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10月の桜  作者: 佐々木コジロー
第3章 迷走
7/16

衝突

20X3年5月14日 自宅


 いつだったか見たような気がする番組が流れている。

 休日の昼間だからだろうか。再放送のようだ。

 僕はダイニングテーブルにつき、テレビを眺めている。

 普段は基本的にテレビのない自分の部屋で過ごすのだが、今日は両親と就職活動について話すことになっているので、昼食後リビングでテレビを見ながら時間を潰していた。

 母さんが台所で紅茶を入れようとお湯を沸かしてる。

 父さんは昼食後図書館に行ったが、そろそろ帰ってくるはずだ。

 チャンネルを変える。

 婚活、結婚活動をテーマにした特集番組だ。

 多くのサラリーマンやOLが結婚相手を求めて婚活をするということで話題になっているが、僕としては就職できているだけ良いではないかと感じてしまう。

 婚活よりも就活の方が問題という気がする。

 現に僕の姉さんも来月結婚式を行う。順風満帆に人生を歩み、結婚相手も見つけている。

 僕もこれまで何も不自由なく生きてきた。

 大学受験だって、大手予備校に通って勉強した結果、現役で有名私立に合格した。

 しかし、ここにきて初めて壁にぶつかった。

 そんな状況であるため、何も障害がなく生きているように見える姉さんがうらやましかった。

 姉さんは結婚式の準備のために、5月末からこの家に一時的に戻ってくる予定だが、今はいない。

 勤務地が関西であるため、3年前就職と同時に引っ越していた。

 今この家で暮らしているのは両親と、僕と弟の4人だ。

 ただ、弟は大学受験生で、今日も予備校に通っているので日中帯は家にいない。

 両親と腹を割って話をするには都合の良い環境なのだ。


「ただいま」

 水が沸騰し、電気ポットのスイッチがパタッと元に戻るのとほぼ同時に父さんが帰ってきた。

「おかえり」

 いつも通り父さんを出迎えたが、手に持っている本が気になった。

 図書館で借りてきた本の一部に「自己分析の基本」や「面接の心構え」といった僕の就職活動に関わると思われる本が見えた。

 父さんは特に何も言わなかったが、僕の参考になればと思って借りてきたのだろう。

 なんというかタイミングが悪い。

 今更渡されたところで何かが変わるわけでもない。

「お帰り」

 母さんが紅茶を持って台所から出てきた。

 僕と、両親がそろった。

 いよいよ、話すときがきた。


「僕、大学院に行こうと思ってるんだ」

 ひとしきり他愛もない話をした後、僕は早速希望を告げた。

 当然だが、両親は驚いている。

「急にどうしたの?」

 先に口を開いたのは母さんだった。

「就職活動はどうするんだ?」

 父さんも続いて僕に問いかけてきた。

「就職活動は辞めて、大学院に行きたいんだ」

「どういうことだ? もっとちゃんと話をしなさい」

 父さんが少し強い口調になった。

「あ、うん……。就職活動していたんだけど、自分が社会人になって何がしたいかが分からなくって……。大学の同期とか周りの就職活動生とかとも話をしたんだけど、みんな自分が何がしたいのかがはっきりしているんだ。それで、僕もそういうのを見つけようとしてゴールデンウィークとかもいろいろ探してみたんだけど見つからなくて……」

 隠しても仕方ないので本心を言った。

 実際、何がしたいのか良く分からないのだ。

「それで、大学院、か?」

「いや、それだけじゃなくて、大学院生で就職活動をしている人に会って話を聞いたら、大学生のときに就職活動をしていたんだけど、何がしたいのか分からないから志望動機がしっかり言えずに内定がもらえない状況だったらしいんだ。それで、大学院に行って2年間かけてやりたいことを明確にしたって言ってて。その人と一緒にグループワークもやったんだけど、凄くてさ。僕もそういう状態になって自信を持って社会人になりたいって思ったんだ」

