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セルティムⅤ  作者: Uma
最強の二番目
20/20

1話

 ロクスソルスから一〇〇キロ先の地点。

 建物はおろか草一本生えない荒野に全身をプロテクターで固めた戦闘服姿の優人は立っていた。腰には護身用の銃と高周波剣。この軽装備を見る限り優人は大きな戦いに出ていないことがわかる。

 今回の作戦は一か月前に殲滅した第一生態オルティム、シャークの残党を掃討することだ。事前の偵察でこの周辺に十体ほどのシャークが生息していることが確認されている。この数なら優人が出るまでもないのだが、今回は優人の実践訓練も含まれた作戦だった。

 耳にしたインカムからアウラの声が流れてくる。

CLコマンドリーダーからセルティムファイブへ。目標確認。第一生態オルティム、シャーク。数十二』

 どうやら偵察の報告は確かだったようだ。

 やがて優人の視線の先に土煙が上がり、その先頭に生物の姿が見える。四本の足を生やしたサメのような姿をしたオルティム。

 十年前に地球に落下したラピスによって塩基配列を変異させられ、突然変異を起こした生物オルティムが誕生した。彼らはこの十年でいくつもの国を襲い滅ぼしている。それは生きるため人間を捕食するからだ。

 そしてオルティムに対抗するために人類が作り出したのが、オルティムのようにラピスで突然変異を起こした人類、セルティムだ。

 優人は人類で五番目に確認されたセルティムとして、この二か月戦い続けている。

 優人はインカムの先にいるアウラに向かって報告する。

「セルティムファイブからCLへ。目標を目視で確認これより戦闘に入る」

 サメを元に突然変異を起こしたオルティム、シャークはこれまで幾度も戦って来た相手だ。

 油断とイレギュラーがなければ十二体なんて数は優人の敵じゃない。

 優人は右手を銃の形にするように人差し指と親指を立てた。

 意識を集中する。

 人差し指に青白く輝く光が集まる。

 ラピスによって突然変異を起こした生物だけが放出する粒子、ラピス粒子だ。この粒子は外部からの過剰なエネルギーを全て吸収する。つまり、どんな攻撃も粒子を持つ生物には効果がない。最強の防御でありながら、粒子はその防御を唯一破ることができる武器でもある。粒子は他粒子と接触することで、互いに排除行動を起こし対消滅する。つまり、粒子を持つ生物を倒すことができるのは、粒子を持つ生物だけだ。

 人差し指に集めたラピス粒子を優人は接近するオルティム群に向けた。

 粒子は生物のイメージにして動き形を成す。

 粒子をどう使うかは本人のイメージによって決まり、想像力がある者ほど粒子の扱いがうまい。

 優人は目を閉じイメージする。

 この右手は銃。そして粒子は弾丸。

 脳内の引き金を引くことで弾丸はオルティム群に向かって放たれる。

 イメージが固まった瞬間、優人は目を開き叫ぶ。

「撃ち抜けぇええええ!!」

 荒野に優人の声が響き、人差し指の粒子の弾丸は――放たれなかった。

「……」

 優人は五秒待った。だが何も起こらない。

 銃の形を作った右手をまじまじと見つめる。粒子の弾丸は人差し指に集中したままだ。

 粒子操作に失敗したことを自覚した時、追い打ちをかけるようなアウラの声が耳元で響く。

『オルティム群、健在。損害ゼロ』

「……わざわざ言われなくてもわかってるよ」

『オルティム群、接近。残り十分で接触』

「くそっ、飛んでけよ!」

 やけくそとばかりに優人は右手を振り回し、飛んでけとイメージする。しかし、粒子の弾丸は優人をあざ笑うかのように人差し指から離れない。

(そんなに僕の指が好きなのか!!)

