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10月の桜  作者: 佐々木コジロー
第5章 サクラサク
14/16

挑戦

20X3年9月21日 東京


「沖田さん。こちらへどうぞ」

「はい」

 心臓がトクンと強く打つのがわかる。

 今日は第1志望の会社の1次面接だ。

 再開後何度か面接を受けて合格ももらっていたが、いざ第1志望となると、自分が本当にうまく話せるかどうか不安になる。

 案内の女性について行き、面接室の前に立つ。

 深呼吸をひとつ。

 とにかく全力でやるだけだ。

 ドアをノックする。

「失礼いたします!」

 ドアノブを手にとって部屋に入った。


 この1か月半、秋採用に向けて準備を進めてきた。

 結果的に僕は個人経営も含めて学習塾3社、生命保険会社3社、イベント企画会社2社にエントリーシートを提出した。

 例年10月になると、内定式直前に辞退した学生分だけ新入社員を確保しようと各企業の再募集が増える傾向にあるが、それを待っている必要はなかった。

 調べ始めたらすぐに僕の希望に沿っていると思われる会社がいくつか見つかったからだ。

 それらの会社のエントリーや面接でうまくいかなかった場合は10月以降に増加する募集を当てにしようかとも考えていたが、無事エントリーシートは全て通過した。

 そして、春と同様、面接やグループワークが始まった。

 合否の連絡が来るようになると、いよいよ就職活動を再開したという実感が湧いてきた。

 面接やグループワークの結果はほとんど合格だったが、学習塾1社からお祈りメールを受信した。合否の通知をもらうとやはり志望度は揺らいだ。

 それだけ真剣にそれぞれの企業のことを考えているんだと荻原さんから言われたことは救いだった。

 荻原さんとはあの時以来会っていないが、メールで何度かやりとりしてアドバイスをもらっていた。

 始めは学習塾や生命保険会社のように直接人と接してものごとを伝えて喜んでもらう仕事に惹かれていたが、徐々にイベント企画の仕事への興味が強くなってきた。

 今日受けに来た第1志望もそのうちの1社だ。

 大きなホールを借り切っての女性向け起業イベントや社会人向け朝活イベントなどを企画、開催している。

 きっかけはポニーとのやり取りだった。

 出会ったときから考えると本当に不思議なものだが、いつの間にかポニーは僕の就職活動のパートナーになっていた。

 荻原さんからは意見交換して協力できる友達が必要だともアドバイスをもらった。

 人に話すことで自分の考えが整理されるし、人にもよるが就職活動による過度のストレスを発散することにも繋がるからだそうだ。

 しかし、もともと人に頼らずに就職活動をしていたし、この時期になっても就職活動をしている同期もあまり知らなかったので、自然とそういった流れになった。

 ポニーからは他に同じようにまだ就職活動をしている同期もいるのではと聞かれたが、仮にいたとしても、逆に話しにくいと思い、知らないと答えた。


「沖田さんが学生時代に一番大変だったこととか、苦労したことって何ですか?」

 志望会社の話をしているときに突如この質問が投げかけられた。

 驚いたのもあるが、なかなかすぐに答えは出てこなかった。

「うーん。なんだろうなぁ」

「私は荻原さんにこれを聞かれて自分のやりたかったことが見えてきたんです」

 荻原さんが経験から自分のやりたいことを見出すという話をしていたことを思い出した。

 ちなみに、ポニーは中堅のアパレル会社に内定し、受諾した。

 最初は人に良いものを届けたいということと親の影響で食品メーカーを受けていたそうだが、最終的にモノではなく人の良いところを見つけて伝えることでお客様に喜んでもらえる仕事がしたいと思ったそうだ。

