新実 22:34
その日、僕はいつものように、自宅に集まった友人たちと、ゲームに興じていた。
毎週土曜になると、うちには友人たちが集まって、宅飲みが行われるという習慣がある。
それが習慣と呼べるほどの頻度なのは、僕が立ち上げた社会人サークルが、僕すらの思いも寄らないぐらいに大きくなっているというのもあるのだけれど。
一先ずそのことは、今回の件にそれほど関係がないので置いておく。
いや、実際は関係があり過ぎるぐらいなんだけど、まあそれは、必要ができた時に、ということで。
とにかくその瞬間、いつも通りに過ごしていた。
その場には、宅飲み常連の神永(通称かみさん)、清水(通称しみ)と、伊東(通称いとっち)、そしてもちろん、嫁がいた。
いつもと違ったのは、かなり珍しく、幼馴染の前田(通称前ちゃん)が遊びに来ていたということだ。
とはいえ、集まった全員は、さっき言ったサークルの参加者なので、互いの面識は十分すぎるぐらいあるのだけれど。
そんなわけで、僕を含めた6人は、酒を飲みつつ、ゲームをやりつつ、それに疲れてお喋りに興じていた。
いつも通りの、楽しい時間だった。
いつの間にか、いとっちがソファで寝始め、疲れと酒の落ち着いたメンバーが、そろそろゲームを再開しようか、なんて話をしていたところで、僕のケータイが鳴った。
見れば画面には「抹茶」の文字。
当然、これも通称、ニックネームで、本名は橋田という。
まさとしという下の名前から、抹茶という渾名な、テキトーを絵に描いたような生き方をしている、僕の1コ下の男だ。
そのテキトーを絵に描いたような男は、いきなりテキトーな電話をかけてくることが多々あった。
電話の理由は大体「どうしてるかなと思って」とか「仕事中口が暇で」とか、本当にどうでもいい理由だ。
だから電話がかかってきても、出るのが嫌になることもあるのだけれど、その実その無駄な電話が楽しいこともあるので、出たり、あるいは折り返したりしていた。
テキトーな男ではあったけれど、嫌な奴ではないのだ、電話を無視できないほどには。
とはいえ、今は一応、宅飲みの最中である。
来ているメンバーに、前ちゃんがいなければ、後のメンバーはそれこそ「勝手知ったる」感じなので、僕も家主として気を遣うなんてことは一切しない。
しかし、珍しく前ちゃんが来ている今、一応でもホスト役の僕がいなくなるのはいいのだろうか……と考え、この電話に出ようか迷う。
抹茶の電話は、それはもう、いつも無駄に長いのだ。
まあ、無駄に話が長い、僕に言われたくはないだろうが。
震えるケータイを手に、怪訝な顔している僕に、嫁が言った。
「誰?」
「抹茶」
返して、とりあえず出てみようと、iPhone5Sの画面を押す。
「もしもし」
「どうも、ご無沙汰やね」
そう言いながら、僕は居間から立ち上がると、前ちゃんを見ながら風呂場の方へと歩く。
まあ、気にすることはないかもしれないな、実際。
「久々やね、電話」
「はい、ちょっとまんじゅうさんに、お聞きしたいことがありまして」
風呂場、というか浴槽があるそれではなくて、脱衣所のドアを開ける。
12月の頭、当然の寒さだ。
「はいはい、なんでしょう?」
言いながら、電気を付ける。
「最近、レイってどうです?」
なんともアバウトな質問。
これは確実に長くなるな、と思い、僕はその寒い脱衣所の隅に体操座りで腰を降ろす。
「どうって?」
「なんか、変わったことありませんでした?」
「変わったこと?と言われてもなぁ……」
「最近、レイに会いました?」