 優人の粒子が優人の体を好きなのだと理解した時にはすでに五分を過ぎていた。

 優人は自分を落ち着かせようと息を吐く。

「……すっぱり諦めよう」

 そう宣言すると同時に優人は腰の高周波剣を抜いた。振動を始めた刀身に優人は粒子を集中させる。粒子の青白い光で刀身が隠れると優人はオルティム群に向かって駆け出した。

 その距離が五十メートルほどまで迫ると、優人は大きく跳躍した。高さは余裕で十メートルは超えている。優人の体は助走の勢いと跳躍力で五十メートルを軽々と超え、先頭のシャークに向かって落下し始めると剣先をシャークの脳天へと向けた。

「おぉおお!!」

 全ての勢いをのせてシャークを貫く。シャークの粒子と優人の粒子が排除行動を起こし、激しく火花を散らす。優人の粒子量が勝り、剣先はシャークの脳天を突き刺した。先頭のシャークは一撃で絶命し、間髪入れず優人は再び跳躍し同じように左のシャークの脳天に剣を突き刺した。

 残り十体のシャークは優人を囲い込もうと、左右に別れる。

 それを優人は許さない。優人の左側へと移動するシャークの一体を斬りつける。激しい火花を散らしシャークの肉体に一の字を刻むと、粒子が減った刀身に再び粒子を集中させる。

 優人を食い殺そうとシャークが大口をあける。

 優人はあえてその中へ剣を突き刺す。口内を串刺しにされたシャークは口を閉じることなく絶命する。

 そして次々と大口を開けて襲いかかるシャークを、優人は避けては切り裂き、時には突き刺して殲滅する。

 十二体のシャークは優人に一撃を入れることもできずに全滅した。

 それを確認すると同時にアウラからの報告が入る。

『目標全ての殲滅確認。周辺に敵の姿なし。状況終了。セルティムファイブ、CLへ帰還』

「了解、セルティムファイブ帰還します」

 作戦は無事終了したが、優人の顔に達成感はなかった。

 それもそうだ。もう一つの目的であった実践訓練は散々なものだったのだから。



 陸上装甲車両から降りると、倉庫が立ち並ぶ見慣れた光景が目に入る。ここはロクスソルスの西側にある基地施設だ。いくつもの軍事車両や兵器が収納された倉庫の中には特に巨大な倉庫が一つあった。

 戦艦アウラが収納された整備ドッグだ。戦艦一隻を整備するために作られているのだから、もちろんその大きさは戦艦以上に大きい。

 忙しそうに駆け回る整備員とドッグを比べると、整備員が米粒のようだ。

 優人に続いて女の子が車両から降りる。

 肩にかかるほどの銀髪が風でなびく。幼さが目立つ顔立ちをしているが、その小柄な体が来ている軍服が示す通り彼女も軍人だ。

 いや軍人という言葉が彼女に当てはまるのか、優人はわからなかった。彼女は巨大な整備ドッグに収納された戦艦アウラの戦艦制御AIなのだから。

 今はアンドロイドに一部のAIのシステムをインストールしているため可愛らしい女の子の姿をしているが、彼女は戦艦の全てのシステムを一人で制御することができる。故に彼女の名前もアウラ。

 今回の作戦で優人のサポートをしてくれたのも彼女だ。

 アウラは一人の軍服を着た男といくつか言葉を交わす。

 その姿をジッと見つめていると、会話を終えたアウラと目が合った。

 男が車両に乗って去ると、アウラが近づいて来て一言。

「要件を聞く」

「え?」

 唐突に要件を求められて、拍子抜けた声を出してしまう優人。

「私を視認していた。私に要件があると推測」

「あーそういうことか」

 その言葉で優人はさっきの言葉の意図を理解した。

 突然人にジッと見つめられれば、それは何か自分に言いたいことがあるじゃないかと誰でも考えるだろう。

 だがそれは人間だからこその考えだ。AIであるアウラがそんな人間のような推測をしたことに優人は少し驚いた。

 アンドロイドも近くで見ても人間と見間違いするような姿だし、思考まで人間っぽくなるともう人間と言っていい気がした。

 そんなことを考えていると、アウラがさらに一歩優人に近づいて来た。

「再度質問。要件を聞く」

 アウラと距離が近づいて少しドキッとする。

 人間と見間違いするアンドロイドでしかも可愛い容姿をしているため、距離が近くなると男の優人は自然とアウラを意識してしまう。

 視界いっぱいにアウラの容姿が映る。

(お、落ち着け、僕。アウラはアンドロイドなんだ!)