 化粧品会社等も受けたそうだが、内定はもらえなかったと聞いている。

「部活とかバイトとかは何をやってたんですか?」

「部活じゃないけどテニスサークルと、バイトは事務系だね。どっちの大変だったかって言われると難しいけど、頑張ったのはサークルかなぁ」

「沖田さんってテニスサークルだったんですか!? なんかイメージと違いますね」

「そう? まぁ、うちはかなりまじめにテニスするサークルだからね」

 テニスサークルというと、軽いのりでちゃらちゃらしているイメージなのだろう。

 面接でもそういうイメージで捉えられたと感じることも多かった。

 そういうところもイメージを悪くしないように気をつけた方が良いのだろうか……。

「あ、すみません。それで、そのサークルの中で一番沖田さんが苦労したことってどんなことでした?」

「あ、ああ、そうだね」

 考え事をしていたため、反応が遅れたこともある。

 しかし、僕はこの質問にすぐに答えることができなかった。

 僕がサークルで一番苦労したことってなんだったんだろうか。

 一番力を入れたのは練習統括として練習メニューを考えたりしたことだが、それは日常的にやっていたことだから、特に苦労したことかと聞かれればそうでもない。

 では、その他に何かやってきていただろうか。

 ぱっと思いつかなかった。

 後から考えれば、自分の嫌な思い出として記憶の奥底に押し込んでいたのかもしれない。

「沖田さん?」

「あ、うん。何かぱっと思いつかなくてね」

「そうですかぁ……。何かイベントの幹事とかやったりしたとか、そういうのでも良いと思うんですけど……」

「うーん。イベントかぁ……。ん!」

 そういえば……。

 自分が中心に実施したイベントがあった。

 他の大学のテニスサークルと一緒に開催した合同練習。

 次の年も開催されるほどサークルのメンバーからも好評だった。

 そう。

 ただ、このイベントが元恋人の篠田真紀と出会ったイベントであった。

 そして、真紀と別れてから僕の就職活動は負のスパイラルに入った。

 この2つの事実が合同練習の記憶を奥底にしまいこむ原因だったのだろう。

 いつの間にか忘れていた過去の出来事を思い返してみる。

 まぎれもなく僕にとって一番苦労して成功させたものだ。

 サークル代表の平山は合同練習開催だけ決定して何もしなかったので、相手方との調整から練習場所の確保、大学への手続きに至るまで全部僕がやった。

 もちろん初めての企画だったから、分からない事だらけで他のサークルの友達に聞いて回ったりと苦労した。

 しかし、その分成功したときの喜びは一入だった。

 後輩たちは楽しそうに練習しており、合同練習内で実施した練習試合も盛り上がった。

 頑張って開催して良かったと心から思ったのを鮮明に思い出すことができた。

 確かに、こういったことを社会人になってできたら楽しいかもしれない……。

 そして、僕の最終的な目標でもある、日本全体に良い影響を与えるというものも、開催したイベントを通じて多くの人に影響を与えることができれば実現できるかもしれない。

 これだ……!

 僕の中で何かがガチャリとかみ合った。

「沖田さん?」

 しばらく黙ってしまっていたのか、ポニーが心配そうに呼んできた。

「あ、ああ、ごめん。イベントやったことがあったよ。しかも、それがまぎれもなく僕が一番力を入れた活動だった。

 ありがとう!

 ちょっとその線で考えてみるよ」

「そうですか!

 何かお役に立てたかは微妙ですけど良かったです。

 頑張ってください!!」

「うん。じゃあ、また」

 そう言って電話を切った。


「失礼いたします! ありがとうございました!!」

 面接室から出るときに元気よく挨拶する。

 手ごたえは、ありだ。

 合同練習の話も絡めて僕がやりがいを感じることと、それがこの会社でできると考えていることをちゃんと伝えられたと思う。

 あとは面接官がどう判断するか、そこは“縁”だ。

 以前就職活動をしているときは、そんなふうに思えなかった。

 こちらがうまく話せたら絶対に受かる。

 自分の出来不出来で結果が全て決まる。

 そんな考えだった。

 まるで大学受験のような感覚だ。

 しかし、そうではないとようやくわかってきた。

 荻原さんからのアドバイスがきっかけだった。

「自己分析が終わって、いざ就職活動に挑む学生さんみんなに伝えていることなんだけど、オレは就職活動って結局最後は“縁”だと思っているんだ。

 確かに、絶対にこの企業に入りたいって強い思いを持っている学生さんもいるんだけど、会社側も絶対にこういう学生が欲しいと思っているわけで、それが食い違っていたらそもそも内定なんてあり得ない。

 お互いのこういう会社に入りたいというイメージとこういう学生が欲しいというイメージが一致したときに初めて内定ってもらえるわけで、そう考えると、就職活動って友達とか恋人を探すのと似ていて、“縁”の要素が切り離せないんじゃないかって。

 ただ、学生も企業も自分のことを正しく相手に伝えられているかっていうのは難しくて、特に学生側は面接のときに正しく自分の行動特性や思いを伝えられていないことが多いっていうのが事実だと思う。まぁ、企業側も学生に知られたくないことを出していなかったりすることもあるけどね。

 沖田君たち学生の立場で言うと、企業に正しく自分の姿を説明することができなくて不合格という判断をされている人が大多数いるってことなんだ。要するに、この前やったような自己分析ができていないか、自己分析した結果を正確に伝えられていないってこと。これは非常にもったいない。何で不合格になったのか学生には分からないし、それこそ自分自身を否定された気になってしまう。

 でも、沖田君はこの前自己分析をしたし、その上でそれをちゃんと説明するだけの力があると思うから、それが面接の場で出せれば、あとはその企業との相性の問題ってこと。

 合わない会社に入ったら働き始めてから辛くなってしまうから、それを就職前に知ることができると考えれば不合格もありがたいよね。もちろん全部そうやって不合格になったら困るけど、自己分析をしっかりやって、それを伝えた上でどこからも内定がもらえなかったという学生さんにはオレ自身会ったことがないよ。

