7話
軍事墓地の出来事から二日後。
国連軍ロクスソルス基地。
日本の最西端の基地のブリーフィングルームには、戦艦アウラの各部署のクルーと全部隊の隊員が集まっていた。
騒然とする室内は、篠江が入室すると同時に空気が引き締まり、全隊員が起立と敬礼を行う。
篠江の返礼、「座って」という言葉で一斉に着席。
「現在接近中の四万にも及ぶオルティム群は、二十二日にはここロクスソルスと接触する。そこでロクスソルスは二日後の二十一日、一二〇〇時、戦艦アウラ、アカギ、ファクタによる迎撃作戦を行う」
戦艦アウラ、アカギ、ファクタはロクスソルスに駐在する全ての戦艦だ。つまり、この作戦はロクスソルスの全ての戦力を投入する、ということになる。
「敵は広範囲にわたって展開しており、右翼にアカギ、左翼にファクタ、そして中央に我々、アウラが配置される。中央を侵攻するオルティム群はもっともオルティムが密集しており、推定二万のオルティムを相手取ることになる」
二万という想像もできない数に隊員たちが騒然とする。
しかし、気にする様子もなく、篠江は言葉を続けた。
「そこで我々アウラには援軍が派遣されることになった。入って」
ブリーフィングルームの扉が開き、一人の男が入る。
ロクスソルスの隊員が着る青を基調とした軍服ではなく、真っ黒に染まった軍服。国連軍において黒はあるものを示す色となっている。
黒を目にした隊員たちの目の色が変わり、同時に黒服の男が顔を見た瞬間、誰しもが不思議そうな顔をする。
「彼は先日、国連軍によって確認された世界で五番目のセルティム。セルティムファイブの星野優人少尉」
セルティムを示す黒の軍服を身に纏い星野優人はぎこちない動きで、隊員たちに敬礼する。
「星野優人です。よろしくお願いします」
作戦当日。時刻は十時を回った。
状況は第三級戦闘配備から第二級戦闘配備、そして第一級戦闘配備へと移行した。
オルティム群殲滅作戦開始までのタイムリミットは残り少ない。
オルティム群との戦闘には段階が存在する。
第一段階はオルティム群が放出するラピス粒子の消滅。戦艦の粒子兵器による飽和攻撃で、ラピス粒子の八割以上を消滅させる。
第二段階は戦艦、地上部隊、航空部隊によるオルティム殲滅。この時から通常兵器へと切り替えて戦艦の飽和攻撃で大多数のオルティムを殲滅し、撃ち漏らしたオルティムを地上の戦車中隊、上空の戦闘機が殲滅する。
この二段階でオルティム群を完全殲滅する。
今回の作戦もこの段階は変わらないが、二万という大群を相手にするためアウラの火力だけではオルティム群の粒子を八割以上消費させることは時間がかかる。
そこで優人の出番だ。ラピス粒子を圧縮して放出する粒子砲でオルティム群の粒子を消滅させる。
そのためにこの数日で優人は粒子砲の扱いを体で覚えた。
言葉で説明されても理解できないと判断した篠江が優人に射撃訓練を命じたのだ。
アウラの待機室の長椅子に座る優人の隣には訓練中ずっと一緒だった粒子砲がたてかけてある。
優人の身長の半分ほどの長さで優人以上に重い。セルティムとなって筋力が強化されていなければ持ち上げることさえ一苦労なしろものだ。
優人は粒子砲へと手を伸ばし、砲身に触れる。
そこで砲身を触れる手が震えていることに気付く。
「心拍数が高く、呼吸が荒い。緊張状態だと判断」
聞こえた声に振り向く。待機室のドア近くにアンドロイドのアウラが立っている。粒子砲の整備と優人への装備を任されているのだ。
優人は努めて笑顔を作る。できるだけ心配させないようにという配慮だが、それがAIのアウラに意味があるかはわからない。
「そういえばアウラ、戦艦が走ってる時も僕と一緒にいたけど大丈夫だったの?」
AIであるアウラは戦艦アウラの全てを管理し制御している。
優人が言いたいのは、戦艦が動いている時にアンドロイドの姿でいても制御できるのかということだ。
「問題ない。AIである私にはマルチタスクシステムがある。これによりアンドロイドと戦艦の制御を同時に実行することも可能」
(マルチタスクってなんだ……?)
