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セルティムⅤ  作者: Uma
五番目の覚醒
13/20

9話

 オルティム群迎撃作戦から一日が経った。

 ロクスソルス基地の会議室。

 今、ここでは基地の重鎮たちが集まり、被告のいない軍法会議が行われていた。Uの字を描くように重鎮たちが席についている。

 長い口論も決着がつき、会議長がまとめへと入る。

「さて、今回のセルティムファイブの持ち場放棄、隊員への恫喝、これは立派な軍規違反だ。特に隊員への恫喝行為は反逆の意思があるとも捉えられる。しかし、いち早く第二生態オルティムの存在に気付き、アウラの救い戦いを勝利へと導いたことも事実。よってセルティムファイブ、星野優人には一週間の謹慎と減俸を言い渡す」

 議長から離れた席に座る篠江は安堵の溜息を吐いた。

 これだけの軍規違反を犯して、この処分は破格だ。どうやら優人の戦果が高く評価されたようだ。

 軍法会議は閉会となり、篠江は自室へと戻る。

 来客用のソファに座り、深い溜息を吐く。

 どうにか優人を助けることができた。

 重森を初めとするプライドに固執した連中が重い処分を与えて粛清させようとした時は嫌な冷や汗を掻いた。

 会議室を退出した重森の憮然とした顔を思い出して、ざまあみろと罵しる。

 今、優人は軍事病院で眠っている。作戦から一日が経っているが、まだ目覚めていない。左腕と腹部の傷はかなり深いものだったが、セルティムの治癒力のおかげで大事には至らなかった。

 優人がデルフィを倒した後、二万のオルティム群はアウラと戦車中隊の活躍で殲滅された。優人の奮闘のおかげで、全部隊の士気が上がったことも大きく、かなり早い段階で殲滅することができた。

 今回の件で上層部もオルティムに対する認識を改めるだろう。

 どう考えてもデルフィによる奇襲は戦術を用いたものだった。これからの戦いは物量、火力ではなく、戦術、戦略、そして情報が物を言う戦いになる。

 そしてもう二つ、凛子が気になっていることがある。

 一つが第二生態オルティムの知能の高さだ。

 デルフィは人類のレーダ、通信、戦闘指揮所の概念を理解していた。それを理解し、裏を掻くだけの知能がデルフィにはあった。これはかなり深刻な事態だ。第二生態オルティムと戦う時は、もう人類と戦っているぐらいの気持ちで挑まなければ足元を救われる。

 そして二つ目。デルフィはどうやってレーダと通信、戦闘指揮所の概念を得たのか。これまでのオルティムとの戦闘で分析されていた、と言ってしまえば全てが片付くのだが、果たして本当にそうなのだろうか? もしかしたらデルフィに情報をリークした人物がいるのではないか?

 もしいるならその人物はロクスソルス都市の壊滅を望んでいるということになる。そんな人物がこの人類にいるだろうか? と考えて「考え過ぎか」と結論付けた。

 他国の介入なんかを考えたが、今の時点で他国が日本を謀る理由がない。現時点では全ての国はオルティムという共通の敵に対して一致団結しているのだから。


 優人がデルフィと戦って三日が経った。優人は昨日のうちに目覚めていた。

 目覚めた直後は、やたらと検診やら検査やらを受けて一日は過ぎて行った。今日は特に何もないと、またしても担当になった久我に言われたため、優人は痛む左腕と腹部を気遣って大人しく病室で休息を取る。

