女勇者に対する失望 そして大きな期待
聞き覚えのある、包み込むような甘い声だ。
「誰……?」
バーニング・レジーナは周囲を見渡す。だが、明かりのついていない街の中では、ほとんど何も見えないので、バーニング・レジーナが何度見渡しても、その声の主を見つけることができなかった。
だが、その声はうっすらと何かを思い出させてくれる。
遠い昔の記憶と、つい何日か前の記憶……。
(この声は……?)
バーニング・レジーナは、地面に右手を伸ばした。この暗闇をほんの少しでも明るくすれば、バーニング・レジーナを呼ぶ声が何であるのか、分かるはずだ。
「バーニングファイヤー!」
疲れ切ったバーニング・レジーナの放った炎は、力を押さえなくても弱々しいものだったが、暗闇を灯すには十分すぎる明るさだった。
そして、バーニング・レジーナの右に、手を差し伸べている茶髪の青年が立っているのが分かった。
(さっきの……!)
バーニング・レジーナは、その青年の姿が見えた瞬間、無意識のうちに軽く首を横に振った。そんなはずはない。彼がこの場にいることなど、ありえないはず。
メサイヤの一撃で倒れたはずのフリーが、この場にいるなんて……。
「やっと、僕に気づいたんだ……」
フリーは、バーニング・レジーナの真正面に立った。この距離なら、明かりがなくてもはっきりと見えるので、バーニング・レジーナは慌てて火を消した。
「そうね。だけど、どうして……?」
「さぁね。それより、さっきもダメージ受けてたけど……傷、大丈夫だった?」
フリーは、右手に白い光を灯し始めた。その光が、バーニング・レジーナの目に届いた瞬間、バーニング・レジーナは目を閉じた。
そして、バーニング・レジーナは、吐き捨てるように言った。
「どうして……、どうしてあなたは、さっき私を助けてくれなかったの!」
その右手から解き放たれる炎の激しさをも上回るほど、バーニング・レジーナは力強く叫んだ。静かな街のはずれにもはっきりと聞こえるような声で。
「おかげで、私はもう……、ただのアルメルトじゃない!」
だが、そこまで言ったバーニング・レジーナは、体じゅうを包み込むような白い光で、全身の疲れが消えていくのを感じた。
一度は燃え上がってしまった感情を含めて……。
バーニング・レジーナは目を開いて、すぐにフリーに頭を下げた。
「……すいません。つい」
「いいよ。僕は気にしてなんかない」
フリーは、やや声のトーンを押さえながら、短めにそう言った。
「やっぱり、気にしてるじゃない」
「気付いたんだよ……。それが、バーニング・レジーナの本当の心なんだって」
誰よりも正義を愛し、間違ってることにははっきりとノーを言う。
その姿こそが、勇者バーニング・レジーナなんだよ。
「ということは……」
「バーニング・レジーナが、さっき怒鳴ったこと……。その気持ちは正直だってこと」
フリーの茶髪が、夜風に心地よく靡く。その風に重ねるように、フリーは静かに言った。
(私……、勇者じゃないって言われたのに……、捨てられるような性格じゃないのかも知れない)
「ありがとう……」
気が付くと、バーニング・レジーナはフリーに軽く頭を下げていた。のど元まで詰まっていた、吐き出すような言葉は、言葉にならずに消えていた。
「よかった。バーニング・レジーナが、ここで諦めなくて」
「諦めてなんかないわ。あぁ言われて、戦うことや、炎を放つことを諦めかけたけど……、今の私にそれはできないって」
「そうか……。よほど、ショックだったんだよな……」
そこまで言うと、フリーはバーニング・レジーナに解き放っていた白い癒しの光を背け、手を後ろに回してバーニング・レジーナの正面を照らし出した。
「でも、さっきのアイシアが、バーニング・レジーナに怒りたくなる気持ちも分かる」
「えっ……?」
少し顔を前に突き出して、フリーに聞き返したバーニング・レジーナは、瞳に飛び込んできた光景にそれ以上動けなくなった。
(街が……ない……!)
