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10月の桜  作者: 佐々木コジロー
第3章 迷走
8/16

反感

20X3年6月11日 代官山


 姉さんの結婚相手は大学時代に知り合った人らしい。

 就職を期に一度別れたという話は聞いていたが、いつの間にかよりを戻していたらしい。

 就職してから姉さんはずっと関西で働いていたし、家に帰ってきても特にそんな話をするわけでもなかった。

 姉と弟の姉弟なんていうのはどこもそうなのかもしれないが、年齢を重ねるごとに、疎遠になっていったような気がする。

 別に仲が悪いわけではないが、そこまで深い話もしない。

 よく言えばお互いに干渉しない距離感が保てるようになっているということなのかもしれない。

 ただそのためか、今日の結婚式はどうしても家族の結婚式という感じがしなかった。

 僕もまだ大学生のため、友人の結婚式に呼ばれたことはなかったが、2回ほど親戚の結婚式には参加したことがあった。それと同じ感覚に思えた。


 結婚式場は代官山にあるゲストハウスだった。

 14時半から結婚式のため、弟と2人1時間前の13時半に式場に到着した。

 当事者である姉さんはもちろん、父さん、母さんももう1時間早く来ていた。

 日本の住宅街では考えられないような荘厳な入り口を通り、玄関へ向かう。

 まさに結婚式という雰囲気を感じる。

 家族の結婚式であって、何も後ろめたいことはないのに、進路が決まっていない自分がここに来るのが場違いな気がしてしまう。

 ここのところ大学院に向けた勉強もあまりはかどっていない。

 あのとき感じた大学院への魅力も日を追うごとに薄れている気がしていた。

 6月頭に大学院に行ったサークルの先輩に話を聞いてみると、勉強や研究、教授の手伝いなどが忙しく、あまり遊んでいる時間も取れないと言われた。

 大学院に行って、やりたいことを見つけようと思っていたが、自由な時間があまり持てないということを聞いて、本当に大学院で良いのかという疑問が生まれてしまった。

 髭男に話を聞いてみたいと思ったが、あいにく連絡先を交換し忘れていたため、どうしようもなかった。

 ただ、だからといって父さんと口げんかしてまで大学院に行くと言った手前、中途半端なこともできないという思いで毎日勉強は続けている。


 そういえば、ゲストハウスでの結婚式は少し前から流行っているらしい。

 基本的に貸切状態になるため、自分たちの好きなように装飾できたりと、自分好みでおしゃれな空間を作れることも大きな魅力のひとつらしい。

 最近の風潮として、自分の思い通りにできるということがひとつの「売り」になっているのだ。

 くしくも、コンサル業界に入ろうと思って本やインターネットでいろいろと調べていたときに、たまたまウェディングコンサルタントの記事を見つけて読んだのを覚えている。

 とはいえ、式場に来てみると、同じ日に3件も結婚式をやると案内があり、あわただしいものだと思った。

 実際、式場に到着したとき、式場の周りに前の時間帯で結婚式をしていた夫婦の親族と思しき人がまだ残っていた。

 自分好みの空間にできると言っても結局はすごく短い時間なのだという現実を感じてしまった。

 決して僕の結婚式ではないのだけれども、一生の記念に残る晴れ舞台で、大金をつぎ込んでもそれっぽっちの時間しか自分の思い通りにはできない。

 でも、そんな短い時間の自由でも欲しくなってしまうほど、世の中は自分の思い通りにはいかないものなんだと思う。

 だからこそ、自分の思い通りにできることが「売り」になるのだ。


 就職活動が自分の思い通りになると思っていた自分が少し恥ずかしくなったのも場違いだと感じた原因なのかもしれない。

 弟から少し遅れて式場の中に入った。

 少し豪華な家。

 それが第一印象だ。

 建物の外は、そもそもおしゃれな町であること、植物などが丁寧に整えられていたこともあってかなり豪華な印象を受けたが、建物の中はそこまでの違いを感じることはなかった。

