表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/10

会遇

 木柵で囲われたそこは野球場二つ分ほどの広さが有り、出入り口として作られた木のアーチを抜けた先には、強烈な日差しを受けた雑草が旺盛さを誇っていた。

 そんな中を歩む人の姿があった。

 ここが通路なのでは? と辛うじて判別出来る背の低い雑草が生える場所を行くその姿は、ローブを頭からすっぽりと被っている所為で顔の判別は付かないが、草に覆われた足元から時折覗くブーツのヒールが高い事から、女性である事は伺えた。

 その女性の足が不意に止まる。

 そこは入り口から程近く、背の低い四角形の石が二つ、雑草に埋もれていた場所だった。

「今日まで来れなくて、ごめんなさい」

 二つの石に向かって彼女は謝罪をするとしゃがみ込んで周囲の雑草を抜き始める。

 彼女が作業を始めて五分ほど経った頃、周りの雑草は綺麗に抜かれて石が露になった。

 それは寄り添うように立てられた二つの墓標だ。

 刻まれている名は右が、マーキス・ランカスター、左には、シモンヌ・ランカスター、とあり、刻まれた没年は両方とも、同じだった。

 雑草を抜き終わった彼女は手に付いた泥を綺麗に落としてから、ローブの中の腰の辺りに手を入れると木箱を取り出す。そして、墓碑の前にそっと木箱を置いて蓋を開けると、中から丸められた一枚の紙を取り出し石に向かって広げた。

