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10月の桜  作者: 佐々木コジロー
第5章 サクラサク
15/16

開花

20X3年10月14日 東京


「では、学生時代に最も力を入れて取り組んだことを教えてください」


 ついに第一志望の第三次面接までたどり着いた。

 ネットから得た情報では、この第三次面接が最終面接とのことだった。

 他にも2社が最終面接を残すのみという状態まで来ている。

 残る3社は残念ながら不合格だった。

 チャンスが残り3社となり徐々に余裕のない状態になってきているものの、3社のうちどこからかは内定がもらえるのではないかと感じるようになってきていた。

 内定をもらったことがない僕が言っては何も根拠がない話になるが、以前就職活動をしていたときと比べて、面接の手応えを感じるようになってきているように思う。

 以前は自分が言いたいことが言えたという感覚が面接の手応えにつながっていたが、今は面接官としっかり会話ができていたか、という点で面接を自己評価できているのも大きいと思う。

 また、残っている3社については、今までの面接で僕のやってきたことをかなり買ってくれていたと感じているし、僕も面接官の雰囲気や考え方が自分に合っていると感じていた。

 とはいえ、できるのであればこの面接で内定が欲しい。その気持ちは非常に強い。


「はい。最も力を入れたのは、所属しているテニスサークルで別の大学のテニスサークルと初の合同練習を開催したことです。

 私が所属しているテニスサークルは一般的なテニスサークルと異なり、学生同士の交流ではなくテニス自体を楽しむことを目的としたサークルです。私はそこで練習メニューを考え、指導する役割を担っていました。テニス自体やその上達を楽しみたい学生が集まっているため、効率的に練習して、上達を促せる練習メニューを作ることを意識していましたが、問題点もありました。

 大学内のテニスサークルでは、交流メインのサークルが多いため、基本的にいつも練習はサークル内のメンバーで行っていました。その結果、参加している大会を除き他のサークルに参加する学生と練習や試合をする機会が少なくなり、様々なタイプの相手とプレーすることができない環境にありました。私自身、上達するためには様々なプレースタイルの相手とボールを打ち合う経験が大切だと考えていたため、この点を改善したいと考えるようになりました。

 ちょうどこういった問題意識を持ち始めた頃にゼミで他の大学でテニスサークルに所属している学生と知り合い、合同練習を企画するに至りました。

 合同練習を企画するといっても、これまでサークル内でそういったことを実施した経験がなかったため、練習場所の確保から大学への申請が必要なのかどうか等、分からないことだらけでしたが、サークルメンバーの協力を得て無事合同練習を開催することができました。

 合同練習は私が所属するサークルメンバーだけでなく、相手の大学の学生にも好評で、多くの後輩から感謝されました。苦労したものの、その分成果があったおかげで大きな達成感を感じることができました。また、好評だったため合同練習は毎年実施することになり、昨年実施した初回に続き今年も第2回が開催されました。そうやって代々引き継がれるイベントになったことも私自身の喜びになりました。

 社会人になっても、自分が苦労してでも作り上げた場で多くの人に楽しんでいただけるような経験がしたいと考えております」

「はい。ありがとうございます。

 では、いくつか質問させてもらいます」

 いよいよここからだ。この質疑で僕の将来が決まるかもしれない。

 大学時代にやってきたことというのはどの面接でもだいたい聞かれる。この点については、一昨日もポニーに話していろいろと質問してもらうことでより掘り下げができたと思っている。

 若干脚色を入れてでも相手に伝わるようにという荻原さんのアドバイスも織り込み済みだ。

 実際合同練習をやるぞ! と言ったのは会長の平山だが、そういった詳細は聞いている面接官にしてみれば些細なことでしかない。要は自分が何を思い、どういう行動をとったのかということが大事なのだ。

 以前の僕であれば、事細かに自分の経験したこと全てを理解してもらうことに主眼を置いてしまっていたが、そのアドバイスを経てそうではないのだと分かった。

 面接官も人間なのだから、聞きやすい話とそうでない話があれば前者を好意的にとらえる。中身の前に相手に理解してもらいやすい話の流れなのかということが大事になってくるということだ。

 今では質疑応答も同じだと感じるようになってきていた。

「お話いただいたイベント開催で結果好評だったからやりがいを感じたというように聞いていて感じましたが、失敗していたらイベント企画にやりがいを感じなかったんではないですか?」

 いくつか簡単な事実確認のような質問に答えた後、この質問が来た。

 確かに僕の言い方だとこのように受け取られる可能性があるのは確かだ。以前の僕なら、この質問を単なる指摘として捉えて「そんなことはない」と否定することに躍起になってしまっていたが、今は違う。

 面接官はイベント企画会社の面接官だ。学生時代に企画したイベントがたまたまうまくいったから志望してくる学生をふるいにかけているのだろう。失敗を機に次へのモチベーションが著しく低下してしまう人材を確保してしまうことは会社にとっても良いことではない。

「今回は運良くうまくいったため、失敗に終わっていたらどう感じていたかということは分かりませんが、おそらくまた別の機会を見つけて合同練習なり練習試合などの企画を立てていたと思います。

 理由は、2つあります。

 ひとつは、先ほども申し上げたように、私自身が様々なタイプの相手とボールを打ち合う経験を増やした方が良いという問題意識を持っていたことです。合同練習がうまくいかなくなる理由はいくつかあると思いますが、それを改善して次につなげることで、サークルメンバーにも納得してもらえる企画を作り上げることができるようになるのではないかと感じています。

