宿命の魔術師との出会い
「あ……」
傷ついた体には、十分すぎるくらい気持ちいい温もり。バーニング・レジーナは、まだ体が痛むのを忘れて、その目を開いた。
王子と王女が吊るされている十字架は、その目から見えない。どうやら、戦っていた場所から遠く投げ出されたようだ。
その代わり映ったのは、夕闇が迫る薄暗い赤い色と、一人の青年のうっすらとしたシルエットだ。
「気がついたかい?……本当にメサイヤの攻撃で死んじゃうかと思ったよ」
夕方の冷たい風が、バーニング・レジーナの赤い髪を揺らす。バーニング・レジーナは、もう少し大きく目を開ける。助けてくれたはずの、青年のはっきりとした姿は見えない。
ただ、はっきりとしていることは、その場を包み込むような甘い声。
(どこかで、聞き覚えがある……)
その優しい声に、バーニング・レジーナは気持ち悪ささえ感じた。
この場所で聞くはずもない声が、いま呼んでいるのだと。
そして突然、白い光がバーニング・レジーナの視界に飛び込んだ。
体は軽くなった。
だが、同時にバーニング・レジーナが抱いていた嫌な予感が、一気に爆発したのだった。
(まさか……、もしかして……)
これまで、その熱き炎で強敵を撃破し続けてきたバーニング・レジーナが、ただ一人敗れた魔術師。
その声に、限りなく似ている。
吹雪の属性では最強の魔術と言うべき、ヘル・ブリザードの使い手。メサイヤも使っていた、バーニング・レジーナの灼熱の魔術をもってしても、打ち破れない極寒の世界。それを、彼は解き放っている。
「くっ……」
動かすのも辛かったはずの体を冷たい大地から奮い立たせ、バーニング・レジーナは両膝をついたまま青年のほうを見上げる。案の定だった。
「大丈夫。もう、傷は消えたと思うから」
「あなたは……?」
バーニング・レジーナはその青年に、分かっていながらも思わず尋ねた。しかも、助けてくれたはずの相手に、まだ戦闘を続けているかのような叫び声で。
「僕かい?僕は、カフカの魔術師、フリー。君が知らないはずがないと思うよ」
「……やっぱり」
その瞬間、バーニング・レジーナは思い出した。
茶髪を凛々しく靡かせるその青年が、ヘル・ブリザードの使い手、フリーだったということを。
(私が、いくら炎を解き放ってもびくともしなかった相手……)
「思い出したかい?いつか、フレイの国王の城で、とてつもない炎を解き放つ君と、どっちが強いか勝負したじゃないか」
「した。けれど……」
バーニング・レジーナは両手を勢いよく地面に叩き付け、ガックリと首を垂れた。
「あなたに助けられるなんて……。まるで、私が弱いみたいじゃない……!」
渾身の力で魔術師フリーに挑んだ炎が、ヘル・ブリザードを焦がすことなく衰えていく。
バーニング・レジーナの炎が、初めて敗れる瞬間を、彼女自身はっきりと覚えていた。
フレイ王国の誰もがその結果に悲鳴を上げ、炎が跡形もなく燃え尽きてしまった後に、バーニング・レジーナは同じように両手を悔し紛れに叩き付けて、首を垂れた。
バーニング・レジーナが、フリーより弱い。ヘル・ブリザードを融かせない。そのことは、証明されてしまった。
そして、メサイヤを相手にして、その記憶が再び。
「そんなことないって!」
わずかの間を置いて、フリーは微笑んだ。そして、垂れたバーニング・レジーナの顔を下から覗き込んだ。
「君が、僕より弱いなんて……、僕はそんなこと思ったことない!」
「あなたがそう思ってても……、私は……」
首を横に振るバーニング・レジーナ。その目には、うっすらと涙が溜まっていた。
「私は、あなたより弱い!カフカのボスよりも弱いの!」
数秒の空白があった。
「フレイ王国の勇者は……、そんな弱いのかよっ!バーニング・レジーナは、そんな弱虫なのかよ!」
「えっ……」
荒い息づかいと共に、周囲に響く青年フリーの叫びに、バーニング・レジーナは思わず首を上げる。
うっすらと浮かべた涙のその先にあったのは、これまでの優しい表情とは大きく変わっていたフリーのくしゃくしゃの顔だった。
「立ち直ろうよ!君がとても強いって、ほとんどの人はそう思ってるはずだよ」
「でも……。あなたに……」
バーニング・レジーナは、かすかにそう呟き、そして言葉を止めた。
あの時、フリーの表情は決して喜んでいなかった。
それどころか、先に力尽きたバーニング・レジーナに右手を差し出し、こう言っていた。
予想していた以上に強かったよ、と。
(あの時の私に、同じようことを言ってた……。強いと思っていない、って……)
気がつくと、バーニング・レジーナは、落ち着いた表情でフリーを見つめていた。
「僕は、あの時君の本当の強さを見たんだ」
「本当の強さ……」
「どんなに僕の放つ猛吹雪が強かったとしても、バーニング・レジーナの炎は最後の最後までその力を緩めなかった。いや、あと少し君の炎が燃え続けてたら、たぶん僕が負けてた」
フリーは、何度も首を縦に振りながらそう言った。バーニング・レジーナも、一緒になって首を振る。
「君は、僕が認めるたった一人の勇者だと思う。僕が今まで出会ってきた中で、一番強い」
フリーは、あの時と同じように右手を伸ばした。その手は、バーニング・レジーナの右手に伸びたが、バーニング・レジーナは手を握るのをためらった。
そして、小さな声でフリーにそう言った。
「言われた通り、……もう一回だけ、やってみる」
「その調子だよ!明日、もう一回チャレンジだよ!勇ましき炎の女神、バーニング・レジーナ」
そう言って、フリーはゆっくりと後ろを向いた。そして、手招きする。
「あ……」
「まだ、体は完全に癒えてない。だから、メサイヤに邪魔されずに休めるところに案内するよ」
「え?……もしかして、この谷に住んでるの?」
「どうかな」
フリーは、少し後ろめたい言葉でバーニング・レジーナに返した。しかし、すぐに声のトーンを取り戻し、再びバーニング・レジーナに手招きした。
「だけど、今夜は僕と一緒に眠ろう。僕となら安心だよ」
「分かった」
(王子と王女は、必ず明日、助け出すから)
二人の魔術師は、暗い夜道を歩き出した。メサイヤの手下に見つからないように、あまり足音を立てず。
素晴らしいひと時の先に、バーニング・レジーナを再びどん底に突き落とす現実があることも知らず……。




