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10月の桜  作者: 佐々木コジロー
第2章 崩壊
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進路

20X3年4月28日 新宿


 サークルの新歓活動は、出足が好調だったこともあり、結果として17人の新入生が入ることになった。大成功だ。

 今日は新入生が正式にサークルの一員となる新歓コンパだ。

 通常通り練習をして、その後新歓コンパを行う。

 こういったイベントのない練習日でも練習後に食事や飲み会といったアフターに行くことはあるが、もともと練習自体に全員が参加できるわけではないし、アフターも行きたい人だけが行くという程度なので、今日のようにサークルのほぼフルメンバーが参加すると練習も活気があるし、親睦も深まる。

 その甲斐もあって、1年生も安心してサークルに入ることができる。

 少なくとも僕はそうだった。


 一方で、就活の状況は相変わらずだった。

 4月以降に始まったメーカーの採用にもエントリーし、徐々に面接に進んではいたが、まだ内定の兆しは見えない。

 そんな状況で僕がこの新歓コンパに来るには少し勇気が必要だった。


 新歓コンパのイベントについては、引退した4年生にも招待のメールが送られてきた。

 去年は招待メールを送る立場だったので、逆に送られるのは不思議な感覚だった。

 参加可否の返事はすぐに返せなかった。

 ここのところ様々なメールの返信が以前よりも遅くなっている自覚はあったが、そういう傾向は無視しても容易に返信できるわけではなかった。

 以前のサークルオリエンテーションのように、自分ひとり就職活動中で参加するという状況は避けたかった。

 一方で、オリエンテーションで自分がサークル紹介をした1年生も入っているという話を聞いていたので、是非歓迎したいという思いもあった。

 一人で悶々と悩んでいたところ、共に「練習統括」を担っていた渡辺亮一から「参加しないか?」と誘いのメールが送られてきた。

 亮一が参加するならば参加しようかとは思ったが、平山にはまだ会いたくなかった。

 あのときのメールについては3日後くらいに返信した。

 内容は簡単だ。

「気を遣わせてごめん。僕も就活頑張るよ」

 それしか書けなかった。

 その後、再度僕を応援する内容のメールをもらったが、返信していない。

 そんな状態で平山と会うのは気まずかった。

 しかし、亮一には悪いとも思ったが、さんざん迷った結果、少しでも今の不安を誰かに聞いてもらえるのであればという気持ちを優先することにした。

 参加するという返信をした後、なぜ亮一が参加する気になったのかが少し気になったが、自分の話が聞いてもらえる、その期待ですぐに忘れてしまった。


 結局平山は来なかった。

 内々定者向けのイベントなど何か用事があったのかは不明だが、僕としてはありがたかった。

 4年生で参加しているのは僕と亮一、田中紗智子たなかさちこの3人だけだった。

 紗智子は「さっちゃん」の愛称で親しまれる副会長だった。

 同期に田中という苗字の女の子が2人いたこともそうだが、小柄な体格で大量のボールを運ぶ姿が家のお手伝いをする小学生のように見えることもあり、サークルではその愛称で呼ばれていた。


 飲み会の前半は1年生と話をして過ごした。

 中には1人僕がきっかけでこのサークルに決めたと言ってくれた男の子がいた。

 名前はあまり印象に残っていないのでうろ覚えだが、サークルオリエンテーションで回ったどのサークルよりも僕が親切に授業や大学の設備などサークル以外のことも教えてくれたと言っていた。

 僕にとっては大勢の中の一人だったので「あぁ、そういえば」といった程度であったが、彼にしてみれば新しい生活の中に蔓延る様々な不安をかき消してくれたのが僕であったというわけだ。