「パパ、ママ。これ見て」

 二つの墓碑の前に紙を広げた彼女は誇らしげに微笑む。

「あたしね、普通は四年掛かる所を、三年で卒業したのよ? どう? すごいでしょう?」

 だがその表情は何故か、酷く寂しげに見えた。

 墓石に向かって彼女が、パパ、ママ、と言っていた事から察するに、石の下に眠るのは彼女の両親である事が伺える。

「あたし、三年前のあの日の事、今でもはっきりと思い出せるよ」

 紙を墓碑の前にそっと置くと、彼女は両手重ね合わせて胸に当て、静かに目を瞑る。

 瞼の裏に去来する思い出を傍からは窺い知る事など出来ないが、柔らかな笑みを見せる表情を見れば、彼女にとって喜ばしい出来事だったに違いない事だけは察せられた。

 だがその直後、閉じた瞼から光る雫が零れ落ち、彼女の頬を伝って地面を濡らした。

「それと――、二年前の、あの日も……!」

 唇をきつく引き結び、声を震わせながら呟く声には、複数の感情が入り混じっていた。

 暫くの間、彼女は唇を震わせながら涙を流し続けていたが、ゆっくりと瞼を開けると、そこには強烈な決意に彩られた光を湛える瞳があるだけだった。

「あたし必ず――」

 後の言葉を飲み込み少女は紙を丸めて木箱に仕舞い蓋を閉めると、二つの墓標の間を掘り返し始める。

 掘った穴に少女は木箱をそっと収め、土を被せてからゆっくりと立ち上がった。

 二つの墓標へ向けられていた瞳が、立ち上がると同時に周囲へと向けられる。

 その瞳に映るのは、彼女の両親の墓所と同じ様に雑草に覆われて荒れ果てた墓地。

「今綺麗にするから、少し我慢してね」

 少女が呟き墓地全体に視線を巡らせると、彼女が視認した範囲にだけ、突如として目も開けていられない程の突風が吹き荒れた。

 その風は雑草を根こそぎ地面から毟り取り、粉みじんに刻んで空の彼方へと舞い上げ、あろう事か地面すらも整地してのけた。

 普通の風には有るまじき奇跡の光景を見守る者は彼女以外には、この場に立てられた墓標達のみ。

「これで暫くは大丈夫ね」

 風が収まった後を眺めて満足げに彼女は呟くと、再び目の前の墓碑に視線を移した。

「パパ、ママ。あたしは必ず見付け出してみせます。そして――!」

 言葉尻を胸の中に閉じ込めた代わりに、決意を乗せた瞳を両親が眠る場所へと注ぐ。

 数分間見詰めた後、彼女は踵を返して歩き出し、その背中を一陣の風が優しく撫でた。

 娘を心配する親の様に。

 彼女が去った後には風に洗われ綺麗になった墓地が広がり、そこに集まる墓碑に刻まれた最も新しい没年と碑文は、全てが同じだった。

 そこは、こう刻まれていた。

〝真歴一六九七年七の月、チャスナット村を襲った悪夢の如き災厄にて命を奪われし無念と共に、ここに眠る〟と。



         *



 遠目に見える森の木々は微かに色付き始め、時折吹く風に心なしか寂しげな感触が宿り始めるそんな季節。

 フィグ村へと続く街道を一人、行く者が居た。

 今だ強い日差しを注ぐ太陽を嫌う様にローブを目深に被っているが、合わせ目から時折覗く白魚の様な手と、足元を覆ったブーツのヒールが高い事から、女性で有る事は伺えた。

 十数年前までは殆ど見られなかった女性の一人旅ではあるが、昨今では街道沿いの治安も良くなり蒸気馬車という交通手段も普及した為、今では然程珍しいものでは無くなっていた。