 自己分析の結果や自分のやりたいことを相手に伝わるように話したら、あとは結果を待つだけ。相性が良い会社であれば内定はもらえるはずだから、臆せずに頑張ってね」

 就職活動が友達や恋人を探すという人間関係の構築に似ていると言われて自分が試験のように考えてきたことが恥ずかしくなった。

 確かにその通りだ。

 会社というと無機質なイメージだったが、結局はサークルと同じで人が集まって組織を成しているのだ。

 一緒に働きたい人、そうでない人があるに決まっている。

 以前も就職活動を一生懸命やっているつもりだったが、そんなことに思い至らなかった。


 面接のために切っていた携帯の電源を入れた。

 程なくしてメールを3通受信した。

 先週受験した生命保険会社から1次面接合格の連絡と2次面接の案内が届いていた。

 良かった。

 ふうっと安心のため息をついて次のメールを見る。

 ポニーからだ。

 第一志望の面接という話はしていたので、応援のメールが届いていた。

 残念ながら面接の前に見ることはなかったが、ありがたいものだ。

 親に合格の連絡をした後にでもお礼の連絡をしよう。

 僕はまず電話のアプリを起動して家に連絡した。

 僕が大学院に行くと言ってもめた日から両親とは事務的な内容を除いてほとんど会話をしていなかったが、就職活動を再開したことを伝えると、母親は安心したようで涙を流した。

 父親もしばらくは勝手だと怒っていたが、今では僕の取り組みを認めてもらえるようにまでになっている。確かに勝手をしたと僕自身が思っているので、それでも泣くほど心配していた母親と、結局は僕の味方をしてくれる父親に感謝している。

 そんな思いから、合否の連絡があったときはすぐに連絡するようにしていた。

 3コールほどで母親が電話に出た。

「もしもし、航?」

「うん。母さん、この前受けた生命保険会社から1次面接合格の連絡が来たよ。来週の火曜日に2次面接みたい」

「そう!

 おめでとう!!

 本当によかったわぁ。お父さんにも知らせておくわ」

「まだ1次面接だから、そんなに騒ぐもんじゃないよ。前のときも1次とかではそんなに落ちなかったし」

「そう?

 でも、合格は嬉しいじゃない。

 じゃあ、気をつけて帰っていらっしゃい」

「うん。じゃあ、また後で」

 電話を切る。

 次は、ポニーだ。

 メールにしようか電話にしようか迷ったが、何となく電話かかけた。

「はい。宮村です」

 すぐに出た。暇なのか?

「あ、沖田です。

 面接終わりました。メールありがとう!」

「いえいえ。第一志望だって聞いてましたし。

 どうでした?」

「うん。まぁ、ちゃんとしゃべれたと思う」

「そうですか! じゃあ、あとは“縁”ですね」

「だね」

「あと、この前受けた生命保険会社から1次面接合格のメール来たよ」

「すごいですね! ほとんど負けなしじゃないですか!?」

「でも、前に就職活動していたときも1次面接はそんなに問題なかったから、何とも言えないけど」

「そうでしたね。そもそも私とは違うんでした……」

「あはは。でも、結果的には宮村さんの方が先に内定とってるじゃん」

「うう。ありがとうございます……」

 第一志望の面接で実力が出せたことと、合格の連絡をもらったことからか、何か自分が饒舌になっているように感じる。

「ごめんごめん。まぁ、僕もいよいよって感じだよ」

「そうですね。でも、沖田さんなら大丈夫な気がします。荻原さんも沖田さんは今まで見てきた学生よりもかなりできるって言ってましたし」

「とはいえ、前の就職活動では結局内定はもらえていないんだし……。

 最終とかの前にはもう一回自己分析結果とか整理しておきたいから、良かったら今度時間とって話できないかな?」

「……。えっ? あっ、わたしですかっ?」

「ん? う、うん。そうだけど」

「あ、いえ、いつも私から無理矢理押しかけている感じで、こんなふうに沖田さんに誘われたことなかったですから……。

 えっとぉ、内定式以外なら基本いつでも大丈夫です」

 そう言われてみると、確かに僕から誘うことは初めてかもしれない。

 気づいて顔が熱くなっていくのを感じた。

 別にデートに誘っている訳ではないし、そもそも、もちろん恋愛感情とかそういうものでもないと思って……。

「沖田さん?」

 一時的にフリーズしていたらしい。

「あ、はい。いや、この前のサークルでのイベントの件とか、宮村さんと話していると頭が整理できるから」

 そう答えるのがやっとだった。

「そうですか。そ、そう言ってもらえると嬉しいです。えっと、あ、また沖田さんの都合のいいときに連絡ください」

「うん。今日の面接の結果次第っていうのもあるし、また連絡します」

「そ、それじゃあ、失礼します!」

 何か恥ずかしくなってそそくさと電話を切って家路についた。

 今日の夕飯は僕だけまた1品多かった。

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