時を超えるおっさん。
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エルフやダークエルフが絶滅危惧種であるという新事実に愕然とする。
RFCにおいてはかなり人気のある種族で、街や村といったプレイヤーが多く集まる場所を訪れて石を投げればどっちかには当たる、というほどの人口を誇っていたはずなのに……、一体何があったのだろうか。
ますますここが、RFCの世界観に良く似た異世界であるという可能性が大きくなってきた。
と、そこへ。
「アーミット? 何してるの? 冒険者様たちを呼んできてちょうだいと言ったでしょう?」
そんな声がして、アーミットの背後にあった戸口から一人の女性が顔をのぞかせた。
アーミットの母親で、俺らがもともと泊っていた宿の女将さんだ。
どうやらアーミットは彼女の言いつけで、俺らを呼びに来たところだったらしい。
「ごめんなさい、母さん」
「もう、すみません、アーミットが。
お二人ともお腹がすいたんじゃありませんか? 何もない……、いえ、何もなくなってしまった村ですが、朝食をご用意しましたので召し上がってください」
何もなくなってしまった、と少し悲しげに視線を伏せながらも、女将さんが柔らかな声で俺らを招く。
言われてみれば、どこからともなく良い匂いがしている。
イサトさんが希少種だとか、ここがRFCの世界ではないのか、といったようなややこしい話は後にして、今は朝食にしよう。意識したら急に腹が減ってきた。
ちら、と見やると目のあったイサトさんがこっくりとうなずく。花より団子。とりあえず何か食べたいのは俺だけじゃなかったらしい。
「では――…」
「あ、ちょっとまった」
女将さんの元へと歩みよりかけたイサトさんの襟首をひょいとひっつかんだ。
抗議するように、ぬぁ、と短い謎の鳴き声があがる。
軽く持ち上げるようにすると、イサトさんは首根っこをぶらさげられた猫の仔のようにぷらーんとおとなしくなった。
俺はわりと自分が体格に恵まれた方であるという自覚がある上に、家族内に女性がいないため、どうもその扱いがわからない部分が大きいのだが――…。
ある程度イサトさんなら雑に扱っても良いと思い始めているのは我ながらどうなのだろうか。
まあそれはイサトさん自身が俺に対してそういう扱いを求めているというフシもあると思っている。
イサトさんは「女性」として俺に節度を持って対応されるよりも、ネトゲ時代と同じように「おっさんに対する気やすい扱い」の方を望んでいるように思えてならないのだ。
今だって、イサトさんが本気で嫌がればいくらでも逃げられる程度の力でしか俺はその首根っこを捕獲していない。
「あの、もしできれば、で良いんですが……。
この人に何か服を売ってやってくれません?」
「服、ですか?」
「この人、ここにつくまでに下ダメにしちゃってて」
「まあ」
言われて今気付いたとでもいうように、女将さんが声をあげる。
今の今までイサトさんは彼シャツ状態で歩き回る痴女だとでも思われていたのだろうか。
「そういうお服なのだとばかり」
「……私はどれだけ見せたがりだと思われていたのか」
女将さんの言葉に、悩ましげにイサトさんが呻いた。
フォローするならば、イサトさんが身につけていたのが召喚士装備だということもそう思われてしまった理由の一つにあげられるだろう。
たっぷりとしたクリーム色の布地を使ったいかにも儀式服といった印象のある上着は、少々短すぎるワンピースのようにも見えるのだ。
実際俺だって、悪の女幹部とかそういうものをイメージした。
「冒険者様のお目にかなうかどうかわかりませんが……」
「ある程度着られればなんでも良いよ。エルリアに言って倉庫にアクセスさえできれば着るものはあるはずだから」
「あれ。イサトさん女ものの服持ってんの?」
「自分の装備としては男物しか持ってなかったが、ドロップ品でいくつか。あと友達に頼まれて作ったけど渡し損ねてたやつとか」
「…………そういえばイサトさん服飾スキルも持ってるんだっけか」
「持ってる」
えへん、とイサトさんが胸を張って自慢した。
俺にぶら下げられたままなのでそれほど格好はついていないが。
「……前にリモネがおっさんが服を作るといって旅立って帰ってこなくなったと愚痴ってたのを思いだした」
「だって欲しい服がドロップしなかったんだもんよ」
呆れた口調でぼやいた俺に、イサトさんはぷい、と唇を尖らせる。
なければ自分で作ればいいじゃない、を地で行くイサトさんなのである。
