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砕ける絆

 俺たちが地上に上がると、屋敷の前には見張りの騎士たちだけでなく、団長さんやクロードさん、シオンまでが集まっていた。


 どうやら、俺たちが地下でどんぱちやらかしている間、地上では地鳴りと地震が続き、セントラリアの市民は皆怯えて大変だったのだそうだ。

 まあ、前回エレニことドラゴンやらモンスターやらに襲撃されているセントラリアだ。また何か恐ろしいことが起きるのではないかと怖がらせてしまったのだろう。

 きっと騎士団は大忙しだったに違いない。


 俺たちは集まっていた三人に簡単な事情の説明を行うと、すぐに大聖堂へと向かうことにした。まずは、聖女に報告する必要がある。


 それに、あの枯れ木のような男の発言も気になっている。

 あの男は、「セントラリア正当な最期の王」を名乗っていた。

 確か、レティシアから聞いた話によると今のシェイマス陛下は、『セントラリアの大消失』以降に、傍流とはいえセントラリア王家の血筋であることを理由に他所(よそ)から招かれた王の血筋だったはずだ。

 あの男は「正当な」と名乗った以上、『セントラリアの大消失』以前の王家縁(ゆかり)の者であった可能性が高いのではないだろうか。


 もちろん、ただの「正当な王家の血が流れているという妄想を抱いているだけ」という可能性も捨てきれはしないのだが。


「陛下に聞けばわかるかな」

「『セントラリアの大消失』で失われたのは人だけで、建物や生活用品などはそのまま残っていた、と言っていたからな。その辺の書物も残っているんじゃないか?」

「見せてもらえるといいな」

「そういう時こそ聖女の書状の出番だろう」

「あ、それじゃあ次は俺が控えおろう、って言いたい」


 そんなことを話しあいながら大聖堂へと訪れる。

 大聖堂の周辺には多くの人が集まっていた。

 続く地鳴りや地震を不安に思った人々が少しでも心の平穏を求めて訪れていたのだろう。つくづく、あの枯れ木男を止められてよかったと思う。あの男の攻撃魔法をイサトさんが相殺できなかった場合、真っ先に犠牲になっていたのは真上にいた大聖堂の人々だ。


 いつものように聖堂までは入らず、入り口のホールで聖女、もしくはウレキスさんへの取り次ぎを頼む。

 少しの時間をおいて、取り次ぎを頼んだ巫女が戻ってきた。


「お待たせして申し訳ありません。ただいま聖女は沐浴(もくよく)をしておりまして……お二人もお疲れの様子、聖女にお会いになる前にお身体を清め、休まれてはいかがでしょうか」


 巫女の言葉に、俺とイサトさんは顔を見合わせる。

 気遣いなのかダメ出しなのかが微妙に悩ましい。


 が、言われてみれば枯れ木男との戦闘直後にそのまま押しかけてしまっているのである。

 聖女の暮らすあの俗世から切り離された世界に、汗臭い状態で立ち入るのはなるほど、確かに多少気が引ける。イサトさんも同じことを考えていたのか、多少居心地悪そうにもぞりと身体を揺らした。