「まあ、えーと、あれはハロウィンの後だからー……先月の中ごろかなぁ。普通にタカさんちに飲みに行ったよ?一緒にワイン飲んだりして、別にいつもの宅飲みだったけども」
「んー、そうですか。なんだろう」
なんだろうはこっちの台詞だろう。
「何その煮え切らない感じ」
「いや、さっき実はレイから電話あったんですけど」
「へぇ」
「何か様子がおかしかったというか」
「どのように?」
「えっと、いきなり電話出て早々に、りっちゃんの本当のお父さんは抹茶だから、もし助けて欲しいって言ってきたら、力になってあげてね、とかって」
唐突に重たい雰囲気の言葉が並ぶが、抹茶と僕の電話のトーンは変わらない。
それはつまり、それが日常だということで。
「まあ、レイちゃんもたまにはそういうこと言いたくなることもあるんじゃないの?」
「いやでもなんていうか、すっごく真剣な感じがしたんですよ」
「真剣て、そりゃまぁ自分の子供のこと考えて、真剣なこと思ったから電話かけてきたんでしょうよ」
「いやそうじゃなくて」
抹茶の言いたいことは分かる。
つまり、いつものレイちゃんと違う感じがして、更にそれが言葉だけではないシリアスだった、ということが言いたいのだ、そんなことは僕も分かっている。
しかし、一応客人を待たせている身で電話に出ている僕は、申し訳ないがさっさと電話を切りたかった。
だからぶっきら棒な返答をしたのだが、どうやらそれは僕の意図と真逆の効果を示した。
「そもそもレイから電話かけてくることってあんまないんですよ、なのにいきなり電話かけてきたら、そんな内容で、しかも声の感じも凄く暗いし、しかもそんな感じの話を伝えたと思ったら電話切れて、もう一回かけたら繋がらないんですよ、おかしくないですか?」
もちろん、間に僕は相槌を打ったりしているわけだが、抹茶にそれが聞こえているのかは定かではなかった。
「まあ、おかしいけどねぇ……」
と返答しても、抹茶からの電話の怪しさを懇々と伝える言葉は止まない。
仕方がないので、少し大きな声で、抹茶の話を遮ることにした。
「ってか抹茶さぁ、土曜の夜の友人が遊びに来てる今、話長いの困るよぉ、おかしいのは分かるけど、それで僕に電話かけてきた理由はなんなん?」
「だから電話をかえてもらえませんか?まんじゅうさん」
出たよ、この言葉言うタイミング見計らってたのかこれは。
なんて思ったが、そんな遠回しなことをするほど頭の回る相手ではなかったことを思い出す。
多分、抹茶自身も話に夢中に本目的を忘れていたとか、そんなとこだろう。
正直言って面倒臭さしかない、だけれどまあ、レイちゃんに電話をかけて終わるなら、その方が話は早そうだ。
「電話かけて、それでどうしたらいいの?」
「まんじゅうさんが電話かけて、出たら教えてください」
「出なかったら?」
「んー、それでも電話ください」
「結局レイちゃんにかけて、そんで折り返せってことね」
最初からそう言おうぜ。
と思い、少し笑いながら、僕は返す。
「あ、でも、出たら様子探って欲しいです」
様子を探るって具体的にどうすればいいんだよ。
とも思ったが、声には出さなかった。
多分テキトーな指示が返ってくるだけだ。
「んー、まあなんだか、面倒だけどまぁ、とりあえずそういうことなら電話かけてみるわ、それで抹茶は満足なわけね?」
「はい」
嫌味やら何やらを言いながらの返答だったのだが、相手はわりと真剣なのか、素直な返事しかなかった。
とはいえ、いきなり友人の嫁に、なんと電話をしたら良いのやら……
そもそも、過去にレイちゃんに電話かけたことなんてあったっけ?
