表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/70

もしかして:

 その翌日、さっそく俺たちは騎士たちからもらった情報を元に作成した「セントラリアのここが不気味だMAP」を片手に探索に出ることにした。


 ほとんどの場所はただの廃墟や(いわ)くありの場所、というだけで特に何か怪しげなものが見つかるわけでもなく終わってしまったのだが。


「……秋良青年も少しは怖がればいいのに」

「そう言われてもな」


 不満げに半眼でぼやくイサトさんに、俺はふくくと笑いをかみ殺す。

 ツンととがった褐色のエルフ耳の先っちょがほのかに薄赤く染まっている。

 最後に訪れた廃墟も例に漏れずなんの異変もなかったのだが……。

 ちょっと様子を見てくる、とイサトさんが二階に上がってから数分後。


「きゃあああ!?」


 なんて悲鳴が上がったのである。

 これまでいろんな危ない目には遭っていたものの、イサトさんの悲鳴なんて初めて聞いたような気がする。本人が自己申告していたように、イサトさんはそういう悲鳴を上げるような場面でも息を呑みがちなのだ。


 そのイサトさんが、悲鳴。


 即座に脳裏を(よぎ)ったのは強い後悔だった。

 今まで訪れた場所がすべてハズレだったからといって、ここにもヌメっとした奴がいないとは限らなかった。それなのに俺は何故イサトさんを一人で行かせてしまったのか――、なんて苦い焦燥を噛み殺し、黒竜王の大剣を半ば抜きつつ駆け上がった先の二階、イサトさんはぺたんと座りこんで「ひえええ……」なんて間の抜けた声を上げていた。その顔面にぺたりとぷくぷくに肥えたコウモリを貼りつけて。


 どうやらこの廃墟、二階の窓は内側から板を打ち付けて閉ざされており、その暗がりにコウモリが巣食っていたらしい。


「あ、あきらせいねん、何か顔面にもふもふした生暖かいものががが」

「あ、うん」


 一人焦っていたのが気恥ずかしくなりつつ、ちゃきりと大剣を鞘に納めてインベントリへとしまう。それからイサトさんの顔に傷をつけないように気を付けつつ、びたりとその顔面に貼りついていたまるまるとしたコウモリをひっぺがした。


 得体のしれない生暖かいもふもふに襲われたイサトさんはちょっぴり涙目になっていたものの、その正体がコウモリだとわかったとたん、その目元にじんわりと赤い色が滲んでいき――……今に至るのである。


「…………別に怖かったわけじゃないですし?」

「はい」

「ちょっと驚いただけ、ですし?」

「はい」


 イサトさんは「きゃあ」なんて悲鳴らしい悲鳴を上げてしまったことが恥ずかしくて仕方ないらしい。気恥ずかしげに唇をへの字にして、目元から耳元までをうっすら赤く染めているイサトさんは大変可愛らしい。


 そんなイサトさんがこほん、と咳払いをヒトツ。


「ええと――……、その。結局成果がなかったわけだけども」

「イサトさんの悲鳴という成果が」

「足踏むぞ」


 す、とさりげなく速足に隣を歩くイサトさんから距離をとる。

 これ以上からかうと、本格的にヘソを曲げられてしまいそうである。


「まあ、確かにヌメっとした奴らが潜んでいそうな場所はなかったな」


 確かにどこも薄暗く、人気(ひとけ)のない寂れた廃墟が多かったものの、それだけだ。


「……そろそろ、マルクト・ギルロイの屋敷に行ってみる?」

「そうだな、そうするか」


 俺たちの本命はマルクト・ギルロイの屋敷だ。

 そこに行けば、何かしら見つかるだろう、という予感はしている。

 それ故にオオトリに残しておいたわけなのだが、順当に他がハズレだった現状残されているのはマルクト・ギルロイの屋敷だけだ。


 俺たちは、前に獣人たちを解放するために訪れたマルクト・ギルロイの屋敷へと向かう。

 マルクト・ギルロイの屋敷の前には、団長さんが言っていたように見張りらしき騎士たちが控えていた。彼らは俺たちの話をすでに聞かされていたのか、どうぞ、と門を開けて通してくれようとしたのだが……。