 そう。髭男だ。

 髭男の話を聞いたあの日から、僕は大学院に行くこと決め、就職活動は特に準備もせず、ただ面接に行っているだけという状態だった。そして、やはり結果はついてこなかった。

 しかし、以前と比べて結果に落ち込むようなことはほとんどなかった。

 ゼミの教授にも確認しに行き、研究室に歓迎してくれるという話も聞いた。

 実際に髭男はグループワークでも優秀だったし、そういう「できる」人間になりたいと思う。

 正直今の自分では社会に出て何がやりたいかという以前に、何もできないような気すらしているのも事実だ。

 だが、決して就職活動で一つも内定がもらえないから仕方なく大学院の道を選ぶのではない。

 自分を高めるために2年間もう少し勉強するとともに、その間にやりたいことを見つける。

 あくまでも前向きに大学院に行くことを考えている。

 だからこそ、お金の面倒はあるにせよ、両親が反対する理由はないはずだ。

 お金だって奨学金の制度を利用すればそこまで負担にはならないということ、僕の成績から見ても十分に権利を得られるであろうことは既に調べていた。

 父親の口調が強くなったのにはびっくりしたが、やはり反対されることはないと信じていた。

 しかし。

「学生のうちに考えている社会人になってやりたいことなんていうのは大して重要じゃない」

 父さんはむしろ賛成する気が微塵もないような様子に見える。

「えっ?」

「やりたいことなんていうのは、社会人になって実際に働いたら変わったり新しくできたりするもんだ」

 今までの僕にはなかった新しい発想だったが、やりたいことがないと結局志望動機が不十分だといって落とされるのだ。その悔しさは今までに何度も味わっている。

「でも、やりたいことがないと志望動機とかが全然話せないから面接で落とされるんだよ」

「それは、そもそも話している内容に問題があるんじゃないのか? 父さんだって採用で面接したことがあるが、社会に出て何がしたいのかということよりも、本当にうちの会社を志望しているかどうかを主に見ていたぞ」

「父さんが採用活動していたのなんて、もう10年も前じゃないか。今、周りの就職活動生を見ていても、やっぱり将来やりたいことが明確なやつが内定をもらっているんだ」

 ここまで反対されると思っていなかった。

「お前の周りって言ってもたかが数人や十数人の話だろう。父さんには、就職活動から逃げたくて言っているようにしか聞こえないな」

 この一言にはカチンときた。

「別に逃げてるわけじゃない。もう少し大学院で勉強して自分を成長させてから社会に出たいってだけだ。さっき言った人みたいにしっかりと社会で通用するようになってから働きたいんだって」

 自分自身が前のめりになっているのを感じる。ここまで感情的になったのは久々だ。一方で、父さんは口調は厳しいものの、あくまで冷静のようだった。

「別にその人だって既に内定を取っているわけではないんだろう?」

「それは……、そうだけど……」

 髭男の実力は社会人になっても通用するような気がしていたが、そういわれると返す言葉がない……。

「大体、今大手の会社ならどこだって新入社員の研修はやっている。別に即戦力じゃなくても徐々に力をつければ問題ないだろう。むしろ、一気に研修をして育成するためにそうやって新卒を一度に採用しているんだからな」

 企業側の事情は初めて聞く話だったが、そんなことは僕にはどうでも良かった。

 少し間をおいて、父さんは続けた。

「今やりたいことが明確じゃないなら、とにかくどこでもいいから内定をもらって就職しろ。社会人として経験を積みながら将来のことを考えた方が実務経験も多くなるし有利だぞ」

「でも、それじゃあ、やりたいことが見つかったときに、入った会社と関係がなかったらそれまでの時間が無駄になるじゃん。だったら、大学院で2年間考えた方が良いって。そもそも、今はとりあえず内定取っておけって言って簡単に取れるほど楽じゃないんだよ」