 とは言っても一日中、ベッドの上にいたら数時間で飽きが来る。

 何度目になるかわからない欠伸を噛み殺すと、病室のドアがノックされる。

「どうぞ」と促すと、入ってきたのは軍服を着た篠江。まだ一般の面会が許可されていないと聞いていたので、来客があるとしたら軍関係者だとは思っていた。

「怪我をしているわりには調子はいいみたいね」

「さっきまで暇でどうしようかと思ってたところです。今日はどうしたんですか?」

「貴方にとって良い知らせと悪い知らせを持って来たの。どっちを先に聞きたい?」と椅子に座る。

「悪い知らせの方で」

「作戦での貴方の持ち場放棄と隊員への恫喝に対する処分が決まったわ」

「やっぱり怒れらますよね……」

 当然だ。それだけのことを優人は犯したのだから。

「それで僕はどうなるんですか?」

「貴方の処分は一週間の謹慎と減俸よ」

「……うん?」

 軽すぎる処分に耳を疑う優人。

「すいません、もう一度言ってもらっていいですか?」

「一週間の謹慎と減俸」

 聞き間違いじゃなかった。

 一週間の謹慎って言ったって優人はこの病院に一週間は入院することになる。減俸も正直、別にかまわない。

(まったく嫌なじゃない罰って罰になるの?)と首を傾げる優人。

「それはなんというか、ずいぶん優しいですね。もっと厳しいかと思ってました」

「実際、軍法会議じゃもっと厳しい処分を言い渡すべきたって話も出たには出たけど、貴方のこの行為が作戦成功に繋がったわけだから。そこを加味されてのこの処分なの」

「なるほど」

 独房行きとかになったらどうしよう、と正直ドキドキしていたらありがたい。

「それじゃ良い知らせっていうのは?」

「おめでとう。星野優人は本日を持って昇進し、中尉となりました」

「……はい?」

 昇進? 入隊一週間も経たずに?

「えっと、それはマジですか?」

「マジよ」

「マジかぁ……」

 処分の話を聞いた後に昇進。軍は優人を叱りたいのか褒めたいのかどっちなんだろうか?

 篠江曰く、「処罰は軍規違反に対して、昇進は第二生態オルティムを倒した功績」らしい。

「実は生存戦争が始まってから、第二生態オルティムが倒されたのは初めてなの」

「えッ!?」

「星野君は人類で初めて第二生態オルティムを倒した英雄ってことよ」

(僕が英雄?)と自分が英雄としてふんぞり返っている姿を想像して(いやいやこれはない)と想像を振り払う。

「まぁ星野君が戦うまで、セルティムが第二生態オルティムと直接戦ったことが一回しかなったっていう事実もあるんだけどね。それでもこれは人類にとって大きな一歩よ。今ごろ世界中のニュースで取り上げられてるわ」

(つまり僕、有名人?)と有名になって握手なんかを求められる自分を想像して(いやいやこれもない)と想像を振り払う。

「それと貴方に勲章が授与されることになったわ。式典も開かれる予定よ」

「え、いや、勲章ですか?」

 いらないと思っていたことが顔に出たのか、篠江が苦笑する。

「できるならもらっておいて。オルティムに脅える人たちにとって貴方は希望の光になっているのだから」

「希望の、光ですか……」

 どんどん身の丈に合わない自分の像が出来上がっていくのに気後れする。

『バカ、身のほどを知れ』

 凛子に送られた言葉が頭を過る。

 そう、優人はバカだ。誰かの希望になるなんて荷が重すぎる。

「星野君、貴方が周りから期待されることを煩わしく思うのはわかるわ。でも世界は貴方の都合なんかお構いなしに話を大きくしていく。貴方を勝手に英雄化して、勝手な人物像を作り上げていく。高すぎる希望は時として絶望に変わって、貴方を傷つけることもあるわ。貴方が戦うことは誰かの希望となり、そして時として絶望となることなの」

 セルティムとして優人が戦うことはその宿命を背負うということ。

 篠江は優人にそう言っているのだ。そして人類の希望として戦い続ける覚悟があるのか、と問われているのだ。

「……」

 凛子に送られた言葉の意味がここにきてわかった気がする。

 誰かの希望になる、ということは本当に聖人君子でなければやれない。聖人君子でない優人はそもそも戦うべきではなかったのだ。

 凛子の言葉をもっとちゃんと考えるべきだったな、と反省するも、後悔はしない。結局、今でも優人の気持ちは変わらないのだから。

「それでも僕は戦います」

 凛子の想いのために、純介を止めるために、優人は人類の希望になることを選ぶ。


 一週間が経ち謹慎が解けると、同時に優人は退院した。

 暇な入院生活になるだろうな、と思っていたがかなり濃い一週間だった。

 真紀恵と美奈々がお見舞いに来た時は、激怒した美奈々が優人を引っぱたき、散々罵詈雑言を浴びせ、挙句の果てに感極まって泣き出してしまい、久我に「病院では静かに」と怒られた。

 アウラが一人でお見舞いに来た時は驚いた。誰かに命令されたわけでもなく、アウラの判断でやって来たのだ。

 理由を聞くと「人間ならお見舞いに行くもの」と言っていた。人間を学ぶために人間らしい行動を実践しているようだ。お見舞いに持ってきたリンゴを切り分けようとして、芯だけにしてしまった時は無言で芯を見つめ、「次は料理の情報をインストールする」と言って帰って行った。

