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10月の桜  作者: 佐々木コジロー
第1章 サクラチル
4/16

追い打ち

20X3年4月7日 大学


 新しい春を迎え、僕は4年生になった。

 今学期受講する講義を申請するために大学に来た。

 今日は面接もないし、サークルの新入生歓迎イベントでも手伝っていこうと思った。

 真紀と別れ、お祈りメールをもらったあの日からおおよそ1週間が経っていたが、完全に立ち直っているとは言いがたかった。

 せわしなく新入生歓迎の作業に取り組めば気がまぎれるとも思ったのは確かだ。

 それだけではない。

 4月4日に受けた2次面接の結果がそろそろ来るはずだった。

 ただでさえ不安定な状態なので、何もせずに結果を待つという気にはなれなかった。

 僕は3月までコンサル系の会社をメインに就職活動してきたが、もうこの企業しか生き残っているところはなかった。

 テニスサークルで練習統括としてサークルの同期や後輩を指導してきた経験から、コンサルになって様々な企業が抱える問題を解決する仕事に就きたいと思った。

 でも、コンサル業界に入れるとしたら、もう残された選択肢は一つしかない。

 この2次面接をパスすれば、あとは最終面接だけだが、第一志望で味わったあの手応えと結果から不安は募るばかりだった……。

 その思いから、僕は昨日、一昨日と大手金融機関の面接に臨んでいた。

 もうコンサルに絞って就職活動をしている場合ではない。

 志望していない業界であっても受けていくしかなかった。

 とにかく拾ってくれたところに入るべきなのでは……。あの日を境にそんな風に考えるようになっていた。


 サークルの看板が見えた。

 そういえば、顔を出すのは久々かもしれない。

 今年も行われた庄司たちとの合同練習以来だった。約1か月ぶりだ。

 真紀と付き合うきっかけとなったあの合同練習には、引退した身であったが今年も参加した。

 真紀も今では副会長を担っているので、今年は仕切る立場だった。

 引退した身で同じく参加した庄司をはじめ、サークルのメンバーたちも温かい眼で僕らのことを見守ってくれていたのが今となっては懐かしい。


 普段よりも人であふれた学内を歩いて、サークルオリエンテーションが行われている建物に向かう。

「あ、沖田さん!」

 建物の入り口付近で、聞き覚えのある元気の良い声が聞こえた。

「おう太郎ちゃん!」

 現会長中村太郎なかむらたろうだった。

 テニスの腕はいまいちだが、平山と同様明るく社交的な性格が買われ会長に選出された。

 実際こういった新入生歓迎のイベントではイキイキと活躍しているように見える。

「どう? けっこう新入生捕まってる?」

「まずまずです。ただ、やっぱり最近はサークル離れもひどくなってきて、全体的にオリエンテーションに来ている1年生が少ない感じがしますよ……」

「そっかぁ。結構ダブルスクールとかする人も増えてきてるしね。まぁ、でもうちのサークルはもともとそんな大所帯じゃないし、3年生になって運営が出来るくらいの人数が集まれば上々でしょ」

「そうですね。最低限10人くらいは入れたいですね」

 中村からはもっと1年生を集めたいという野心めいたオーラを感じたが、10人という人数は例年の傾向を考えると妥当な数字だった。

 例年1年生は10人から15人程度だ。

 大学に入ってテニスサークルに入る1年生は多いが、そのほとんどは交流メインのサークルに入る。うちのサークルのように真面目にテニスをするサークルに入る1年生は稀だ。

 ここだけの話、実際3年間活動してみるとうちのサークルの方でよかったと断言できるが、入学したばかりの1年生にしてみれば、交流メインでコンパが頻繁に開催されているサークルの方が魅力的に映るのだろう。