 当然僕は4年生なので普段の練習には参加しないが、3年生も同様に親切であったことも助けて決意が固まったそうだ。

 経緯はさておき、そうしてサークルに入ってくれた1年生がいたこと、彼以外にも僕のサークル説明を受けた1年生が入ったことは素直に嬉しかった。

 サークルオリエンテーションは僕にとって良い思い出ではなかったが、参加した甲斐があったと報われた気がした。


 1年生との会話も一段落したので、亮一の近くに移動した。

 1年生との会話で少し救われた気にもなったが、それでも僕は自分の悩みを誰かに話したかった。

 亮一はちょうどさっちゃんと話をしていた。

 後輩が話に加わっていなかったのは僕にとっても都合が良かった。

 できるならば、先輩として就職活動のストレスを後輩にぶつけることはしたくない。

「お疲れ」

 会も盛り上がっていて多くのメンバーが席を移動していたので、亮一の隣は空いていた。

「お! お疲れさん」

「お疲れ~。就活はどう?」

 さっちゃんは早速僕の状況を知りたがった。

 もしかしたら僕が来るまでにそんな話をしていたのかもしれない。

 亮一にも僕の状況は言っていなかった。

「まぁ、やっぱり厳しいね。多少ましになったとはいえ、就職氷河期とはうまく言ったもんだよ」

「そうなんだ。沖田君でも難しいのか……。あ、いきなりこんなこと聞いてごめんね」

「いやいや。ここに来てる時点でそういう話になると思ってたしね」

 さっちゃんは気を遣ってくれたが、僕にとっては好都合だった。僕は逆にうまく行かない悩みを話しに来たのだ。

「コンサルに行きたいとは思ってたんだけど、全滅でさ……。今はメーカーとかを回ってるよ」

「そうなのか……。コンサル業界はかなり厳しいらしいしな。でも、それにしてもやっぱり大変なんだな。うん。オレはやらなくて正解だった」

 ん?

 亮一が就職活動をしていないという話は初耳だった。

「あれ? 亮一就活してないんだっけ?」

 亮一とは去年の年末の引退式以来だったので、確かに何をしているのか全く知らなかったし、誘いのメールが来たときも、状況が見えないだけに余計な詮索はしなかったのだ。

「オレ公務員目指してるんだ」

 なるほど。

 そういうことか。

 引退するときは特にそういったことは言っていなかった気がしたが、とにかく留年が確定したからといった理由でなくて安心した。

「そうだったのか……。でも、昔から目指してるって言ってたっけ?」

「いや、引退する辺りからかな……」

「そうだよね。亮一君も引退前企業説明会とか参加してたもんね」

 さっちゃんも同じく知らなかったようだった。

「うん。でも、合同説明会とか、結構いろんな企業の説明会も参加したんだけど、いまいちピンと来なくてさ」

 亮一の話は続いた。

「オレ実家が静岡じゃん? そりゃ北海道とか沖縄とかと比べたら東京にかなり近いけどさ、実家の方で就職するのか東京で就職するのかは結構悩んだんだよね」

 僕にはない悩みだ。ずっと東京で暮らしてきて、転勤はあるとしても、当然のように東京で就職するものだと思い込んできた。

「確かに。結構就職は実家の近くでって言う人多いもんな」

「そう。いつかは実家の近くに戻りたいと思っていても、仕事始めたら結局戻れるかなんて分からないだろ。それなら最初っから地元で就職してしまってもいいかなって……」

「それでどうしたの?」

「地元の企業も含めて説明会に行ったんだけど、結局答えは出なかったよ……。どの企業の話を聞いても将来自分が活き活きと働いている姿は想像できなかった」

「そうなの? 何で? 1つくらい合う会社がありそうなのに」

「確かにね。もしかしたら実はあったのかもしれないけど。でも、行き詰ってもう一度オレ自身が何をしたいのかって考えたとき、やりたいことは別なんじゃないかって思えてきてさ」

「ふぅん。そうなんだ」

「平たく言えば町興しってやつさ。何かこうやって話すのは恥ずかしいけど、地元に恩返しがしたくてさ」

「へぇ。何で? 言ったら悪いけど、亮一君っぽくない気がする」

「はは。確かに……。まぁ、真面目に何がしたいのかって考えたら、昔の経験とか思い返すじゃん? オレ中学のときかなり好き放題やっててさ。今から考えるとだいぶ親とか学校の先生とかにも迷惑かけたなって思って。オレの実家って結構田舎だから、そういう子供がいると地域ぐるみで更正しようとするわけよ。古き良き日本? みたいな。かなりの人に世話になったってわけ。結果としてオレはすっかりまともになれたし、この大学にも入れた。だからこのまま何も恩を返さずに勝手に就職して、東京でのらりくらりと自分のための生活をするっていうのがいまいちしっくりこなかったってこと」

