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セルティムⅤ  作者: Uma
五番目の覚醒
16/20

11話

 約束の日。

 再び優人は戦場となる広大な荒野へと戻って来た。三週間前と変わらず何も残らない荒野。だが、反動を押させるための背もたれに背中を預け、荒野を眺める優人の胸は痛まなかった。

 純介との再会で優人は全てが時間と共に変わることを知った。それは時として悪い方へと変わることもある。だが、悪い方へ変わったからと言って嘆く必要はない。全てが時間と共に変わるのなら、良い方へと変えればいいだけのことだ。

 だから嘆いている暇などないのだ。

 この何もない荒野もいつか再び街へと変わる日が来る。そう願って努力すればきっと来る。

 それと同じように純介も変わる。

 今は人類の敵であろうと、優人が変える。

『エクストラ、作戦領域への侵攻を確認』

 アウラの声がヘッドセットから聞こえる。

 エクストラ。正式名称、セルティムエクストラ、番外の進化人類。

 セルティムとなった近藤純介に与えられた呼称だ。

 優人の目には薄らとした人影しか見えないが、純介は間違いなく目の前にいる。

『作戦開始。全部隊攻撃開始』

 アウラの言葉と共に前方に並ぶ戦車部隊が咆える。

 数えきれないほどの粒子の砲弾が純介へと降り注ぐ。優人の後方からは一筋の流星が純介に向かって流れ、隕石が降ったかと錯覚するほどの衝撃が起こる。

 アウラからの砲撃だ。

 砲撃が続く。

 前の作戦とは比べものにならないほどの火力。

 それもそうだ。

 今、この作戦にはロクスソルスの戦力がほぼ揃っている。アウラ、アカギ、ファクタの戦艦、第一から第六までの戦車部隊だ。

 これほどまでの戦力の集中砲火だ。地震が起こったかと錯覚するような地響き、着弾に生じた煙が優人のもとまで届く。

 これが純介に用意された作戦。

 投入できる戦力による総力戦。

 もはや作戦と呼べるのかと思うほどシンプルで単純だ。

 だが、純介に対してはこの作戦しかない。

 粒子による支配の力を持つ純介に接近されれば、部隊は粒子によって支配されてしまう。そのため、遠距離での砲撃を前提として作戦は立てられた。

 優人の粒子砲で純介の粒子の層を破り、戦艦と戦車による通常攻撃で倒す、という案もあがったようだが、前回の戦いでデルフィに粒子砲単体での攻撃はあっさりと避けられている。デルフィを純介が仕向けたなら、粒子砲は警戒されているだろう。粒子砲に頼らずに純介の粒子の層を破るためには、相当な火力の粒子兵器が必要だ。だからこそ投入できる戦力を全て投入し、粒子兵器の緩和攻撃を行うのだ。そして粒子の層を破ったところで、通常兵器による飽和攻撃により純介を倒す。

 つまり、この作戦は粒子砲を頼らず、優人に頼らず、純介を倒す作戦なのだ。

 今回の優人の役割は粒子砲による牽制と緊急時の保険だ。

 この作戦が失敗した場合、優人は純介の侵攻を止めるために接近戦を仕掛けることになっている。

 その時のためにこの二週間で純介の対抗するための訓練を受けてきた。できることならその訓練が無駄になってくれることを祈りたいが、おそらくこの作戦は失敗するだろう、と優人は予期している。

 純介がこっちの思惑通りに倒されてくれるとは思わない。必ず何かしらしかけてくる。そして結局、優人は純介へ接近戦をしかけることになる。

 優人は土煙が舞う荒野を見つめる。

(純介はいつ動く?)

 少しでも不審な動きがあったら、優人はすぐさま動き出すつもりだ。

 それまでは作戦に従い、土煙に向かって粒子砲を放つ。

 そして六回目の引き金を引こうとしたその時――全身を襲う不快感。

 瞬間、後方に粒子の層を展開する。粒子の層は何かを捉え、エネルギーを吸収する。

「なんだッ!?」

 それは砲弾。

 純介へと向かうべき砲弾がなぜか優人を襲った。

誤射?