「内定が取れないのはお前の頑張りが足らないからじゃないのか? 友達にも内定取っている人はいるんだろう?」

 ふと平山の顔が浮かんだが、すぐにかき消した。

 あいつは来年から銀行で働くんだろうが、僕は違う。

 大学院に行って自分を磨くんだ。

「他の奴は関係ないだろ。僕は自分でまだ実力が足りないと思うから大学院に行きたいって言ってるんだ」

「大学院に行ったら、社会で通用するようになって、やりたいことも見つかるのか?だいたい、お前は大学院が何をするところか分かって言っているのか?」

「……」

 2年後に自分が成長しているか、やりたいことが見つかっているかなんて、先のことが分かるわけがない。

 分かるのなら、誰も苦労しない。

 不安がないわけ、ないじゃないか。

 それでも、僕はこのまま無駄に就職活動を続けるくらいなら、大学院の2年間にかけてみたいと思ったのだ。

 しばらく黙っていると、母さんが間に入ってきた。

「あなたも航も少し落ち着いたら?」

 僕がこんなにも父さんに食って掛かることは今までになかったからか、少しおどおどしているようにも見える。

「航もお父さんが今の時点でやりたいことがなくても大丈夫って言ってくれているんだし、もうちょっと就職活動頑張ってみたら? あなただって航が大学院に行きたいって言っているんだから前向きに聞いてあげたら良いじゃない?」

 言っていることはおかしい気がしたが、必死に間に入ろうとしているようだった。

 しかし、父さんはその仲裁も気にしなかった。

「いや。だめだ。今の航の話では大学院に行く方が無駄だ」

 母さんの仲裁も気にせず頑固に断る態度だ。とにかく僕を否定しているのだ。

「何で無駄だって分かるのさ。僕の人生だ。僕の考えを尊重してくれたっていいだろ。父さんが反対しようが僕は大学院に行く」

 とにかく僕にはその方法しかないんだ。

 反対されたのは予定外だったが、そんなの関係ない。

 父さんは少し黙っていた。

 母さんは結局仲裁はできないと思ったのか、黙って父さんの様子を窺っている。

「分かった。そんなに言うなら好きにしろ。だが、大学院に行くとしても一切学費は払わない。自分で何とかしろ」

「あなた……」

 そう言うならそれでいい。

 さっきも言ったが、自分の人生だ。

「分かった。自分で何とかする」

 そう言って僕はリビングを去って自分の部屋に戻った。

 母さんが僕の名前を呼んでいる気がしたが、戻る気にはなれなかった。


 部屋に戻って、ベッドに横たわり、ぼうっと天井を眺めていると、少しばかりの後悔に駆られた。

 自分が最後の砦だと思っていた家族も敵に回したのではないか……。

 就職活動を始めてから何度もショックを受けたことはあったが、最後は家族が味方してくれるという安心感があった。

 しかし、その家族ももう僕の味方はしてくれないだろう。

 一方で、お金という現実的な問題も残った。

 奨学金をもらったとしても生活費と学費には届かない。

 大学院卒として就職活動するためには学費を納めることは必須だ。

 中退してしまっては意味がない。

 だが、今までやったことのないようなバイトをするのも、やりたいことを見つけるためには良いと思う。

 社会経験にもなる。

 大学院という道を見つけてから、少し前向きになれているのだろうか。

 細かい計算はしていないが何とかなるような気がした。


 寝る前も今日のことを考えていた。

 家族を敵に回し、大学院も入学が決まった訳ではない。

 状況としてはさらに窮地に追い込まれているのだが、就職活動から離れ、しばらくは絶望を感じることがないという安心感が何よりも僕の中では大きなウェイトを占めていた。

 なんだかんだ言って、僕は就職活動から逃げていただけなのだろうか……。

 前向きに大学院を考えているつもりだったが……。

 もしかしたら、自分が本当に何を考えているのかすら分かっていなかったのかもしれない。

 ただただ、大学院という藁にすがりたかっただけなのかもしれない。

 結局モヤモヤは晴れないままだ……。

 もはや、大学院に行くといった以上後戻りはできないが、「これで良かったんだろうか」という疑問に対して、「良かったのだ」という確信が持てなかった。

 何度も言い聞かそうとしたが、やはりだめだった。

 思考が堂々巡りする。


 気付いたときには考え疲れて眠りについていた。

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