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Persephone -The WorldHeart Zero-  作者: 天神いなり
10/10

Sign010 夢から覚めて




 ふと、零の感覚が引き戻される。

「(熱い……)」

 最初に感じたのは暖かさ。しかし、痛くはない。

 瞳に走る熱さとはむしろ正反対のベクトルの優しい暖かさ。

 零は目を開かぬままに顔を手で覆う。

 指の腹にぬるっとした感触、血でも浴びただろうか。

 そんな物騒なことを考えながら、零はゆっくりと目を見開いた。

 最初に目に入ったのは水滴。

 視界に映ったその瞬間、文字通り、目に入ってきた。

 三度目を瞬いて、再び拭い、瞼を開く。

「うっ、ぐすっ……えぅ……」

 響く嗚咽の中で、次に見えたのは山羊の角のようなもの。

 黒く青い艶のある髪に良く映える、こめかみから沿うように、先っぽだけ反り返っていて、まるでティアラのような、角。

 彼女は泣いていた。子供のように、両手で顔を覆って。


 この頬に触れる暖かい水滴は涙だったのか、と零はやっと理解した。

 自分がベッドに寝かされていたのを確認し、零は膝をついてさめざめ泣く彼女の頭を優しく撫でる。

「……マガリ」

「…………え?」

 ゆっくりと、マガリは顔を覆っていた両手を外して、赤く腫らした目を見開いた。

「……零、さん?」

「おはよう、マガリ」




Sign010 夢から覚めて




「……何でそんなに泣いてるんだ?」

 零は溜息を吐きながら今更ながらに考える。自分がこの少女と会ってからたった数日しか経ってはいないが、記憶の無い間はどのような関係を抱いていたのだろう、と。

「だって、息してなくて……っ」

 零は未だに泣き止まぬマガリをよしよしと宥める。

「し、死んじゃったかと、思ったんですよぅ……」

 どんどん言葉尻がすぼんでいく。

「(まあ夢の中とはいえ、何度死に掛けたかわからんからな……)」

 零は心で呟くと、胸の中で泣くマガリの背をずっとさすっていた。




「しかし、何だそれ……角なのか?」

 マガリが落ち着いてから、零はベッドに座ってマガリの頭で異彩を放つ点を指摘してみた。

「え、あ……そのぅ」

 ハッとした顔をして、マガリはさっと白く小さな手で黒々とした角を隠す。全然隠しきれてはいないが。

「……な、なんのことですか?」

 恐るべきことに、この期に及んでマガリはとぼけた。

「いや、だからその角……」

 零はマガリの手を除けて角に触れる。

 しっかりとした角だが、中に血が通っているのか、仄かに暖かい。

「ふんふん、本物……みたいだな」

 すーっと手を角に沿わしてみる。

「なかなか立派なものをお持ちだな……というか本当に直接生えてるのか」

 興味深げに眺める零を見て、あまり引いたりしていないのを察したのか、マガリはおずおずと口を開いた。

「……気分が高揚したり、興奮すると生えてきてしまうんですよ。祖父からの遺伝みたいで」

 角=山羊や牛。

「獣姦……?」

 さすがの零もちょっぴり引いた。

「ち、ちがっ! 違います!」

 顔を真っ赤にして必死にマガリが否定する。

「その…………何ていうのか、悪魔みたいな? そういうやつですよ」

「……悪魔」

 まあ、アリか。と零は思う、時代が時代だ。

 巷には半魚人や怪物もわんさか溢れていることだし。

「俺も似たようなもんか……」

「零さんも親類の方が?」

 零の母は陰陽師の家系で、父は邪神研究の実験体だったらしい。

 母は家出、というか恋の逃避行をして勘当され、父は物心つく前に亡くなったが。

 だからまあ、最近の自分の体の異変にも零はある程度結論を出していた。

「どうも魔眼というやつのようだな、この右目は」

 零の言葉に、マガリが瞳を覗き込む。

「……昨日までは普通でしたよね? あ、もう日付は変わってますから一昨日ですか」

 零はマガリの金というよりは琥珀、蜂蜜色といったような瞳に映る自分の右目を見る。




 紅




 今もアリアドネがその力を抑えているであろう魔眼だ。

 瞳の中には相も変わらず不規則な五芒星とその中心にもうひとつの目が存在する不思議な図画、『旧神の印』が刻まれている。

「何かぱわーとかあるんですか? 私のは特になくて、何か損した気分です」

