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セルティムⅤ  作者: Uma
五番目の覚醒
4/20

3話

 優人が入院している病院は軍事病院だが、一般病棟も併設されている。病院の中庭は噴水やベンチ、花壇などが整備されていて公園のようになっている。一般病棟の患者のためのようで、子供やお年寄り、様々な年齢層の人の姿が見られる。

 芝生の上では子供たちがボール遊びをする姿が見える。少し視線を上げれば、ゴーストタウンが見えるこの場所で。

 子供たちにとって、この光景は見慣れたものなんだろう。

 これが現実で、この現実の中で生きて行くことが当たり前で、そんな中でも子供たちは無邪気に遊んでいる。

「いつまでもウジウジしてるのは僕だけ、か」

 宮岸の話を聞いてから三日が過ぎている。

 話を聞いた次の日は現実を見たくないと、一日中病室に閉じこもっていた。だけど頭の中では宮岸の言葉がリピートされて気が狂いそうだった。

 二日目で病室にいても気がめいるだけと思って病院を歩きまわった。そんな時にこの中庭を見つけた。人が賑わっている光景を見ると少し気も晴れた。

 そして今日、優人は再び中庭に足を運んだ。

 誰も座らなそうな中庭の片隅にあるベンチに腰掛けて、ボーと中庭の光景を見つめる。

「星野さん」

 後ろから呼ぶ声に振り向くと、女性の看護師の姿。彼女は久瀬絵梨くぜりえ。屋上で呆然としてた優人を病室へと戻した優人担当の看護師だ。

「久瀬さん、おはようございます」

「おはようってもう昼ですよ」

「え?」

 と空を見ると太陽が大分昇っている。

 時間を忘れていた優人に「大丈夫ですか?」と久瀬が呆れる。

「大丈夫ですよ。ちょっとボーとしてただけです」

「それじゃあ今日の午後、検診があることはちゃんと覚えてますよね?」

「え……?」

 完全に初耳だった。いや久瀬が覚えているか尋ねているということは、一度聞いたはずなのだろう。

 覚えてない優人の様子を見て「まったくもぅ」と久瀬がぼやく。

「すいません……」

「検診は一時からですよ。それまでには病室にいてください」

「わかりました」

 今度は忘れないようにしっかりと頭に残しておく。

 そして午後を迎えた。

 病室を訪ねたのは宮岸だった。椅子に座って向かい合うと「三日経って少しは落ち着きましたか?」と宮岸は切り出した。

「はい、少しは」

「そうですか、それはよかったです。それではこの前の続きを話しましょう」

「お願いします」

「まずここ数年の日本の状況です。星野君もすでに見ていると思いますが、今の日本にはゴーストタウンは珍しくないです。四年前に現れたオルティムたちの大規模侵攻で、西日本はほぼ壊滅、オルティムの巣窟となっている状態ですからね」

「西日本全部……」

 自分で口にして寒気がした。

 西日本。その広大な土地の中には優人の住んでいた街も含まれているのだ。

「今星野君がいるこの都市はロクスソルス都市と呼ばれる軍事都市です。西日本襲撃の後すぐに西側にいるオルティムに対する防衛拠点として旧群馬県に建設されました」

「……宮岸先生。一つ聞いていいですか?」

「もちろん」

「ぼ、僕の地元は、いや家族は今どうしていますか?」

 この二日間、ずっと気になっていた。この前宮岸と話した時に聞けばよかったと後悔していた。

 だが今は聞くのが怖い。西日本が壊滅しているということは優人の地元もあんなゴーストタウンのようになっているということだ。

 つまり戦争に巻き込まれている。

 そんな中で真紀恵と美奈々は無事なのか?

 どうしても最悪の事態が頭をかすめてしまう。

 強張る表情、開く瞳孔、困惑と焦りが頭にうずまく。

 だが、そんな優人に反して宮岸は笑顔を向けた。

「確か星野君は十年前から母子家庭ですね?」

「は、はい。父は妹が生まれる前に死んでます」

「なら安心してください。星野君のお母さんと妹さんは無事です。今はこのロクスソルスにいますよ」

「……そう、ですか」

 ホッと息を吐く。一瞬よぎった絶望の予感は杞憂に終わってくれた。

「よかった……」

「明日から星野君の一般の面会も許可されますから、明日になったら会えると思いますよ。ご家族にも優人君が目覚めたことは伝えてありますからね」

「明日会える?」

「はい」

 十年後の再会ということになる。だが、優人の記憶の中では数日会わなかっただけだ。どんな顔をして会えばいいのか少し困る。

「話を続けていいですか?」

「あ、はい、話を反らしてすいません」

「大丈夫ですよ。星野君もご家族のことが心配で話に集中できないでしょうからね。――さて次は日本以外の世界の状況ですが、戦果が激しいのは日本を除いてロシア西部、ヨーロッパ南部、アフリカ全土、アメリカのハワイ島。この地域のほとんどはオルティムに占領されていると言っていいです」