 置いてある家具は非常に高価なものなのだろうと感じたが。


 既にスーツを着ていていたため、特に着替える必要はなかった。

 そのまま親族控え室に案内された。

 姉さんの旦那さんの親族がいたらどうしようかとも思ったが、控え室は分かれていた。

 久々に会ういとこたちと話をしていると、ウェディングドレス姿の姉さんが入ってきた。

 身内だからそう感じるのかもしれないが、とても綺麗だ。

 本当に姉さんが結婚するんだと思い、家族の結婚式だという実感が沸いてきた。

 今日は自分の状況だとかそんなことは忘れて、姉さんの結婚を祝おうと思った。

 少なくとも、この時点では本気でそう思っていた。


 結婚式は滞りなく進行した。

 ゲストハウスに隣接したチャペルで、訛った日本語で話す外国人神父の進行のもと、結婚式は執り行われた。不自然な話し方に笑いがこぼれそうになるのを我慢しつつではあったが、無事に終了した。

 最後の新郎新婦退場においても、盛大な拍手で姉さんたちは見送られた。

 姉さんはとても幸せそうだった。

 うらやましいという気持ちがなかったといえば嘘になるが、何よりも幸せそうな姉さんを見るこができて良かった。

 その後に親族紹介も行われたが、向こうの親族は大学生や高校生が多く、僕の大学4年生というステータスも特に浮いた様子はなかったと思う。


 そのまま予定時刻どおり披露宴が始まった。

 披露宴の冒頭では主賓の挨拶があった。

 主賓は新郎の会社の部長だった。

 新郎の所属を聞いて僕は少しはっとさせられた。


 人事部採用担当


 姉さんの旦那さんは採用に携わる人間だった。

 普通の人であれば、特に気にせずに聞き流すところなのだろうが、僕は違う。

 これまで、多くの会社の採用担当に会って面接をされてきた。

 そして、その多くのケースで不合格というレッテルを貼られてきたのだ。

 別に旦那さんの会社を受験したわけではなかったが、採用担当という存在に対して正直あまり良い印象を持っていなかった。

 自分たちは社会に出てしっかりと働いており真っ当な人間ですよというオーラを出しながら学生を品定めする。

 彼ら採用担当は僕らが自分たちの御眼鏡にかなうかどうかを見極めるためにあの手この手を使ってふるいにかけているのだ。

 それも、一方的に上の立場から。

 卑怯だと思うこともしばしばあった。


 主賓の祝辞については何も頭に入ってこなかった。

 自分の中にこみ上げてくるもやもやした感情を抑え付けるので精一杯だった。

 姉さんをお祝いしたいという気持ちに変わりはなかったので、余計なことは極力考えないようにした。

 披露宴も乾杯を経るといくつかのイベントをはさみながら時間が過ぎていった。

 出てくる料理は非常に美味しかった。

 席は家族4人だけの席であったため、特に代わり映えのある会話はなかった。

 普段どおり弟と会話をしていた。

 父さんとはあれ以来あまり会話をしていなかったが、そもそも両親とも口数は少なかったため特に気を使うこともなかった。

 姉さんは第一子であるし、感慨深いものがあるのだろう。

 余計な口を挟まない方がいい。

 僕も弟もそういった空気を感じて二人で会話をしていた。


 中座をはさみ、装いも新たに和装で新郎新婦が入場すると、各テーブルで写真撮影を行った。

 気づくと新郎に一番近い席に座っていた人たちがいなくなっていた。

 どうやら余興をやるのだろう。

 これまで参加した結婚式でも、いつの間にか席を立っていた人たちがピアノを弾きながら歌を歌ったり、タップダンスを披露したりと余興を行っているのは見てきた。

 予想通り余興が始まるようだった。


 司会の紹介があり、6人の男たちが会場に入ってきた。

 全員丈の長い黒いコートを着ている。いや、まとっていると言った方が正しいか。

 おめでとうという言葉と、お祝いのダンスを踊るという簡単な挨拶をして、マイクを司会者に戻した。

 音楽が流れ始めたとき、僕は違和感を覚えた。

 てっきり本格的なダンスなどでもするのだと思っていたら、最近流行りの大人数女性アイドルグループの曲が流れたのだ。

「えっ?」

 思わず口をついて疑問の声が出てしまった。

 曲が流れ始めてから数秒後、6人の男たちはコートを脱ぎ捨てた。

 ブラジャーにパンツ。

 彼らの着ている衣類はそれだけだった。

 そして、音楽に合わせてそのアイドルグループのダンスをひたすら踊り続けた。

 僕は唖然としてそれ以降何も反応できなかった。


 会場はそこそこ盛り上がった。