 アンドロイドを意識してしまう自分は何か人間の尊厳を失ってしまうような気がした。

 早く何か言って距離を取ろうと、優人は口早に喋る。

「え、えっと、なんでアウラは女の子の姿をしているのかなぁって思って」

 優人の言葉を聞いたアウラは一瞬黙った後、口を開いた。

「戦艦制御AIである私が女性のアンドロイドを使っていることが疑問?」

「そ、そうそう。別に男でも老人でもいいわけでしょ?」

「このアンドロイドは隊員の士気を上げる目的で採用された」

「うん? どういうこと?」

「国連軍に所属する隊員は男性がほとんど。幼い女性のアンドロイドを使用することは隊員の保護欲をかきたて、作戦中の士気を向上させる」

「……マジで?」

「マジ」

 優人の言葉に真顔で頷くアウラ。

 そんな理由でアウラが女の子の姿をしているとは思わなかった。

(いやでも実際耳元で喋ってくれるんだったら男の人よりアウラみたいな可愛い子の方が……)

 腕を組んで考えているとふと気付く。

(いやいや何を考えてるんだ、僕は! アウラはアンドロイドだよ! つまり機械! 機械をそんな風に見ちゃダメだろ!)

 頭の中で何度も(アウラはアンドロイド)と繰り返して気持ちを落ち着かせる優人。

 気持ちを落ち着かせたところで話を仕切り直す。

「えっと、それでこれから僕はどうすれば?」

「任務は完了。報告も完了。今後星野優人に予定はなし」

 つまり優人の仕事はここで終了ということだ。

「そっか。アウラはどうするの?」

「アンドロイドの整備。ドッグに向かう」

「それじゃここで別行動だね。それじゃ僕は部屋に戻るよ」

「了解」と応えてアウラはドッグへと歩いて行く。

 その姿を見届けてから優人は自室がある隊舎へと向かった。

 その隊舎の途中、見知った顔を見つける。

 肩に軍服をかけたおなじみのスタイルで、手にはバインダーを持ってぺらぺらと資料に視線を向けている。

 まだこっちには気付いていないようだ。

 優人は手を上げながら親しげに声をかけた。

「篠江さん」

「あれ、星野君。任務の帰り?」

「はい。篠江さんは?」

「これから戦艦の整備状況のチェック。最近は戦艦が出動するような大きな戦いがないけど、整備だけはちゃんとしとかないとね」

 と微笑む篠江。

 彼女は戦艦アウラの艦長にして大佐で、優人の直属の上司だ。

 戦いがないと比較的暇な優人とは違って、彼女は戦い関係なく忙しいようだ。

(偉い人って大変だなぁ)と思っていると、篠江からさきほどの任務の状況を聞かれた。

「それで実践訓練の方はどうだったの? 何か掴めた?」

「あー……」

 思わず言い淀んでしまう。

 あの実践訓練で優人は粒子操作による粒子の高速発射を試した。

 現在、優人の戦い方といえば粒子砲の力を借りての遠距離射撃と高周波剣での近接戦闘のみ。銃が弾丸を打つように粒子を飛ばすことができれば戦いでどんな状況になっても遠距離と近距離両方で戦うことができる。

 だが結果は散々なものだった。イメージは所詮イメージだと言わんばかりに粒子は動かない。

 二週間前に純介と戦った時はうまくいったのだが、今は失敗の連続だ。

 優人の表情を見て結果を察したのか、篠江が優人を慰める。

「少しずつやっていけばいいと思うわ。星野君がデルフィを倒してくれたおかげで戦況は安定してるから。それに粒子操作は誰も教えてあげられないから、こっちとしては全て貴方にまる投げしていて申し訳ないわ」

「気にしないでください。こればっかりはセルティムじゃないとわかりませんから。篠江さんの言った通り少しずつやっていきます」

「そう、頑張ってね」と言うと篠江はドッグの方へと去って行った。

 優人は再び隊舎へと歩き出すが、篠江の言葉がひっかかり足を止めた。

(少しずつか……)

 篠江のその言葉はすごくありがたかった。

 だが、優人はすぐにでも粒子操作をものにしたかった。

 二週間前、優人の親友である純介は死の間際に言った。「これからこの地球にはラピスに支配された生物であふれる」と。

 そしてその時に優人に力がなかったら、守りたいものが守れない。

 大切な家族、一緒に戦う仲間。

 みんなを守るために優人は今すぐにでも強くなる必要があった。

「よしっ」

 予定を変更する。

 隊舎に向かっていた足を基地本部に向けて走り出した。


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