 徐々に僕は会話に入れなくなってきていた。

 亮一が昔不良だったという話は以前本人から聞いていたので驚きはしなかったが、将来についてしっかり考えているということが意外だった。

 僕もそれなりに考えてコンサル業界を志望して就職活動をしていたつもりだったが、結局はコンサルの格好良いイメージへの憧れという側面が強かった気がする。

 亮一のように真剣に自分が何をやりたいのかなんて考えたことがなかった。

 そんな僕を置いて、亮一とさっちゃんの会話は進んだ。

「そういうことかぁ。亮一君って意外と義理堅いんだね」

「意外と、ね。ただ、地元に恩返しするっていっても何をしたらいいかよく分からなくて、地元のやつに電話したんだ。まぁ、みんなが就職どうしてるのかも気になったし……。そしたら、最近観光客も減ってなんか街全体の活気がなくなってきてるから、仲間内で盛り上げていかないかって誘われてさ」

「それで、公務員?」

「そう。別に地元の企業でも良かったんだけど、こう言っちゃ何だけど地元の奴ら馬鹿ばっかだからさ。あいつら筋力活かして工事現場とかには出れても公務員は無理だし、町興しやろうと思ったら一人くらいそういう立場の人間がいてもいいかなって思って」

「確かに。普通に働いている人たちだけでやるよりも、その方がいいかもね。でも、一生地元にいるってことでしょ? よく決心できたね……」

「そりゃかなり悩んだよ。後で悔やむんじゃないかとか……。でも、やっぱり地元に恩返ししたいって気持ちが勝ったからかな。ただ、なろうと思ったらやっぱり試験があるじゃん。オレスタートが遅かったら今大変でさ……」

「じゃあ、何でこの飲み会に来たんだ?」

 やっと会話に参加できた。

「息抜きさ。正直久々に勉強ばっかしてるから滅入っちゃってさ。まぁ、ワタルを巻き込んで悪かったけど」

「そっか。僕も1年生と話せて良かったし就活の予定もなかったから別にいいけど、てっきり内定もらったから参加しようって誘われたのかと思ってたよ」

「はは。そしたら逆に誘えないだろ。ワタルの状況も知らないんだから」

「まぁ、確かに。それで、さっちゃんは今日何で参加したの?」

「私? 私も似たようなものよ」

「確か、教職だったよね?」

「そう。4年生は教育実習とかもあるから、結構大変で……。1か月くらいはあけちゃうから大学の授業も考えなきゃいけないし」

 なるほど。教育実習は大変だと先輩が言っていたが、実際の実習期間だけでなく、大学の授業もそれを見越して準備をしなくてはいけなかったりと他でもやらなくてはいけないことがあるのか。