 当然新郎の会社関係の席は大盛り上がりだった。

 一応笑顔を見せてはいたが、僕からは父さん、母さんもあまりいい気はしていなかったように見えた。

 恐らく、余興の細かい内容を知らされていなかったのだと思う。


 これまでの数少ない経験での認識でしかないものの、結婚式の余興というのは、特殊なスキルを披露するものだと思っていた。

 良い言葉ではないかもしれないが、文芸的というか、文化的というか、そういったものだ。

 これまでの結婚式で見てきたピアノなどはまさにそういったものだった。


 今目の前で繰り広げられているもの。

 去年の大学の忘年会でも似たようなものを見た。

 そう。

 宴会芸なのだ。

 確かに、結婚式のあり方も変わってきている。

 コンサルの勉強をしているときに市場の動向として知識は持っていた。

 ただ、なんとなく、基本的には人生に1度の晴れ舞台の祝福が宴会芸というのはあんまりではないかと感じた。


 とにかく胸が締め付けられるような苦しみを感じた。

 真紀に別れを切り出されたとき、自信のあったコンサル会社の面接結果が不合格だという連絡が来たとき、そのときと似た感触を思い出したかのように僕の心臓の鼓動は急激に加速した。

 姉さんの結婚式で宴会芸をされたのは嫌だった。

 だが、それは一番の理由ではない。

 決してそうではないのだ。

 それをやっているのが、社会人。

 そして、学生を見定める採用担当がやっている。

 僕にとってはそれが何よりも腹立たしいのだ。

 こんなやつらに不合格と決め付けられていたのか。

 人の結婚式で、大学生みたいな宴会芸しかできないくせに僕ら大学生を裁いていたというのか。

 余興が終わった後もとにかく怒りがおさまらなかった。


 別にどの会社の採用担当も同じようなことをしている訳ではないだろうし、僕が旦那さんの会社を受験して不合格になったわけではない。

 それに、姉さん夫婦が頼んだことかもしれないので、本人たちが望んでやっているとも限らない。

 だいたい、大学生がやっているような宴会と社会人がやっている宴会にどう違いがあるかも分からない。

 別にこういった余興をやる結婚式が一般的なのかもしれない。

 冷静に考えれば、現状の怒りを抑える材料はたくさんあったと思う。

 でも、僕の頭はそんなことは考えられなかった。


 就職活動でうまく行かず、大学院行きを決めたものの、そのモチベーションも高く維持できていないからか、いつの間にか就職活動がうまく行かないことが全ての原因であり、自分を不合格と判定しただろう全ての採用担当に憤りを感じるようになっていたのかもしれない。

 どうして自分が不合格なのか。

 どうして平山たちは合格なのか。

 今まで何度もその疑問と戦ってきたが、考えても考えても答えは出なかった。

 気付いたときには自分を追い込んで頑張ることができなくなっていた。

 大学院の勉強がうまく進まないのも、この心境の変化があったからかもしれない。

 鶏と卵の議論かもしれないが、僕はそう思っていた。

 頑張ろうと思っていても頑張れない。

 決して頑張るための手段が見つからない訳ではない。

 手段があってもそれをもって突き進めないのだ。

 なぜか。

 根本的な原因はなんとなく分かっていた。


 やはり、これ以上傷つきたくないのだ……。


 就職活動をしても、大学院の勉強をしても、うまく行かない気がする。

 結果的に前にも嫌というほど味わった絶望感を再び味わうことになる。

 だったら何も頑張らなくてもいいじゃないか。

 もちろん、頑張らないと何も得られないのは分かっている。

 でも、頑張れない。

 頑張れなければ結果は良くならない。

 やっぱり絶望する。

 結局思考のどうどう廻りだ。

 最近はずっとこんな感じだ。


 気付くと披露宴は終わりを迎えようとしていた。

 急いでデザートを平らげた。

 姉さんを精一杯祝おう。

 その気持ちをもう一度取り戻すため、溶けかけたシャーベットと共に心のモヤモヤも飲み込んだ。


 新婦からの手紙で泣きそうになり、最後の新郎新婦退場ではこれ以上ないほどの勢いで拍手をした。

 意外とすっきりした気分だった。

 結果的には姉さんのお祝いという名目で現実逃避していただけかもしれないが、気にしないことにした。


 ただ、帰り道はどう帰ったのかわからないくらい心のモヤモヤに支配されていた……。

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