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同伴

 外へ出た二人を待っていたのは、好奇の視線だった。

 片や荒くれ者に絡まれ、命の危機に陥っても無抵抗を貫いた大男。

 もう一方は、危険を顧みず荒くれ者を追い払った勇敢な少女。

 村、という小さなコミュニティに於いて二人が起こした小さな事件は、然程時間も掛からずに広まっていた。

 結果として村内では、二人ともそれなりの有名人と成っているのだが、余り良い意味で、では無い。

 無論これは、話に尾鰭が付いてしまった結果でもある。

 どういった尾鰭が付いたのかはさて置き、そんな事に成っているとは知らない二人は、集まる視線の中を堂々と歩いていた。

 娯楽の少ない村人達に取ってこの二人の姿はある意味、興味を引く対象だ。

 但し 二人はそんな視線で見られている事など知る由もなく、村の目抜き通りを移動しながら会話を交わしていた。

「ねえ! ねえってば!」

「――何だ?」

 少々声を張り上げなから少女は声を掛けるが、男は然も煩わしい、といった感じで返す。

「もう少しゆっくり歩いてよ!」

 流石に身長差が有る所為か男の早足は、少女に取って小走りに相当してしまっている様で、彼女は歩を緩める懇願をした。

「断る」

 男は少女の懇願を断るだけでなく、僅かながら歩みを早め、彼女は着いて行く為に更に小走りに成らざるを得なかった。

 そんな今の二人を何も知らない者が見たのならば、痴話喧嘩をしている様にも見える。

 遵ってこの一連の遣り取りは、村人達に取っては馳走以外の何ものでもなく、噂が噂を呼び、二人を赤面させる様な話になるのだが、これはまだ先の話。

 劃して、頼みを無碍に断る男と、プクっと可愛らしく頬を膨らませて怒る少女、と言う微笑ましい絵図が出来上がり、村人達に有る事無い事想像させる材料を提供していた。

「ねえ、これからどこ行くの?」

 怒る事は諦めたのか、やや不機嫌さだけを残した声で、少女は男に行き先を聞く。

「宿だ」

 少女の事を煩わしげに扱う割には、男は律儀にも行き先を答える。

 これを義理堅い、と見るのは少々疑問に残るが、男の性格を端的に物語っているのかも知れない。

 だが、この返答に少女の目はやや見開かれて、驚きの表情を見せ、

「ええ?! もう寝るの?!」

 そんな事を口走っていた。

 そこで突然、男の足がピタリ、と止まる。

 小走りで男の真後ろに着いて居た少女は咄嗟に止まる事が出来ず、彼の背に顔からぶつかってしまった。

「突然止まらないでよね! 鼻ぶつけちゃったじゃないの!」

 顔を顰めて鼻を押さえる少女に男は向き直ると、呆れた声を響かせた。

「君は、馬鹿か?」

 昼時は()うに過ぎているものの、今だ陽は高く寝るには早過ぎる。無論、昼寝、という行為もありはするが、そんな事とは無縁そうな男の姿を見れば、誰もがそれは有り得ない、と口を揃えて言うだろう。

 それに、聡い者なら男の今までの行動を思い返して、自ずと答えには容易に辿り着く筈だ。

 入り口でトラブルを起こして彼女に助けられ、次に酒場へ寄って今度は二人で揉め事を起こし、何とか円く治めた後、こうして村の中を歩いている。

 二人の姿を見る村人達の反応からして、この村の人間で無い事は窺えるし、それは即ち旅人と言う事になる。

 その旅人に取って一番大切なもの、と言えば無論、身体だ。他にも大切なものはあるが、先ずは身体が健やかでなければ旅が出来ないのだから、これ以上大切なものは命だけとなる。

 そして男は、入り口で肉体的に痛め付けられ、酒場では精神的に疲弊させられた。

 これらの事柄から察すれば、男が早めに宿を確保して落ち着きたい事は窺える。

 尤も、男が早めに宿を確保して落ち着こうとしていたのを、宿=寝る、と判断した彼女は、どこか抜けているのかもしれないが。

 ただ、古来より男は有る意味、女には絶対勝てない存在なのだから、こんな台詞を投げれば男の受ける罰など、火を見るよりも明らかだった。

「どうしてあたしが馬鹿なのか、説明してくださいっ!」

 烈火の如く怒り出した彼女は男に詰め寄り、柳眉を逆立てた顔を向ける。

 面と向かって馬鹿、と言われれば程度の差こそあれ、誰もがほぼ彼女と似た様な反応を示す事くらい、少し考えれば容易に想像出来る事だ。

 そんな簡単な考えにも至らなかった男に取ってこれは、自業自得と言えるだろう。

「酒場でもそうでしたけど、あなたには人を思いやる気持ちは無いんですか?! それとも人を怒らせる事が趣味なんですか?! もしかして、怒られるのが快感、とかいうヘンタイじゃないでしょうね!」

