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10月の桜  作者: 佐々木コジロー
第4章 活路
11/16

邂逅

20X3年7月11日 新宿


 17時30分。

 指定された場所には30分前に着いた。

 早すぎるとも思ったが、何よりも相手よりも先に来て様子を窺いたかった。

 正直言って僕はまだ信用していない。

 今日は就職活動のアドバイスをしてくれるという社会人と会うことになっている。

 他ならぬポニーの紹介だ。


 ポニーの申請を承認した次の日、早速ポニーから長文の返信があった。

 2か月越しでびっくりしたこと、ポニーもまだ就職活動を続けているということ、秋採用に向けた意気込み、そんな内容がつらつらと書かれていた。

 そして最後に「沖田さんはもう就活終わりましたか?」と小さな字で書かれていた。

 正直、承認して頼ろうとしたことを悔いた。

 暇なのか? 友達いないのか? 話し相手が欲しいだけなのか?

 付き合いきれない。

 迷った挙げ句、僕は経緯はさておき「まだです」とだけ返信した。

 いきなり、ほとんど見ず知らずの人間に内情を話す気にもなれなかったが、承認しておいて、いきなり返信しないのもどうかと思ったからだ。

 そんな僕の思いとは裏腹に、翌日ポニーはまたも長文メールを送ってきた。

 6月にある人に出会って自分の就職活動に対する考え方が大きく変わったこと、それから内定はもらえないまでも最終面接までは残れるようになったこと、就職活動中に知り合った学生にその人と会うことを勧めたもののほとんど断られたこと、でも、ポニーの勧めの通りにその人に会って内定をもらった人もいること、などなど……。