 もうひとつは、イベントを機に幹部同士の連帯感が強まったことです。これはイベントの成功失敗に関わらず、それまでの苦労を共にしたことで得られたものだと感じています。この連帯感によってイベント企画前よりもサークル運営に対する幹部同士のコミュニケーションが活発化し、普段の運営もスムーズとなりました。何よりもお互いが非常に仲良くなりました。このようにイベント通じて仲間同士のつながりを強化できることも効果がありますし、魅力の一つだと思いますので、再度イベントを企画しようと考えたと思います」

「そうですか。よく分かりました」

 緊張から話が長くなったような気もしたが、そこそこ答えられたような気がする。

 面接官も話の間よく相づちを打ってくれていた。


 その後、話はゼミなどの大学での勉強の話になったが、あまり深く聞かれることはなかった。

 また、他の会社の就職活動状況についても聞かれた。

 正直に他にも2社受けているが、あくまで御社が第一志望だと伝えた。

「仮に弊社から内定を通知したら他の2社は辞退できますか?」と直接的な質問もされたが、「はい」と素直に答えた。

「それでは、面接は以上です。お疲れ様でした」

 面接官が面接終了の挨拶に入った。

 僕も立ち上がって答える。

「お忙しいところ面接していただきありがとうございました。宜しくお願い致します」

 深く礼をする。

「ご丁寧にどうも。数分待てますか?」

「はい」

 そう答えながらも、こんなことを面接後に言われたのは初めてだったので、少し動揺した。

 通常であれば、「気をつけてお帰りください」などと言われてすぐに退室を促されるところだ。僕もそうなると思ってすぐに鞄を持って退室する動きをとろうとしていたので、変な体勢で固まってしまっていた。

 面接官は資料を全て手に持って僕を残して部屋を出て行った。


 もしかして、という気持ちが膨らんでいた。

 ネットでも最終面接のその場で内定がもらえたという話は聞いたことがあったが、このように面接官が一時退室したというのは見たことがなかった。

 5分と言ったが、もう10分15分経ったように感じる。

 時計を見たが、まだ2分程度しか経っていなかった。

 心臓の音と振動が巨大スピーカー越しで聞くように全身に響いてくる。

 時計から目が離せなくなり、無心で秒針を追っていた。

 30秒ほどカウントした頃に扉が開いた。

 面接官が戻ってきた。

「お待たせしました」

 立ち上がって礼をしたが、言葉が出なかった。

 面接官にも緊張していたことがすぐに分かったようだ。

「ははは。緊張させてしまったようだね。申し訳ない。面接の様子を見ているとそんなに緊張しないようにも見えたけど、よく練習してきたのかな」

「あ、はい」

 適当な返事になってしまう。

 そんなことよりも結果はどうなんだ。

 僕の頭にはそれしかなかった。

 ゆっくりと席に着く。

 面接官が席につき、再び口を開く。

「沖田さん」

「はい」

 一瞬の間が永遠のように感じる。早く次の言葉が聞きたい。

 早く。早く! 早く!! 早く!!!


「おめでとうございます。

 合格です。

 是非弊社で働いてください」


 一瞬息を飲んだ後、ふうぅぅぅ……っと大きなため息が漏れた。それと同時に両手の拳は力強く握りしめられていた。

 背筋の力が抜けて自然と体が椅子の背もたれに寄っかかる体勢になったが、面接官がまだ目の前にいることに気づく。

「あっ、すみませんっ。ありがとうございます」

 そう言って即座にすっと体勢を立て直して礼をする。

「いえいえ。就職活動では苦労したという話も前回の面接官から聞いていますし、もう面接は終わっています。気にしないでいいですよ」

「はい。ありがとうございます」

「この場で内定とさせていただきたいところですが、沖田さんはまだ他の会社さんも受けられているとのことですので、そちらを辞退された後に正式に内定とさせていただきたいと思います。2社への辞退後弊社に再度ご連絡ください」

「かしこまりました」

「また、弊社では秋採用者の内定式を1月に実施します。入社前の健康診断と同日となります。詳細は内定後またメールで連絡しますので、よく読んで参加してください」

「はい。メールよろしくお願いいたします」

「では、本日の内容は以上です。何か質問はありますか?」

「いえ。本当にありがとうございました!」

 再度立ち上がり深く礼をした。

 本当に嬉しかった。

 そして何よりほっとした。

 開放感を全身で現したい衝動に駆られたがギリギリのところで我慢した。

「では、お気をつけてお帰りください。入館証は受け付けで忘れずに返却してください」

「はい。失礼します。ありがとうございました」

 そう言って、部屋から出た。


 気づいたらビルを出ていた。受付の人に入館証を返さなくてはならないのだが、手元にないのでちゃんと返したのだろう。

 携帯の電源を入れて電話アプリを起動する。

 家に電話をかけようとしたが、手を止めた。

 もっと先に合格を知らせたい相手がいる。

 一次面接の後の電話から、意識するようになっていた。何かあるとすぐ相談し、自然と用がなくても会話するようになった。

 会話していると就活生として自分の考えが整理されるというだけでなく、自分を受け入れてくれる人がいるという安心感を得ることができる相手になった。

 就活で面接官から否定され続けた心を癒やしてくれた。そんなことをしてくれたのは長かった就活期間で彼女だけだった。

 呼び出しのコールが鳴る。

 相手はすぐに出た。

「沖田さん。面接終わりましたか?」

「うん! なんと内定までもらえたよ!!」

「すごーい!! お、おめでとうございます!!」

「ありがとう!! 宮村さんのおかげだよ。本当にありがとう!!」

「いえいえ。私なんかが力になれたなら嬉しいです」

「お礼がしたいし、就職活動は終わったけど、今後も会ってくれるかな?」

「あ、えっ?」

 一瞬の逡巡の後、彼女は明るい声で答えてくれた。

「はい。もちろんです!」

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