつもそうだった。全てが手遅れになってから気付くんだ。
ぐにゃりと、誰かが故意に掻き回しているかのように視界が歪に掻き混ぜられ始める。
――ああ、またしても始まってしまうのだろう……
タイトルの通り無言回