 とにかく、僕もその人に会うと良いということが延々と力説されていた。

 僕にはただの怪しい人物にしか見えなかったが……。

 ただ、ひとつだけ気になったことがあった。

 ポニーの押しの強さだ。

 2か月前のグループワークだって、その後の喫茶店での会話だって、ポニーは常に人の意見に同調するだけの気の弱そうな女の子だった。

 あのときの印象しか持たない僕からすると、この長文を送ってきているのは別人としか思えなかった。

 僕とは明らかに違うテンションで送られてくる嫌がらせかと思うような長文だったが、不思議と悪意は感じなかった。

 とにかく、誰かの役に立ちたいと思って必死なのだろうと感じた。

 そこに興味が湧いた。

 ポニーは就職活動に対する考え方が変わったと書いていた。

 しかし、僕にはポニーの性格自体が変わったように見えた。

 もしかしたら、あのグループワークでは緊張で本当の姿が出せていなかっただけかもしれない。

 この押しの強さが彼女の本当の姿なのかもしれない。

 でも、僕にはそうは思えなかった。

 彼女は変わったのだ。

 きっかけは恐らくその怪しい人物なのだろう。

 その怪しい人物が自分にとって有益な情報を与えてくれる可能性はあまりないと何の根拠もなく思ったが、ポニーが変わった理由が分かれば自分も変われるような気がした。

 何かきっかけがつかめるかもしれない。

 それに、会社選びも進んでいないのだから、仮に収穫がなくても半日程度なら状況は何も変わらないだろうと思った。

「会ってみます。いつなら都合がいいですか?」

 と、また味気ない返信をした。


「あ、沖田さん。お久しぶりです」

 待ち合わせの15分前だ。

 ポニーがやってきた。

 相変わらずのポニーテールだったが、あのグループワークの日と比べると少し痩せたように見えた。

 先にポニーが来てくれたのは僕にとってはありがたかった。

 いきなり怪しい人物と2人で会うのも気が重い。

 そう思い、ポニーに同席してもらうように頼んでおいたのだ。もちろんポニーの変わりようを確認したいという目的もあった。

「お久しぶりです。今日はありがとう」

 とりあえずの社交辞令。

 そんなことも気にせず、ポニーは満面の笑みで答える。

「いえいえ。お役に立てるなら、むしろ私が嬉しいです。ありがとうございます」

 よほど、その怪しい人物を信じきっているのか、僕の役に立つ前提だ。

 ただ、前よりもかなり明るくなったように見える。

 会ってみて確信したが、彼女は以前の彼女とは違うようだ。

「それが、荻原さん、仕事が長引いて30分くらい遅れるそうです」

 荻原というのはその怪しい人物の名前だ。

 遅れてくると聞いて少し拍子抜けした。

「あ、そうなんですか」

「ずっと立って待っているのもなんですし、先にお店入っていませんか?荻原さんには私から連絡しておきますから」

「あ、そうですね。じゃあ、そうしましょう」

 主導権を握られているような気がして少し戸惑いを感じながらもポニーの後に付いて店に入った。


「沖田さんはあの後も就活続けられていたんですか?」

 席につき、注文をしたところでポニーから質問された。

 そういえば言っていなかった。

 髭夫のことを知っているポニーだけに言いにくかったが、今日その荻原なる人物には話すことになるだろうと思っていたので、包み隠さずこれまでの経緯を話した。

 ただ、バイト先からのオファーの件については、ポニーも就職活動中なので黙っておいた。

「そうなんですかぁ」

 ひとしきり僕の話を聞いて、ポニーは感心したようにそう言って続けた。

「でも、すごいですね。そうやっていろんな方向にチャレンジできるって」

 意外な感想が帰ってきてびっくりした。

「いやいや、全部中途半端になっているだけだから」

 良く考えると、前に会ったときもそうやって相手に合わせて褒めるのは得意だった気がするが、自分では汚点だと思っていたことを肯定的に捉えてもらって恥ずかしくなり、そう答えるのがやっとだった。

「私なんて、ずっと就職活動しかしていないですよ。勉強できないんで、大学院とか公務員の選択肢はもともとなかったですし……。やっぱり沖田さんみたいに良い大学行っている人は違いますね」

「むしろ就職活動を続けられる方がすごいと思うけどね。精神衛生的にも長期間は無理だなぁ……」

「そうですか?

 でも続けても結果的に内定取らないと意味ないですよ。メールでも書きましたけど、なかなか最終でうまくいかなくて……。荻原さん紹介した人の方が先に内定もらって追い抜かれちゃったりしてますし」