 毎日、誰かしらお見舞いに来るので、休息と言いながらも結局落ち着いた一日は一度もなかったが、決して嫌ではなかった。

 そして退院したその日に、篠江が言っていた式典が行われる。

 広々とした会場にロクスソルス基地にいる軍関係者が並ぶ。基地にいる全ての人を集めたんじゃないか、と思われるほどの人数だ。

 篠江に尋ねれば「ほとんどの関係者はいるわね」と言っていた。

 この会場で、一人で檀上に上がり勲章を授与されるのか、と考えると晒し者のようだ。

 実際、メディアの人間も来ているようで、カメラがちらほらと見られるので、晒し者という表現もあながち間違いではないだろう。

 重森と名乗る都市長の長いご高説を聞き流し、上林が話している時は意識を飛ばし、ようやく問題の勲章授与へと入った。

 どうやら上林から勲章を受け取るようで嫌気が差したが、今さら逃げ出すわけにもいかず壇上へと上がる。

 上林と視線がぶつかる。本当なら睨みつけてやりたかったが、カメラがあるのでやめておいた。

「ありがとう。君のおかげでロクスソルスは救われた」

「あ、ありがとうございます」

 勲章を受け取る。

 上林によってつけられた勲章はやたらと眩い輝きを放っていて、似合ってないと自己評価する。

 壇上を下りようと振り返った瞬間、会場がどよめいた。

 壇上の先に、優人を待ち構えるかのように一人の男が立っていた。ニヤニヤと嫌味の籠った視線で優人を見つめている男。

 会場は式典を邪魔する無礼者が現れたとどよめいている。

 男の顔を見た瞬間、優人は立ち止り信じられないものでも見るような目で男を見つめる。

 向かい合う二人。

 会場の注目が優人と男に集中する。

 そして男が口を開く。

「勲章が似合わないヤツだな、優人」

(何も変わってない)

 優人はそう思った。

 まるで友人に喋りかけるように気軽な男の言葉に優人が返す。

「うるさい。そんなことは僕が一番わかってるよ、純介」

 十年もの時間が経ち、世界は変わった。それだというのに近藤純介は容姿が変わっただけで、性格は優人が知る純介そのままだった。

 会場のどよめきが騒然へと変わる。

 疑心がやがて確信へと変わると、数人の警備兵が純介を取り囲み、銃口を向けた。

「動くな! 両手を頭の上にあげてゆっくりと座れ!」

 警備兵の怒声が会場に響く。

「星野君、はやくこちらに!」

 上林の呼ぶ声を無視して、優人は純介と向かい合い続ける。

「それで君はこんなところに何しに来たの?」

「おいおいそれはねぇだろ。十年間会ってなかった親友が勲章をもらうって聞いたから祝いの言葉の一つも送ろうと思って来たんじゃねぇか。いやいやすげぇな、第二生態オルティムを倒しちまうなんて、しかも本気でロクスソルスを落とすために、アイツにはいろいろと情報を与えてやってたのに」

 その純介の言葉は、今回の戦いの真実を語っていた。

「君が、デルフィを差し向けたのか?」

「デルフィ? ――ああ、あの第二生態のことか。そうだ、俺がアイツをロクスソルスに差し向けた。お前が目覚めたっていうからどれほどのものかと思ってな。いやぁでもまぁ良い意味で予想を――」

「近藤純介! 貴様、状況がわかっているのか!?」

 警備兵の怒声が純介の言葉を遮る。

「うん?」と辺りを見回す純介。

 そして――

「なんだ? お前ら?」

 この言葉は警備兵たちに対してだけではない。会場にいる人間全てに向けられた言葉だ。

 純介がこの場で認識していたのは優人ただ一人。それ以外はただの空気としか見ていなかったのだ。

「ここは少し騒がしいな。少し場所を変えようぜ」

「動くなと言っているだろ!」

 威嚇の一発が純介の足元に放たれる。

「ロクスソルスにもけっこういいカフェがあるんだぜ。お前、コーヒー好きだろ」

 しかし純介は気にした様子もなく、本当にカフェでも行くような雰囲気で歩き出した。

「う、撃て!」

 声が響き、一拍置いて銃声が鳴り響く。会場に悲鳴に似た声が上がる。

 銃撃は数人による一斉射撃だ。常人なら避けることはできない。

 しかし、優人の知る純介は常人ではない。

「どうした? 行かないのか? 安心しろよ、俺の奢りだから」

 純介に放たれた弾丸は純介に届くことはない。

 立ちつく優人に「早く行こうぜ」と促してくる。

「悪いけど僕は行かない」

「えー! なんでだよ!」

 子供のように不満の声を上げる純介。

「純介、僕は君を止めるためにここにいる。もう君を止められるのは僕しかいない」

 これは感情や気持ちの話ではない。

 第二生態オルティムは粒子兵器では倒せずセルティムでしか倒せないのなら、セルティムはセルティムでしか倒せない、という現実と事実の話だ。

 純介に放たれた弾丸は、純介と警備兵を遮るようにして生成されたラピス粒子の層によってエネルギーを吸収され、力なく地面に落ちた。

 そして純介の腕にはうっすらと粒子の光がまとう。

 近藤純介はセルティムとなって、優人の前に現れた。

 二人の間に張り詰めた空気が流れる。

 式典の会場が戦場へと化すと、会場にいる人間が会場外へと避難する。

 警備兵たちだけが出口を守るために残るのを確認すると、粒子を放出する。今の優人に武器はない。だがそれは黒いパンツに白いシャツ、上に白衣を羽織っているだけの純介も同じだ。

