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10月の桜  作者: 佐々木コジロー
第4章 活路
12/16

再開

20X3年7月17日 自宅


 バイト先から言われた期限まであと2週間。

 決断のときが近づいてきている。

 徐々に強いプレッシャーとして感じ始めていた。

 でも、決して悲観に満ちた追い込みではなかった。

 荻原さんに会った日からおよそ1週間、僕はどうしたら良いか悩みながらも、とにかく行動を起こした。

 あの日、今までの就活のやり方を変えて人に頼ろうとした。そして、期待に反して結果は出ずに打ちのめされた。

 しかし、あくまで荻原さんとの相性が良くなかっただけなのではないか。

 他の人にも相談してみれば、自分の求めているものを与えてくれる人がいるのではないか、次の日にはそう思えるようになっていた。

 以前よりも前向きになっているような気がして、すぐに行動も起こせた。とにかく今すぐに相談できる人や機会を求めて活動した。

 春に就職活動をしているときのように毎日会社説明会に行ったりしたわけではないが、1週間行動を起こすことで少し前に進んでいる気がする。

 今日も相談できる場所を探そうと思う。

 もう一度将来について考え抜こうという思いに至ってから、主に企業研究をやってきた。

 それは、バイト先への就職と就職活動を天秤にかけるために他の企業を知る必要があると思ったからだが、結局自分がやりたいことが見つからないため、企業を選定する軸が見出せず、バイト先と他の企業との比較ができていない。

 やはり、順番としては自分がやりたいことを見つけなくてはならないのだ。

 そしてそのために人に相談することを僕は選んだのだ。

 パソコンの電源を入れる。

 そういえば、荻原さんからメールが来ていた。しかし、どうしても開く気がしなかった。

 開くとまた否定的なことを言われるのではないかという想像が僕を支配していた。

 ポニーからもSNSを通じてメッセージが来ているかもしれなかったが、やはり開かなかった。

 パソコンが立ち上がるまで、しばらくかかる。起動中の真っ黒な画面をぼうっと見ながらこの1週間を振りかえった。


 荻原さん以外の人にも相談してみよう。思い立ったら吉日というわけではないが、僕は大学の就職相談室に初めて顔を出した。

 就職相談室が主催している企業紹介セミナーにはよく参加したが、就職相談室自体は何か最後の駆け込み寺のようなイメージがあり、当時行こうとは全く思わなかったし、結局来ることになるとは想像もしていなかった。

 奇しくも会社紹介セミナーでもらった就職相談室の紹介チラシが自宅の机に残っていたため、行ってみようと思い立った。

 単なる就職相談だけでなく、模擬面接や模擬グループワークなどもやっているらしい。

 面接もグループワークも基本的には自信があった。ネットや本で勉強し、会社説明会のグループワークも主導権をとって進めることができたし、以前実施していた就職活動でも大きく失敗したと感じることはなかったので、大学に頼るという発想はなく、こういった施策をやっていることも知らなかった。

 改めて大学もいろいろ考えているのだと思ったが、残念ながら今まで自分が読んだ就職活動のノウハウ本やネットの記事の内容を超える話は聞くことができなかった。

 逆によく調べて勉強しているのだから、その調子で頑張れば結果はついてくると言われた。

 就職相談というよりは、企業の紹介や就職試験訓練の色が強いと感じた。

 必要なときに行けばうまく活用できるかもしれないが、今は必要なかった。

 唯一収穫があったのは、大学のOBを紹介してもらったことだった。

 僕よりも5年先輩で、就職活動中よく就職相談室に通っていた人らしい。

 それだけ就職活動で苦労したことになるが、苦労を知っている分、アドバイスも適切なのではないかという話だった。

 一理あると思い、アポイントを取って見ると、幸い翌々日に会えることになった。


 翌々日、7月14日、大学の試験を終え、僕はその先輩と会った。

 親身に相談に乗ってくれて、精神的に非常に楽になった。

「沖田君は実際に第一志望の会社で最終まで残っていたんだし、間違ったことはしていないと思う。面接で話した内容を聞いても別に変なことは言っていないと思うし」と僕のやってきたことを認めてくれた。