最初知りあったばかりの頃は、欲しいものを手に入れるために努力するなんて勤勉な人だなあ、と思ったものだが、最近は単にこのおっさん我慢できねーな、という結論に落ち着いていた。
例えば俺自身なら、欲しい服があったとして、それが自力で手に入れられなかった場合、まず金の力に頼る。ドロップアイテムというのは、基本的にどんな珍しいものであれ必ずどこかしらで出回っている。需要があれば、必ず供給が生まれるのだ。次に、金の力を持ってしても手が届かなかったり、タイミング悪く市場に出回ってなかったりした場合。そうした場合に次に頼るのは、身内だ。大体同じレベル帯でつるんでいる身内ならば、自分が欲しいと思うアイテムならば入手している可能性が高い。彼らはまず市場に流す前に、身内で欲しい人間がいれば、と考えてストックしておくことがあるのだ。俺自身も、レア度の高いドロップ品を手に入れたりしたときには、まず身内に欲しい人間がいないかどうかを確認する。相互扶助は美しい。そして、それでも手に入らなかった場合において、作ることを考えだすだろう。ただ、それにしたって俺ならばあくまで材料を用意して、親しくしている生産スキル持ちに依頼する、という形になるだろう。間違っても自分で生産スキルを手に入れてなんとかしようとは思わない。
が、そこをおっさんは我慢できないのだ。
仲間に聞いて返事が戻ってくるまでの間の「待ち時間」が、おっさんには我慢できない。
欲しいものはすぐ欲しい。
欲しいものがあるのに、そのために何もしないでただ待つことしかできないというのがダメらしい。
実際にかかる時間で考えたら、身内からレスが戻ってくるまでと、自分でスキルを手に入れて作れるようになるまで、なら間違いなくスキルを自力で入手して作れるようになるまでの方が時間がかかる。当たり前だ。レベル1からやり直して、そこそこのレベルまで育てるだけの時間がいるのだから。だが、それでもイサトさんの中では、「スキルを入手して欲しいものを作れるようになるまでのウン十時間」よりも「レス待ちの何もできない数時間」の方が耐えられないものらしい。
ここまで物欲に正直だといっそ清々しいレベルだ。
「だから道具と材料さえあれば……それなり高レべ装備も自力で作れるぞ」
「……もう本当何でもありだよな、イサトさん」
「もっと褒めるが良い」
「褒めてねぇよ」
そうやって寄り道ばっかりしてるから、メインジョブのレベルがなかなか育たないのである。
正直イサトさんのメインジョブを本来の「精霊魔法使い」で仮定した場合の戦闘力は俺と比べたらカスである。
そもそも「精霊魔法使い」としてのイサトさんのレベルはそんなに高くないのだ。
メインジョブを「精霊魔法使い」に切り替えたら、おそらくRFCのシステムでは俺とパーティーを組むことすら難しい域だ。ちなみにRFCでは互いのレベル差が30以上開くと、パーティーが組めなくなる。養殖、と呼ばれるチート行為をなるべく防ぎたいという運営の措置だろう。パーティーを組むと、通常であれば互いに経験値がプールにされた上に、1.1か1.2ほどかけられるのだ。なので、同じレベル帯で組んで狩ると、単独で狩るよりも効率よく経験値を手に入れることができる。まあ、それにも「吸う」「吸われる」というようなもめごとの種があったりもするのだが。
それはともかくとして、しばらくこの世界にいなければいけないのだと考えた場合、俺はイサトさんの「精霊魔法使い」としてのレベルをあげることを考えなくてはいけないだろう。
理由としては、「召喚士」はいくらレベルをあげても、なかなかイサトさん自身の肉体や戦闘力の強化にはつながらないことがあげられる。
召喚士としてのレベルは、召喚士が召喚したモンスターに指示して倒すことで得た経験値によって上がっていくのだが……、倒したモンスターの経験値がそのままイサトさんに入るわけではないのだ。
そのほとんどは、召喚士が召喚したモンスターのものになる。その代わり敵を仕留めずとも、モンスターを召喚し、何かしらの命令をしただけでも召喚士には経験値が入るようになっているのだ。
そう考えると、召喚士というのはジョブというよりもそれ自体が一つのスキルであると考えた方が概念的には近いのだと思われる。
召喚士のレベルがあがれば上がるほど、召喚対象であるモンスターの覚えるスキルは増えていく。召喚対象であるモンスターは強くなっていく。
だが、その代償であるかのように、召喚士自体の成長はわずかだ。