「おい、そこのお前たち! 誰の許可を得て騎士団が管理を任された敷地に足を踏み入れようとしている!」


 厭になるほど朗々と響いた声には聞き覚えがあった。

 半眼で振り返った先には、予想通り白銀の鎧もピカピカと(まばゆ)いライオネル何とかが仁王立ちしていた。ただ、先日と違うのはその取り巻きの数がわかりやすく減っている、という点だ。エラルド同様に、今回のいざこざを通してライオネル派から離脱した騎士は少なくなかったようだ。


「誰の、って……団長さんの許可はもらっているぞ」

「その通りです。団長より、この方たちを通すように言いつけられています」

「団長の許可が出ている、だと? フン、私はそんな話は聞いていないぞ!」


 見張りについていた騎士たちも俺たちの援護をしてくれるものの、ライオネル何とかはうざったげに手を払って彼らに黙れと命じた。ぐ、と困ったように彼らが黙りこんだあたり、どうやら力関係としては彼らよりもライオネル何とかの方が上であるらしい。


 俺とイサトさんはそろっと視線を交わす。


 もしかしなくとも、今こそ黄門様の印籠、もとい聖女より預かった書状を使う絶好のチャンスではないのか。


 俺はす、とインベントリへと手を滑らせ、聖女の書状を取り出す。


「控えおろう、この書状を何と心得る!」


 そう宣言したのはイサトさんだ。

 くそう。

 美味しいところをもっていかれた。


「聖女様の書状だと……!? 聖女にまで取り入るとはこの詐欺師どもめ……! 黒竜王を倒したなどと(うそぶ)いているようだが、この私は騙せんぞ!」

「あ、そのパターンなのか。聖女の名を騙る不届きものめ、成敗してくれる、ってくると思ったのに」

「っ……」


 危ない。

 思わず噴き出すところだった。

 確かにそれが時代劇の定番ではあるが。


「ええい笑うな、何がおかしい!」


 案の定、ライオネル何とかを余計に激昂(げきこう)させてしまった。


「黒竜王を倒したと言うのなら、その証を見せてみろ!」

「……証なあ」


 俺はインベントリよりずらりと黒竜王の大剣を抜き出して見せる。

 黒くうねる焔のような曲線を多く使った背のラインに、黒々とした漆黒の刃。そのなかほどには一条の(あか)がすぅ、と鮮やかに走っている。


 大剣から放たれる空気に気圧(けお)されるように、見張りの騎士たちがごくりと喉を鳴らしながらじり、と後ずさった。


「黒竜王より授かった女神の恵みだ。これで、証明になるか?」

「こんなもの……!!」

「あ、おい!」


 ライオネル何とかが俺の手から黒竜王の大剣を奪い取る。

 本気で抵抗すれば阻止することもできたのだろうが、どうせライオネル何とかには持つことも出来ないだろうと甘く見たのがマズかった。


「ぐ、が!?」


 まるで首でも絞められたように、ライオネル何とかが突如呻(うめ)いた。

 ぶわッ、と大剣を握るライオネル何とかの金髪が、うねうねとうねりながら逆立つ。俺たちを(にら)んでいた双眸は血走り、瞳孔がかっぴらき、口端からはだらだらと(よだれ)が零れている。


 正直怖い。

 なにこれ怖い。


「秋良青年、手……!」

「!?」


 イサトさんの声に、ライオネル何とかの手へと視線を走らせて俺も息を呑む。

 黒竜王の大剣を握るライオネルの手が、大剣に触れている手のひらから侵食されるようにびっちりと黒い鱗に覆われていた。その鱗は、ぞぞぞ、と音を立ててライオネルの腕を()い上がっていく。


「ライオネル、その剣を離せ!!」

「マガイモノ……、コロス……!」


 俺の呼びかけに返るのは、獣じみた唸り声の混ざるしゃがれた声だけだ。

 先ほどまでの嫌味ではあったものの無駄に朗々としていたライオネル何とかの声は面影もない。


「ちッ!」


 イサトさんは舌打ちをすると、素早くインベントリより禍々(まがまが)しいスタッフを取り出すとライオネル何とかに向かって見えない衝撃波を放った。みぞおちのあたりに決まってぐぅ、とライオネル何とかの体がくの字に折れた瞬間を狙って、俺は鋭く踏み込んで、その手の中から黒竜王の大剣を奪取する。


「ぐ……、ぅ、あ……」


 大剣を奪われたとたんに、ライオネル何とかの身体はまるで糸の切れたマリオネットのように地面に崩れ落ちた。慌てたように騎士たちが駆け寄る。口元は涎で汚れ、意識は失ったままではあるものの、腕は何とか元通り人の形をした状態に戻っているし、うねうねと逆立っていた金髪も今はおとなしく重力に従っている。