 また、「やりたいことが見当たらないときは辛いけど、こうやって人に会って話していくと消去法みたいに絞れていって、徐々に見えてくるんじゃないかな。オレもそうだった」と今始めた活動についても肯定的だった。

 自分が間違っていないと言ってもらえて少し自信を取り戻したが、その一方でやりたいことが何であるのか相談しても、「あれは? これは?」と案は出してくれるが、僕の心に刺さるものはなかった。


 昨日も秋採用に向けた就職セミナーに行った。

 就職相談コーナーに行ってみた。

 コンサルがしたかったのなら、秋の採用があって経営企画の仕事ができる会社はどうかと勧められ、その会社の詳細について話を聞いたが、自分は本当にその仕事がしたいのかという疑問は払拭できなかった。

 各企業のブースにも顔を出して話を聞いたが、ピンとくる企業はなかった。

 周囲の学生たちは切羽詰るような印象で、どこでも良いから内定が欲しいという勢いだったが、僕はその境地には至れなかった。

 父に言われた「頑張りが足りないんじゃないか」という言葉が脳裏をよぎった。

 自分が甘いのだろうかと思ったが、一昨日会った大学のOBも、勢いではなくしっかり納得して会社を選んだ方が良いと言っていたので、そちらを信じることにした。

 ほぼ丸一日セミナー会場にいたが、片手で持ちきれないくらい企業パンフレットをもらっただけで、特にこれといった収穫はなかった……。


 振り返りながらいつの間にか目を閉じていた。

 携帯電話が震えて気づいた。メールを着信した。

 パソコンは既に立ち上がっている。

 誰からだろうか。携帯のメールアプリを開く。

 1年前はサークルの同期同士で事務連絡を含めてよくメールが飛び交っていたし、真紀ともよくメールをしていた。

 就職活動を始めた頃も、同期同士でよく情報交換を目的としたメールが飛び交った。

 しかし、誰かが内定をとった頃からメールでの連絡は減っていき、今ではサークルの同期同士もお互いに気を遣ってかメールを送りあわない。

 もしかしたら、内定をもらった同期同士では違うのかもしれないが、どちらにしても就職活動が終わっていない僕にメールを送ってはこない。

 液晶の画面が切り替わる。送り主はポニーだった。

 そういえば、待ち合わせで迷ったときのために携帯の連絡先を交換していた。

 これまでポニーとはSNS上でしかやり取りしていなかったので、携帯に連絡が来てびっくりした。

 勢いでついメールを開いてしまった。

 逡巡。

 だが、結局メールを読む。

 SNSにメッセージを送ったが、返事がなかったため携帯に連絡したと断りを入れた後、荻原さんと引き合わせて気を悪くさせてしまったのではないかと謝り、それでも自分のやりたいことに付き合ってくれてありがとうございましたと感謝の言葉が綴られていた。

 そして、最後に、

「沖田さんがどういう決断を下されるのかは分かりませんが、荻原さんとのやり取りを見ていて、私なんかよりよっぽどしっかり受け答えできていて、沖田さんならどの道を選んでもうまくいくのではないかと思いました。沖田さんが納得のいく選択ができることを祈っています。