 ありえない。純介と優人がどれだけ離れた距離にいると思っている。ここまで盛大な誤射などありえない。

 なら考えられるのは――

 パンと乾いた音が響く。銃声と気付いた時には粒子砲が弾丸に貫かれていた。

 視線を向ければ、護衛役の隊員の一人が優人に向かって銃を突きつけている。

「なッ――」

 なんで、という言葉が出ない。

 裏切り?

 いや違う。隊員の瞳を見えればわかる。

 困惑と恐怖の色。

 それを見れば一瞬で全てを理解できる。

 純介に支配された警備兵の話によれば、支配された中でも意識はあるそうだ。自分の体が勝手に動き、自由が利かないのだとか。

 隊員の発砲も砲撃の誤射も、全てが繋がる。

 すでに隊員たちは純介の支配の手に落ちている。

 原因を探る前に優人は動き出す。

 全力の粒子放出。

 隊員の脳にある粒子を消滅させるだけではない。粒子が電気信号といった情報を伝達できる距離は長くない。遠くに情報を飛ばすためには、粒子間で情報を伝達させる必要がある。つまりこの戦場にはすでに純介の粒子が大気中に混じっている。

 恐ろしい話だ。

 純介はそれを悟られないように、優人が感じられない、通信障害の起きない、絶妙な量の粒子を混じらせたのだ。

『セルティムファイブからCSへ。第一防衛ラインにエクストラの支配を受けたものを発見しました』

『アウラからセルティムファイブへ。戦艦アウラ艦内の全クルー、活動停止。各戦車部隊、活動停止。推測。戦場の全隊員、エクストラの操作攻撃を受けている』

(早過ぎる……)

 いくら大気に粒子を混ぜていたとしても、そんなに早く大量の人間の脳に粒子を植え付けられるのか?

(わからない……)

 わかることはここままでは状況は悪くなる一方だということだ。

『セルティムファイブからアウラへ。僕はこれからエクストラと近接戦闘に入ります』

 そう言葉にしながら優人は近くに止めてある車に飛び乗った。エンジンをかけ、勢いよく飛び出す。単独行動も行えるように、この数日で運転できるようになっておいたのだ。

『了解。戦艦アウラは艦内システムの悪用を防ぐため、これより全システムを停止』

 当然の判断だろう。もしもこれで操られた隊員が戦艦で攻撃してきても、優人は反撃ができない。

『戦艦の全システムが停止後、AIである私も機能を停止』

 ここから先は優人だけの孤独な戦いになる。

『健闘を祈る、星野優人』

「了解!」

 通信はそこで終了した。

 優人は粒子を放出したまま、戦場をかける。大気中の粒子を少しでも消滅させれば、支配から逃れることができる。

 第一防衛ラインへと入ると、全ての戦車が砲口を向けるその先にその姿はあった。

「純介!」

 土煙が晴れた荒野。純介は二週間前と同じ白衣姿でそこに立っていた。

「よぉ、優人」

 まるで友人と待ち合わせていたような反応。

 すぐさま車から降り、腰の高周波剣を抜く。

「おいおい、少しは会話を楽しもうぜ。出会ってすぐやり合うなんてつまらないだろ。そうだな、種明かしをしてやるよ。どうして俺がこんなにも早くこの戦場に全ての人間を支配できたのか」