「じゃあ、僕も宮村さんを追い抜けるように頑張らないとね」

「それはだめですよぅ……。本当に簡単に追い抜かれちゃいそうですし……」

「ははは。とにかくどっちが先とかじゃなくて、お互い内定取らないとね」

「そうですね」

 ふと会話を楽しんでいる自分がいてびっくりした。

 励ますと喜ぶ、追い詰めると悲しむ、そんな素直な反応をされるのは久々だった。

 よく考えると、こうやって人と他愛もない話をするのは久々な気がした。

 大学で友人には会うが、やはり進路が決まっている人とそうでない人では話のトーンに違いが出る。

 話をしていても、僕の頭は将来への悩みが大部分を占めていて、まともに会話を楽しめていなかったのかもしれない。

 そういう意味では、同じような境遇にあるポニーだからこそなのかもしれない。


 その後は、ポニーの就職活動の話を聞いていた。

 というか、ポニーが怒涛のごとく話をしてきたので、僕は聞き手に回るほかなかった。

 あっという間に時間は経って、荻原という男がやってきた。


「沖田君ですね。はじめまして。荻原です。今日は来てくれてありがとう」

 痩せ型で長身の男だった。

 黒のプラスチックフレームのメガネをかけて、若干の茶髪。

 何か業界人のようにも見える風貌に、どこか余裕のあるオーラを漂わせていた。

「こちらこそありがとうございます。きょ、今日はよろしくお願いいたします」

 緊張して言葉が堅くなっているのが自分でも分かった。

 こんなのいつぞやの面接以来だ。

 見ず知らずの人間に自分の内情を話すのだから仕方ないとは思うが、さっきまでポニーと談笑していた手前、恥ずかしさの方が大きかった。

「そんな、緊張しないでいいですよ。といっても難しいかな」

「そうですよ。荻原さん。私なんて初めてお会いしたときはガチガチでまともに話せなかったじゃないですか」

 ポニーがフォローのつもりか割って入る。

「そうだね。友子ちゃんは確かにそうだったね。逆にオレも困っちゃたからね」

 2人して顔を合わせて笑っている。

 友子ちゃんとは随分馴れ馴れしいとも思ったが、そんなことはどうでもいい。

 それ以上に何を聞かれるのか、何を話してくれるのかが気になった。

 ここに来る前はさして期待していなかったが、いざ会うと、せっかくなので良い情報が欲しいと思ってしまう。

「さて、いきなりいろいろ話してと言ってもなんだし、オレの自己紹介から始めさせてもらうね」

 荻原さんはそう切り出した。

荻原真おぎわらまことです。年齢は25歳。人材派遣会社で働いてます。2年半くらい前に入社してずっと営業やってて、他の職種の経験はないけど、お客さんが多岐にわたるから、そこそこいろんな業界とか職種のことが分かると思う。だから、何でも気兼ねなく聞いてくれたら良いよ。もちろん、分からないこととか答えられないこともあると思うけど、できる限りの範囲で答えるから」

 意外と若いなと感じた。

 改めて風貌を見れば年相応にも見えるが、それ以上に落ち着きを感じるからだろうか、30近くだと思っていた。

「あ、いきなり、的外れな質問かもしれないですけど……」

 向こうは話を続けようとしていたが、どうしても気になることがあった。

「ん? 何? 何でもどうぞ」

「荻原さんは派遣会社にお勤めとのことですけど、何でこうやって就職活動の支援みたいなことをしているんですか?派遣社員の斡旋とかなから何となくしっくりくるんですけど……」

「お、いきなり良い質問だね。

 実は、オレ起業しようと思っているんだ。というか、学生のときからこうやって就職活動の支援をする会社を建てようと思っていてね。社会勉強も兼ねて今の会社に就職したけど、できれば早く起業したいし。

 そのためにも、今の就活生がどういう考え方で就活をしているのか、どういうアドバイスを必要としているのか、オレも知っておきたかったからね。こういう活動をして、準備をしているわけ」

 意外な回答だった。てっきり人脈とか就職できない学生を派遣社員として囲い込むとかそういう理由なんだろうと勝手に決め込んでいた。

 それと、同時にこの人にも自分のやりたいことが見えているのだと感じ、羨ましくなった。

 荻原さんは続けた。

「だから、沖田君も何も気兼ねなく話してくれた方がオレも嬉しいし、その分いろいろアドバイスみたいなこともできると思うから、沖田君にとっても有益だと思うよ」

「はい。分かりました」

「じゃあ、これからはできる限り沖田君の話を聞きたいんだけど、まずはこれまでどういう就活をしてきたか教えてくれる?」

「はい」

 僕は、自分がコンサル会社を中心に就職活動を始めたこと、最終面接まで残ることはあったが結局どこからも内定がもらえなかったこと、自分のやりたいことが見えなくなってとにかく手当たり次第有名な会社の選考に行ったこと、結果はやはり内定がもらえなかったことなどを話した。

 荻原さんはうんうんと相づちを打ちながら熱心に聴いていた。

 就職活動について聞かれたので、大学院のくだりはとりあえず話さず話を切った。

 ポニーは最後まで話したらどうかというような目線でこちらを伺っていたが、荻原さんもいったんの区切りと見て口を開いた。

「なるほど。コンサルでいけると思ったけど、うまくいかなくて、ズルズルと来てしまったって感じかな?」

「はい。そんな感じです」

「いまも同じように就活しているのかな?」

「いえ、一時期休んでいました。最近再開したばかりです」

「そうなんだ。休んでいる間は何をしていたのかな?」

 結局話すことになった。

 僕は大学院に行こうと思って就職活動をやめたこと、その一方で周りの同期たちが内定を取っていき、自分の頑張りが足りなかっただけなのかと思い始めたことなどを話した。

 悩んでばかりいる自分を人に見せるのには抵抗があったため、ところどころ話を省略しようとしたが、荻原さんから質問され仕方なく結果的には経緯のほとんどを話すことになった。