 世界中がオルティムの脅威にさらされている。

 宮岸が生存戦争と言ったのも頷ける。まさしく人類とオルティムの生存をかけた戦争だ。

「世界は国際連合の軍事組織、国連軍を組織してオルティムと戦っていますが、戦況はかんばしくないようですね」

 優人の中で疑問が生まれる。

「先生は前にオルティムの説明をする時、セルティムを作ることが人類の急務って言ってましたよね。結局それってどういうことですか?」

 あの時は自分のことで頭がいっぱいで疑問にさえ思わなかった。

 宮岸はセルティムの存在理由がオルティムと関係しているように匂わせていた。

 セルティムである優人には聞いておかなければならないことだ。

 宮岸は考える素振りを見せる。

「……そうですね。その話は僕がするよりも適任者がいるので、ここでは話さないでおきましょう」

「適任者?」

「実は星野君と面会を求めている人がいるんです。今日の夕方ごろ来る予定です。国連軍の大佐さんで、確か戦場で君を見つけた人だそうですよ」

「戦場? 僕、戦場で見つかったんですか?」

「それもその人に聞く方がいいでしょう」

 全てをまる投げするかのように検診は終了した。

 夕方になると、予定通り面会者が来た。

 ドアをノックする音に「どうぞ」と返事をすると、軍服を着た二人の女性が入って来る。

(女の人……)

 驚いた。

 女性が来るとは思ってなかった。宮岸から大佐だと聞いていたので、もっと厳つい感じで巌のような男をイメージしていた。

 そしてもう一つ驚いた。女性の一人が優人と同じくらいの歳だということ。

 幼い顔立ちで、可愛らしさが残っている。身長は一六〇センチぐらいだろう。日本人ではないのか肩にかかる銀色の髪、青い瞳はジッとこっちを見つめている。瞳からは感情が感じられない。何にも動じなさそうな無表情が彼女に落ち着きがあることを伝えてくる。それゆえに幼いながらも青を基調とした軍服を着こなしている。

(この子も軍人なのか……?)

 今の時代は自分ぐらいの歳でも軍人になれるのか、と衝撃を受けるのは優人が時代に取り残されているからか?

 そして一方の隣の女性は女の子とは違い大人だ。二十代後半ぐらいだろう。顔立ちは凛としており、肩にかけた軍服がさらに彼女の凛々しさを引き立てている。スタイルも理想を形にしたように出るべきところは出て、引き締まるべきところは引き締まっている。まさに大人の女性。ここまで来ると可愛いというより美しいという言葉の方が彼女には似合う。

 二人は優人が寝るベッドの前まで来ると、大人の女性から口を開いた。

「初めまして。私は国連軍日本支部ロクスソルス基地所属、篠江大佐です」

 篠江が右手を差し出してきたので、握手に応じる。

「初めまして。星野優人です」

 手を離すと、視線を女の子へと向ける。

「同じく、ロクスソルス基地所属、アウラです」

「あ、よろしく」

 と続けてアウラに手を差し出した。

 アウラはジッと差し出された手を見つめるだけで握手に応じようとしない。

(もしかして文化の違いかな?)