 もし、就活を再開されるのであれば、同じ就活生です。もしよろしければこれからも情報交換とかさせてもらえると嬉しいです」

 そう書かれていた。

 僕がイライラして帰ったことを察した上でこうやってメールを送ってくるとは。

 僕にはできない行為だ。

 僕ならば嫌な思いをさせたし、嫌われたと思ってメールが送れないだろう。

 人の評価を気にするポニーの一面は残っているのだと思う。

 その一方で、妙な違和感を覚えた。

 こちらから頼って相談してもらうことにしたのに、ありがとうと感謝を告げられている。

 そういえば、荻原さんも別れ際に「ありがとう」と言ってくれたことを思い出した。

 もちろん建前のものなどだと思うが、ここ1週間の活動ではまず聞かなかった言葉だ。

 どこでも、頑張ってなどと応援はされるが、感謝はされない。

 そもそも理由が分からない。

 僕は僕のために荻原さんと会った。

 ポニーはポニーで目的があったかもしれないが、客観的に見ても、僕がお世話になったというのが大局的な見方だろう。

 僕からお礼を言うことはあれども、ポニーがお礼を言う必要なんてないではないか。

 そんな風に考えていて、送られてきているメールを開きすらしていない自分が恥ずかしくなった。

 遅くはなったが、お礼のメールくらいは出しておいた方がいいだろう。

 僕はポニーへの返信は後回しにして、すぐにメールソフトを立ち上げ、荻原さんからのメールを開いた。


 送信日は会った日だと言うのに、かなりの長文だ。

 メールの冒頭は僕に対するお礼だった。

 会ったときも、荻原さんは自分にも目的があるということを言っていたが、こうしてお礼を言われるとやはり違和感を感じてしまう。

 3歳しか変わらない人に否定されたと思っていたが、3歳という年齢差以上に相手は大人なのだと改めて感じた。

 その後、メールはその日の振り返りについて書かれていた。

 話の中で荻原さんが言ったアドバイスを抽出するような内容だったが、後半以降はあまり印象に残っていなかったことも多かった。

 自分が1年後に何をしたいのか、将来的に何をしたいのか。

 あの日荻原さんに言われたのだろうが、ほとんど印象に残っていなかった。

 しかし、メールでは目に留まった。

 僕は1年後どうしていたいのだろう。そして、遠い将来何をしていたいのだろう。

 ふと考えてみる。

 具体的なイメージが出てこない……。

 では、と今考えられている3つの候補それぞれを考えてみた。

 まずイメージしやすいのはバイト先への就職だ。

 バイト先に就職した場合、1年後に僕は同じような仕事をしている気がする。

 バイト中に他の社員さんの働きを見ていても、パソコンに向かって仕事している人が多い。

 営業の仕事をしている人は電話をしていたり、たまに外に出かけたりしているが、やはり社内で仕事している時間の方が長いように思う。

 そもそも、企業ホームページなどを作る会社なので、あまり外を歩き回っての営業はしないのかもしれない。

 1日席に座ってパソコンで仕事をする。

 結果として出た1年後のイメージだ。

 そして、将来も同じような仕事をしている気がする。

 あまり大きな会社でないというのもあるかもしれないが、課長だって普通の社員と同様の仕事をしていたりする。

 将来をイメージすると、なんとなく周囲から認められているような気がして、それはいいなと思ったが、やっている内容には惹かれなかった。

 次にイメージしやすかったのは大学院だ。

 以前サークルの先輩から聞いた話では、研究や教授の手伝いに時間を取られたりすると言っていた。

 それでも、社会人をしているよりは自由な時間は多いかもしれないという点に惹かれるところを感じたが、元はといえばやりたいことを見つけるために時間が欲しかったのであり、大学院に行って学者になりたいといったような希望を描いていたわけではない。

 将来を考えても、結局は就職するのだからと思うと、逆に想像できなかった。

 将来を考えるために大学院に行くのだから、そう思えば聞こえは良いが、よくよく考えると結構リスクが大きい気もした。

 最後に就職活動の選択肢だ。

 うまく就職できたと仮定して、働いている自分を想像する。

 しかし、先ほど浮かべたバイト先での就職以外のイメージがなかなか出てこない。

 辛うじて出てきたイメージは、以前コンサル会社に行きたかったときに描いていたものだ。

 それも、お客さん相手に堂々とプレゼンをしている自分の姿というくらいであったが……。

 ただ、このイメージも先ほどのバイト先のものと同じように人に認められるというものだった。

 結局僕はただ人から認めてもらいたいだけなんだろうか……。

 そう思いながらも、将来を想像してみた。

 社会に出て、自分は最終的に何がしたいのだろうか。

 コンサルを志望したのだって、人に自分の持っている知識を伝えることに魅力を感じたからであったし、それはサークルでテニス経験者として同期や後輩を指導してきた経験から向いていると考えたからだ。