ヒルフロントの街は、バーニング・レジーナが戻ってきたゲートの周辺を除いて、ほとんど破壊されていた。
バーニング・レジーナがカフカに旅立つ日の朝には、この小さい街に、人々の笑い声が溢れていた。それが今、何かの魔術でほぼ全て破壊されていたのだった。
寂しそうな雰囲気と、灯っていない明かり。それらの意味することが、バーニング・レジーナの中でようやくつながったのだ。
次の瞬間、バーニング・レジーナは再びへなへなと座り込んだ。
「どうしたんだよ……!バーニング・レジーナ!」
「……っ。……っ。ここも、メサイヤにやられた……ってわけ?」
辛うじてフリーの方に向けている顔から、バーニング・レジーナは小さい涙をこぼし始めた。その涙の向こう側で、フリーは力なくうなずいた。
王子と王女に続いて、ヒルフロントの街の人々の命も奪われてしまった。
そして、メサイヤの一味は、先にフレイ王国に入り、侵略を始めている。
バーニング・レジーナが認めたくない、その予感が、現実だった。
フリーを見上げたまま、バーニング・レジーナは動くことができなかった。すると、バーニング・レジーナの目の高さに合わせるように、フリーは中腰になった。
「バーニング・レジーナ……。さっきのアイシアも、この街に住んでたんだ」
「そうなの……」
「そうだよ。メサイヤがやってくるまで、この街で元気に過ごしてたんだ……」
夕方、メサイヤたちに殺された。
そして外敵にあえぐこの街を救ってすらくれない女勇者に、怒りの矛先が向いた。
フリーは、はっきりとそう告げた。
バーニング・レジーナは、フリーの言葉が終わるなり、そっと呟いた。
「そうだったの……。メサイヤに負けなければ、こんなことにならなかった……」
数秒後、バーニング・レジーナは、フリーの強い口調の声をはっきりと聞いた。
「まだ気が付かないのかよ!」
「だって……」
「バーニング・レジーナは、やっぱり弱いのかよ!自分ばかり守ってる、臆病者なのかよ!」
フリーの目は、いつの間にか吊り上っていた。誰が見ても、怒り狂っているようにしか見えなかった。
「アイシアは、本当はバーニング・レジーナに怒りたくないんだよ……!勇者の力を、期待してたんだから!」
「期待……」
「でも、その期待はかなわなかった。失望に変わったんだ!アイシアがバーニング・レジーナを恨みながら、命を落としたのも無理はないんだよ」
フリーは、完全にアイシアの味方であるかのように言葉を連ねていた。
それでも、バーニング・レジーナからフリーに対する怒りの言葉が出てこない。
しばらくの沈黙があった後、フリーはもう一度口を開いた。
「でも、これだけは間違いない。バーニング・レジーナは、誰からも勇者だと認められてたこと。そして、何より、バーニング・レジーナが、全てを懸けてメサイヤに勝負を挑んだこと……」
フリーは、最後は涙声になっていた。
「分かった……。もうお互い、泣くのは嫌だ!」
バーニング・レジーナは炎が燃え上がるかのような勢いで立ち上がり、フリーに向けて右手を伸ばしていた。
「バーニング・レジーナ……。急に……」
「なんか、本当のことを知って、吹っ切れたの」
「吹っ切れた……」
フリーも、その声を聞いてゆっくりと立ち上がった。二人の間に、心地よい風が吹いた。
失望されても、怒りの矛先を向けられても、私は勇者として戦うしかない。
それが、私にできるただ一つのこと。
破壊されてしまったヒルフロントの街を臨むバーニング・レジーナは、目を細めていた。
その姿を見たフリーは、そっとこう言った。
「やっぱり、バーニング・レジーナは、フレイ王国の勇者だよ……」