 なら勝負を決めるのはラピス粒子の放出量。どうちらがより多くの粒子を放出し、粒子の間隙を掻い潜って一撃を入れるかにかかっている。

「セルティムになったばっかのお前が俺を止める? 笑わせるなよ、優人」

「僕だってセルティムになって戦ってるんだ。君に負ける気はない」

「いやいや無理だよ。お前は何も知らないからな。お前はラピス粒子の一割も理解してない。――教えてやるよ、優人。粒子の使い方を!」

 純介の右手にラピス粒子が収束する。

(来る!)

 身構える。

 純介は収束した右手のラピス粒子を真上に投げた。

 天井に衝突し、分散する粒子。

 まるで光照らされて輝く雪のように、粒子が舞う。

 瞬間――優人の全身が不快感に襲われる。

 デルフィがアウラを襲った時と同じ感覚。脳が、体が警告している。

 瞬時に優人の周りに大量の粒子を放出する。

 互いの粒子が弾けるように青い火花が散る。

「流石の判断だが、最良とは言えないぜ」

 ニヤリと純介が不気味な笑みを浮かべる。

「I have control.(俺が支配する)」

「――ッ」

 さきほどまで純介に銃口を向け続けていた警備兵たちが突如として、銃口の向きを純介から優人へと変えた。

 そして躊躇いなく優人に向かって発砲する。

 弾丸は粒子によってエネルギーを奪われ、力なく地面に落ちる。

「何をした! 純介!」

「なにって、粒子を使って操ってるだけだ」

「りゅ、粒子で人を操る……」

「粒子には電気信号を伝達する力もあるんだよ。俺はこいつらの脳に俺の粒子を植え付け、体に命令を与える電気信号を全て吸収して遮断し、代わりに俺の脳から送られる命令を電気信号としてこいつらの脳に送っているのさ。つまり、今こいつらは俺の命令ならなんでも従う人形ってことだ」

 人を意のままに操る力。

 優人は身震いした。

 純介は理解されない。理解されないが故に優人は孤独だ。結局、どんなに天才であろうと孤独な人間にできることは限られている。

 しかし、この力は孤独な純介に数の力を与えることになる。誰もが純介の意のままに動く。そうなれば純介はもう最強だ。

「その人たちを解放するんだ、純介!」

「大丈夫大丈夫。別に俺が何もしなければ害もないし、後遺症もないから」

 それは言い換えればその気になれば無事ではすまないということだ。

「さて、とその様子だとこいつらはお前の人質になりそうだな。さてどうしてくれよう」

 腕を組んで悩みだす純介。

 状況は不利。だが、打開策はある。

 粒子で操られているなら、警備兵たちに優人の粒子をぶつければいい。粒子の一つでも脳にある粒子を消滅させれば彼らは解放される。

 問題はまだ優人には粒子を放出することはできても、純介のように一点に集中させて放つことができない。

 ならば警備兵たちに近づき全力の粒子放出で脳の粒子を消滅させるしかない。

 瞬間、優人は動いた。

 一瞬消えたかのように錯覚する瞬時加速。

「――おいおい。そう焦るなよ」

「ぐぉッ――」

 耳元で純介の声が聞こえたと思ったら、腹部に激しい痛みが走る。

 気づけば地面に横たわり、数メートル先に純介が見えた。

 何かしらのカウンターを受けて吹き飛ばされたことは理解できたが、何をされたかまではわからなかった。不意を衝くつもりが逆に不意を衝かれた。粒子で体を守ることさえできなかった。