「まぁ、僕も手伝うよ。何したらいい?」

「あ、ありがとうございます! ブースで説明してもらってもいいですか?」

 新入生歓迎のサークルオリエンテーションでは、参加してきた1年生に声をかけて教室に設置したブースに来てもらい、サークルの紹介をする。

 ブースではお菓子やジュースなどを振る舞いながら、前年の活動写真や映像を見せて興味を持ってもらうと共に、しっかり1年生の連絡先を聞き出すのだ。

 僕としてもブースでの説明の方が気が楽だ。

「オッケー! 場所は?」

「2階の201教室です」

「は~い。じゃあ、太郎ちゃんどしどし連れて来てよ」

「了解です! 頑張ります!」

 太郎ちゃんは入り口に向かって駆けていった。が、すぐに立ち止まって振り向いた。

「沖田さん! そういえば、今日は平山さんも来てますよ!」


 教室に入ると3人の1年生に対して後輩が1対1でサークル説明をしていた。

 結構興味を持って聞いてくれている気がする。人数としても常に3人くらい1年生がいれば安心だ。

 先ほど太郎ちゃんは1年生の人数が減っていると言っていたが、このブースだけ見ていると去年と同等くらいなんじゃないかと感じてしまう。

 後輩が頑張っているのだろうと少し微笑ましくなった。

 ふと目を移すと、教室の端で平山と後輩二人が話をしていた。

 1年生が3人なので、余ったメンバーで話をしているようだ。

 一生懸命魅力を伝えようとしている後輩の邪魔をするのも気が引けたので、ひとまず平山たちのそばに行った。

「おう! 沖田。お前も来たのか」

「あぁ。別に午後も予定がないからね」

 特に何かを意識したわけではなかったが、含みのある言い方に聞こえたらしい。

「あ、お前もか!!」

 平山は笑顔で近くの席に座った僕の肩を叩いた。後輩も笑顔を見せている。

「え? 何がだよ?」

 僕には彼の言わんとすることが分からなかった。

「何がって何だよ。内定取ったんじゃないのか?」

 なるほど。そういうことか。

 僕は変な期待をさせてしまったらしい。

 慰めて欲しいくらいの気持ちだったが、丁寧に訂正した。

「あぁ、そういうことね。残念ながらまだだよ。今日はたまたま午後に用事がなかっただけさ」

 平山たちは一瞬固い表情をしたが、すぐに笑顔を取り戻して僕を励ましてくれた。

「まぁ、でもお前ならうまく行くだろ」

「そうですよ。沖田さんを採用しない企業の方がおかしいですよ」

「いよいよ面接ラッシュっていう話も聞きますし、頑張って下さいね!」

 少し目頭が熱くなった。

 日々企業に不採用通告をされていただけに、自分のことを信じてくれている人の存在はありがたかった。

 一方でそういった期待に応えられていないことに気づき、ちくりと胸が痛んだ。

「あ、ありがとう。何かそんなこと言われるとプレッシャーかかっちゃうな」

「なぁに言ってんだ。就活なんかさっさと終わらせてまた一緒にテニスでもしようぜ」

 ありがたい誘いだ。

 平山は嘘が言えない男だ。おそらくこれも本心だろう。

 就職活動に対して明らかに後ろ向きになっていたが、少し前を向ける気がした。

 とにかくここに来て良かったと思った。

「あぁ。頑張るよ」

 そう答えて、まだ手に持っていたかばんを荷物置き場に置きに行った。


 僕がかばんを置くと同時に1年生がどっと教室に入ってきた。

 太郎ちゃんだ。

 一気に5人も連れてきた。

 教室の端で話をしていた平山たちもすぐに立ち上がり、歓迎ムードで1年生を出迎えた。

 僕も人手が足りないと思い、ブースでのサークル説明を行った。

 それからしばらくは1年生の足は絶えなかった。


 夕方になって一段落すると、ぱったりと1年生は来なくなった。

 結果を見れば大成功だったのは明らかだ。

 1日で80人ほどの連絡先を聞き出せたのだ。

 その中でも5人は既に「入りたい」と宣言してくれている。

 10人以上の新入生確保は確実に思えた。

 この結果には太郎ちゃんも満足のようだった。