イサトさんが自分より10以上レベル上のモンスターですら一撃必殺できるのに、自分より10以上レベル下のモンスターにすら一撃必殺されるのはそれ所以だ。
それでも一応イサトさんだって高レべルの召喚士だ。
このあたりに生息するモンスター相手に一撃必殺されてしまう可能性はない。
だが……、昨夜俺が遭遇したあの男。
あの男の攻撃は、俺にすら通った。
俺の知っているゲーム内の知識には合致しないあの男のような存在が、他にも紛れ込んでいないとは限らないのだ。
それに、装備だって問題だ。
早いところきちんとした装備を手に入れない限り、マジモノの「紙装甲」だ。
召喚士装備というのは、そいういった召喚士の弱点を補うためにそれなりに防御力を上乗せするタイプのものが多いのだ。
それが身につけられず、本当にただの「服」を来ていた場合、イサトさんの防御力はがくりと下がっていると考えて良いだろう。
「…………」
眼裏に、昨夜の惨劇がよみがえる。
目の前で切り捨てられたアーミット。
何が起こったのかわからないというように見開かれた双眸に宿る絶望と昏い死の影。
溢れる赤。
もしもあれがイサトさんの身に起きたのなら……、俺は今度こそ冷静でいられる自信はない。
「……おーい、秋良青年」
「んあ?」
「人の襟首つまんだまま難しい顔で考え込むのはやめてくれないか」
「ああ、ごめんごめん」
イサトさんに呼びかけられて、俺はぱっとその襟首をつまんでいた手をといた。
俺がぼんやり考え込んでいる間にも、イサトさんは女将さんとの間で話を成立させていたものらしい。
「じゃあ私はちょっと着替えてくるので……、君は先にアーミットに案内してもらって飯でも食っててくれ」
「了解」
「アキラ様、こちらです!」
「おおっと!」
さっそく俺の手を引いて、食事の場へと案内しようとするアーミットに苦笑しつつ、俺は納屋を後にした。
朝の日差しの下で見る村は、夜の闇の中で見て思っていたよりも酷い有様だった。砂レンガで作られた建物が多いのだが、そのあちこちが煤けて崩れている。
その責任の一端は俺たちにもあるだろう。
昨夜消火のために、イサトさんは精霊魔法で水を使った。
もともと雨の少ない地域の建物だ。水に弱かった可能性もあるし、水と放火による熱によるダブルパンチが良くなかった可能性も高い。
そんなあちこちガタが来た家々の中央、広場のような場所に食事は用意されていた。
というか、食事というよりも雰囲気としては炊き出しに近い。
おそらく村のあちこちから無事な食糧をかき集めたのだろう。
俺だけでなく、あちこちに力なく座り込んだ村人たちが、黙々とどろりとしたスープをすすっている。
なんとも言えない空気だ。
イサトさんが来るまではここにいるしかないが、あまり長居したい空気ではない。
アキラ様の分をよそってきますね、と駆け出していったアーミットを見送って、そんなことを考えていると……。
「ああ、貴方が昨夜村を救ってくれた冒険者の方ですね。私はこの村で村長をやっとりますアマールと申します」
「こんにちは、冒険者のアキラです」
冒険者、と名乗ることに少々の違和感はあるものの、ここはそう名乗るしかないだろう。
異世界からやってきました、なんて言ってもたぶん話がややこしくなるだけで何の解決にもならない。
俺の前にやってきて村長と名乗ったのは、50代後半から60代前半といった程度の、よく日に焼けた人の良さそうなおじさんだった。
「貴方とその連れの魔法使い様のおかげで、この村はあのならず共の手に落ちずにすみました。それだけでなく、惜しみなく高価なポーションを使いアーミットの命を救ってくれたとか……。この礼をなんといたらいいのか」
「いや、俺らも成り行きだったから気にしないでくれ。それにポーションも俺のツレのものだしな。たぶんそれは服でチャラにするんじゃねーかな」
俺はちょっとぼんやり別のことを考えていたので、イサトさんがどういう商談を成立させたのかは知らないが。
落とし所としてはそんなところだと思う。
が、そう思ったのは俺だけだったらしい。
「は……?」
村長さんはぽかんと目を丸くしている。
「そんな……、高級な上位ポーションに見合うような服などこの村には…っ」
「いやー、脱痴女できればなんでも良いと思うぞあのひと」
服の装備としての防御力よりも、今のイサトさんにとって大事なのは面積である。
他に選択肢があるならともかく、ここでまともな服を手に入れられなければ、エルリアまでイサトさんはずっと彼シャツ状態でなければいけないのだ。