「あ、あの……これは一体……?」

「うーん……、私たちにもよくわからないけれど、たぶんもう危険はないと思う。とはいえ、どんな影響が出ているかわからないから、とりあえずどこかに運んで休ませた方が良いと思う」

「は……!」


 イサトさんの指示に、騎士たちは敬礼でもしそうな勢いで頷くと、ライオネルを二人がかりで担ぎ上げるとそそくさとその場を立ち去っていってしまった。微妙に、俺とは一定の距離を保っていたのがなんとも物悲しい。


 取り残された俺たちの間に、ひゅるりと一陣の風が吹き抜けていく。

 そんな中で、ぽそりとイサトさんが口を開いた。


「大変申し上げにくいのですが」

「はい」




「…………その剣呪われているのでは???」




「やめろ怖いこと言うな!!!」


 幽霊話の類はそんなに怖いと思わない俺だが、実際それを目の前で見せつけられるとそうも言っていられない。


 なんだあれ。


 完全にライオネル何とかの身体を乗っ取る気だったぞ。

 しかもあれ、完全に黒竜王の怨念だ。

 マガイモノへの殺意を口にしていたしな。


「秋良はなんでもない、ンだよな?」

「微妙に距離とるのやめてくれ」


 さりげなく一歩分ほどの距離を保っているイサトさんへと半眼を向けつつ、俺は手にしていた黒竜王の大剣を、ぐっと持ち上げて構えてみる。


 漆黒の刀身はぬらりとどこか(なま)めかしく、赫く抜けるラインは煌々(こうこう)と鮮やかでその対比が美しい。が、ライオネル何とかの身に起きたことを考えると、どうにも禍々しく見えるのは気のせいか。


 剣の柄を握る俺の手には何の異変も見られない。


「もしかしたら――……、レベルが足りない、黒竜王の剣に相応しくない人間が手にすると、ああいう拒絶反応が出るのかもしれないな」

「…………拒絶反応って言っていいのかアレ」

「正確には黒竜王の怨念に飲み込まれてマガイモノ絶対殺すマンになる」

「こわい」


 本当に怖い。

 普段はインベントリにしまっているからまだ良いものの、うっかりどこかに置き忘れでもしたら速攻で地獄絵図が生まれてしまう。


 そこでふと気付いた。

 黒竜王の遺したドロップアイテムはこの大剣だけではないのだ。


「……イサトさん」

「ん?」

「まるっきり他人事みたいに面白がってるけど、イサトさんのブレスレットにも似たような呪いがかかってるのに300ペソ」

「呪いって言うな!」


 言い出しっぺはイサトさんである。

 俺の持つ大剣とよく似たデザインのブレスレットは、イサトさんの華奢な手首を彩っている。それを指先で弄りながら、イサトさんがうろりと視線を彷徨(さまよ)わせた。


「…………これ、何が召喚されるんだろうな」

「ドラゴンゾンビ、とか……?」


 完全に黒竜王ゾンビを想定している俺である。


「ドラゴンサイズのゾンビとかもうなんか臭いとか辛そうじゃないか……?」

「そこで気にするところは臭いなのか。じゃあ、スケルトンとか?」

「ドラゴンスケルトン……、強いのか(もろ)いのか……」

「エレニが見たら泣くぞ」

「泣くな、間違いなく」


 育ての親が自らの意志でゾンビとして召喚されたあげく、マガイモノ絶対殺すマンとして大暴れする図など見せつけられたら俺でも泣く気がする。


「……これ、実戦で使う前に確かめた方が良い気がしてきた」

「そうだな」


 マルクト・ギルロイの屋敷を探索した結果、万が一ヌメっとしたものに遭遇して戦闘になった時のことを考えると自分たちの戦力は把握しておきたい。


 そんなわけで、俺たちはマルクト・ギルロイの屋敷の探索は一旦後に回すことにして、人気のないセントラリアの街の外へと赴く。北方面を選んだのは、万が一のことがあっても誰も巻き込まなくてすむ場所を選んだためだ。ノースガリアが滅んでいる現状、北の街道を使う者はいない。


