青年の正体
フレイ王国に、メサイヤとその手下が侵入している。
バーニング・レジーナに、休む暇などなかった。
フレイ王国の誰もがその力に期待する女勇者は、月の照らす夜の草原をひたすら突き進んだ。
「ちょっといい?」
「ん?」
城に向かって歩き続けていたバーニング・レジーナは立ち止まって、フリーの方に顔を向ける。そして、バーニング・レジーナは、軽くうなずいてゆっくりと口を開いた。
「あのね、どうしても気になることがあるの」
「どうしたんだ?」
バーニング・レジーナの表情は、先程までとは打って変わって、やや落ち着いた感じになっていたが、自然と眉を潜めつつあった。
「こんなこと言っちゃ悪いけど……あなたは、死んだはずじゃなかったの?」
フリーは、メサイヤの一撃を受けて、カフカの集落で倒れたはずだ。
だが、実際にはフリーはこうして生きており、ヒルフロントの街がメサイヤに襲われたことを、フリーは知っているのだ。
「それは……」
「いいのよ。言いづらかったら、今じゃなくてもいいから」
おどけたフリーに向かって、バーニング・レジーナは薄笑いを浮かべた。メサイヤに炎を放ってから、バーニング・レジーナが顔を緩めたことはなかった。
「でも、バーニング・レジーナがそこまで言うんだったら、真実を明かすよ」
すると、フリーはバーニング・レジーナに向かって、握手をするかのようなしぐさで、ゆっくりと右手を伸ばした。バーニング・レジーナも、フリーの右手を握ろうと、反射的に手を伸ばす。
(えっ……)
交わったはずの二人の手に、触れた感触はなかった。
バーニング・レジーナが、何度手探りをしても、フリーの手を握ることができない……。
しばらくして、フリーは口を開いた。
「ようやく気が付いたようだね」
「も、もしかして……、あなたは、精霊とか……?」
戸惑うバーニング・レジーナ。だが、フリーはその戸惑いの表情に向かって、軽くうなずく。
「その通り、僕は精霊なんだ」
「……精霊?」
精霊の存在自体は知っているバーニング・レジーナだったが、魔術で精霊を呼び出さなければ人の目に見えることはないため、実際にその姿を見たことはなかった。
見た目は普通の人間であり、フリーに至っては足を地面につけているが、言われてみればやや輪郭が薄い。これが、知識だけで見た精霊と言われるものだった。
そして、精霊になっているということは、人間としては既に死んでいるということだ。
「そう。僕はもう、本当はこの世にいない存在なんだ」
「……あれだけ強い、ヘル・ブリザードを放てるのに?それに、癒しの魔術もマスターしてるのに?」
バーニング・レジーナが、フレイ王国の勇者として認められるようになってから、初めて炎を打ち破られたのは、およそ3年前。フリーとは、その間顔を合わせたこともなければ、どこに住んでいるのかも分からない。
だが、まだ若いフリーがこんな早くに命を落とすなど、考えられなかった。
「それが、早く死ぬ原因を作ったんだ」
「えっ……?」
フリーがわずかに下を向くのが、バーニング・レジーナにははっきりと分かった。
「バーニング・レジーナなら分かってくれると思うけど……、魔術を放つときは精神力を使うだろ」
「えぇ。素手で戦ってないのに、戦った後はほとんど体の力が残ってないわ」
「魔術師って、みんなそうなんだよ。でも、僕の場合は……」
ヘル・ブリザードをマスターするだけでも、体に相当の負担だったフリー。
それを何度も使い続け、ついに人間としての体を維持できなくなってしまった。
「普通は、こんなことになる魔術師なんていないから。その前に、魔術を使うのやめてるよ」
「じゃあ、あなたは……、越えてはいけない一線を越えてしまったのね」
「そう。だから、ヘル・ブリザードを手に収めた途端、僕は意識を失った。そして、そのまま死んで、精霊として生きていくことになったんだ……」
バーニング・レジーナは、フリーの話を聞くうちに嫌な予感がした。
だが、ほんのわずかに目線を下にやったバーニング・レジーナは、すぐに首を横に振った。
「私、決めた。そんな死に方でもいいのかも知れない……」
バーニング・レジーナはもう一度笑ってみせながら、フリーにうなずいた。
「どうしたんだよ。そんな開き直ったように死ぬとか言って」
「死ぬのは嫌よ。けれど、そんな状態になるまで炎を解き放って死ぬのなら、これほど素晴らしい死に方はない」
バーニング・レジーナは、炎を解き放つ右手を顔の前まで近づけ、じっくりと見た。
「私は、一度でいいから、本当の限界に達するまで戦いたい。いや、もしかしたら、メサイヤを相手に、私は本当の限界まで、炎を解き放たなければならないのかも」
「……バーニング・レジーナ、まだ弱気になってるのかよ」
かすかに呟くフリー。だが、バーニング・レジーナは、静かにこう返した。
「弱気じゃない。むしろ、限界まで炎を解き放つことができなかったら、私はもう勇者じゃないって思うの」
「バーニング・レジーナ……」
女勇者バーニング・レジーナ。
その限界は、まだ誰も知らない。
そして、その限界に達したとき、私は本当の勇者になれる。
次の瞬間、フリーの表情が一気に緩むのを、バーニング・レジーナは感じた。
そして、バーニング・レジーナはゆっくりとフリーに右手を伸ばした。
バーニング・レジーナの右手と、フリーの右手は、まだ交わらない。
それでも、バーニング・レジーナには気が付いていた。心の中で、その手がつながっていることを。




