フリーの想い 力に変わるとき
バーニング・レジーナは、フリーとともに、隠れ家と言えるような場所に入った。
ふかふかのベッドは、メサイヤを前に力を使い果たしたバーニング・レジーナにとって、気持ちのいいものだった。
だが、現実は迫りくる。
「あの女を探せ!」
バーニング・レジーナは突き上げるような街の喧騒で目が覚めた。谷底の集落カフカの特有の現象だろうか、まだ太陽も姿を現さないが、外は青々とした空を映す。
その中で、外では土砂降りの雨でも降っているように、官憲がじたばたしているようだ。
(もしかして、私を探している……?)
通りに面していない部屋で、今までフリーと一緒に眠っていた。バーニング・レジーナは、ベッドからゆっくりと足をおろし、寝起きの表情を浮かべるフリーの顔を見る。
外から響く声を聞いたフリーは、すぐにこう返した。
「たぶん、もうすぐこの家に、バーニング・レジーナが匿われているか、メサイヤの手下が聞いてくる」
「えっ……」
予想していたとは言え、バーニング・レジーナは、思わず口を塞いだ。
「数日前、王子と王女がメサイヤのアジトから逃げ出したとされるときも、街じゅうの家にメサイヤ本人が入ってきたらしい」
強い力を持つ者として、一般人の家に匿う可能性大、ということ。バーニング・レジーナは上を向き、目を細める。
しかし、フリーの言葉が終わると、バーニング・レジーナはそっとこう言った。
「私は、もしメサイヤが現れたら、もう一度戦う。それだけの話よ」
そう言って、彼女はフリーの方に視線を戻す。
「そう言えば、あなたはカフカのボスのことをどう思ってるの?」
「メサイヤ?」
「そうよ。もし、あなたが協力してくれるなら、戦闘は楽になるはず」
だが、フリーは首を力なく横に振った。
「ダメだ。ここは、カフカ。メサイヤに逆らって、僕まで十字架に懸けられたくない」
「あなたは、そこまで弱くないじゃない。むしろ、私を倒したんだし」
それでも、フリーはバーニング・レジーナの言葉に首を横に振る。
「思ってることを……、時には怒りを力に変えなきゃいけないのが、魔術師じゃない!勇者じゃない!」
バーニング・レジーナは、すぐに右手で口を押えた。
フリーの表情が、次第に硬くなっていくことが、バーニング・レジーナからもはっきりと分かった。
(彼の機嫌を損ねた……?)
だが、しばらくの間が開いたのち、フリーは静かにこう言った。
「僕も、メサイヤを許すことなんて、本当はできないんだ。とくに、隣国フレイを侵略するために、その力を使おうとする姿は、魔術師として最低だ」
そう言うと、フリーは立ち上がり、力任せにこう言った。
「僕が、メサイヤと同じ属性の魔術師じゃなければ……!その意味で、バーニング・レジーナは、メサイヤの野望を打ち砕くのに、一番近い魔術師なんだと思う!」
「えぇ……」
バーニング・レジーナの首が、静かに縦に振られる。まるで戦いに挑むときのように、バーニング・レジーナの目は闘志に満ちていた。
「僕やメサイヤの放つ極寒の世界に一番強いのが、君の放つ灼熱の世界なんだから」
フリーの右手が、再び伸びた。
応援している、と言わんばかりに。
だが、その手がバーニング・レジーナに触れたとき、玄関のドアが激しい音を立てて開いた。
「バーニング・レジーナは、やっぱりここだな!表に出ろ!」
(来た)
バーニング・レジーナは、大股で玄関に向かった。後ろから慌てて付いて行くフリーを見向きもせず、バーニング・レジーナは、ひたすらメサイヤと思われる声に向かって近づく。
(もう、私はこの一戦で勝つしかない!)
「やっぱり、生きていたか。しつこい女め」
「何よ。私は、何としても王子と王女を救う!」
家の前を走る広い通りに出て、二人の魔術師は対峙した。
「それは、叶わぬ願いだ。力の差は歴然としているはずだ」
「それでも、私は戦う」
(やっぱり、バーニング・レジーナはフレイ王国の勇者……)
玄関の前で、静かに二人の戦闘の行方を見守っているフリーに、バーニング・レジーナの熱い魂が映る。
ほんのわずかの時間、メサイヤを許さない瞳同士が、一直線に結ばれた。
バーニング・レジーナの、全てを懸けた再戦がいま始まる。
灼熱を呼び起こす、力強い声が通りに響き渡る。
「熱き心携えし、紅き粒子。いま我が手に集え!そして、熱く激しき炎となり、全てを灼熱の世界に飲み込め!」
バーニング・レジーナは、右手をまっすぐ伸ばし、その右手の先に赤々とした炎の欠片を次々と集めていく。心は、前日の戦闘よりも激しく燃え上がっていた。
「バーニングファイヤー!」
激しい紅焔が、メサイヤ目がけて力強く解き放たれる。
だが、この日のメサイヤも湧き上がる炎の波に驚くことはしない。前日と同じように右手を伸ばす。
「ヘル・ブリザード!」
メサイヤの右手から、再び青と白の極寒の世界が解き放たれる。
その厳しい世界に立ち向かう、熱き心を持った炎。バーニング・レジーナは、その極寒の世界を打ち砕こうと、懸命にパワーを右手から繰り出される炎に集中させた。
(融かせ!私は、何としても負けるわけにはいかない!)
前日と比べ、ややメサイヤ寄りで二人の力は拮抗している。
だが、これまで幾度となく強敵を打ち破ってきた炎をもってしても、メサイヤの身をかたくなに閉ざす極寒の世界に、その熱はかき消されてしまう。
炎の筋がわずかに白い空間にアタックするだけで、すぐに押し戻されてしまう。
そして、再びバーニング・レジーナは、限界の時を迎えようとしていた。
(押される……)
激しい炎を編み出してきた右手から、徐々に力が消えていく。白い世界が炎を次々とかき消してしまう。
「私は……負けない!」
その時、バーニング・レジーナの脳裏にフリーの言葉が頭をよぎった。
――あと少し君の炎が燃え続けてたら、たぶん僕が負けてた。
(あと少しなのよ!)
形勢逆転を狙うしかない。バーニング・レジーナは、ここで気を高めた。
その時、メサイヤの放つ極寒の世界とは違う白い世界が、バーニング・レジーナを包み込んだ。
全ての傷が癒えていく、あの温かい光だ。
(フリー……?)
バーニング・レジーナは、その光の差す方を見た。
フリーが、バーニング・レジーナに癒しの魔術を放っていたのだった。




