強すぎたメサイヤ 力尽きた女勇者
生臭い死のにおいが漂う、深い谷の集落カフカ。
険しい坂も、襲い掛かる魔物の群れもいとわず、この谷に挑んだ赤い髪の女魔術師。いま、目を細めて、カフカのボス、メサイヤを睨みつける。
魔術師の使命はただ一つ。フレイ王国から連れ去られ、十字架にはりつけにされた王子と王女を救うこと。
「私は、あなたを許さない!今すぐ、二人を返して!」
「それはどうかな……。バーニング・レジーナよ」
フレイ王国の誰もが、その姿を見て炎の女神――バーニング・レジーナ――と呼ぶ。
攻め込んだ魔物を、その右手から繰り出される猛烈な炎に包み込む。まさに勇者。
十字架の前で祈る王子と王女も、信じていた。バーニング・レジーナの力は絶対だと。
バーニング・レジーナの右手が、力強くメサイヤに伸び、そして心の底から湧き上がる声が、あたりを包む。
「熱き心携えし、紅き粒子。いま我が手に集え!そして、熱く激しき炎となり、全てを灼熱の世界に飲み込め!」
その強い叫びとともに、谷を駆け巡る風が一気に熱くなり、バーニング・レジーナの右手の前で激しい炎が湧き上がった。
早春の寒さを吹き飛ばすような、灼熱地獄。これまで幾度もフレイの国を救い続けた、女勇者の魔術が、いまその力を解き放つ。
「バーニングファイヤー!」
バーニング・レジーナの力強い声とともに、灼熱の炎がメサイヤに向けて解き放たれた。だが、メサイヤは何も動じない。水色に輝く髪を揺らしながらフッと笑い、同じように右手をバーニング・レジーナに突き出す。
メサイヤの手に宿った、青い光。たちまち、彼の周囲は極寒の世界に生まれ変わる。
「ヘル・ブリザード!」
(……ヘル・ブリザード使い!)
バーニング・レジーナはその目をさらに細めた。メサイヤの叫んだその魔術は、この星で五人と使い手のいない、属性最強クラスの極寒の魔術だ。
燃え盛っていた炎が、ヘル・ブリザードに力を奪われ、徐々にその勢いを失っていく。メサイヤの体にわずかに届きかけた赤き光が、徐々にメサイヤから引き離される。
懸命に炎を解き放つバーニング・レジーナの目に、フッと十字架が飛び込んできた。
十字架には、祈るような目で見つめる王子と王女の姿。
王子は叫ぶように声援を送り、王女は涙すら流さんばかりの目で見つめている。
勇者バーニング・レジーナが、ここで力尽きるわけにはいかない。
「私は、負けるわけにはいかない!」
バーニング・レジーナは、再び右手に集う気力を高めた。そして、これでもかとばかりに燃える炎を突き上げる。かき消され続けていた炎は再び激しさを取り戻し、二人の魔術師の中間でヘル・ブリザードの勢いを止め、そしてその熱で極寒の世界へと挑む。
(燃え上がれ!私はこれで終わらない!)
だが、バーニング・レジーナの息遣いは、次第に荒くなりはじめる。
バーニング・レジーナはきしむように叫び続け、相手の魔術を押さえるが、時間が経過していく中でさすがの勇者も魔力の限界を迎えようとしていた。
バーニング・レジーナは、もはや気力だけで炎を解き放ち続けている。一方、メサイヤはまだ余裕の表情だ。力の差は歴然としていた。
「フッ……、バーニング・レジーナもこの程度の力なのか!」
(……くっ)
灼熱の世界を解き放ち続けてきたバーニング・レジーナの右手が、凍てつくような風をかすかに感じた。
もはや、青と白の死の世界がすぐそこまで迫ってきている。炎の勢いが、急速に衰えていく。
「負けるかあっ……!」
バーニング・レジーナは、かすれるような声で力強く叫んだ。それが、バーニング・レジーナの解き放った、最後の力だった。
炎が消え、バーニング・レジーナの体は、極寒の世界に飲み込まれた。
「ははは!凍れ!あのバーニング・レジーナが、こんなザマになって、こんな素晴らしいことはない!」
そう叫ぶメサイヤの声を、遠のく意識の中で聞いた。そして、勇者の体は冷え切ったカフカの大地に崩れた。
(負けた……)
その後、炎の力を失ったバーニング・レジーナが何をされたのかは、十字架の上から王子と王女が目を覆いたくなるほど、無残なものだった。
凍てついた体を蹴られ、踏まれ、襟首を掴まれて胸を拳で殴られ……。
赤く輝く世界を解き放っていた女勇者は、黒に近いような血に染まり、そして瞳を閉じたのがメサイヤに分かると、地面に投げ捨てられた。
(私は、バーニング・レジーナ……。こんなあっけなく終わるの……?)
バーニング・レジーナに、もはや意識はなかった。
全く歯が立たない魔術に敗れ、王子や王女も救えず、この冷たい谷で死ぬという現実を受け入れざるを得なかった。
どれくらい時間が経ったのだろうか。
青年と思われるような優しい手の温もりに、気を失ったバーニング・レジーナは気が付いた。
「もう大丈夫だよ。メサイヤに立ち向かった、勇ましき女神、バーニング・レジーナ」
それが、フレイ王国の勇者バーニング・レジーナが復活に向けて動き出す、不思議な出会いだった。