 うっすらと風花が舞う平野にて、俺とイサトさんは黒竜王のブレスレットを試すことにした。


 禍々しいスタッフを構えるイサトさんから少し離れたところで、俺は黒竜王の剣を携えて待機する。万が一暴走したときには、俺が止めるつもりである。もしかすると黒竜王の剣ではダメージを与えることができない可能性もあるので、前に少し使っていた長刀も念のため用意しておく。


「秋良、用意はいいか?」

「おう、任せろ!」

「よし」


 すぅ、とイサトさんが息を吸う。

 伏せがちの金色が神秘的に煌めく。

 イサトさんがスタッフを空にかざし、トーン、と高らかに地面へと打ちつける。

 とたん、空に暗紫の雷光がばちばちと厳めしく煌めいて――……ドォオオンと腹に響く落雷めいた音と共にその場に姿を現したのは、柴犬ほどの大きさの仔ドラゴンを抱いたエレニwith哺乳瓶だった。


「…………」

「…………」

「…………」


 なんともいえない沈黙。

 ちゅっぱちゅっぱちゅっぱ、と仔ドラゴンが懸命に哺乳瓶を吸う音だけが響いている。


「…………何しに来たのお前」

「それこっちのセリフだからね!? 何!? 何の用!? 俺の力が必要になったときは呼んでとは言ったけどこんな強制的に呼ばれるとは思ってなかったよ!?」


 俺たちだって、まさかエレニが来るとは思わなかった。

 かくかくしかじか、と俺はエレニへと事情を話す。

 その間、ミルクを飲み終えた仔ドラゴンはうごうごとエレニの足元を這いまわっている。時折ごろんとあおむけに転がり、パンダのような姿勢でもぐもぐとエレニの下衣の裾を食んだりもしている。平和だ。


「――なるほどね。そのブレスレットはおそらく、次の黒竜王を召喚するものなんだろうな」

「次の」

「黒竜王」


 俺とイサトさんの視線が、地面でのたのた転がる仔ドラゴンへと降りる。

 確かに鱗は黒いが、黒竜王のような知性や威厳を感じることはできない。

 ちょっとおばかな大型犬、といった雰囲気だ。

 この仔ドラゴンが大きくなったら新たな黒竜王となるのだろうか。


「……わかるよ、君たちが何を考えているのか。でも仕方ないだろう、御山で新たに生じた竜はこの子だけなんだよ! 将来的にはちゃんと凛々しくて恰好良くて威厳のある黒竜王になるはずなんだから……!」


 親バカめいて主張するエレニの足元で、仔ドラゴンはもぐもぐもぐもぐ、とエレニの下衣の裾を食み続けている。


 かがんだイサトさんがその鼻頭を撫でると、きゅう、と大変可愛らしい鳴き声が響いた。かわいい。すごくかわいい。


 だがどう考えてもこれは戦力にカウントしてはいけない。

 ヌメっとしたイキモノとの戦闘真っ只中にこんな愛らしい生き物を召喚したならば、保護者エレニに俺たちがしばき倒される。


 呼び出して早々申し訳ないが、目論見が外れた以上エレニと仔ドラゴンには帰ってもらうことにしよう。仔ドラゴン、エレニの足をのしりと踏んだままうとうと微睡(まどろ)み始めているぞ。


「急に呼び出して悪かったな。山までは俺が送るよ」


 『家』の扉の行き先には黒竜王の住処(すみか)も登録してある。

 俺は懐から取り出した古めかしいデザインの鍵をしゃらんと鳴らす。ふぅ、っと風が吹きぬけて、空中に扉が浮かび上がった。


「イサトさん、俺はエレニを送ってくるけどイサトさんは……」

「…………」

「イサトさん?」

「あ、ごめん。そうだな。私はここで待っている。それと秋良青年、向こうについたら連絡をくれないか」

「ぅん? いいよ」


 俺はエレニを連れて『家』に入る。

 これまで存在は見ていても、実際に足を踏み入れるのは初めてのエレニは興味津々といった顔をしていたものの、残念ながら素通りである。『家』に入って扉を閉めて、もう一度開ける。そうすると、扉の先にあるのは薄暗い黒竜王の洞窟だ。