ああでもそうだ、それこそレイちゃんも抹茶と同じように、暇な時に電話をかけてきたことがあった。
その折り返しで電話をしたことがあった。
「何の理由で電話かけようかとか思ったけど、まあいいや、かけてみるわ」
「はい、お願いします!」
「はいはい、んじゃまた後で、折り返すねー」
そういって、抹茶との電話を切る。
さて、とはいえ本当に、何を理由に電話しようか。
今度の宅飲みのワイン選び?とか?いやその前に、明日のパーティに来れなくて残念とか、そっちの方がいいか、まあ何でもいいか、とりあえず早く居間に戻らないと。
そんな思考で、少しケータイを持って固まったが、すぐにアドレス帳を開き、「レイちゃん」に電話をかける。
コール音が鳴り、しばらくすると、出た。
「あ、もしもし、まんじゅうですけど」
がさごそ、という雑音がする。
「あ、はい、もしもし」
「レイちゃん、どうも」
「はい、どうも」
「今、電話大丈夫ですか」
「えっと、はい、少しだけなら」
雑音が混じりながらの声が、段々とはっきりしてくる。
それにしてもトーンが低い、なんだ?忙しいのか?
「少し……でもいいんですけど、あれ、なんか忙しい?ホントに大丈夫?」
「え、えっと、いや、忙しくはないです、大丈夫です」
いつもの電話、というほどは、レイちゃんとの電話をしていたわけではない、僕である。
が、それでも過去、何年か前に福岡にレイちゃんが住んでいた時には、愛知に帰りたい切なさと暇を紛らわすため、レイちゃんの電話の相手をしていた僕だ。
なんというか、そこそこな違和感がある。
「えっと、まんじゅうさん、どうしたんですか?」
その違和感のために黙っていると、レイちゃんから催促されてしまった。
慌ててさっき思いついた話題を出す。
「あ、いや、明日の結婚パーティ、来れなくて残念ですね、というか、体調確認というか?なんつーか、そんな感じの電話です」
何故か日本語がおかしくなっている、なんだかバカっぽいけど、まあいいか。
「あ、はい、そうでした、ごめんなさい」
「あ、いえいえ、まあ、体調不良なら、仕方ないから、お気になさらず」
「あ、そういえば、それってタカさんも断っちゃいました?」
「うん、そうね、お二人キャンセルって聞きました」
「タカさんは行ってくれてもいいのになぁ」
「いやまあ、そこはほら、結婚パーティだし、夫婦揃ってが良かったんじゃない?」
以前、トーンは低いままだ。
なんだろう、何か気になる。
それほど気にするほどのことではないと思うのだが、何かと常日頃から暗いのは良くないと思っている僕は、当初の『様子を探る』という目的はすっかり忘れて、とりあえずレイちゃんを元気にしてから電話を切ろう、と思ってしまった。
そんなわけで、次なる話題を出すことにする。
「ま、それはともかく、レイちゃんに会えなかったので、また宅飲み行こうと思いますんで」
「あー……はいー……」
「全然どうでもいい話ですけど、今年のボジョレーは飲みましたー?」
努めて明るく、電話をする。
営業トークか、と自分にツッコミを入れたい。
「あ、飲みましたよー」
「ああ、飲んだのか、まあそっか、レイちゃんはそっちの方が好みって言うてたか」
「はぁい」
「んじゃぁ、僕はボジョレーあんまり得意じゃないので、やっぱ普通の赤ワイン持ってきますわぁ」
話題を振っておいて、お前は得意じゃないんかい、というセリフツッコミをしたい気分である。
が、この辺りはレイちゃんに任せたい。
「えへへ」
しかし、レイちゃんからは作ったような照れ笑いしか返ってこなかった。
なんだか、これはこの方向では会話が盛り上がりそうにない、と今更ながら気づく。
「あの、レイちゃん、なんか、大丈夫?今日何かあったの?」
そう思った僕は、直球勝負に出た。
「えへへ、その、フラレちゃって」
その言葉で、最近のレイちゃんのツイッターを思い出す。
そういえば、そんなことが書いてあった気がする。