 イサトさんは女性なのだし、聖女に会うことを思えば身だしなみを整えておきたい、ということもあるだろう。


「それじゃあ――……、シャワー借りるか」

「そうだな。ちょっと(ほこり)っぽい」


 何せ地下でどったんばったん暴れてきたばかりだ。

 俺とイサトさんが頷けば、巫女はすぐにもう一人案内のための人間を呼び寄せた。流石に混浴ということもないだろうし、俺とイサトさんをそれぞれ案内してくれるのだろう。


「ではアキラ様、こちらです」

「じゃあまた後でな、イサトさん」

「先に上がったら待っていてくれ」

「わかった」


 俺は巫女に先導されて歩き出す。

 向かうのは、いつもとは違う通路の先だ。

 おそらくこの辺りは大聖堂に仕える巫女や神官たちの生活空間なのだろう。

 その中の、客室だと思われる部屋の前で巫女は足を止めた。


「こちらでございます。部屋の中にあるものは、ご自由にお使いくださいませ」

「ありがとうな」


 礼を告げて部屋へと足を踏み入れる。

 そういえば、風呂から上がったらどこに行けばいいのかを聞くのを忘れていた。

 まあ、玄関ホールからここまでの道なら覚えているし、迷ったとしても誰かに聞けば案内してもらえるだろう。


 俺はしゅるりと首に巻いているマフラーを外し、グローブを脱ぐ。

 イサトさんの言っていた通り、多少髪がじゃりじゃりするような気がする。

 地面を転がり回ったような覚えはないが、何せ先ほどまでいたのは地下である。地鳴りやら地震があったと言っていたぐらいだし、きっと震動で天井……もとい、頭上の地面から崩れた土塊(つちくれ)だとかを気づかないうちに被っていたのだろう。


 俺はぐしゃぐしゃと何か粉っぽい気がする髪を掻き混ぜながら、浴室へと向かう。

 そして、思い切りドアを引き開けて。




「!!!??」




 混乱した。

 そして悟る。

 人間驚きすぎると固まるものだ。


 うっすらと湯気の立ち込める浴室には、先客がいた。


 水に濡れた、射干玉(ぬばたま)色とはこのことだろうと思うような長く艶やかな黒髪。その黒髪が絡みつく肌は雪のように白く、水気を多く含んだ肌は触れればしっとりと手肌に吸い付きそうだ。ささやかに膨らんだ胸に、きゅ、とくびれたウェスト。肉付きの薄い腰からはすんなりと細い(あし)に繋がっている。


 そんな美女が、俺の目の前に一糸纏わぬ裸体を晒していた。


「ご、ごごごごめん!?」


 とりあえず謝りながら回れ右。

 何がどうしてこうなった?

 ここはあの巫女が俺のために用意してくれた部屋ではなかったのか。

 案内すべき部屋を間違えたのだろうか。

 きっとそうだ。そうに違いない。


「へっ、部屋を間違えた、みたいで!」


 裏返りそうになる声でそれだけ言うと、俺はそそくさと浴室から逃げ出そうとして――


「間違えておりませんよ、アキラ様」


 ころり、と鈴を転がすような涼やかな声音が俺の名前を呼んだ。


「…………」


 すぐにでも部屋を出ていこうとしていた足が止まる。

 部屋を間違えたわけではない、ということはこの出会いは仕組まれたものだということになる。


 もしかしなくとも、舞踏会の夜の焼き直しだろうか。


 どこぞの貴族が俺を取り込むために、色仕掛けで落とそうとしている?

 ニーナといい、この人といい、セントラリアの女性は脱ぎたがりなのだろうか。

 いくら色仕掛けとはいえ、いきなり全裸はないと思う。

 全裸から始まる出会いなんて、普通に考えてそうそうないぞ。


「あー……、その。悪いが、俺にそんなつもりはないので服を着てくれないか」

「ふふ、そんなつもり、とはどういうつもり、ですか?」

「だからその……、あんたの目論見に付き合う気、だよ」

「それが、セントラリアの人々を鼓舞し、勇気づける結果となっても、ですか?」

「……?」


 この人は何を言っている?

 それにどうしてだろう。

 初対面であるはずなのに、何故かその涼しげに響く声に聞き覚えがあるような気がする。


 が、まあいい。


 彼女が誰であれ、俺はこの部屋を出ていくまでだ。

 浴室から出て行こうとしたところで、ふと背後で人の動く気配がした。

 全裸の女性に何かされる、という発想がなかったせいか、完全に油断していた。

 するりと細く白い腕が背後から俺の胸に回る。

 背中にぺたりと押し当てられる柔らかな胸の膨らみ。

 ふわりと鼻先を清涼な水の気配と混ざる甘い石鹸(せっけん)の香りが掠めていった。



 おいおいおいおいおいおいおいおいおい。



 セントラリア流の色仕掛け、力技過ぎやしないか!