 アウラの国は気安く異性と触れあうことができないのかと思い「ごめん。握手はダメだった?」と尋ねる。

「否定。応じます」となんとも堅苦しい言葉の後、アウラは優人の手を握った。

 冷え症なのかアウラの手は冷たかった。

 自己紹介を終えると、篠江はベッドの横にある椅子に視線を向けて「座っても?」と尋ねてきたので頷く。

 篠江は椅子に座ったが、アウラは座らないらしく一歩退いた位置で立っている。

 優人は本題に入る前に一つ質問をする。

「最初に一つ聞きたいんですけど、宮岸先生に僕を戦場で見つけてくれたのは篠江大佐さんって聞いたんですが本当ですか?」

「大佐は抜きでいいわ。貴方を拾ったのは私だけど、見つけたと言われると彼女がレーダで貴方を見つけたのよ」

 と篠江はアウラに視線を向ける。

「アウラさんが?」

 優人と篠江、二人の視線にさらされてもアウラは変わらずの無表情。ここまでくると落ち着いているというより、感受性がないとさえ感じる。

「アウラでいい」

「じゃあアウラ、ありがとう」

「任務を遂行する過程で見つけた。感謝は不要」

「そ、そう……」

 人を寄せ付けない態度に圧倒される。

 篠江はアウラの様子に苦笑いした。

「ごめんなさい。アウラはAIだからこれが普通なの」

「えーあいですか? それって人工知能ってやつですか?」

 優人の疑問に答えたのはアウラ。

「肯定。私は戦艦制御AIです」

「つまりアウラは人間じゃなくて機械ってこと?」

「否定。機械という表現は不適切。私は人間と同様の知能を持った一種のコンピュータ。現在は端末アンドロイドに一部のシステムをインストールして行動しているが、本体は戦艦の制御システムである」

「……そ、そうなんだ」

 言っていることの半分も理解できないが、つまり未来では見た目が人間そっくりなAIがいるということだろう。

「未来すげぇ」と未来の技術に感嘆する優人。

 そこで話が脱線していることに気付き、話を戻すように質問を続ける。

「それで、どうして僕が戦場にいたのかを聞きたいんですが」

「それは私にもわからないわ。貴方は四年前の西日本襲撃で行方不明になって、最近じゃ死亡判定になってたのよ。それが数日前に星野君が見つかった時は驚いたわ。貴方はあの廃墟でずっと眠っていたことになるんだから」

「そうですか……」

 どうやら事情を知っている人はいないようだ。奇妙ではあるが、今はその謎を解き明かすことが本題じゃない。

「そろそろこっちの話をしてもいい?」

 頷く優人。

「私は国連軍からのお願いを伝えにきたの。――国連軍日本支部は星野優人君の力を求めているわ。具体的に言うと星野君には国連軍に入隊して一緒に戦ってほしい」

「戦うって、僕がですか?」

「ええ。もちろん」

 正直何を期待されているのかわからない。

「篠江さん、僕は普通の高校生ですよ? いやむしろ普通の高校生よりもバカですよ?」

「そんなことを自信満々に言われても……」と苦笑する篠江。

「私たちは別に高校生の星野君じゃなくて、セルティムである星野君にお願いしているの」

「セルティムの僕?」

「星野君はラピス変異体についてどのくらいまで聞いてる?」

「人間がセルティム、人間以外の生物がえっと……なんとかティムって呼ばれてるくらいです」

「……オルティムね」

 バカに一度聞いた英単語を覚えろ、というのが酷なのだ。

「ならラピス粒子については全く知らないのね」

「ラピス粒子?」

「ラピス変異体には二つの大きな特徴があるの。一つ目が元となった生物を超える身体能力。そして二つ目がラピス粒子。このラピス粒子はラピス変異体が体内で生み出し放出する粒子。一つ一つは目に見えない微粒子なんだけど、密集して密度が濃くなれば青白い光になって見えるわ」

 目覚めてすぐ自分の体に起きた異常を思い出す。あの青白い光がラピス粒子の集まりだったわけだ。

「そしてラピス粒子にはどんなエネルギーも無尽蔵に吸収する力がある。粒子をまとったものはどんな鋭い刃も、高速の弾丸も受け付けない。全てのエネルギーを吸収して無力化してしまうの」

「えっとつまりそれは……」

 ない頭を必死に回転させて理解しようとする優人に篠江はさらに説明を加える。

「つまり、どんな攻撃も無力化してしまうってこと」

「それって無敵じゃないですか!」

「ええ。でも一つだけラピス粒子を消滅させられる方法がある。ラピス粒子は他の生物の粒子と接触することで互いが排除行動を起こして消滅するの。つまり粒子を持つものを倒せるのは粒子を持つものだけってこと。それがオルティムとの戦いでセルティムが必要な理由よ」

 真剣な顔で頷く優人。

「……なるほど」

 つまりラピス粒子がないとオルティムを倒せないということだ。

「でも世界にはセルティムが少ないからいろいろ工夫してオルティムと戦っているの。――アウラ」

「了解」

 会うらは腰に差していた拳銃を篠江に差し出す。

 篠江は拳銃から一発の銃弾を取り出す。

「これは銃弾だけどただの銃弾じゃない。この薬莢の中にはラピス粒子が込められているの。発射した銃弾が着弾すると、中に入った粒子を放出する仕組みになっていて、それによってオルティムの粒子を消滅させられるってわけ。これは粒子兵器っていうんだけど、銃弾だけじゃなくて砲弾なんかもあってそれを利用することでセルティムがいなくてもオルティムを倒すことで可能なの」