「……」

 はやり全隊員が支配されているのか。

「というかお前らが少し無警戒すぎるんだ。粒子を脳に植え付ける機会はあっただろう」

「戦いが始まっていつそんな機会があったっていうんだ!」

 危機迫る表情で叫ぶ優人に、純介は頬を釣り上げて答える。

「あっただろ、二週間前に」

「――ッ」

 二週間前。優人の勲章授与の式典。あれにはロクスソルスのほとんどの軍関係者が集められていた。

 あの時すでに純介は全員の脳に粒子を植え付けていた。

 わざわざ危険を冒してまで、式典に姿を見せたのはそのため。

 二週間という時間を与えたのも、戦場の大気に自分の粒子を混ぜるため。

 全ての行動が全部、この日に繋がっている。

 作戦が始まる前からこちらの敗北は決まっていたのだ。

「さて、どうしたものかなぁ。せっかくここまで来たってのに、歯応えがなさすぎるわ。ってか歯ごたえどころか口の中で溶けだしたからなぁ」

 全て終わったかのように語る純介。

 確かに作戦は失敗した。完全に裏を掻かれ、言い訳しようもない敗北だ。

 だが全てが終わったわけではない。

(まだ僕がいる!)

 たとえ隊員が全員死んだとしても優人がいればまだ可能性はある。

 剣を構える優人。

「まだやる気か? 往生際が悪いぞ、優人」

「僕はまだ無傷だぞ。それなのに勝った気でいる君の気が早いんだ」

「いやいや、俺の勝ちさ。こうすればお前は降参せざるをえないだろ」

 と純介が指を鳴らすと、後ろで爆音が響きだす。

 振り向けば、そこでは戦車部隊が互いを砲撃し始めている。

「――ッ!?」

「ほら、早く降参しないと、どんどん味方が死ぬぞ、星野優人君」

 奥歯を噛み締める。

 意識は残ったまま支配され、味方を攻撃させる苦しみ、共に戦った戦友をその手で殺める苦しみ。

 それは地獄だ。

 そしてその地獄を笑いながら実行するこの男は悪魔だ。

 今すぐ握った剣を捨てるべきだ。どんどん苦しみは伝染する、死は広がっていく。

 だが、優人は逆に握った柄を強く握りしめた。

(僕がここで戦うことを止めたら、今度はロクスソルスの人たちが死ぬ。僕が純介を止めないともっと多くの人たちが死ぬんだッ!)

 奥歯が折れるんじゃないかと思うほどの噛み締め、優人は決断する。

 どれだけ犠牲を出しても近藤純介を止める、と。

「ほぉ」

 戦う意思を見せた優人に純介が感嘆の声を出す。

「優しい優人君が成長したじゃないか。他人の命を見捨ててまで俺と戦うのか?」

「じゃないともっと多くの人が死ぬッ!」

「そうか、なら作戦変更だ」

 と再び純介が指を鳴らすと爆音が止む。

 優人は剣を構える。

「さて、と。俺の最終兵器を教えてやるよ。――優人、二週間前の式典の参加者は全員、軍関係者だったよな?」

「……なんの話をしてるんだ?」

「その軍関係者はなにも隊員だけじゃないよな? あの場には非戦闘員もいた。彼らは今どうしてる? 確かロクスソルスの民間人は東へ疎開しているんだろ? その中にその非戦闘員が混じっているよな?」

 純介が言いたいことが少しずつ明確になる。

 体から冷汗が流れる。

「優人、お前の家族も疎開してるんだろ? 心配だな。今頃、お前の家族はどこにいるだろうな? お前の家族は何を利用して疎開してるんだろうな? お前の家族の近くにその非戦闘員がいないといいな」

「――ッ!」

 ゲラゲラと純介が笑い出す。

 美奈々と真紀恵の近くに、あの式典に参加した軍関係者がいる。純介に支配された軍関係者が。

(は、はったりだ……)

 たとえそれが事実だとしても、粒子の情報伝達はそんなに遠くまで届かない。

 だが、純介なら疎開地まで先回りして、自分の粒子を大気に混ぜていても不思議じゃない。そうなれば情報は粒子間を伝達する。

 今の状況では純介の言葉の真偽は判断できない。

「さぁ、優人。どうする? 家族を見捨ててでも俺と戦うか? 俺はそれでもいいぜ」

 ここで剣を捨てたら何もかもがおしまいだ。覚悟も死も全てが無意味になる。

(じゃあ、家族を見捨てるのか? 美奈々を、母さんを)

