わるものとおっさん
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ここは――……、俺たちが知るレトロ・ファンタジア・クロニクルの世界じゃない。
最初から、いろいろと違和感はあった。
砂漠の中に俺たちの知らない村があったこと。
アーミットから聞いたエルフとダークエルフがすでに滅んでしまった種族だという話。
そして、決定的なのが村長の言葉だ。
俺たちは、俺たちの知ってるレトロ・ファンタジア・クロニクルのその後の世界に紛れ込んでしまっているのだ。
ここはある意味において未来だ。
「…………」
「冒険者様?」
「いや、なんでもない」
訝しげに俺を呼ぶ村長さんに、なんでもないというようにひらりと小さく手を振ってみる。
が、実際のところはなんでもないどころではない。
ここがレトロ・ファンタジア・クロニクルの世界ならまだなんとかなるかもしれないと思っていた。ゲームのプレイヤーだった俺たちは、ゲームとしてこの世界を理解している。その知識を上手く使えば、この世界でもやっていけるかもしれないと思っていたのだ。幸い、俺もイサトさんも高レベルプレイヤーに属している。知識と、その力さえあればなんとかなると、そう思っていたのだ。
でもここが俺たちのレトロ・ファンタジア・クロニクルとは違う異世界だとなると……、そうも言っていられない。
ここは俺たちの暮らしていた現代日本と違い、モンスターがいて、冒険が当たり前で、見知らぬ文化の息づく異世界だ。
どこにどんな落とし穴が待ち構えているのか、俺たちにはわからない。
とてもくだらない、どうしてそんなことで、と思うようなことが理由で死ぬかもしれない。
自分が薄氷の上に立ち尽くしているような錯覚に、眉間に皺が寄る。
と、そこに。
「どうした秋良青年。感動するほどアレな味だったりするのか」
さりげなく失礼なことをのたまいながら、イサトさんが現れた。
俺はイサトさんにも状況を説明するべく振り返り……、息を呑んだ。
たっぷりと布地を使った下衣の色は白。だぼっと裾は膨らんでいるものの、足首できゅっと細くなる様がいかにもアラビアンだ。上着は黒の、わりとぴったりとした袖の短いTシャツのようなものを着ている。その上から斜めに羽織っているダークレッドの布はおそらく俺のマントだろう。そして右の手首では落ち着いたオリーブ色の飾り布がふんわりと大きくリボン結びにされている。何かの装備品だろうか。アクセサリーというには大きすぎる。
思わず三秒以上まじまじと見つめてしまった俺に、イサトさんは嬉しそうにくるりとその場で回って見せてくれた。
「どう? 似合う?」
ひらり、とリボンの裾がイサトさんの動きを後追いするように舞う。
その異国情緒溢れる装束は、イサトさんの褐色の肌にはとてもよく似合っていた。砂漠を背景に写真をとったなら、そのままポスターか何かに使えそうだ。
先ほどまでの悲壮なまでの未来予想が、一気にどうでもよくなった。
美人に弱いのは男の常だ。
「うん、よく似合ってる」
「…………」
褒めたのに、イサトさんはなんだか少し変な顔をした。
そして、少しだけその目元が赤くなる。
「……ガチのトーンで褒められると照れる」
とことん芸人属性なイサトさんだった。
この世界にやってきた俺たち、というのは基本的に元の世界にいたときと姿は変わっていない。
イサトさんにはダークエルフとしての特徴や、ゲームのキャラの色を引き継いでいるらしいが、それは身に纏う色味と、とがった長い耳ぐらいだろう。
そう考えるとイサトさんの美女っぷりはもともとのものということなので……、褒められ慣れてそうなものだが。
イサトさんは本当に座りが悪い、といったようにもぞもぞしている。
と。
「イサト様もどうぞ!」
「ああ、ありがとう」
そんなイサトさんに助け舟をいれるかのようなタイミングで、アーミットがどろりとしたスープの入ったお椀を渡した。
それをイサトさんが受け取るのを待ってから、俺はイサトさんが来るまでに村長から聞いた話を共有する。
砂レンガの予備がなく、また新しく砂レンガを造る時間もないためこの村を破棄しなければいけなくなったこと。
既に食糧が不足し始めていること。
この世界が俺たちの知るRFCの時間軸から、かなりズレてしまっていること。
そして、昨夜遭遇したはずなのに、すっかり痕跡もなく姿を消した男の話を。
……なんとなく、今更ながらの罪悪感があったため、男を背中から斬り捨てたことはそっと省略しておく。斬り捨てた事実がなくとも俺の木の棒での一撃を素手で受け止め、俺に微かなりともダメージを与えたということさえ伝えておけば主旨は伝わるはずだ。