「……あのな、だから俺にその気はないんだって。離してくれ」

「ですが、離したらアキラ様は行ってしまうのでしょう……?」

「当たり前だ、得体のしれない相手に裸で迫られて長居出来るか」


 そう半ば毒づいたところで、俺の背にくっついていた女性がくすりと小さく笑った。背伸びでもしたのか、背に押し当てられていた身体が伸びあがる。そして、彼女は俺の耳元で甘く囁いた。


「私のことはご存知でしょう、アキラ様」

「いや、知らないと思う」


 こんな、突然全裸で迫ってくるような相手に心当たりはない。

 いやあるけど一人だけだ。

 そして彼女にしたって更生済み、というか、俺に迫ったこと自体が心の迷いというか自棄っぱちだったというかなんというか。


 半ば現実逃避気味にそう、思っていたはずだったのだが。


「――……私はアキラ様のために書状だって書いてさしあげましたし、今だって、アキラ様は私に会いに来てくださったのでしょう?」

「…………は?」


 一人だけ、その条件に当てはまる女性を知っている。

 正確には女性、というよりも少女だ。

 大聖堂の聖域に隔離されるようにして暮らし、女神の加護により時を止めた少女。聖女だ。


 俺は思わず振り返る。


 ぴたりとくっつかれているおかげで、逆に彼女の裸体の全体像が視界に収まらなくて済む。そうして振り返って確認した先、どこか蠱惑(こわく)的に誘う色を瞳に浮かべた女性には、確かに聖女の面影があった。


 聖女の面影、というよりもウレキスさんの面影、といった方が近いかもしれない。

 年のころは17、18といったところだろうか。

 少し蒼みがかって見える灰色の双眸に、淡く色づいた唇。

 端整な顔立ちは確かにウレキスさんや聖女によく似ているものの、彼女たちの両方が持っていたような静謐(せいひつ)さや、触れがたく思うほどの清らかさ、どこか(りん)と張りつめるような硬質さが今俺の目の前にいる彼女にはなかった。


「……違う。お前は聖女じゃない」

「聖女です、アキラ様。貴方のために、こうして私は大人になったのです」

「……俺の、ために?」

「ええ。女神から、新たな啓示を受けたのです。人々は今回のことで女神の加護を疑い、自分たちの平穏がまやかしだったのではないのかと不安に心を痛めています。そんな彼らの心を慰めるべく――…竜を討ち、セントラリアの地下に潜む邪を(はら)いし英雄であるアキラ様と、救済の聖女である私が結ばれるべきだ、と」


 彼女、自称聖女はそううっとりと語る。

 滔々(とうとう)と流れる声音には、確かに聞き覚えがあった。

 覚えているそれよりも、少しばかり低くなってはいるものの……確かに聖女の声だ。だが、聖女が何故こんなことをする?



 ――…操られている?



 もしくは、聖女に似せて化けた何か違うモノ、なのか。

 魔法に関する能力の低い俺にはそれを感知することが出来ない。

 イサトさんであれば、聖女の身に何が起きているのかを気付くことが出来るのだろうか。それならば、俺に出来るのはなるべく時間を稼ぎ、イサトさんと無事に合流することぐらいだ。


『イサトさん』


 左手薬指の銀環を通してイサトさんへと声をかける。


『イサトさん』


 返事はない。

 イサトさんの方にも何かあったのだろうか。

 不安が強まるが、あえて平静を装う。

 今ここで下手を打った場合、イサトさんの方にも影響が出るかもしれない。

 何か聖女の気をそらすことが出来ないかと思ったところで、ふとウレキスさんの言葉を思い出していた。


「……傷痕」


 ぽつりと呟く。

 聖女になる以前、ウレキスさんの姉である彼女は、まだ幼かったころにウレキスさんを庇って野犬に怪我を負わされたのだという。

 その傷痕が今も残っているかどうかはわからないが、今目の前にいるものが聖女の名を騙るものであるのなら、そのことを知らない可能性はある。


「……お前が本当に聖女だというのなら、幼少のころにウレキスさんを庇って負った傷痕があるはずなんじゃないのか」


 先ほど見た――見てしまった――彼女の裸体には傷一つ、なかった。

 柔らかで滑らかな真白の肌は未だ俺の脳裏に焼き付いている。

 もし今見ている彼女が、エレニが俺を騙したような幻覚だったとして、話に合わせて今からその傷痕を作って見せたとしても違和感はあるだろうし、その傷の詳細を知らなければ化けの皮を剥がすことが出来るかもしれない。