 特に遠い将来を考えたわけではない。

 ただ、改めて考えてみると、なかなか面白いと感じた。

 バイト先について将来を考えたときは、どうしてもバイト先の会社という制約があったため、想像する内容にも制限があったような気がするが、制約をなくすと業界・業種にとらわれず何でも想像できる。

 どんな業界・業種であろうと社会で活躍している自分を思い浮かべるのは楽しかった。

 そして、想像すればするほど活躍の規模は大きくなり、日本全体に影響を与えるというレベルまで僕の妄想は膨らんだ。

 具体的にどんな仕事をしているかまではイメージできなかったが、人の役に立つことをして感謝されて認められる。どんな想像をしてもその構図は同じだった。

 自分はただ人に認められたいだけなのか、先ほどはそう思ったが、別に人の役にたって認められるのならば良いではないか。

 世の中で活躍している人なんて、みんなそうだ。

 半年ほど前に就職活動をしていたとき、いや、いままでは、特に細かいことは考えず、大学を卒業したら普通に就職して働くものだと思っていた。

 親もそうだったし、周りもほとんどの人がそうだ。

 ただ、こうして将来について考えてみると、さっきの妄想が実現できたらと、そう思えた。

 ただし、何もしないで実現できるわけでもない。

 所詮は妄想の域を出ないイメージだし、全く具体性もない想像だったが、自分自身訓練を積み重ねないとその想像は実現できないことだけは良く分かった。

 何がしたいかは分からないが、そのための準備は早くから始めた方が実現の可能性が高まるのではないだろうか。

 ふと、思考が止まる。

「そうか」

 思わず声が出た。

 これが僕の就職する理由か。

 早く社会に出てスキルを積み上げ、その結果日本全体に影響を与えるような仕事をする。

 だから、できるだけ早いこのタイミングで就職する。

 1年でも実働期間を長くしてチャンスを得る機会を増やす。

 まだ具体的に何がしたいかは分からないけど、これは紛れもなく本心だ。

 そう確信できた。

「ふぅー」

 背伸びして大きく息を吐いた。

 天井がいつもより明るく見える。

 妙にすっきりした気分だ。


 直接話しているときはあんなに相性が悪いと思ったのに、こうして文章で読んでみると、別に僕を否定しているようにも感じない。

 普通は会話よりも文字だけのメールの方が真意は伝わり辛いというが、今回は少し事情が違ったようだ。

 この前は僕が構えてしまっていたのだ。

 もう一度荻原さんと会ったあの日を思い返す。

 いま考えればやはり否定されているわけではないと感じた。

 しかも、この先どうしたら良いかを相談して具体的な話が返ってこなかったのは荻原さんくらいだ。

 この1週間の活動や、半年前の活動を振り返っても記憶はなかった。

 みんな、こうしたら? ああしたら? と案を提示してきた。

 逆に僕のことをしっかり知った上で、相談に乗ろうとしているのではないかと思えてきた。

 別れ際にかなり失礼な態度を取った上、もらったメールも1週間後に開くようなことをしてしまったことを恥ずかしく感じた。

 申し訳なさと恥ずかしさが後ろめたさになり、戸惑いを感じたが、僕はすぐにパソコンのキーボードをたたいた。


 前回のお礼と、次回のお願いを一気に書いた。

 全体を眺めるように文章をチェックしてすぐに送信する。

 立ち上がってリビングに行こうとしたが、向き直って携帯でも返信を書いた。

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