俺がそれなりに衝撃を受けたその情報に、イサトさんはスープを啜りつつ「そっかあ」と軽めの相槌だけで終わらせた。
「……普通もうちょっと動揺したりしないか?」
「うーん、異世界に飛ぶだけでもだいぶトんでもな話だろ? 予備知識が少しあるだけでもまだマシかな、と思ってしまって」
「予備知識、ねぇ」
「秋良はそういう冒険系の、いわゆるライトノベルってあんまり読んだりしない方?」
「んー……、そんながっつりと読んでるわけではないかな。でも異世界召喚モノが王道、ってのは知ってるぞ」
「その異世界召喚モノだとな、見知らぬ世界にいきなり飛ばされて苦労する主人公ってのも多いんだ。着の身着のまま現代服のままで行くから、得体のしれない魔物として討伐されてしまいそうになったり、良い服を着てるってことで盗賊に狙われたりだとか。その世界の常識を何も知らない温室培養の日本人だから、その世界の悪人に騙されて奴隷にされてしまったりとかな」
聞けば聞くほど、気が重くなる設定である。
「そこから這い上がっていく、というところに読者はロマンを感じるんだろうが……、まあ、それに比べたら私はだいぶ恵まれてる方だと思うんだよな」
「RFCの未来という少しは予備知識のある世界だったからか?」
「それもそうだし……、何より秋良がいる」
「……、」
イサトさんの言葉に思わず息を飲んでしまった。
気負いも照れもなく、イサトさんがさらりと口にしたその言葉。
もしもここにイサトさんがおらず、俺一人だったら。
それは、先ほどイサトさんが口にした異世界召喚モノの主人公らの苦労を想像するよりもはるかに気が重くなるものだった。
それに何より、イサトさんの言葉からは俺に対する全幅の信頼が感じられた。
イサトさんは、俺を信じ、俺を頼ってくれている。
一人の男として、異性にそう言って貰えるのが嬉しいというのは当然の反応ではないだろうか。
いいか相手はおっさんだぞ、と言い聞かせたくもなるが、それが間違っているというのは重々承知だ。
イサトさんは美女のふりをしていたおっさん、なのではなくおっさんのふりをしていた美女、なので俺がうっかり異性としてときめく分には何も問題はない。
問題はない……はず、なのだがそれでも「相手はおっさんだぞ」と自分に言い聞かせたくなるのは、相手が今まで気の置けない同性の友人として共に馬鹿をやってきたイサトさんだからだ。
ああクソ、ややこしい。
「その気持ち悪い男とやらは、私も気をつけるとして……二人でなんとか元の世界に戻る術を探さないとなぁ」
「そうだな」
イサトさんの口調に、それほど危機感がないのはあの男に直接遭遇していないからもあるのだろう。俺だって、実際に会っていなければ、火事場泥棒か何かだったんじゃないのか、と聞き流してしまいそうな話ではある。
塩気の薄いスープを、大事そうにちびちびと啜りながら、俺たちはこれからのことについてを話し合う。
「元の世界に戻ることがゴールだとして、これからどうする?」
「ここが私たちの知るRFCからどれくらい後の世界なのかもよくわからないからな。とりあえず大きな街で情報を集めたいところ。あと、どれくらいこの世界にいることになるのかわからないっていうのもあるし、生活基盤も確保したいな」
「生活基盤なら俺ら2人の財産をあわせればなんとかなるんじゃないか?」
二人とも結構な量のエシルを所有しているはずだ。俺だけでも、億に届くか届かないかくらいの額は確実に持っている。
「んん。幸い私たちの持ってるお金はこっちでも使えるみたいだから、そこはあんまり心配してないんだけど……、ただ二人で生きていくだけじゃなくて、情報を集めたりするためにはここの社会生活に溶け込まないといけないだろ?」
「あ、確かに」
誰にも関わらず、2人だけで生きていくなら金さえあればなんとかなるだろう。乱暴な話、俺とイサトさんなら金がなくとも自力でなんとか暮らしていけるだけの力はあると思っている。
だが、それではきっと思うように情報を集めることは出来ないだろう。
この世界に住んでいる人々から情報を集めるためには、彼らの生活の中に溶け込む必要がある。
また、変に悪目立ちすると、要らぬトラブルを呼びこんでしまいそうだ。
「一番わかりやすいのは『遠い異国から来た冒険者』ってところかな」
「だな。そうなるとやっぱり冒険者ギルドで登録とかするべきか?」
「たぶん。もともとRFCのプレイヤーの設定も冒険者だったわけだけど……、ここでは使えないような気がする」
「証明できるものが何もないもんな」
「うん」
RFCにおいては、プレイヤーはチュートリアルの中で冒険者として登録することになる。
が、登録したからといって何か証明書のようなものが貰えるわけではないのだ。単に、肩書きとして「冒険者」という名前がプレイヤー情報の欄に加わるだけに過ぎない。
