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女勇者を待つ最悪の現実

「あっ……」

 力強い炎を放つバーニング・レジーナの体が、みるみるうちに軽くなっていく。吹雪の魔術を専門としているはずのフリーが、懸命に力を送っている。

 バーニング・レジーナは、思わずフリーと目が合う。すると、フリーはメサイヤに聞こえることをためらわず、力強く言った。

「正義を誰よりも愛する君が、負けちゃうわけにはいかないんだ!」

「ありがとう!」

 バーニング・レジーナの体は、戦闘が始まる前と同じくらい楽になった。今なら、拮抗状態にある彼女の炎を、メサイヤの放つヘル・ブリザードを上回るパワーに突き上げることができそうだ。

 バーニング・レジーナは、かすかにうなずいた。

「ファイヤアア!」


 しかし、次の瞬間、バーニング・レジーナの目に、メサイヤの非情な手が飛び込んできた。

(……っ!)

 メサイヤが、吹雪を放っていない左手に真っ黒な光を集め始めた。その手は明らかに、フリーに向けている。

 バーニング・レジーナは横目でフリーを見る。懸命に魔力を送るフリーは、何も気付いていないようだ。

 そして、黒い光が鋭く解き放たれた。

「――危ない!」


 バシュッ!


 無情にも解き放たれた黒い光は、声に気付いてよけようとしたフリーの体に激突した。そして、黒い光が彼の身を貫通する。

「うわあああああああ!」

 意識を失ったかのように崩れ落ちるフリーの体。そして、バーニング・レジーナの視界から消えてしまった。

(そんな……っ!)


 守れなかった。

 自らを助け、そして立ち直らせてくれた魔術師を、バーニング・レジーナは守ることすらできなかった。


 不自然のうちに、バーニング・レジーナの右手にかかる力が弱くなっていた。

 ショックでパワーが出ない。

 胸が締め付けられる。

 わずかに優勢だったはずの赤い炎が、一気にバーニング・レジーナのほうに押しやられてしまう。


 しかし、フレイの勇者、バーニング・レジーナは、ここで諦めることを許さなかった。

 すぐに体をメサイヤのほうに向け、力を再び集中させた。

 許せない。絶対に許せない。


「私は、彼の死を無駄にしない!」

 押されかけていた炎の勢いが、再び高まる。なんとか、拮抗状態に持ち込むことはできた。

 フリーから十分力はもらった。あとは、どちらが先に力尽きるかだ。


(今までよりもあと少し、炎を放っていれば、ヘル・ブリザードを打ち崩すことができるはず!)

 バーニング・レジーナは信じた。フリーに言われたことを。

 力の続く限り、自らのパワーをフルに出す。バーニング・レジーナを救う方法は、もはやそれしかなかった。


 燃え上がる炎。

 それは、フレイの国を背負った、勇ましき心だ。


 しかし……。


「どうやら、ヘル・ブリザードを打ち砕けぬのは、変わらないようだな。バーニング・レジーナ!」

「……くっ!」

 歯を食い縛るバーニング・レジーナ。あれだけ力強かったはずの炎は、徐々に白く冷たい光にかき消されていく。

 バーニング・レジーナの魔力は、もはや底を尽きかけていた。


 それでも、バーニング・レジーナは力強く叫んだ。

「負けるわけにはいかない!私は――」


 だが、バーニング・レジーナの意思は叶うことなく、ついに炎は熱を失い、そして形を失った。

 バーニング・レジーナの右手が、冷たい風に包まれる。

 意識がもうろうとする。

「ヘル・ブリザードを焦がすのは100年早いわ!はははは……!」


 フレイ王国で、これまで何度となく危機を跳ね返してきた、力強い女勇者バーニング・レジーナが、再びカフカの冷たい大地に崩れ落ちる。

 その耳が聞いたのは、メサイヤの非情な勝ち誇り。


 バーニング・レジーナの本気をもってしても、遠く及ばない強敵……。


 その時、声が聞こえた。


 ――悲しいよ。バーニング・レジーナが、またこんなことになっちゃうなんて。


(フリー……?)

 聞こえるはずもない、優しい青年の声。

(もしかして、幻……?)

 彼もまた、ヘル・ブリザードの使い手ながら、メサイヤを許さないとともに戦ったはずの仲間。

 バーニング・レジーナは、その声に手を振ろうとした。

 私はここにいる、と。


 ――バーニング・レジーナは、たしかに強かった。でも、あと少し、あと少しだけメサイヤに打ち勝てないだけなんだよ。


(ありがとう……)

 姿は見えない、優しい青年の声。

 ただ、フリーの声は、凍てついたこの耳で聞くことができる。

 バーニング・レジーナは、冷たい土の上でうなずこうとした。

 私は……。


 私は、弱くなんてない。


 しかし、そう思ったのもつかの間の出来事だった。

 バーニング・レジーナの耳に、痛すぎるほど思い知らされた声が、はっきりと聞こえた。

「まぁ、戦う目的を失ったバーニング・レジーナが、カフカに再び戻ってくることはない。所詮、フレイ王国の中で最強なだけだ」


(目的を失った……)


 その声が、何百回バーニング・レジーナの両耳を行ったり来たりしたのだろうか。

 ようやくかすかな意識を取り戻したバーニング・レジーナは、両手で立ち上がった。

 背中が痛い。あの黒い光を受けてしまったのだろうか。

 だが、それでも立ち上がった。

 フリーよりも前に、救わなければならない命があるはずだ。


 バーニング・レジーナは、時折足を引き摺りながら、あの場所に向かった。

 救うはずだった、王子と王女が吊るされているはずの、あの広場に。

 メサイヤの手下に見つからないように、二度の敗北を喫したバーニング・レジーナは、カフカの集落を突き進んだ。


 現実は、非情だった。


「王子……、王女……」

 十字架に吊るされてから何日も経過していた、フレイ王国の王子と王女は、既にぐったりと首を垂れて、死んだような表情をバーニング・レジーナに向けていた。

 バーニング・レジーナが、いくら足を触っても、十字架を揺らしても、二人の体はもはや動くことはなかった。


(死んだ……)


「うわああああああああ!」

 バーニング・レジーナは、その場に膝をついて崩れ落ちた。

 その熱い炎の魔術で救うはずだった、フレイ王国の王子と王女は、自らの二度の敗北の末に、十字架に貼りつけられたまま息絶えてしまったのだ。

(どうして……、どうしてこんなことになっちゃうの……!)


 女勇者バーニング・レジーナは、懸命に泣いた。

 メサイヤの魔術を打ち破れず、全てを失ってしまった。

(もう、私にどうすることもできない……)


 オレンジ色の光が、山の斜面を照らす。

 もう夕暮れが近い。

 バーニング・レジーナは十字架に背を向け、ガックリと肩を落とし、とぼとぼと歩き出した。

(カフカの集落に、私がいる意味なんてもうない……)

 ほとんど何も考えることなく、バーニング・レジーナはフレイ王国へ戻る道を歩き出した。


 これまで、フレイ王国の危機を打ち砕いてきた、女勇者バーニング・レジーナ。

 その彼女の完全敗北の姿は、何と空しいことか。

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