 そんなに根堀葉堀聞かなくてもいいだろうと少し苛立ちを感じた。

「なるほどね。ありがとう。

 オレがいままで相談に乗った学生にも、就活がうまくいかなくて大学院に切り替えた人は何人かいたよ」

「そうなんですか?」

 自分の周りにはあまりいなかったので、少し気持ちが和らいだような気がした。

 話しても良かったのかと思いかけたが、

「うん。そのまま大学院に行った人がほとんどだったけどね」

「えっ?」

 今度は迷ってばかりいる自分を責められているような気がした。

 一瞬心が緩んだだけに、急な緊張に脈が速くなるのを感じる。

「いやいや。だからといって、沖田君が良いとか悪いとかっていうわけじゃないんだ」

「はぁ」

 慰められたり脅かされたり、ひどく疲れる。

 ポニーはさっき僕がそうやっても普通に素直な反応を返していたが、僕はそうはなれなかった。

 漫才でいうところのボケとツッコミではないが、人間にはタイプがあって、相性がある。

 ポニーと荻原さんはタイプが違い、合うのだろうが、僕は荻原さんとは合わない気がしてきた。

「さっき自分でも言ってくれていたけど、確かに話を聞いていても、沖田君自身がどうしたいのかが分からないっていう感じがするね」

 そうだ。だから僕は悩んでいるのだ。

 ああしたらいいのではないか、こうしたらいいのではないかという解答がもらえれば良いと思って、続く荻原さんの言葉を待った。

 人としての相性がどうであっても、それさえ教えてもらえればいい。

「そういうのを明確にするためにも、ひとつ質問させてもらっていいかな?」

「何でしょうか」

「沖田君は何で就職しようと思うのかな?」

「え?」

 僕が欲しがっているものは出てこなかった。

 そして、不可解な質問をされた。

「それは、基本的にはみんな大学を卒業したら就職して働くじゃないですか。中にはミュージシャンとかの夢を追いかけてフリーターやる人もいますし、司法試験とかを目指して勉強する人もいますけど。僕だってニートにはなりたくないですし……」

 何とか答えるが、荻原さんはやはりという顔をした。

「それだと、就職することに対するモチベーションが後ろ向きだよね。もう少し前向きな理由はないかな。言い換えると、人がどうしたからとか誰かに何かを言われたからとかじゃなくて、自分がこうしたい、みたいな。そういうの」

「うーん……。そうですね……」

 思い当たらなかった。

 だが、それは前から分かっていることだ。何をしたいのか分からないから困っているんだ。

「でも、先ほどもお話した通り、社会に出て何がしたいか分からないので悩んでいるんです。それが分かったら志望先も決まっていると思うんですが……」

「確かに、沖田君からはさっき社会に出て何がしたいか分からないという悩みを共有してもらったよ。でも、そもそもどうして社会に出るのかについては聞いていないよね? やりたいことがあるから社会に出るというのなら分かるけど、やりたいことがないのに社会に出ようとしている感じなんだ。細かいことかもしれないけど、それってやっぱり何かちゃんとした理由があるはずなんだ。おそらく、そこがあやふやだから大学院と社会人で迷っているんだと思うんだよね」

「うぅん……」

 僕にとっては社会に出る理由も社会にでてやりたいこともそんなに変わらない気がした。

 やりたいことがあるから社会に出る。

 やりたいことを見つけて社会に出る。

 結局は同じじゃないか。

 そもそも、これでは僕が悩んでいることを別の言葉にして聞き返しているだけで、何も解決しないではないか。

 やはり、期待には応えてもらえないようだ。

 僕の中でひとつの結論が出た気がした。

 僕が黙っていたので、荻原さんは話を続けたが、もうほとんど頭には入ってこなかった。

「確かに、沖田君の言うように結果的には社会に出てやりたいことがあるというのが就職する理由になるかもしれない。でも、学生のうちは社会に出て具体的に何をやるのかっていうのが見えていないケースが圧倒的に多いんだ。話を聞いている感じだと、沖田君も例外じゃないと思う。オレもそうだったけど、仕事ってどんなものなのかとかを知ろうと思ってインターンにいったり、OB訪問したりするんだけど、結局就職するとイメージとは違ったりしているもんさ。