「フラレたって……タカさんじゃなくてー……」
「あの、西野くんです」
西野くんて、僕の言ったタカさんも、西野くんでしょうが、というツッコミは、最早使い古されたツッコミなのでしない。
つまり、タカさん『公認』の、不倫相手の西野くんだ。
「あの自動車学校の」
「そうです、そうです」
「フラレたんですか」
「はい、二十歳を過ぎて、人生初めての失恋です」
レイちゃんが、涙声になりつつある。
かなり珍しい気がする。
というか、泣いているレイちゃんて、初めてかもしれない。
「人生初めてって、レイちゃんのような恋多き乙女が、なんか凄いというか、遅いというか」
「今までは、フラレると思ったら、むしろ私から切ってたので」
ああ、なるほど。
「しかしそんなにショックだったんですね、フラレたの」
無神経かな、と思いつつ、感想が漏れた。
「はい、もう、ホント、辛いです」
間にグスグスと音が入る、泣いている、と言っていいだろうこれは。
「あー、なんかこれは、間の悪い時に電話かけちゃったかなぁ、すんませんねホントに」
「あ、いえいえ、そんなそんな」
「でもまぁ、元気出してよ、代わりはいますって」
月並みな言葉だなと自分でも思いながら言った。
「うう、でも、ホントのホントに本気だったんですよぉ」
「え、あ、そうなの」
「はいぃ、今度こそ私」
ザザザッ。
そこで言葉が、雑音と混じって聞こえなくなる。
「え、なんて?」
「今度こそ、ビッチが治るかと思ったんです」
ツッコミ所があり過ぎて、そろそろ説明をしなければ、と思うのだが、まあなんというか、ビッチなのは自覚していて、それでもそのビッチの自分を受け入れられず、直せず、悩んでいるのがレイちゃんという人間なので。
電話越しにレイちゃんの泣き声を聞きながら、僕は淡々と聞いていた。
今度の相手は本当に本当に本気で、自分は結婚している身で、子供もいるのに、本気で離婚を考えてしまったこと。
自分好みの相手で、凄く優しくしてくれる相手を思って、子供を捨てたいと思ってしまったこと。
そんな自分が本当に嫌で嫌で、絶対に同じようにならないと思っていた親と、自分が同じようなことをしようとしていることが許せないこと。
それらを話しながら、時折僕が言葉を挟みながら、話題はわりといつもレイちゃんと話す内容と同じようなものに、シフトしていった。
それはなんというか、一見世間一般で認知されている、いわゆるメンヘラが言う『世の中クソ、自分もクソ、死にたい』という話ではある。
あるのだけれど、レイちゃんに関しては、親から捨てられ、虐待に遭い、精神病院に隔離され、という感じで、壮絶な経験を背負っているからこそ、他のメンヘラにはない、独自の理由があった。
だからこそ、他の数多の、いわゆるメンヘラとは同類とせずに、耳を傾け、議論をしてきたつもりだった。
まあ、そっちの方向で人生の経験値の低い僕の言葉なんてのは、レイちゃんに伝わることはないと言ってもいいのだが、それはそれで、僕はこの議論を楽しんでいた。
そして今この時も、変わらずそんな議論をしていた。
「タカさんが言ってたんです」
「何を?」
「生まれる前に、みんな自分の人生の難易度を決めてるんだって」
ああ、いつもの、いわゆるスピリチュアルな世界のお話だ。
「まんじゅうさんは、ベリーイージーだって言ってました」
まるで告げ口のように言うが、それは僕もタカさんから聞いているし、むしろ自慢しているようなものなのだ。
「知ってる知ってる、前世が犬だから、人間一周目だから、難易度が低いとかでしょ」
笑いながら返す。
「私、そんなことないって思ったんです」
「え、僕が?じゃないか」
ギャグは無視して返される。
「私の虐待された過去とかも、生まれる前に決めた難易度のせいだって、そうやってタカさん言ったんです、そんなこと有り得ないのに!」
まあ、レイちゃんには受け入れ難い話ではあるだろう。