「わあ、これは便利だ。妖精の領域を通り抜けることで空間をショートカットしているのか」


 腕の良い魔法職だけあって、その辺のことは感じとれるらしい。

 俺はエレニに対して曖昧に頷きつつ、指輪を通してイサトさんへと連絡する。


『イサトさん、ついたぞ』

『それじゃあ、エレニに一度仔ドラゴンから離れてもらってくれるか?』

『わかった』


「エレニ、その子を下ろして少し離れてくれるか?」

「何を試す気なんだい。せっかく寝付いたのだから、起こすようなことは……」


 ものすごく子育てママな苦情を言われてしまった。

 それでも、エレニは仔ドラゴンを柔らかな布を集めて作った寝床へと下ろすと、俺の頼んだ通りに仔ドラゴンから離れてくれる。


『イサトさん、離れたぞ』

『それじゃあ秋良青年、エレニと手をつないでくれ』

『え』

『ん?』

『マジで?』

『マジで』

『…………』


「エレニ、手ェ貸せ」

「…………」


 エレニにも心底厭そうな顔をされた。

 俺だって厭だよ。俺だって厭だよ。大事なことなので二度言いました。


『手、繋いだ?』

『…………繋いだ』


 良い年をした野郎同士が顰めッ面で手を繋いでいるという図は、(はた)から見てもなかなか珍妙なものだったと思われる。


『それじゃあ、もう一度召喚を試す』

『わかった』


 俺は一応エレニへと、万が一仔ドラゴンだけが召喚されてしまった場合は、すぐにでも俺が責任をとってエレニの下に届けると約束して、イサトさんへと合図を送る。そのとたん、俺とエレニを中心に暗紫の雷光がバチバチと閃いて――……ピシャァアアアン、と稲妻の走る音と同時に、周囲の景色が綺麗に変わっていた。


 目の前には「うわぁ」という顔をしたイサトさんがいる。


「えっ……、どういうことなのこれ!?」


 目を白黒させているエレニに向かって、イサトさんはふっと良い笑顔を浮かべて見せた。


「大変申し上げにくいのですが」


 本日二度目だ。


「はい」

「もしかして:君が黒竜王」

「!!!??」


 先ほどは未来の黒竜王が召喚されてしまったのかと思ったものの、黒竜王の後継者という言葉に一番ふさわしいのはエレニなのでは、との可能性が閃いたもので、俺に確かめてもらったということらしい。


「……そうだよなあ。俺やイサトさんだけに黒竜王が遺品を残すとは思えないもんな……」

「うむ……」


 神妙な顔で頷きあう俺とイサトさんの隣で、エレニがぶんぶんと頭を左右に振っている。


「いやいやいや俺エルフだからね!? 半分ぐらいエルフ止めてる自覚はあるけども、一応エルフだからね!?」


 だんだんエレニの定義が「自称エルフ」になりつつあるが大丈夫か。


「ちょっとエレニ、竜化してみないか?」

「え……、わかった……」


 戸惑いつつも、イサトさんの提案にノるエレニ。

 本人としても何がどうなっているのか、状況を把握したい気持ちが強いのだろう。


 エレニが瞼を下ろし、何事かを口の中で呟くと同時に、こうッ、と風がその体を包みこむように発生した。もともと白い肌が内側から艶めかしく煌めくように光りだし、やがてうっすらと透けるようにその肌に白銀の鱗が滲み出る。その輪郭が光に溶けるように歪んで形を変えて行き――……やがて、そこには一匹の白銀のドラゴンが姿を現した。


 が。

 が。

 が。


「……明らかに黒竜王の影響が出てるな」

「ええ」


 イサトさんと頷きあう。


 ドラゴンと化したエレニは、前回セントラリアを襲ったときよりも一回り以上大きくなっていた。そのフォルムも、華奢な瑞獣(ずいじゅう)めいていたものからがっしりとした、どこか黒竜王を思わせる姿へと変わっている。そして何より、前回は染み一つない真白だったはずの鱗に黒銀の色合いを乗せていた。


「おめでとうございます。どう見ても、立派な黒竜王(若)です」

『ひ。ひえええええ……』


 ブレスの代わりに、か細い悲鳴がドラゴンの口から漏れる。


『あの日以来竜化なんて使ってなかったから……っ』


 本人は全く気付いていなかったらしい。

 黒竜王は最後の最後に、自分のすべてを息子であるエレニに託していったのだなあ、と良い話風にまとめてはみたものの、エレニは予想外の展開に真っ白に燃え尽きていたのだった。合掌。


ここまでお読みいただきありがとうございます。

PT、感想、お気に入り登録、励みになっております。


おっさん五巻、8月15日に発売が決定しました!


次の更新は、29日になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