 こうなると、口下手の男が口論で女に勝てる見込み等、ほぼ皆無と言って良い。

 結果、公衆の面前で女性に怒鳴られて、口元をへの字に曲げ憮然とする男の図が、ここに出来上がっていた。

「黙ってないで答えなさいよ! この、ヘンタイ!」

 ヘンタイ、と言われて流石に男も頭に来たのか頬がヒク付き始め、何度か口を開こうとする仕草も見せるが、言い返す言葉が見付からないのか、その口から出て来た物は深い溜息だけだった。

 だがそれは、はっきり言って選択ミス。

「なんでそこで溜息なんて吐くのよ! そんっっっなにあたしの事、嫌いなわけ?!」

 彼女は終に、目尻に涙を溜め込んで体を振るわせ始めてしまった。

 目の見えない男でも流石にこれには気が付いたのか大いに慌て、微妙にオロオロとする気配が漂い始める。

 男が行動を躊躇している間にも、彼女の独白は続いていた。

「あ、あたしはただ……、あなたの手助けが出来たらって、思って声を掛けただけなのに、何であなたはあからさまに拒絶するんですかっ! お節介なのはあたしにも分かってますよ! だからって……。こんな仕打ち、あんまりです!」

 溜め込んだ涙が一滴零れ落ち、地面へ向かって降下し始めると、後はもう決壊したダムの如く次から次へと溢れ出し、二人の間に有る地面を湿らせていった。

 彼女が男の力になろうとしていた事は、態度からも分かる。

 それは、彼女の優しさを如実に物語る物ではあったが、男には全く届いていなかった。

 それを彼女は、優しさ、気遣い、といった相手を思いやる気持ちが、自分にはまだ足りないからだ、と思い込んで居たに違いない。

 だが男は、そんな彼女を理解しようとしないばかりか、拒絶し続け、挙句の果てに呆れ果てた態度まで取った。

 これでは幾ら気丈に振舞っていた彼女でも、押し縮められたバネが反発するように、心の中に詰め込んだ気持ちが綻びを破り、一気に噴出しても仕方が無いと言えた。

「何とか言ったらどうなんですかっ! あなたはあたしの事、嫌いなんでしょう?! それとも、好き勝手言われても悔しく無いんですか?! その目と同じ様に、プライドも無くしたんですかっ?!」

 自分の事を罵倒する彼女に男は顔を向けていたが、プライドも無くした、と言われた瞬間、その体から一瞬だけ悔しそうな気配を漂わせた後、すぐに済まなそうな気配へと変わった。

 直後、彼女の頬を伝って落ちる雫に手を伸ばして一滴だけ受け止めた後、手を握り締めて息を吸い込むと、頭を下げた。

「済まん」

 彼女が今どんな表情をしているのか、どんな気持ちで居るのか等、男に分かる筈も無い。なのに、男は頭を下げた。

 まるで少女の表情から全て読み取った、と言わんばかりに。

 その姿からは、許しが有るまでは絶対に頭は上げない、という気配が漂っていた。

 男が謝る姿を見て、今まで猛っていた彼女は毒気を抜かれ、先ほどまでの自分を恥じ入る様に顔を俯ける。

 そして、自分の雫を受け止めて握り締める男の両手でそっと包み込むと、消え入りそうな声で告げた。

「もっと、ちゃんと謝ってください。そんなんじゃ、何も伝わりません」

 期待した返事ではなかったのか、男は口元をへの字に曲げて不満を見せるが、俯く彼女には見えて居ない。

 だが男の表情はまるで、謝ったのに何故、諭されなければならないのか、と言った感じでもあった。

 ただ、自分の手を握り締めた、という彼女の行為に男は何かを感じ取ったか、一つ大きく息を吸い込み吐き出すと、口元を元に戻して真剣な声音で話し出した。

「俺の言葉が足りず怒らせてしまい、本当に悪かった。だが、これだけは言わせてくれ。俺は困惑していたんだ。今まで親切にされた事がなかったから。それに、目が見えないからと、騙そうと近付いて来る輩も多かった。そういった理由もあって警戒していただけだ。君もその類なのではないか、とな。でも、君の真摯な声を聞いて、握られた手の暖かさを知って、違う事が分かった。だから、君が着いて来たいのならば、好きにすればいい」