 そんな太郎ちゃんをねぎらい、安心して役目を終えた僕は再び平山に声をかけた。

「じゃあ、今日は帰るよ」

「おう! またな。決まったら連絡くれよ」

「ああ。平山もな」

「えっ……」

 平山の驚きに、僕もあっけにとられて止まってしまった。

 平山は「あ、そうか」といいながら気まずそうにして口を開いた。

「いや、俺、昨日内定もらってさ」

 あまりの驚きに僕は凍りついたまま動けなかった。

 そういえば、今日会ったとき「お前もか」といって喜んでいた。

 そういうことだったのか。

 自分のことでいっぱいいっぱいで気づいていなかった。

 今更気付いた事実に恥ずかしくなると同時に、先ほどの励ましも優越感からの一言だったのではないかと感じ、急に胸が苦しくなった。

「そうだったんだ。どこ?」

「銀行。メガバンクさ」

「そうか……。おめでとう!」

「ありがとう」

 そっけない祝辞になってしまったもしれないが、これが今の精一杯だった。

 そんな僕の状況を平山も感じ取ったのか、それ以上何も言わなかった。

「じゃ」

 そういって僕は教室を後にした。


 帰りの電車の中で平山からメールが来た。

 自分の結果をはっきり伝えていなかった結果僕を傷つけてしまったことに対する謝罪。

 コンサル業界という難関に挑んでいる僕が苦労しているのは当然なのに配慮できなかったこと。

 それでも僕ならば内定がもらえると言ったのは本心であること。

 そして、最後はこう括られていた。

「終わったらまた一緒にテニスやろうな。頑張れよ」

 複雑な気持ちだった。

 以前の自分なら素直に喜んでいただろう。

 教室で言われたときも嬉しかった。それは本当だ。

 でも、平山が内定を取ったという事実を知る前と後では決定的に何かが変わってしまっていた。

 言葉にしたくないが答えは明白だった。

 平山は確かに社交的で自然に周囲に人が集まるが、いわゆる「デキる」タイプの人間ではなかった。

 サークルの会長職もその人望で成り立っていたが、普段の練習の統率や事務作業は周りでカバーしていたのは明らかだった。

 人望はともかく、「デキる」のはどちらかといえば、僕の方だと思っていた。

 だからこそ、僕は平山が自分よりも先に内定を取るなんて思いもしなかった。

 負けると思っていなかった。

 悔しかったのだ。

 なぜ自分が苦労しても内定が取れないのに、平山は楽に内定を取っているんだ。

 そんな思いが頭から離れなかった。

 1年間一緒にサークルを運営してきた同士をはっきりそんな風に思える自分も嫌だった。

 心の奥底に眠って気付かない思いが洪水のようにあふれ出てくる。

 そして、本心からの励ましや信頼が素直に受け止められなくなっているという自覚も拍車をかけて僕を追い詰めた。

 正気じゃないと思いながら、どうしていいのかは全く分からなかった。

 もやもやとした何かだけが胸の中に残って僕という自我が奥底へ消えてしまった気がした……。


 家に帰ると、メールが1通届いた。

 平山ではない。

 平山のメールには返信できなかった。

 今のまま返信してはいけないと思った。

 企業からだ。

 もう覚悟は出来ていた。

 そう。お祈りメールだ……。

 4月4日に受けたコンサル企業からだった。

 身体から力が抜けていく気がした。

 僕はまっすぐ自分の部屋に向かい、電気もつけずにベッドに倒れ込んだ。

 テニスで疲れて帰ったときも同じようにベッドに倒れこんだが、今日のそれは明らかに違った。

 もう動く気力すら起きなかった。

 真っ暗な部屋で枕に顔をうずめた。

 見えるのは暗闇のみだ。

 自分の将来と同じだと思った。

 出口の見つからない、先の見えない迷路。

 もう何も考えられなかった。

 悔しいという気持ちすら沸いてこなかった。

 ただひたすらに呼吸だけを続け、気付いたら眠っていた……。


 夢と現の狭間で「もう起きなくていい」と思った。

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