俺としてはそのままでもいい気がしてきた。
「あのポーション一つで、王族が参加する夜会でも着られるドレスが買えるでしょうに……」
呆然と呟いている村長さんの視線は、衝撃のあまりにかどこか遠いところを見ている。
それを是非こちらに引き戻すためにも、俺は話題を変えることにした。
「それで……、ああいう盗賊の襲撃はよくあることなのか?」
「……最近増えてきていて、困っているところでした」
ふと思い出したように沈鬱な表情に戻った村長さんがため息をつく。
何でもあそこまで派手な襲撃はこれまでにはなかったらしい。
砂漠を舞台にいきがったごろつきが、たまに村にやってきて、食べ物や目についた物品をせびりとっていく程度の迷惑行為で済んでいたという。
俺らの感覚でいうと、ゲーセンでたむろって恐喝する程度だった不良が、いきなり強盗殺人未遂事件を起こしたようなものだろうか。
「どうして急にあんな……」
村長さんの声は、どこか途方にくれたように響く。
もしかしたら、それなりに面識があったのかもしれない。
困った連中だと思いつつも、いつかは目を覚ましてまともになるとでも思っていたのだろうか。
「徒党を組んでるうちに気が気が大きくなったのかもな」
一人一人はそう悪意を持っていなくても、集団心理が暴走した結果とんでもないことをやらかすという例は俺たちの世界でもちょくちょく見られたものだ。
「それで、盗賊どもは?」
「今は全員繋いで外から鍵のかけられる納屋に閉じ込めております。エルリアに使いのものを出しておりますので、そのうち憲兵が身柄を引き取りに来るでしょう」
「なるほど」
そこまで話して、昨夜炎の中に消えた気持ちの悪い男の姿を思い出した。
「……全員捕まえることが出来たなら良かったんだが」
火事の現場から死体は見つかっていない、という話は昨日のうちで聞いている。
本音を言うのなら、「全員捕まえられなくて残念」というよりも「あの男を仕留め損って残念」といった感じだ。。両断こそできなかったものの、手ごたえはそれなり感じていたのに、やはり逃げられていたとは。
逃げた盗賊の一味が、返り討ちにあったことをきっかけに更生でもしてくれたならまだ良いのだが……あの男の不気味な佇まいが頭の中にひっかかっていた。
普通ならば仲間が捕まったことを逆恨みしての復讐を怖れなければいけないところなのだろうが、そんな人間らしい感情があの男にあるようには思えなかった。だからこそ、取り逃してしまったことが悔やまれる。あの男は何故、盗賊の一味の中に紛れていたのだろう。
思わずそんなことを考えていた俺の意識を引き戻したのは、心底戸惑った村長の声だった。
「盗賊なら、全員捕縛しているはずなのですが……」
「――…え?」
間の抜けた声が出てしまった。
盗賊は、全員捕まってる?
「その中に黒いローブを被った気持ち悪い男、もしくは背中に怪我を負ってる奴はいなかったか?」
「いえ…、そんな男はいなかったと思いますが。なんなら、確かめに行きますか?」
「ああ、確かめさせてくれ」
どうして、あの男のことがこんなにも気になるのかはわからない。
だが、何故だか放っておいてはいけないような気がするのだ。
あの男を目にした時から感じている不快感が、まるで抜けない棘のように引っかかっている。
盗賊が捕縛されているという納屋に村長に案内してもらって確認したが……。
やはりそこにあの男の姿はなかった。
というか、俺の姿を見るなり「ひッ」とか言うのは如何なものなのか。
人を殺して物を奪う覚悟をしたのなら、その逆も然りだと俺などは思ってしまうのだが。
そして、半ば脅すように確認したところ盗賊たちは口を揃えて、納屋にいるのが盗賊団のメンバー全員だと言うのだ。
じゃあ、あの男は一体なんだったというのか。
謎である。
まさか俺にしか見えていない幻覚的な何かだったのだろうか。
そんなわけはない。あの時頬に感じた痛みは、確かなリアルだった。
今はもうすでに癒えて傷すら残っていない頬を、そっと指先でなぞる。
首をひねりつつ、村の広場に戻ったところで、深皿によそわれたスープを持ってアーミットが戻ってきた。
はいどうぞ、とスープを差し出される。
ありがとな、というと、嬉しそうに笑って……、そのお腹がぐぅ、と鳴るのが聞こえた。
「なんだ、アーミット、食べてないのか?」
「い、いえ、食べました!アキラ様たちより先に食べました!」
「食べたのにまだ腹が減ってるのか?」
「違いますし!」
顔を恥じらいの赤に染めて、アーミットが頭をぶんぶんと横に振る。