 優人は家族が好きだ、親友が好きだ。たとえ自分の命を捨ててでも、守りたいと思うほど好きだ。

 たとえ、都市一つが滅びたとしても守りたいと思うほど好きだ。

 優人は握った剣を投げ捨てた。

「はは、あははははははははははぁああああああ!!」

 純介の盛大な笑い声が耳を劈く。

「そうだよな、そうだよなぁ!! お前はそういう人間だ!! 優し過ぎるんだよ、星野優人!!」

 純介は右手で銃の形を作り、人差し指を優人に向けた。

「優人、粒子はイメージで動く。訓練不足なお前は大仰な銃を使ってたみたいだがな、そんなものがなくたってイメージをすれば粒子は高速で飛ぶんだよ」

 純介の指先に粒子が収束し、そして放たれた。

 弾丸のような速さで飛ぶ粒子は優人の胸に着弾し弾けた。

 純介の粒子が空中を舞う。

「I have control.(俺が支配する)」

 意識はあるのに、指先一つ動かない。

 これが純介の支配。

「さて、これで本当に全部終わったわけだが……最後に何か言っておくことはあるか、優人? 声だけ出せるようにしてやるから言いたいことがあったら言えよ」

「聞きたいことがある……」

「いいぜ、親友の人生最後の質問だ。なんでも答えてやるよ」

「お前は今でも僕や凛子を親友だと思ってくれているか?」

 優人の質問に純介は笑った。

「ああ、もちろんさ。俺の友達はこの人生の中でお前と凛子だけさ」

「ならなんで凛子を見殺しにした?」

「見殺し? おいおい凛子は勝手に自分を実験台にして勝手に死んだんだろ。俺のせいにするなよ」

「いや、君は気付いていたはずだ。凛子が自分を使って実験しようとしていることを、その結末がどうなるかも。天才の君が気付いていないはずがない。それなのに、君はどうして何もしなかった。友達ならなんで凛子を助けなかった!」

「……」

 しばらくの沈黙と無表情の後、純介はニヤリと笑って見せた。

「観察してたのさ」

「……なに?」

「世界には俺ほどじゃないが天才って呼ばれているヤツは何人もいる。ソイツらがいったいどれほど研究を進めてるか興味があってな。ずっと観察してたのさぁ。日本の観察対象は凛子だった。だからアイツが自分を使って人体実験をするってわかった時は興味をそそられたね。アイツなら俺の知らない技術で成功させるんじゃなかって思ったけど、まぁ期待外れだったわ」

 どれほど研究を進めてるか興味があった? 日本の観察対象は凛子だった?

「……そんなに研究が大事なのか」

 純介にも聞こえないほどの小さな声で優人は呟く。

 限界だった。

 優人は純介を許せそうにない。

 もう怒りしかない。

 友達とか、凛子の想いとか、もう関係いない。

 戦いたい。

 この怒りに身を委ねて純介と戦いたい。

 嗚呼、それなのに優人の体は動かない。指先一つ動かない。

 怒りは燃え盛り、優人の精神を焦がしていく。

 燃える。精神が、

 燃える。意識が、

 怒りの炎で燃えていく。

 優人は炎に飲み込まれ、心の奥底へと沈んでいく。

 炎の中で優人は見た。

 沈んでいく優人を見下ろす自分を。

 薄ら笑いを浮かべて優人を見下ろす“優人”。

(――君は誰だ?)

 優人の問いに“優人”は答えない。ただただ薄ら笑いを浮かべるだけ。

 やがて“優人”は優人に背を向けて、感情の渦から上がって行った。

 ”優人”が目を覚ます。


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