 が、徒歩で、となると話は別だ。

 山賊や野盗、魔獣の出没等、頻繁では無いにしろ今でも起こっており、余程腕に自信の有る者以外は、男でもさえも一人で徒歩の旅などはしない。

 大の男ですらそうなのだから、女の身では無茶を通り越して無謀と言えた。

 しかし、ローブの裾が僅かに擦り切れている事と、生地表面が僅かに(やつ)れている事から察するに、彼女はそれなりの時間、旅をしている様でもあった。

 淡々と歩く彼女のローブの裾が突然、風も無いのに不自然な揺れを見せる。と同時に、彼女は左端の路肩へと吸い寄せられる様にして移動した。

 すると、シュッシュッ、と言う音が彼女の後方から微かに響き始め、程なくして蒸気馬車が姿を現した。

 意外と速度があるのか、蒸気馬車の姿は見る間に大きくなって行く。

 彼女がローブの襟元を引き上げて口元を覆い、もう片方の手でフードを抑え込んだ直後、蒸気馬車は砂塵を巻き上げながら彼女の脇を通り抜けて行った。

 タイミングの良さと手馴れた動作から見るに、蒸気馬車と擦れ違うのは初めてではない事は伺えたが、ローブの奥で煌く瞳には若干の苛立ちが上っていた。

 だが、砂塵と風を巻き上げて走り去る蒸気馬車に向かって放たれた彼女の悪態には、諦めも篭っていた。

「――何時もの事だけど、もう少し歩行者の事も考えて走れないのかしらね」

 草原を駆け抜ける涼やかな風に揺らされた鈴の音の様な声は、僅かに含ませた棘と共に空へと融けて行くのだった。



         *



 街道からあと数歩も歩けばフィグ村の中へと入る、という場所で、数人の男達の怒声と鈍い打撃音が響いていた。

 その光景を目にした者達は、顔を背けて見て見ぬ振りを決め込み足早に通り過ぎて行く。

 中には顔を顰めて拳を握り締める者も居たが、男達の行為を止め様とはしなかった。

「おら、何とか言えよ! このウスノロ!」

「てめえ! 俺達を舐めてんだろっ!」

「おらおら! その図体は見せ掛けか?!」

「へっ! 死眼(ディビジャー)がでかい面して歩いてっからこうなんだよ!」

 口元に下卑た笑みを湛えながら、彼等の足元に頭を抱えて蹲る男に粗野な言葉を吐き捨て、何度も激しく踏み付ける。

 対する男は亀の様に蹲ったまま、微動だにしなかった。

「おー痛てえ。こりゃ肩の骨が折れちまったかもなあ」

 蹲る男を眺めていた男の一人が業とらしく右肩を擦りながら、然も痛いと言わんばかりに顔を顰める。

「おめえ、分かってんのか?!」

 その一言が合図だったのか、今まで手を出していなかった者も加わり始め、蹲る男には雨あられの様な足蹴りが降り注ぎ始めた。

 だがそれでも、蹲る男は呻き声一つ上げない。

 肩を擦っていた男はそれを見て忌々しげに表情を歪める。

「おう、おめえら。もう少し手加減してやれよ。じゃねえと、貰うもん貰えなくなっちまうだろうが、よっ!」

 そして、蹲る男の脇腹目掛けて強烈な蹴りを入れた。

 先ほどの言動や態度、今の台詞などから判断するに、どうやらこの男がリーダーの様だ。

 他の男達と違ってリーダー格の男が入れた蹴りは相当な力が篭っていたのか、蹲る男は微かな呻き声を漏らし、僅かばかり体を捻る。

 その姿に満足したのかニンマリと口元を歪めると、リーダー格の男も散発的では有るが蹴りを入れ始めた。

 蹲る男は強烈な蹴りが入る度に微かに呻き身を捩じらせはしたが、それ以上の声を上げる事は無く、姿勢も殆ど変わらなかった。

 そんな状況が十五分近くも続くと流石に疲れてきたのか、男達は息を荒げ蹲る男を蹴る足も鈍り始める。が、罵声だけは相変わらずだ。

「何時までそうやってんだ!」

「おら、いい加減、出すもん出しちまえよ!」

「早くしろよ!」

「出さねえと楽になれねえぞ!」

 リーダー格の男は息切れを始めた男達をチラリ、と見やると苦々しい表情を見せる。

「これじゃあ埒があかねえな。遣りたかねえが、仕方ねえか」

 呟き、腰に吊るした物を手に取ると、周りの男達を下がらせて蹲る男の頭に突き付けた。

「おい、いい加減に出せよ。じゃねえと、脳味噌ぶちまける事になるぜ?」

 男が突き付けた物は、ライフルの銃身と銃床を切り詰めた様な銃。

「こいつはな、普通のライフルと違ってな? 一発の弾の中に複数の鉛弾が詰まっててな。至近距離でぶっ放せば、Cランクの魔獣ですら一撃で殺れるって代物よ」

 所謂、散弾銃であった。

 銃口を蹲る男の頭に押し付け捻りながら、

「どうだ? ん? これで出す気になっただろ?」

 嗜虐的な笑みを浮かべ優しい声色で脅しを掛ける。

 だが、蹲る男は何の怯えも示さないばかりか、

「――勝手にしろ」

 脅しには絶対に屈しない、と言う強い意思の篭った台詞を放った。

「チッ」

 男は小さく舌打ちをして眉間に皺を寄せて口元を歪め不快な表情を見せる。

「じゃあ、死ね」

 宣告するとゆっくりと引き金を絞り込み始め、あともう少しで撃鉄が降りる、という感触を男が感じた時。

「貴方達! 何してるのっ!」

 凛とした声が響き顔を上げれば、そこにはローブを目深に被った者が立っていた。

 声色からすると女性の様だが、その身から迸る気は散弾銃を持った男の指を引き金から外させ、取り巻きの男達に至っては身を竦ませ怯えを見せる程の、途方も無い圧力を放っていた。

「もう一度聞きます。貴方達は一体、何をしているのですか?」

 一転して声の響きは穏やかに変わったが、篭められた気迫は尋常ではなかった。

 しかも、ローブの奥底にある瞳は、事有らば容赦しない、と言わんばかりの輝きを放ち、散弾銃の男を()め付けていた。

 だが男は何を思ったのか、口元を歪めて嘲りの表情を取ると肩を竦めて、あからさまな嘘を吐いた。

「教育だよ、きょーいく」

 嘘だと簡単に見抜ける様な事を口にした男ではあるが、その目は油断無く相手の動きを見据えていた。

「何の教育ですか?」

 そんな男にローブを纏った者が間髪居れずに返した声音からは、僅かに苛いが滲んでいた。

「なあに、こいつが行き成り殴り掛かって来たもんでな、ちょいとお仕置きしてたのさ。なあ、そうだよな?」

 こちらが手を出さなければ動く事は無い、と判断したのか、警戒する瞳はそのままで男は余裕を見せて嫌味な笑みを浮べ、いけしゃあしゃあと嘘を吐き出す。そして仲間に同意まで求めるその態度は、憎たらしいの一言。