 言いながら、マガリは「ん~っ」と角を頭の中に押し戻そうと頑張っていた。

 すると、ゆっくりと角は縮んでいった。どういう構造なのだろうか、明らかに頭の容積の六分の一くらいはありそうなものだが。

「俺のは、多少時間を弄れるみたいだな。……さすがに戻したりは無理だろうが」

「ということは、速くしたり遅くしたり? それはまあ、凄く便利じゃないでしょうか」

「負担が半端ないけどな。……さて」

 と、零は立ち上がった。

「どちらへ?」

「少し外の風に当たってくる。夢見が悪くてな、まだ頭が痛い……」

 零はそう言って、ログハウスを出た。

 頭が痛いというのは勿論本当だが、それには別の目的があった。

 零は目覚めてから、ずっと腰にささっていた銀色の回転式拳銃を手に取った。夢で持っていたものに良く似ている。

 確信あって、零はその拳銃に呼びかけた。

「ペルセフォネ、いるか?」

「……ええ」

 拳銃から、声が聞こえる。夢の中で聞いた、女性の声を。

「昨晩はすまないな、ゼウスらにも迷惑をかけた」

「……記憶、あるのね」

「無論だ、あれは俺に他ならない。……少しテンションと方向性が違うが」

「はいはいテンションね……、それで何? 謝るために呼び出したわけじゃなないんでしょ」

 呆れたようにいうペルセフォネ。さすがに神は器が大きい。

「聡いな、ご明察だ。……マガリのことだが、どう思う?」

 零はペルセフォネに尋ねる。

 重ねて言うが、こんな時代だ。もう人間を辞めている者も少なくはない。

 世に溢れる隣人は、もう人じゃないかもしれないのだ。

「……うーん」

 少し考えてから、ペルセフォネが答えを出す。

「まあ、あちら側というよりかはこちら側の存在に違いないだろうけど」

「あちら側……?」

「地球由来ってこと。もうとっくに絶滅したと思っていたんだけど……」

 零はよくわからず、頭を傾げた。

「どういうことだ?」

「彼女は魔族ってことよ、まあ一般的に悪魔と呼ばれる悪い魔族かはわからないけど」

 つまり、悪魔かはわからないが、そのような存在なのだろう。

「悪魔って実在したのか……」

「私もまだ生きてる魔族がいるとは思わなかったけど、あの気配はまず魔族ね」

 それに、神がいるんだから悪魔くらいいるでしょ。とペルセフォネが笑う。

「まあ、彼女に関しては大丈夫かもしれないけど、人間の味方をしてた奇特な魔族って多くはないし、注意はしておいたほうがいいかもね。……いつ出会ったのかもわからないのでしょう?」

「……そうだな」

 零はふと、窓からログハウスを覗いてみた。まさか呪いの藁人形を製作しているとは思ってないが、自分の居ない間に妙な動きを取ってないかの確認だ。

 しかし、それが功を奏した。

「………む?」

 零は疑問の声を漏らす。

 結論から言って彼女、マガリ・フォーベシィは妙な行動を取っていたのだ。

「…………妙だ」

 マガリは先ほどまで零が寝ていたベッドに伏し、枕に頭を埋めながら足をバタバタやっていた。

「……零、彼女は幾つ?」

 突然のペルセフォネの質問。

「ん……確か16になったばかりだと思ったが、それがどうかしたのか?」

「いえ、その年頃なら普通ね。むしろああいう行動は自然」

 溜息を吐きながらいうペルセフォネに、「あれがか?」と零は眉を顰める。

 枕で窒息死するのでは?というくらいの突っ込み具合だ。むしろ自殺志願者の行動だろう。

「で、どうするのよ、これから」

 いきなりペルセフォネが真面目な話を切り出す。

 零はマガリに気が付かれない様、ゆっくりと窓から離れた。

「やはり軍に戻ろうと思っている。記憶のない間に寄り道ははしたが、常在戦場が俺の主義だ」

「常に戦場に在り、か。……悲しい主義ね」

「……この世に出てから、俺はその生き方しか知らない。変えようとも思わないがな」

 零は拳を握り込む。今のマガリと同じ頃から零は軍に在籍していたのだ。

 特例中の特例、悪魔の如き戦鬼として。

「まあ、止めようとも思ってないわ。あなたの人生には深く関わらないように言われているし………ただ、またいずれニャルラトホテプはやってくるわよ、あいつは人類を滅ぼすのを急いでいるし、邪魔なあなたを消しに、きっとね」

「望むところだ、次は横槍を刺さんでくれよ」



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