 まるで純介の掌で転がされているようだ。

 純介との実力の差を見せつけられる。優人の行動は完全に純介に読まれている。今の優人じゃ純介の足元にも及ばない。

 勝てない。

 たった一回の衝突で痛感する。

 だが、ここで諦めたら純介を止められない。

 優人はゆっくりとその場から立ち上がると、 失望の籠った純介の声が聞こえてくる。

「ダメだな、こりゃ」

「優人、お前はもう少し面白いヤツだと思ってたけど、全然ダメだ。つまらない、くだらない、どうでもいい。どうも俺はお前を過大評価してたみたいだな」

 遊び飽きた玩具を見るように、優人を見つめる純介。

「ふざけるな。まだ終わってない」

「いやいやもう終わりだよ。はい、ここでしゅ~りょ~。もう俺は飽きた。――もう終わりにしよう」

 何気なく呟く純介の一言。それが絶望の言葉に優人は聞こえた。

「お前の家族がいるからロクスソルスにはあんまり手だししないようにしてたけど、その必要もないだろ。終わりだ」

 一拍置いて、純介は笑顔で言った。

「ロクスソルスは終わりだ」

 優人の中で何かが弾けた。

 親友だとか、凛子の想いだとかが一瞬にして吹き飛んだ。

 負の感情が体中で渦巻く。

「純介!!」

 激情に身を任せる。両腕に粒子をまとわせ、純介のもとへと突っ込んで行く。

 慌てることもなく純介は粒子の層を展開する。

 前方に出現した粒子の層を左手で殴って破り、残った右手で純介に殴りかかる。

 パン、と乾いた音が鳴る。

 優人の足から激痛を感じた後、力が抜ける。

 感情は前へと進もうとしているのに、体がついていかない。

 優人は滑るように地面に倒れた。

 右足と左足から出血。

 警備兵たちの撃った粒子の籠った弾丸が貫通したようだ。弾痕は計五か所。全ての弾丸が両足を撃ち抜いた。

「まぁ話は最後まで聞けよ、優人。俺も鬼じゃない。最後の情けだ。二週間だけ時間をやるよ。この時間をどういう風に使うかは――」

 純介が滑舌に言葉を並べる中で、優人は行き場のない怒りに震える。

(なんでこんなことになった?)

 優人の空白の十年にいったい何があったのか?

 その答えを求めて優人は呟いた。

「純介――」

 純介の言葉を遮る。

「僕が眠っている間に何があったんだ? なんでこんなことをしたんだ?」

「……」

 さっきまでの饒舌が嘘のように沈黙する純介。

 そんな純介の態度に優人は怒りを感じ叫んだ。

「答えろよ! 近藤純介!」

 会場に優人の声が響く。

 純介はそんな優人に優しく微笑みかけ――

「俺は全部知りたいんだよ」

「な、なに?」

「オルティムを作ったのも、世界中に放ったのも、全部知るためさ。考えてもみろ、億単位の時間を必要とする進化を一瞬で行う石だぞ。そんなものが降ってきたら、研究して全てを知りたくなるのが人間だろう? それなのに世界は生態系を壊すだのなんだの言ってラピスの研究を禁止しやがった。だから俺にとって居心地のいい世界に変えるために世界を壊すのさ。オルティムが人間と戦争を起こせば必ずラピスは必要になる。そうなれば研究だってし放題だ」

「ほ、本気で言ってるのか?」

「もちろんだ」

 至極当然、と頷く純介。

「……狂ってる」

 優人が眠っている間に、純介は狂ってしまった。

「ふざけんな。なんで君の研究のために人が死なないといけない……凛子が死なないといけなかったんだ!!」

 こんなヤツを止めるために凛子は命をかけた。

 それが許せない。凛子の想いを踏みにじった純介が許せない。

 こんなヤツには負けられない。

 痛む足に力を込めて、優人はゆっくりと立ち上がる。

「君には負けられない。君だけには負けられない。凛子の想いを踏みにじる君だけには負けらない!!」

「友達のために立ち上がるのか。優しいな、優人は」

「そうだ、凛子のために僕は君を止める! それは君のためでもあるんだ! 純介!!」

 その言葉を聞くと、純介は呆気にとられたような顔をして次の瞬間には大口を開けて笑い出す。

「未だに俺のためだなんて言葉を吐けるなんて流石だ、優人!! ――前言撤回だ。やっぱりお前は面白い。お前は俺を狂ってる、と言ったがお前も十分狂っているぞ、優人」

「ああ、自分でもどうかしてるとは思うよ。でも、僕の中にある気持ちは変わらない。純介、君は僕の友達だ。だから友達の悪事を止めるために僕は君を倒す!」

 血が噴き出す足で、一歩前へと出る。

「やめておけよ、優人。そんな足で俺に勝てるわけないだろ。二週間後に会おうぜ。その時はお前に好きなだけ付き合ってやるよ。それまでにどうやって俺を倒すか、考えておくんだな」

 そう言い残して踵を返す純介。

 追いかけたい。だが、立っているのもやっとな状態だ。感情だけでは傷ついた足は動いてはくれない。

 そして純介は会場を出て行った。


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