 しかも、その姿に取り巻きの男達からは怯えが消え去り、代わりに目の前の相手を馬鹿にするような態度まで出始める。が、流石に考える頭は持っているのか、何も口にする事無く首を縦に動かしただけだった。

 男達のそんな態度に彼女は溜息を付くと、有る事柄を指摘した。

「では、どうやって貴方との距離を測るのでしょうね? 彼は目が見えないというのに」

 これには男の表情が苦々しく変わり、取り巻きの男達は冷や汗を掻き始める。

 ただ、彼女が蹲った男の眼が不自由な事を見抜けたのには訳があった。

 それは、目の不自由な者に限って、この国から無償で支給されるある品を握り締めていたからだ。

 様々な振動とその強弱で、障害となる物の距離と位置を使用者に伝える、魔術陣を刻み込んだ魔術道具としての青杖を。

 だがその魔術具の欠点が、彼等の言が完全に嘘だと見破る材料とも成っていた。

 その欠点とは、周囲に人が多過ぎる――具体的には、杖を持った者を中心とした半径一・五メートルの円内に四人以上がほぼ同時に進入するか、若しくは二人以上が数秒間(とど)まると振動をしなくなり、使用者に歩行の停止を促してしまう、というもの。

 無論これは、一人で行動している目の不自由な者に身の危険を伝える為の措置なのだが、大勢の人が居る場所では逆にこれが欠点となってしまっていた。

 しかも、半ば常識、とも言える杖の欠点を、小さな子供ならいざ知らず、大の大人が知らない筈は無い。

 そして彼女の前に居るのは、全部で六人。

「杖の欠点を知らない筈はありませんよね?」

 この問い掛けに彼等が出した答は、舌打ちを残してその場から立ち去る事だったが、リーダー格の男の瞳には、邪魔しやがって、と言う恨みの色が浮んでいた。

 そんな視線を受けても彼女は柳に風、と受け流し、立ち去る男達を見送りながら蹲っている男に静かに歩み寄ると、腰を屈めて声を掛けた。

「大丈夫?」

 声を掛けられた男は一拍の間を置き、

「――ああ」

 短い返答と共に、ゆっくりと立ち上がった。

 彼女もその動作に合わせて屈めていた腰を元へと戻すが、男の背の高さに驚きを見せていた。

「あなた、随分と背が高いのねえ」

 立ち上がった男と彼女の身長差は頭一つ半程。

 彼女の身長はどちらかと言えば女性の中では高い部類に入る。となれば男の身長は二メートル近くはある筈で、その結果、彼女は見上げる形になってしまっていた。

「――一応、助けてもらった礼は言っておく」

 軽く頭を垂れた男の目は帯状の眼帯で覆われ、両目が完全に見えない事を示していた。

「別にお礼なんていらないわ。人として当然の事をしただけだし。それにしても貴方、珍しい眼帯をしてるわね。もしかして、絡まれたのってそれの所為じゃない?」

 眼が不自由な者達は通常、眼鏡に黒い板を嵌め込んだ物を使う事が多い。ただ、眼鏡のフレーム自体がそこそこに高価な事もあり、金銭的な問題で布製の眼帯で両目を覆う者も居る。

 だが彼の眼帯は分厚い皮で作られた挙句、その表面には精緻な細工を施した銀製の板が貼り付けてあるという、非常に奇妙で凝った作りをしている事から、相当に高価な代物だという事が分かる。

 故にそれを見た彼女は暗に、大金を持っている様に見られたのではないか、と言っているのだ。

「――眼帯は関係ない」

 男はぶっきら棒に言い捨てると彼女の心配を他所に、周囲を探るように杖を動かした後、背を向けて村の中へと入って行くのだった。

次話は早くても、七月の二週目あたりになると思います。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