 そんなことに納得しながらも、僕の興味は別のところにあった。

「それは大変だね……。でも、何でさっちゃんは教師になろうと思ったの?」

 先ほどの亮一の話を聞いてから気になっていた。

 みんな自分がやりたいことが明確にあるのだろうか。

 僕だけ具体的なことは何も考えずに就職活動しているのだろうか。

 そんな疑問が不安を呼び、僕の中で渦巻いていた。

 そして、自分だけになりたくないという不安からだろう、さっちゃんが自分と同じであることを密かに期待していた。

 しかし。

「私はね、高校生にもっと前向きになってもらいたいなと思って教師になろうと思ったの」

 自分の期待はあっさり裏切られた。

 何も言えなかった。

 僕が唖然としていると、少し間を空けて亮一が合いの手を入れた。

「どういうこと?」

「私の妹が今年一浪で大学に入ったんだけど、何かやりたいからとかっていう訳じゃなくて、偏差値から自動計算みたいな感じで大学も選んでてさ……。何か夢とか持てないのかなって。妹に聞いてもみんなそうだって言ってる。実際今の社会って、高校生のイメージが良くないでしょ? 犯罪に手を染める子がいたり、遊んでばかりで不登校の子がいたりして何かと新聞とかテレビとかで報道されてて、そういう子は一部なんだけど結局現代の高校生はみんなひどいみたいに言われているし。高校生も閉塞感みたいなものを感じてるみたい。教師になって現場に入ればそういう夢を持てない子たちのサポートができるかなって。一応私も塾講師して多少は鍛えられていると思うし」

「そっかぁ。すげぇなぁ。でも、まぁ、お互いまずは試験に合格しないと、だな」

「うん。まだ出発地点にも立ってないしね」

 そう。2人は同類だ。

 就職活動をしているわけではないが、目標があり、夢がある。

 そのために努力する2人は自分とは別次元にいるように思えた。

「半年後はみんな決まってるといいな。ワタルも就活頑張れよ」

「あ、ああ……」

 半年後どころではなく、僕としてはすぐにでも内定が欲しかったが、突然の励ましに細かな否定は出来なかった。

 何よりも、亮一もさっちゃんも自分のやりたいことが明確なのに、僕だけ何も目標がないという状況が辛かった。

 まるでサークルオリエンテーションのときのようだ。

 もはや僕の悩み相談ができる雰囲気にはなりそうにない……。

 結局その後は他愛もない話をして飲み会は終わった。

 1年生と話した内容はもうほとんど覚えていなかった。


 僕は社会に出て何がやりたいんだろうか……。

 帰りの電車の中でもその命題が頭を離れなかった。

 自分のことなのに何も分からない。

 むしろ、別段やりたいことはないような気がする。

 なぜ就職するのかと聞かれたとき、みんな就職するし、生活をするためにお金が必要だからとしか僕は答えられないのだ。

 今まではそれでいい気がしていたが、亮一とさっちゃんの話を聞いて、どれだけ自分がちっぽけな人間であるかを思い知らされた。

 他ならぬ同期だからこそショックなのだ。

 平山のときもそうだった。

 僕だけがいつも取り残されていく。

 サークルで運営をしていたとき、身を粉にすると言えば言い過ぎかもしれないが僕は周囲のメンバーの仕事もサポートするくらい働いた。

 だから、同期と比べて社会で通用する人間だと思ってきた。

 そもそも大学だって超有名校だし、SPIの結果だって悪かったとは思わない。

 他の大学の学生と比べてたって僕の方が勝っている部分が多いと思ってきた。

 しかし現実は冷酷だ……。

 こうして就職活動をしてみると、ふるい落とされるのは僕の方だった。

 様々なステータスが普通より良いだけに、人間として否定されているとしか考えられなかった。

 第一志望のコンサルに落ちて真紀と別れたあの日以来、僕の自信やプライドはズタズタだった。

 今まで21年間積み上げてきたものが容赦なく破壊されていく感覚。

 自分が自分でなくなっていくような気がする。

 怖い。そう恐怖だ。もう僕はこれ以上傷つきたくない……。

 でも、就職活動をやめることもできない。

 こんなにもボロボロになっただけでなく、さらにどんどん味方が減っていく、そんな状況だ。


 就活で傷つきたくない。でも就職活動はやめられない。

 こんな堂々巡りの思考のまま家に着いた。

 もちろん答えは出ていなかった。

 リビングのカレンダーを見る。

 赤い文字が多い。これからゴールデンウィークに入るのだ。

 幸いゴールデンウィークは面接が入らなかった。

 この期間にどうにか答えを見つけなくては……。

 そうすればもう一度自分を取り戻すことができる……。

 そうすればもう傷つかない……。

 そして、そうしなければ同期のみんなに追いつくことはできない……。

 そんな脅迫じみた焦燥感に支配され、しばらくぼんやりとカレンダーを眺めていた。

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