けれど証明ができるはずもない話だから、そういう考え方もある程度の話だと思ったらいい、と僕は考えていたのだけれど、まあレイちゃんには当然受け入れられない話なんだろうな、とは思う。
「それに、まんじゅうさんも、結婚反対だったんでしょう?」
唐突に話が飛ぶ。
「え、なにいきなり」
「タカさんから聞きましたよ、反対だったって、なのにいっつも宅飲み来て、色々持ってきてくれたり、よくしてくれたりして、ホントこの人何考えてるんだろうって思ってました!」
さっきから泣きじゃくりながら、声を荒げている、レイちゃんらしくないと思いながら、僕も慌てて返した。
「いやいやいやいや!いきなり何言ってんの!そりゃ最初はそうだよ?結婚反対してたけど、あなたが結婚を機に変わったでしょ?式挙げてさ!」
そうだ、今年2月の結婚式。
僕がタカの友人代表でスピーチをして、タカの家族やレイちゃんの家族や、そういえばその時に前ちゃんもいた。
二十歳過ぎてからツインテールとかないわー、とか言いそうなレイちゃんが、黄色いウェディングドレスにツインテールで。
連れ子のりっちゃんもおめかしをして、スピーチ中に歩き回って、普通の結婚式とは違ったけれど、凄く素敵だった。
そうだ、タカがビールサーバーを持って歩いたり、タカの妹さんの演奏があったり、僕は僕で、後から同じテーブルのメンバーに「スピーチ巧いなぁ」と褒められたのをいつものように喜んでいた。
その式の後からだ、明らかにレイちゃんが変わったのは。
普通の専業主婦になったのは。
それまでは、やたらと暗い影がある印象が拭えなかったけれど、とんでもなく暗いツイッターと更新もなくなって、凄く幸せそうにしていた。
宅飲みに行く度に、どちらかというと、タカさんの不幸話を聞く機会が多くなっていた。
激務のタカさんが、その激務で本当にやばいとか、そんな話。
そうだ、それくらいからだ、レイちゃんよりも、タカさんが心配だ、とか思うようになったのは。
今度は僕が懇々と、レイちゃんが変わって、幸せな家庭を築くようになって、宅飲みに行く度に、いい奥さんだ、いい母親だと思うようになったとか、そんな話をした。
特にお世辞とか、そういうことは一切なかった。
ただ、こんな方向でレイちゃんを褒めたのは、初めてかもしれない。
いつもはただ、可愛いとか綺麗とか、そういう方向だったから。
捲し立てるような話を続けて、ようやく僕が落ち着いた頃、レイちゃんがぼそっと呟いた。
「でも、もうダメなんです」
何がダメなもんか、幸せになったんだから、今の素敵な生活を続ければいいじゃないか、フラレたって、別にいいじゃないか。
そんな言葉を続けようと思った瞬間、レイちゃんの言葉が続く。
「もう終わりなんです」
終わり?
ふと気づくと、電話越しに何か曲が流れている。
なんとなく、ラジオのような気がして、僕は聞いた。
「ってかレイちゃん、え、今何処にいるの?」
「えへへっ」
待ってました、と言わんばかりの可愛らしい笑い声が聞こえる。
レイちゃんの可愛らしい笑顔が浮かぶようだった。
「ハワイアンホテルの近くにいます」
「ハワイアンホテル?え、家じゃないの?え、それどこ?」
聞き覚えのないホテルだ、僕の知っている場所じゃないのかも。
「ハワイアンホテルですよ?まんじゅうさん知らないんですか!まんじゅうさん得意のラブホなのに」
「やかましいわ!っていやいや、ギャグはいいから、つかこっちのはスルーなのに、あんた振るんかい」
「えへへっ」
気付けば、泣きじゃくるような声ではなくなった、元気にするという目的は、達成できたかもしれない。
「ハワイアンホテルで分かんないなら……岡崎の、自動車学校の近くです」
「自動車学校って……はぁ?え、そんなとこで何してんの?」
「えへへっ」
またもや、素敵な笑い声、なんだかまたもや違和感だ。
「実は、今車の中で練炭炊いて、自殺しようと思ってるんですよー」
言葉の意味が分からなかった。
間髪入れず、僕の傍で、閉めていた脱衣所の扉が開いた。