 真剣な顔で再び頷く優人。

「……なるほど」

 つまりその粒子兵器でオルティムが倒せるってことだ。

「でも粒子兵器は一定量の粒子しか込めることができない。もし大量の粒子を放出するオルティムが現れたら、もう粒子兵器じゃあ相手にできない。粒子兵器が消滅させられる以上に粒子を放出されちゃうから。大量の粒子を放出できる粒子兵器がないわけではないけど、何発も打てるものじゃないわ。結局、戦場で用意できる粒子の量は有限で、弾切れをおこせばそれで終わり。だからこそ粒子を生み出せるセルティムが必要なの」

 真剣な顔で三度頷く。

「……なるほど」

 つまり結局粒子兵器じゃオルティムは倒せないってことだ。

 真剣に耳を傾けて頷く優人に篠江は首を傾げる。

「本当にわかってる?」

「もちろんです。つまり、オルティムは粒子がないと倒せない。でもセルティムが少ないから粒子兵器で倒す。でも粒子兵器じゃ倒せないからセルティムが必要ってことですね!」

 懇切丁寧な説明をそこまで簡略的にしか理解できていない優人に苦笑する篠江。

「……ま、まぁだいたいそんな感じかな」

 そして篠江の視線がまっすぐ優人を捉える。

「それじゃ改めて星野優人君、私たちと一緒に戦ってくれない?」

 突然目覚めたら十年後の未来だった。

 そんな現実にいる優人には自分がどうするべきなのか、どうしたいのかもわからない。

 そんな時に現れた一つの道。国連軍に入隊してオルティムと戦う。

(僕はその道を進むべきなのだろうか?)

 わからない。

 その道を進んで自分はいったいどこへ向かえばいいのか。そんなことすらわからないなら今はまだ返事をするべきじゃない。

「すいません。少し時間をくれませんか?」

「もちろん。今日のところはこれで失礼するわ。後日改めて返答聞きに来るわ」

「わかりました」

 篠江とアウラが退室する。

 静かになった病室で考える。自分のこれからを。

 家族と平穏な生活を送りたい。贅沢を言うなら、もう一度凛子と純介と会って話がしたい。

 十年前なら当たり前だったことだ。

 たった十年でそんな当たり前なことでさえできなくなってしまった。

 未来は明るい。今よりもいい時代になっている。そんな根拠のない未来を無意識に思っていた。

 純介と凛子と月に行って、三人がお互いの道を進んでも、会える時間は少なくなっても三人の友情は変わらない。

 そんな都合のいい未来を思い描いていた。

「その結果が、これか……」

 人類は生存をかけた戦いの中、純介と凛子が生きているのかもわからない。自分はオルティムと戦うか選択を迫られている。

 いったい何人の人間がこんな十年後の未来を想像しただろう。こんな夢も希望もない酷い世界を想像しただろう。

 優人は窓から日が沈みかけた空を見つめる。空の半分は薄暗く、もう半分は夕焼け色に染まっている。

 その薄暗い空に優人は月の輪郭を見つけた。

「純介、凛子、僕はいったいどうすればいい……」

 その問い掛けに答えてくれる二人はここにはいない。


 ロクスソルス基地の総指令室。

 優人との面会を終えた篠江は面会での報告をするためにここを訪れた。

 部屋の中央に置かれたソファには部屋の主である上林義久総かんばやしよしひさ指令と、ロクスソルス都市の都市長である重森幸三しげもりこうぞうが顔を突き合わせて座っている。