マルチタスクがなんなのかわからない優人はアウラの言葉が理解できなかったが、大丈夫だということだけはわかった。
ない頭で必死に考えていると、アウラが口を開く。
「どうして戦うことを決めた、星野優人」
「え?」
その質問に優人は少し驚いた。機械でAIであるアウラが人間の心境に興味を示したからだ。
優人の中ではアウラは言われたことだけをこなす機械だと思っていた。
優人は腕を組み、アウラの質問にどう答えようかと悩む。
「えーと、まぁ一番の理由はソレが僕の友達がやり残したことだから、僕が代わりにやろうと思ったからかな?」
「戦うことがやり残したこと?」
「いや、戦うことじゃなくて……えーと、コレ言っていいのかわからないから秘密にしていてくれる?」
「秘匿事項?」
「そう、そうしてほしい」
「了解。星野優人がこれから喋ることを秘匿事項に設定」
(そういうところはやっぱり機械的だなぁ)
などと思いながら優人は語る。
「実は近藤純介は僕と僕の友達、清水凛子の友達なんだ。凛子は純介を止めるために戦って死んじゃって、だから僕は凛子が果たせなかったことを引き継ぐことにしたんだ。それが僕の戦う理由かな?」
「以前、星野優人は家族と共にいるという理由で入隊を拒否。しかし、友人のために入隊し戦うことを決意。つまり、星野優人の中では家族よりも友人を優先したということか?」
「え……」
言いよどむ優人。流石はAIだけあって聞かれたくないこともズバッと質問してくる。
「えーと、そんなことないよ。家族はすごく大切だし友達も大切で、そこに優先順位はないというか……」
「しかし、人間が選択する上で基準とするのは優先順位」
「いや、あ、えー」
再び考え込む優人。
アウラの言う通り、結果的に優人は家族と共にいることより、友達をやり残したことと止めることを選んだ。
結果だけを見れば家族よりも友達の方を優先した、と言われるのは当然だ。
その上で優人は考える。
自分は家族よりも友達が大切なのか、と。
真紀恵と美奈々は十年間眠っていた優人を快く受け入れてくれた。十年間、ずっと辛い思いをしてきたにも関わらず優人に恨み事一つ言わない。この二週間ほどで優人は自分が家族から愛されていることがよくわかった。それに報いたい。そう思ったから家族と一緒に生きていきたいと今でも強く思っている。
純介と凛子は高校からの付き合いだ。三年間で一緒にいた時間は家族の次に多い。そんな優人だからこそ、二人の良いところも悪いところも知っている。十年前だったら、二人を一番理解している友達は自分だと自信を持って言える。
友達だからこそ純介の行いに怒りを感じる。失望や絶望を感じて純介を見限ろうなんて思わない。むしろ友達だからこそ一発ぶん殴って純介を止めると思っている。
凛子は純介を止めるために死んでしまった。純介を止めたいと思う気持ちは痛いほどよくわかる。彼女は彼女なりのやり方で純介を止めようとしたんだ。だったら同じ友達として、彼女をやり残したことが見えている自分が何もしないわけにはいかないと思った。
(そうだ。この時代で凛子の想いがわかるのも、純介を止めようと思えるのも僕だけなんだ。僕以外に凛子の想いを引き継げる人も、純介を止めようと思える人もいないんだ)
この時代で唯一の存在であるからこそ、優人は家族よりも友達を優先したということか?
(違う)
それも何か違う気かがする。
結局、同じ大切な人に優先順位をつけるなんて優人にはできない。
ならなぜ優人は選択することができたのだろうか?