その後ジョブを選択することで肩書きは「冒険者」から俺のような「騎士」やイサトさんのような「召喚士」のようなものへと変わっていくことになる。
一番の基本であり、プレイヤーの初期設定の肩書きが「冒険者」なのだ。
ゲームの中であったなら、UIから相手の情報を開けば相手の名前と肩書きぐらいは確認できたものだが……、ここでは無理だろう。
何度か村人相手にステータス画面が開けないか試してみたが駄目だった。
イサトさんが相手でもそれは同じく、である。
そもそも俺自身のステータスですら開けないのだから、他人のが見えなくてもさもありなん。
……ステータス画面から肩書きを変更することで、ジョブ変更が出来たわけなんだが、そのあたりの処理がこの世界ではどうなっているのだろうか。
そのうち時間が出来たら、イサトさんに試してもらおう。
いや、俺が自分で試しても良いのだが、俺が商人にジョブを変更した場合、今着ている騎士装備がキャストオフしかねない。いきなりパン一で放り出される事態は避けたいので、ここは職業制限のない装備を身に着けているイサトさんにお願いするしかない。ああでもそれだと、ジョブの切り替えが成功したかどうかがわからないのか。今度時間の有る時にでも、部屋でひっそりと試してみるとしよう。
そんなことを頭の端で考えつつ、俺は話題を元に戻した。
「それじゃあまずはエルリアの街を目指して、そこで冒険者として登録できるかどうか試してみるか」
「それが一番、かな。エルリアの街にも冒険者ギルドはあったはずだし」
「うむ」
とりあえずこれで当初の行動指針は決まった。
俺とイサトさんの手の中には空っぽになったお椀がそれぞれ。
スープだけではどうにも腹が膨れたという実感は薄いものの……朝ごはんも食べ終わった。
もう、俺たちはエルリアに向かって出発することが出来る。
が、俺もイサトさんもそれを口に出そうとはしなかった。
顔をあげると、煤けて崩れた砂レンガで造られた家々が目に入る。
食べたりないのか、眉尻を下げて薄い腹を撫でては溜息をついているアーミットがぼんやりと空を眺めているのが見える。
昨夜の騒動でくたびれたのか、力尽きたよう座りこんでいる村人たちが、見える。
「…………」
「…………」
何も言わずとも、言葉にしなくともイサトさんが考えていることは手に取るようにわかった。
きっとそれは逆もしかりだろう。
イサトさんにも、きっと俺の考えていることは筒抜けになってる。
「……最後まで面倒みきれないのに中途半端に手を出すのってどうなんだ」
「目先の偽善は自己満足に過ぎない……ってよく言うよな」
二人して、自分自身に言い聞かせるように呟く。
俺やイサトさんの力や、持ち物を使えば今目の前の困窮している人々を助けることは出来るだろう。
だがそれは、今回はたまたま俺たちがいたからだ。
でも次は?
今回の盗賊は捕まえた。彼らはやがてエルリアから送られてくる憲兵にとらわれ、この世界なりの処罰を受けることになるだろう。
だが、砂漠に次の盗賊が潜んでいないとは限らない。
いつまた襲撃され、同じ目にあうのかわからない。
それどころか、盗賊とは違った種類の災難により、再び食糧難に悩むことがあるかもしれない。
それならば無駄に踏ん張るよりも、さっさとこの村を諦めてエルリアに向かった方が、彼らにとっても良いのではないだろうか。
異邦人である俺たちがこの村の現状を改善したところで、長い目で見たときにそれが良い干渉だったのかを今の俺らには判断できない。
だから、躊躇う。
だから、怖い。
何気なく人助けのつもりでしたことが、逆に悪い結果をもたらしてしまうのではないかと、ただそれが怖い。
怖いことを認めることさえ怖いから、やらない理由を探す。
俺たちは異世界トリップしたての、この世界のことなんて何も知らない通りすがりでしかないのだ。
自分たちの起こした行動がこの世界にどれだけの余波を残すのかもわからなければ、それを背負いきれるかどうかもわからない。
ああ、でも。
怖がっていつまでもじっとしたままなんて、きっとつまらない。
「なあ、イサトさん」
「……なんだ秋良青年」
「悪者になんない?」
「……わるもの」
俺の言葉に、にぃ、とイサトさんの口角がつりあがった。
俺が提案した通りの、悪役にふさわしい笑みだ。
「いいな、わるもの」
「いいだろ、わるもの」
俺とイサトさんは交互に呟く。
こういう単語だけで、お互いのやりたいことがある程度通じ合えるというのはいいものだ。
伊達に長年おっさんとつるんではいない。
俺とイサトさんは悪い笑みを浮かべたまま、ちょいちょい、と近くで俺たちの様子をうかがっていたアーミットを呼び寄せた。