食いしんぼさんか、とからかいかけたものの……、そんな言葉は、村長さんがアーミットを見る不憫そうな視線に喉につかえた。
もしかしなくても……。
「食糧が足りてないのか」
「…………」
「…………」
疑問形というには確信が強すぎる俺の問いに、村長さんとアーミットは二人して黙り込む。
その沈黙こそが答えだった。
「大丈夫ですよ、アキラ様!私は朝食べさせてもらえました!」
「私は、ってことは食糧が回らなかった村人もいるってことだな?」
「あ……っ」
失敗した、というように口に手を当てるアーミットから村長へと視線を戻す。村長は言おうか言わまいか少し迷い、結局打ち明けることにしたようだった。
「お恥ずかしい話……、この村はもうダメなんですよ」
諦念の滲んだ声音に苦笑が混じる。
いっそそう口にしたことで、村長さんは少し気が楽になったように見えた。
「ダメ、とは?」
「カラット村は砂漠の村です。オアシスの水源を頼りに生活をしていますが、食糧のほとんどは月に一度エルリアでまとめて仕入れています。ですが昨夜の襲撃で、その食糧のほとんどが焼かれてしまったのです」
「新しく買う余裕はないのか」
「買っても無駄なのです」
「無駄?」
「見て分かる通り、この村に無事な家は少ないのです。砂レンガは作るのに一カ月以上かかります。この状態では……、一か月持ちこたえられないでしょう」
「……なるほど」
あちこちガタがきている現状、風がふけば砂は入りこみ、夜になれば極寒の冷気が忍びよることになる。
夜風さえしのげないのでは、このままここで村を存続するのは確かに難しいだろう。
「それに、そもそもの食糧を買う余力がこの村にはありません」
静かに首を左右にする村長さん。
衣食住のうちの食と住が壊されてしまえば、なるほど、これ以上村にとどまることは不可能だろう。
だが、俺には疑問がある。
「砂は食わないのか」
「は?」
お前何言ってんだ、という目で見られてしまった。
いかんいかん。砂はあくまでプレイヤー間のスラングのようなものだ。
「確かこのあたりだとデザートフィッシュがいるじゃないか」
「ええ、いますが……」
「あいつら、倒すと『砂にぎり』をドロップするだろ?」
砂にぎり、という名称ではあるが、見た目は立派な寿司である。大トロっぽい謎の物体がシャリの上に乗っている。
毎食同じ砂にぎりを食うというのはちょっと辛いかもしれないが、ここは非常時なので我慢して欲しいところだ。
この村の男衆の平均レベルが10程度。
デザートフィッシュのレベルはせいぜい2~3程度だ。
倒せないということはないと思うんだが……。
「…………」
「…………」
何故俺は村長さんとアーミットの両方に「こいつ頭おかしいんじゃねーの?」的目で見られているのか。解せぬ。
「冒険者様……、お言葉を返すようですがいいですか……?」
「うん。俺何か変なこと言ったか?」
「モンスターを倒せば『女神の恵み』を得られることもありましょう。ですが、そのような幸運に頼って生活するわけには……」
「……はい?」
今度は俺が「こいつ何言ってんだ」って顔をすることになってしまった。
『女神の恵み』?
「きっと冒険者様は遠く、まだ神々の恵みが色濃い地よりこの地にやってきたのでしょうな」
そんなものはなかったぞ、現代日本。
「モンスターを倒した際、稀にその死体が別のものに変わる……、その現象をこの地では『女神の恵み』というのですよ」
ふむふむ。
ゲームの中では「ドロップ」なんていう一言で終わらせている部分が、この世界ではそういう風に説明されているわけか。
「もともと、モンスター自体が女神の余った力が形を持ったものだという風に言われておりますからな。そういうこともあるのでしょう」
「そういうこともある、ということは、その『女神の恵み』というのは滅多に起こらないのか」
「そうですね……、とても珍しいことだといわれています。神代の時代、はるか遠い昔には当たり前のように人々はその恩恵を受けていたといわれていますが」
「…………」
その言葉を聞いて、一つの疑念が俺の胸に湧く。
「……それは、『黒き伝承の民』や『白き森の民』がいた頃のような?」
はたして――……、カマをかけるような俺の言葉に、村長さんはこっくりとうなずいたのだった。
どうやら俺ら。
異世界トリップと同時にタイムスリップも経験している模様。
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