 報告を聞き終えた重森は握った拳を振るわせて怒声を浴びせた。

「いったい君は何をしているのだ!! 篠江大佐!! いいか!! 君はこれがどれほど重要なことなのかわかっているのかッ!?」

 ツバをまき散らしながら言葉を捲し立てる重森。顔の輪郭にたっぷりと溜っている贅肉が叫ぶたびに揺れ、額から流れる汗が飛ぶ。

 なぜ彼がここまで怒り狂っているのか、それは篠江の報告に原因がある。

『星野優人は国連軍の要請を保留しました』

 篠江は病室での優人との会話を伝え、そう締めくくった。

 それが重森にとって不満だったらしく、怒りをあらわにしているのだ。

「私は言ったはずだ! どんな手を使ってでも彼を軍に入れろと! それが保留だと! 誰が彼に選択させろと言った!」

 黙って嵐が過ぎ去るのを待つつもりだったが、その言葉は聞き捨てならない。

 鋭い視線を重森に向ける。

「お言葉ですが国連軍に徴兵制は存在しません。ゆえに民間人である星野優人を強制的に国連軍へ入隊させることは不可能です」

「何事も例外は存在する! これは日本という国の存在と威厳がかかっているのだ!」

 篠江と重森の視線がぶつかりあう。無言の睨み合いとなると、今まで黙っていた上林が口を開く。

 上林は重森とは逆にかなり細身で軟弱そうな体をしている。顔は痩せすぎのせいかこけており、顔色は青白く体調が悪そうに見える。

「まぁそう熱くならないでください、重森都市長」

 重森をいさめる言葉。

「しかしだな、上林君!」

「彼が人類にとってどれだけ重要な存在かは、最前線で戦っている篠江大佐が一番よくわかっていますよ。そうですよね、篠江大佐」

「はい。もちろんです」

「なら、次に取る行動もわかっていますね」

 無言の圧力が篠江の肩に重く圧し掛かる。上林もまた重森と同じように優人を無理やり入隊させるよう言っているのだ。

 直情型の重森に対し、上林は冷静で計算高く目的のためなら手段を選ばない。重森よりも恐ろしいのは彼の方だ。もし彼が本気で星野優人を入隊させようとしたなら、優人の家族を人質に取るぐらいやりかねない。

「最大限の説得は試みます」

 説得という言葉に引っかかったのか、重森の眉間にシワがよる。

「大佐、その言葉はつまり選択権は彼に与えると受け取ってもよろしいですか?」

「はい」

 数秒の沈黙の後、先に口を開いたのは上林だった。

「わかりました。下がってください」

 形ばかりの敬礼をして、篠江は退室をした。

 部屋の外ではアウラがいつもの無表情を浮かべて待っていた。

「行きましょう」

「了解」

 短い受け答えをすませ、その場から歩き出す。

 総指令室のある建物を出て、アウラが運転する車で国連軍の隊舎へと向かう。

 車が走り出して数分後、我慢の限界とばかりに篠江がため息をついた。

「もうあの二人を相手にするの本当に苦痛だわ。先のことしか見てないんだから」

 そう上林と重森が考えているのは、オルティムにどう立ち向かうか、人をどう守るかじゃない。この生存戦争が終結した後の未来だ。

 世界はすでにオルティムによって支配されつつある。多くの国は滅び、多くの国が多大なる損害を受けている。

 ならば生存戦争を勝利した後、いったいどの国が各国を先導することができる大きな権力を得るか。結局、それを決めるのは力だ。力によってオルティムを殲滅し、他国にも有無を言わさぬ力こそが大きな権力となる。

 そして今の時代、最も大きな力となるのはセルティムだ。

 ラピス粒子を持つセルティムは現代兵器では倒せない。セルティムを倒せるのはラピス粒子を持つものだけ。

 つまりセルティムを多く保有する国こそが次世代の指導者としての地位を得られる。

 国連軍の各国の支部は、その国に運用が一任されている。つまり国連軍の支部はその国の軍隊と言っていい。表面的には協力を示していても、裏では自国が優位になるためにセルティムを作ることに必死だ。

 だから上林も重森も優人を国連軍に入隊させたがっているのだ。

 生存戦争の最中でも、人類は一丸になることはできず陰謀を張り巡らせている。

「なぜ都市長と総指令の意向に従わない? 彼らの考えは能率的」

「聞いてたのね」

「肯定。私の聴力は人間の数倍高い」

「そうだったわね」

 アウラの言う通りだ。

 たとえ上林と重森にどんな意図があろうと優人を国連軍に入隊させることはオルティムとの戦いの勝利率を上げる。

「星野優人を強制的に入隊させるべき。それを行わない艦長は人類にとって損害を与えている」

「正論は耳に痛いわね。でもね、人間にはそれじゃいけないのよ。人間は能率を優先させると感情が反発する。それはやがて国連軍への反発となる。人間が戦うために必要なのは戦うための感情なの」

「その考えは非能率的」

「そうね。私も自分で言っていてそう思うわ。けどだからこそ人間は時として信じられない力を発揮できるんだと思うわ」

「AIである私には理解できません」

「そんなことないわ。人間を知ることでアウラにも理解できる時がくるわよ」

 アウラはAIだが学習能力がある。多くの人間と接することで自分が言っていることがわかる時がくるだろう。

「つまり艦長が星野優人を強制的に入隊させないのは彼の感情を優先した結果?」

「うん? まぁそうね。――でも本当は彼女との約束があるからかしら」


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