「俺たちはわるものです」
「わるものだぞ」
アーミットに頼んで呼んできてもらった村長のアマールさんを相手に、俺とイサトさんはえへんと胸を張ったまま宣言した。
「……は?」
村長さんは俺たちが何を言っているのか全くわからないといった風にぽかんとしている。
それから次にその表情に浮かんだのは、隠しきれない怒りの色だった。
村長として村民らの生活を守るためにやらなければならないことが山積みの現状で、呼び出されたあげくに言われた内容が、そんなくだらないことだったのだから、まあ村長さんが暴れたくなる気持ちもわからなくもない。
表情をひきつらせながらも、俺たちに対して一応怒りを隠そうとしたあたり、村長さんは人間が出来ている。
「すみませんが、滅びゆく村の長として私は事後処理で忙しいんですよ」
それでも、声には苛立ちの色が目立った。皮肉げな言い回しも、先ほどの俺と二人きりの会話のときにはなかったものだ。
これ以上怒らせて話を聞いて貰えないというのも困るので、俺とイサトさんは二人して苦笑を浮かべて村長さんへと謝った。
「すみません、ただ村長さんには俺たちの立場を一番よくわかっていて欲しかったもんで」
「……どういうことです?」
「私たちがこれからすることは、善意から行うものじゃないってことをわかってて欲しかったんだ」
「これから行う……?」
俺たちの言い回しに、次第に村長さんの表情に警戒が浮かぶ。
「……貴方がたが何をするつもりなのかはわかりませんが……、この村からはもう奪えるものなど残されていませんよ。……ッまさか」
「いやいやいやいやいやいや」
村長さんが、近くで俺たちの会話を聞いていたアーミットをちらりと見て血相を変えたのに、慌てて俺は手を振る。
人攫い、もしくは奴隷商人とでも言うのか、そういうものに間違えられるなんていうのは冗談じゃない。
「えっとこの村が駄目になりそうな原因は、砂レンガが足りなくて家が修理できない、っていうのと、食糧がない、っていう二点なんだよな?」
「ええ……」
「それ、私たちがたぶんなんとかできると思う」
「……は?」
ぽかん、と再び村長さんの目が丸くなった。
「まだ試してないから絶対、とは言い切れないけどな」
「おそらくイケる可能性の方が高いと私たちは思ってる」
「それでどうして……、悪者という話に?」
「俺たちに責任を取るつもりがないからだよ」
「私たちは現状貴方達が抱えている問題を解決するだけの力を持ってる。でも、それは人助けだから、とか私たちが正義の味方だから、ってわけじゃないのをわかってて欲しい。私たちはたまたま貴方たちを助けるための手段を持っていて、その気になっただけなんだ」
「だから、また何か困ったことが起きたときに次も同じように助けてやれるかどうかはわからない」
「私たちはしたいことをするだけなんだ」
そう。
それが、俺とイサトさんの思いついた『わるものの道理』だった。
俺たちは正義のために村を救うわけではない。
善行をつむために、村を救うわけではない。
ただ単に、俺たちがしたいと思ったことをするだけなのだ。
欲望のままに行動する。
それが、俺たちの『わるものとしての道理』だった。
俺たちがしたことで、何か不都合が発生しても、しらない。
だって、もともと俺たちは「善行」のつもりでしていないからだ。
なるべくフォローはするつもりだが、それでももしかしたら俺たちではどうしようもないことになってしまうかもしれない。
それに対する保険が、「わるもの宣言」だったのだ。
「つまり……貴方たちはこのカラット村を救ってくださるのですが……?」
俺たちの言いたいことを理解したらしい村長さんが震えた声で聞き返してくる。
どことなく漂っていた倦怠感がその表情からは消え、代わりになんとかなるかもしれないという希望が見えたことに対する興奮に瞼がぴくぴくと震えていた。
「あくまで趣味でな」
「あくまで趣味の範疇で、だぞ」
そんな村長さんへと俺とイサトさんは釘を刺す。
村の危機を救うのが『趣味』扱いされたことにも気を悪くした様子を見せず、村長さんはがしっと俺の手を取った。
「趣味であろうと構いません……!それで、私は何をしたら!?」
男に手を握られて喜ぶ趣味は持ち合わせていないのだが、だからといって村長さんがイサトさんにすがりついてもそれはそれでたぶん面白くないだろうので、俺はおとなしく村長さんのしたいようにさせておく。
そんな俺の横から、イサトさんが村長さんを覗き込んで。
「わるものにわるさをする許可をくれないか?」
さあ、俺とおっさんのわるさ開始である。
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