1.5話
高校の卒業式の数日前、様々な国籍の人間が行きかう成田国際空港のロビーに純介と凛子の姿はあった。
純介の隣には大きなキャリーバックが置いてあり、客観的に見れば海外へと旅立つ彼氏を彼女が見送りにきたという風に見えなくもない。
これからアメリカの大学へと進学する純介を見送るのが自分だったことに呆れる凛子。
「本当に私以外貴方の見送りには来ないのね」
「仕方ねぇだろ、俺ビックリするほど人望ねぇんだから」
「自覚はあるのね。それでご家族は何してるの? 息子の門出を見送りにも来ないなんて」
「俺の人望のなさは家族というカテゴリーさえも打ち壊すんだよ」
「どれだけ人望がないの」と溜息が漏れる凛子。
「それよりお前の家族は大丈夫なのかよ? かなり喧嘩したんだろ」
苦笑いを浮かべる凛子。
「うん、私が医学の研究職の方を目指したいって言ったら大喧嘩。初めて両親とあんなに言い争ったわ」
もともと両親は自分の病院を継がせようとしていたのだ。喧嘩になるのは目に見えていた。
「だけど、後悔はしてない。だってこればかりは譲れないもの」
そう口にする凛子の瞳には確かな決意があった。
「そうだな。俺もこれだけは何があっても譲れねぇ。俺は生物学で、お前は医学で、あのバカを目覚めさせる方法を探す。この約束は忘れてねぇ」
その時、アナウンスが流れる。港内アナウンスの中には純介が乗る便の案内もあった。
キャリーバックに手をかける純介。
「純介、頑張って」
「俺の辞書には載ってない言葉だな。お前の方こそ、頑張れよ」
「私を甘く見ないでよ。高校三年の期末テスト、貴方と同率一位になった実力見せてあげるわよ」
誇らしげに語る凛子に、ケラケラと笑う純介。
「お前の辞書にも消えかかってた言葉だったな。――んじゃ行くわ」
「いってらっしゃい。次、会う時は優人も一緒だからね」
「はっ、当たり前だ」
断固たる決意を胸に、純介は凛子のもとを去り、凛子は純介の背中を見送った。