 若干言い訳じみた感じではあるが、自身の信条を素直に吐露した男と、自分の気持ちをぶつけた少女の周りに、暖かな風が突如として流れた。

 この出会いを祝福する様に。

 その風を彼女は胸一杯に吸い込んで顔を上げると、濡れそぼった瞳を男に向けて、口元に微かな笑みを見せる。

「自己紹介がまだだったな。俺は、槙坂小太郎、という。呼び方は――君の好きな様にするといい」

 最後の方は照れもあるのか、男の声は幾分か小さくなっていた。

「随分と変わった名前なのねえ」

 彼女が珍しいものでも見る様な目を向けて、小太郎の顔をマジマジと見ていると、彼はバツが悪そうに顔を逸らしていた。

 しかしこの、槙坂小太郎と言う男、目が見えないというのに、視線を感じて狼狽え身動ぎをするとは、かなり鋭敏な感覚を身に着けている、と言えよう。

「俺は、この大陸の遥か東の端に在る、ジーク帝国の出身だからな。と言っても分からんだろうから、この国出身では無いからだと、思ってくれればいい」

 少し焦る様に自身の出身地を説明したが、少女は然程気にしている様には見えなかった。

「ふーん。ま、細かい事はどうでもいいわ」

 案の定、気にも留めておらず、その台詞を聞けた小太郎からは、安堵の気配が漏れるていた。

「じゃあ、次はあたしの番ね!」

 明るく告げるてからにっこりと微笑み、小太郎の顔を見ながら、

「あたしは、ナミヴィア・ランカスター。ナミって呼んでくれればいいわ」

「――分かった」

 対する彼は小さく、だがはっきりと分かるように首肯した。

 直後、彼女は顎に指を当てて小首を傾げる、といった可愛らしい仕草で思案顔になると、

「……あなたの事は、そうね。マキ、でいいかしら?」

 ポツリと呟く。

 その途端、眼帯をしているにも関わらずはっきりと見て取れる程、小太郎の顔が嫌そうに歪んだ。

「何よその顔。あなたが好きに呼んでいいって言ったんでしょ?」

「それはそうだが……。マキだけは勘弁してくれ」

「嫌よ、あたしはもう決めたの! あなたの事はマキって呼ぶって」

「い、いや、だから……」

「自分で言った事を翻すとか、男らしくないわよ?」

 そんな風に言われてしまえば小太郎はもう何も言えず、悔しそうに口元を歪めて黙り込むしか手が無い。

「それじゃ早く行きましょ。当然、あたしも同じ部屋でいいわよね?」

 この提案には、流石の小太郎も直ぐに拒絶を示した。

「駄目だ」

「何でよ?」

「恋人でもない男と女が同じ部屋で寝泊りするなど、不謹慎にも程が有る」

 この言葉にナミヴィアは驚きで目を丸くしながらも、少しだけ小太郎の事を見直していた。

「マキは堅いのねえ」

「――普通だ」

 確かに普通ではある。が、この時の小太郎は、宿屋の都合に因っては相部屋と成る可能性が有る事に、まったく気が付いて居なかった。

「もし部屋が一つしか無かったら、マキはどうする心算なのよ?」

 その指摘に、小太郎は失念していた事を気付かされて口篭る。

「そ、その時、は――――」

「え? 何? 聞こえないわよ? もっとはっきり言ってよ」

 ナミヴィアは彼の腕を取ると、容赦なく体の有る部分を密着させた。

 予期せぬ行動に出た彼女の仕打ちに、小太郎は頬を染める。

 その余りにも初心な反応にナミは驚いて僅かに目を見開いたが、それが嬉しかったのかは分からないが、口元が綻んでいた。

「ねえ? どうするのよ?」

 再度の問い掛けに小太郎は、

「そ、その時は――、しし、仕方、がないから……い、いい、一緒の、へ、部屋で、いい……」

 しどろもどろになりながらも、相部屋を了承した。

 その時のナミヴィアの表情は、悪戯に成功した子供の様な笑みを浮べていた。

「一緒でいいのね?」

 そして、小太郎は頬を染めたまま憮然として頷き、了承してくれた彼に向けてナミヴィアは、花咲く様な笑顔で微笑むのだった。

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