それを答えるために優人は口を開いた。
「たぶん、僕は戦うことを決めた時、他に何も見えなくなってたんだと思う」
「理解不能。何が見えていて、何が見えなくなっていたのか説明を望む」
「純介と凛子のことをちゃんと知ったのは凛子のお墓の前で篠江さんの話を聞いた時なんだ。その時僕の頭の中には凛子がやり残したことしか見えてなかった。凛子は純介を止めようとして死んじゃった。ならその想いを受け継ぐのは僕しかいないって、それだけしか考えてなかったんだ。だから、僕は選択なんてしてないんだ。その時は戦うことが当たり前だと思っていたからね」
「つまり感情のままに動いた、ということ?」
「そういうことになるかな。もしあの時アウラに質問されてたら、もし僕にもう少し頭が良くて計画性があったら、僕は家族と共にいることを選んでいたかもしれない。でも僕はもう道を進みだしたから後戻りしようとは思わない」
優人が国連軍に入隊すると決めた時、真紀恵は恨み事一つも言わず「気をつけてね」とだけ言ってくれた。美奈々には「嘘つき」と散々罵られたが結局、「絶対帰ってきて」と最後には言ってくれた。
この道はもう優人一人で進んでるわけじゃない。
家族が支えられて進んでいる。二人の想いを無駄にしないためにも優人は絶対に後戻りはしない。
「理解。人間は強い感情に流される」
「アウラに理解してもらえてホッとしたよ」
言葉だけじゃなく優人は一仕事終えた気持ちで息をはいた。
話題が終わり一瞬の沈黙が生まれた後、アウラが口を開く。
「移動開始時間。セルティムファイブは配置へと移動を開始」
アウラの連絡を受け、星野優人は立ち上がる。
長椅子にたてかけた粒子砲を肩に担ぐ。
「了解。セルティムファイブ、移動を開始します」
と待機室のドアの前に立つ。
自動ドアは優人の姿を感知し開かれるが、優人は一度だけ振り返った。
「ありがとう、アウラ。アウラと話して少しだけ緊張が紛れたよ」
「肯定。心拍数、呼吸数ともに正常を確認」
「それじゃいってきます」
と優人は待機室から外へと出る。
「いってらっしゃい」
自動ドアが閉まる寸前、そんな声が聞こえた。
別に返事を期待したわけじゃない言葉だった。アウラのことだから返事はないとさえ無意識に思っていた。
だから返事がきたときは無性に嬉しかった。
CSでホロウモニターの前で佇む篠江にアウラから報告が入る。
『オルティム群、主砲射程まであと二〇キロ』
あと四十分後にはアウラの粒子兵器による飽和攻撃が開始される。二十分前には優人は第三防衛ラインへと到着するだろう。
中央の各部隊配置は完了している。右翼、左翼も同様だ。
おそらくこの戦闘での要となるのは、この中央だ。十分な戦力はそろえているが、どんなイレギュラーが起きるかわからない。
(イレギュラーか……)
自分でそんな言葉を浮かべて、優人を回収した戦いを思い出す。
少数のオルティム群による牽制。アレは人類でいう戦術と呼ぶべきものだ。これまでのオルティムの侵攻は物量任せの特攻で、戦術とはとても呼べるものではなかった。
だからこそ人類はこれまでオルティムに滅ぼされずにこの生存戦争に生き残れたといえる。しかし、前回のアレは決して物量任せではなく、敵の思考を読みし、その裏をかいた戦術だ。
これまでとは違う。そしてこれからは違う、とも篠江には思えた。
上層部にその懸念を報告したが、結局偶然だ、ということで片付けられた。
一つのオルティム群が役割を作って侵攻したのではなく、二つのオルティム群が偶然侵攻してきたのだ、と。
そんな偶然があるものか、と怒鳴り散らしてやりたかった。
だが、オルティムが現れてからこれまで、オルティムが戦術を駆使して侵攻してきたことはない。前例がないことは中々認められないのは世の常だ。だが、ラピスという異常鉱石が存在するこの世界で、それで人類は生き残っていけるのか、と憤りを感じる。
本当はこの作戦も篠江が望むものではなかった。
上層部に篠江が提出した作戦書は、広範囲にわたるオルティム群を威嚇攻撃により中央へと誘導し、セルティムファイブ、アウラの最大放火によって粒子を消滅させる、というものだった。
オルティムを集中させれば、それだけ戦力を分散させないですむ。つまり余剰となる戦力を予備戦力としてロクスソルスにおけるのだ。この予備戦力が篠江の危惧するイレギュラーの際の切り札になる。