 でも、就職する理由はやりたいこととは別で、もう少し別の角度から考えれば見えてくるはずだよ。

 親から独立したいという人もいるし、社会に出て何かに貢献したいっていう人もいる。憧れの先輩みたいになりたいってその人を追いかけていく人もいるし、車とか買いたいものがあるから安定的にお金を稼ぎたいっていう人もいる。人それぞれさ。でも、みんなそうやって自分の内側からその理由が出てきているんだ。周りがそうするとか、親に言われたからってわけじゃない。

 だから、さっき沖田君がミュージシャンや弁護士とかを目指して就活しない人がいるって言ってたけど、沖田君だって、選ぼうと思えばそういう道が選べるんだ。もちろん大学院に行くっていう選択も。このタイミングで就職して社会に出るというのはあくまで数ある選択肢の中のひとつであって、そうしなくちゃいけないものじゃないよ。

 もちろんどれかひとつの道を選ぶからには、どの道でもそれぞれ得られるものと得られないものがある。だから、いままでやってきたことと、いまやりたいと感じること、そしてそれをやった結果、実現したい将来、それらを踏まえて自分がまず1年後に何をするかを選ぶのが自己分析であって就活なんだ。

 沖田君が将来何をしたら良いかはオレにも分からないし、沖田君自身も分からないから悩んでいる。でも、直近でどうしたいかと将来どうなりたいかは、沖田君のこれまでの人生を追いかければもう少し明確に見えてくるはずだよ」

 荻原さんは僕に話をしていたが、視界の片隅でポニーが感心しているのが見えた。

 なんだか余計に聞く耳を持てなくなる。

 荻原さんとポニーで僕を否定しているように感じる。

 荻原さんが熱心に話している間、僕はうつむいたままうなずいていた。

 僕が聞き流しているのを感じ、荻原さんは話を切った。

「ごめん、ごめん、オレばっか話してしまったね」

「いえ」

「でもやっぱり、就職する理由、沖田君自身がもう一度整理した方が良いと思うな。その目線で考えればもしかしたら自分のやりたいことが見えてくるかもしれないし、志望会社の選定もスムーズになると思う」

 うんうんと頷きながら、ポニーが割って入っていた。

 僕と荻原さんの会話だけでは空気が重いと感じたのかもしれない。

「私もそのおかげでここまでこれましたしね。沖田さんも是非やってみてください!!」

 ポニーが変わったのは、もしかしたらこういうことを突き詰めて考えたからかもしれない。僕がやっても同じように変われるかもしれない。

 でも、いまは素直に受け止められなかった。

「今日はここまでにしようか」

 荻原さんがそう言って、この会合は終わりを迎えた。

 帰り際まで荻原さんは僕を応援してくれた。

「自分と向き合うのはつらい事も多いけど、頑張って。悩んで就職する理由が見えてこなかったりしたら連絡くれれば相談に乗るからね。今日は会ってくれてありがとう」

 やはり素直に受け入れられなかったが、「ありがとうございました」とお礼だけは言って帰路についた。


 やっぱり人に頼っても答えが出るわけではない。

 一方的に責めたてられるかのように、自分のこれまで考えていたことが否定されたような気がして、面接で不合格をもらったときと同じような気分になっていた。

 就職する理由だって、別に何だって良いじゃないか。

 よく考えれば、年も3つくらいしか変わらない初対面の人から偉そうに否定的なことを言われ続けたのだ。

 非常に惨めだと思った。

 心がざわざわしたまま家に帰り、シャワーを頭からかぶった。

 荻原さんは自分で考えるしかないと言っていた。

 人に頼ってみようと思って今回の会合に挑んでみたが、想定していたのとは大分異なる結果になった。

 僕の考えが甘いのかもしれないが、やはり否定されることに極度の恐怖を感じていた。

 自分で考えてもダメ。人に頼ってもダメ。

 どうしたら良いのだろうか……。

 勇気を出して踏み出した一歩目からくじけてしまい不安は増大する一方だった。

 シャワーが不安も一緒に流してくれればいいのに。

 いつもより長めにシャワーを浴びてベッドに入った。

 なかなか寝付けず、朝まで思考は巡っていた。

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