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10月の桜  作者: 佐々木コジロー
序章
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序章

20X4年3月31日 品川駅喫茶店


 眼下に帰宅ラッシュでごった返した人ごみが見える。

 時刻は18時を回ったところだ。定時で仕事を終えたサラリーマンがそそくさと家路についている。

 明日から僕もその中の1人になるのだと思うと、少し不思議な気分だ。

 僕は沖田航おきたわたる大学4年生。

 大学4年生といっても既に卒業式を終え、もう学生という身分でもない。

 明日は入社式。いよいよ社会人だ。

 入社式を明日に控え、会社に指定されたホテルに泊まるべく本社がある品川に来ている。

 入社式前日にホテルなんてどういう囲い込みだろうか。それとも同期で前日くらい飲んでこいという隠れたメッセージなのだろうか。

 実際、入社を控えた内定者同士で飲み会がある。

 飲み会は19時からだ。ホテルのチェックインで何かあってはいけないと心配して早めにきてチェックインを済ませたものの、時間が空いたのでこうして喫茶店でのんびりしている。


 もう1度眼下に目をやると、就職活動中とおぼしき学生が見えた。

 きょろきょろと周囲を見渡しながら携帯電話を開きメールを見る。

 大きなため息をついて首をうなだれた……。

 おそらくお祈りメールだったのだろう。

 企業からの不合格通知をお祈りメールと呼んでいた。

 最後に不合格者の活躍を祈る文面が記載されているからだ。

 学生は肩を落としながら去っていった。

 思わず心の中で「頑張れ。」と応援してしまう。

 1年前自分はあの立場だった。


 就職氷河期などと呼ばれ、卒業が近づいても内定がもらえない学生が増え、社会問題にもなっている。一時期よりかはましになったとも言われているが、実体験としてそんなことはなかったと思っている。

 求人数は学生の人数よりも多いと言われるが、一部の学生がいくつもの内定を確保してしまい、大多数の学生が内定ゼロという状態に苦しんでいるというのが実態だ。

 就職活動をしている学生の身になれば、そんな数字での実態把握など関係なく、自分の一生が決まってしまうかもしれないという過度のプレッシャーの中で、不安や焦りにもがき苦しんでいる。すぐに内定をもらえるような学生はさておき、多くの学生は内定がもらえないまま半年や1年を心をやすりで削られるような気持ちで過ごすのだ。

 ごく一部の内定ゲッターの影で苦しむ圧倒的大多数。

 僕もそうだった。


 自分で言うのも恥ずかしいが、全国的に超有名な私立大学に通っていた。

 テニスサークルでは中学高校での部活経験を活かして練習を統括する役職についた。

 アルバイトでは社会人に混じって事務作業を経験した。

 サークル離れ、部活離れが進む今日の学生に比べたら正直言って様々なことを経験してきたと自負している。

 だからこそ、就職活動を始めるまでは自分も内定ゲッターになるものだと、半ば勘違いな夢を見ていた。

 でも現実は甘くない。

 何通のお祈りメールを受信しただろうか。

 不合格の場合は連絡のない企業だってあり、もう可能性がないと思いながら夜中24時まで結果を待っていたこともある。

 そのたびに僕という人間が否定された気持ちになって落ち込んだものだった。


 だからだろうか、先ほどの学生は過去の自分にも見えた。

 自分も同じように一つ一つの合否に一喜一憂していたのだ。

 コーヒーを口に含み眼を閉じた。

 社会人になるということで、初めてブラックコーヒーを飲んでみた。

 ドラマの影響だろうか。社会人はブラックを飲むというイメージが強い。

 正直苦い。

 でも、そういえば、あのときは、ミルクを入れても苦いコーヒーだった。


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