篠江はそう上層部に伝えたが、この作戦は複雑さが増し時間もかかる。複雑さが増すということは小さなミスが作戦の失敗に繋がるということだ。それを嫌った上層部は今まで通り火力頼みの総力戦を選んだ。
今思い出すだけでもイライラする。
頭の固いジジめ、と心の中で悪態を吐く。
だが、次の瞬間に頭を切り替える。
今さらそんなことをウダウダ考えても何にもならない。作戦はもう始まる。自分はこの作戦の総指揮官として全力で敵を殲滅するだけだ。
『セルティムファイブ、第三防衛ラインへ合流を確認』
アウラの報告を聞いて、篠江は完全に後顧の憂いを絶った。
そこは荒野だった。
優人の護衛役、と篠江に紹介された隊員の運転する装甲車の中で、外の光景を見つめる優人。
装甲車が走りだして十分もしないうちにゴーストタウンだった光景は、廃墟さえない荒野へと変わった。
軍に入隊すると決めてすぐに、篠江直々の講義を受けていた優人はある程度のことは把握している。
篠江曰く、オルティムの侵攻を受け続けると雑草一本生えない土地になるそうだ。
オルティムの侵攻は基本群れを成し、建造物や植物をなぎ倒して進む。結果としてオルティムの通った後には何も残らない。
つまり優人の故郷もすでに面影も残らない荒野となっているのだろう。
ゴーストタウンだろうが、荒野だろうが故郷がなくなってしまったことには変わりないが、本当に何も残らないとわかると胸が痛む。
純介に対する愚痴が自然と零れる。
「アイツが暴走するとろくなことにならない……」
隊員が「何か言いましたか?」と尋ねるが、優人は「なんでもないです」とだけ答える。
優人の配置地点にはすでに新たな護衛役の隊員たちと二台の戦車が並んでいた。
そしてそれに挟まれる形で、見慣れない物がある。
一言で言い表すなら背もたれ。なんでも粒子砲の発射時の反動が大きく、体が吹き飛ばされないようにするための支えだそうだ。
すでに配置についていた隊員から「通信用インカムを外してこっちをつけてください」とゴーグル付きのヘッドセットを手渡される。
隊員から説明を聞くと、砲撃座標はアウラからから通信によって受け取り、ヘッドセットのゴーグル部分が誘導してくれる。
ヘッドセットを付けて起動する。同時に耳元でアウラの声が聞こえる。
『CSからセルティムファイブへ。通信テスト。聞こえるか?』
「こちらセルティムファイブ。聞こえます」
『テスト完了。こちらからの援護支援要請があるまで待機』
「了解」
アウラからの反応が途切れる。
隊員が優人の後ろへと回り、粒子砲と優人の背中のパーツをチューブのようなもので繋ぐ。これで優人から放出される粒子を自動的に吸収し、粒子砲へと送るのだ。
全ての準備は整った。あとはオルティム群がやってくるのを待つだけだ。
背もたれに体を預けて静かにその時を待つ。そのうち視界に映る地平線から二万のオルティム群がやってくると思うと、胸がザワザワする。
(なんかすごい気持ち悪い)
これが戦場の不快感だろうか、と気持ちを鎮めることに努めるが、はやり汗と震えが止まらないように、不快感も静まらない。
そうこうするうちに地平線から土煙が上がっているのが見える。
来たッ、と緊張と恐怖がピークに達する。
そしてオルティム群の先頭が姿を見せる。
「アレが……オルティム」
ゴーグルがオルティムを拡大して映す。
サメに四本の足を生やしたようなオルティム。シャークと呼称されたサメをもととしたオルティムだ。
肺呼吸と地上を移動する術を手に入れたサメはぞろぞろと荒野を移動する。
純介が言うには世界に放ったオルティムは百三体。それがなぜ二万、いやそれ以上にまで増えたのか。篠江曰くオルティムにも交配によって子孫を残すことができるらしい。それによってオルティムは世界中に爆発的に増え、今では人間よりも多いと言われている。
今、優人が目の前にしている二万にも及ぶオルティムもその一部ということだ。
「本当に純介は碌なことをしない……」
『CSから全部隊へ。作戦開始。アウラ、攻撃を開始』
アウラからの通信後、すぐにゴーグルに座標が指定される。
矢印の方向に銃口を向け、送られた座標に向かって優人は引き金を引いた。
セルティムファイブの初陣が始まる。