 試すような眼差しを注ぐ俺に、聖女を名乗る女性は楽しそうにく、と口角を持ち上げて笑った。


「――犬に咬まれた傷痕、ですね」


 彼女はどこか懐かしむような仕草で、右の腕を()る。

 知って、いたのか。

 それとも、本当に彼女は――


「……あんな醜い傷痕、とっくの昔に消してしまいました」




 ――違う。




 今俺の目の前にいる女性は、聖女ではない。

 ウレキスさんの姉である彼女は、その傷を妹を庇って負った名誉の負傷だと言っていたのだ。

 俗世から隔離され、もう二度と妹に会うことが出来なくなった彼女が、果たして妹との繋がりであり、思い出でもある傷痕を消してしまうなんてことがあるだろうか。


 だが。

 そう思う一方で俺の中では違和感が大きくなり続けていた。

 彼女が偽聖女だとしたならば、何故ウレキスさんと聖女の思い出を知っている?


「……あんたは、聖女じゃない」

「聖女です。またお茶を淹れてさしあげたら、わかっていただけますか? ふふ。貴方は私に、聖女がお茶を淹れるのか、と驚いていましたね」

「―――、」


 はく、と喉が鳴る。

 俺とイサトさんと、聖女しか知らないはずのあの聖域での会話まで、何故彼女が知っているのか。

 彼女は、本当に聖女なのか。


 いや、まさか。


 ぞわりと首の裏がチリつくような感覚を覚えた。

 その不吉な感覚はもしかすると、恐怖、であったのかもしれない。

 俺は顔を強張(こわば)らせたまま彼女を見つめ返す。

 成長した分、ウレキスさんによく似た印象が強まっている。

 こんなのは荒唐無稽だ。

 だがもし、彼女が本当に俺たちが知る聖女であるのなら。






 それはすなわち――俺たちが出会った聖女は、最初からウレキスさんの姉ではなかったの、では?






 ふと浮かんだその考えにぞわぞわと背筋が冷える。

 目の前にいる『聖女』が何か得体のしれない生き物であるような気がしてくる。

 この薄気味悪さはなんだ。

 思いついたその可能性を追及するための思考が追い付かない。

 ただ頭のどこかでガンガンと警告音が鳴り響いている。

 する、と目の前の女の手が俺の左手に触れる。

 柔らかで小さな手のひらが、まるで蛇にでも這われているかのように感じる。

 そして――…ぱきん、と。

 左手の薬指から、何か取返しのつかない音が、響いた。


















 ぼんやりとする。

 意識がゆらゆらとふやけていて、身体が動かない。

 目の前の景色が、まるで水の中で目を開けているかのようにふにゃふにゃしている。音もそうだ。まるで全てが別世界で進行しているかのよう。


 俺は今何をしている?

 立っているのか?

 歩いてる?

 (しゃべ)ってる?


「俺は、セントラリアの人たちを安心させるためにも彼女と結婚することにした」


 何を言ってるんだろう。

 誰が結婚するって?

 俺が? まさか。

 ぼんやりと歪んだ視界で、ぼんやりとくぐもった声で、イサトさんが短く「そうか」と頷くのが見えた。

 たった一言。

 その一言だけを残して、イサトさんは俺へと背を向ける。

 置いていかれてしまった。

 そんな実感も湧かないゆらゆらとぼやけた世界の中で、俺はどうせ最期になるならイサトさんの顔をちゃんと見たかった、なんて寝ぼけたことを考えていた。

 俺に結婚を告げられたイサトさんは、どんな顔をしたのだろう。


ここまでお読みいただきありがとうございます!

Pt、感想、お気に入り登録、励みになっております!


次回の更新は8/7日になります。

そろそろクライマックス、頑張っていきたいと思います!

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