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おっさんと騎士の懺悔

 さすがに騎士団全員を率いて行くのは大所帯に過ぎるので、一緒についてくるのは団長さんと、エラルド、そして言い出しっぺであるアルテオの三人となった。


 並んで歩く俺とイサトさん。

 その後ろ、数歩離れたところを三人の騎士、といった形だ。

 俺はふと視線を背後へと流すと、騎士たちへと声をかけた。


「騎士団の人たちって、獣人たちのことをどう思ってるんだ?」

「えっ……その、すみません」

「それは……本当に申し訳のないことをしたと」

「申し訳ありません……!」

「や、そうじゃなくてだな」


 どうも俺たちに責められていると受け取ってしまったのか、獣人たちへの迫害を見過ごしていたことに対する反省と謝罪めいた言葉ばかり口にする三人である。それでも根気強く聞き続けた結果、やがてぽつぽつと本音を語り始めてくれた。


「……セントラリアを守る守護騎士団といえど、お恥ずかしい話、実は一枚岩ではないのです」

「と、言うと?」

「守護騎士には、大まかに二種類の者がいます。貴族出か、庶民出か。私は後者です。私が騎士団長に任命された時、団長候補がもう一人いたのですが……その時の相手は貴族出身でした」

「あー……、もしかしなくても派閥争い、だろうか」


 しょっぱい顔をしたイサトさんの問いに、苦笑を浮かべた団長さんが頷く。


「……イサトさんも経験あんの?」

「あるある。上司とさらにその上司の指示が食い違ってたりなんかすると部下としては死にたくなることこの上ないぞ」

「うわあ」


 想像するだけで胃が痛くなる。


「私ともう一人の対立候補、どちらが騎士団長になるかで、騎士団内部は二つに分かれました。数として多いのは庶民派です。ですが、貴族派は数は少なくとも上層部に大きな影響力を持っています」

「まあ、そうだろうな」


 騎士団を動かすのはその上に立つ貴族たちだ。

 貴族出身の騎士ともなれば、影響は当然大きいだろう。


「当時私のライバルはまだ年若く、経験も浅かったことから私が騎士団長に任命されることになりました。ですが……」


 苦い笑みを浮かべて、団長さんはそっと自分の腰に差した剣の(つか)を撫でる。


「これまで、歴代の騎士団長は皆団長の栄誉と共に王から女神の恵みである剣を授けられてきました。しかし私には、それがなかった。そのことから、私のことを正当な騎士団長として認めない向きが貴族派の中には強くあったのです。その結果、貴族出身の騎士たちの多くは今でも私の対立候補こそを自分たちのリーダーとして仰いでいます。そして、マルクト・ギルロイが渡りをつけたのはその貴族出身の騎士たちでした」


 あ、何か厭な予感がしてきたぞ。

 俺はちらりと、団長の後ろをついて歩くエラルドへと視線を流す。

 そんな俺の視線に気付いたのか、エラルドが気まずそうに目を泳がせる。


「もしかして、その貴族代表の騎士ってのはライオネル何とかか」

「ご存知でしたか」


 やっぱりな!

 あのやたら偉そうに取り巻きを引き連れた男には、そんな事情があったらしい。


「ライオネル・ガルデンスを筆頭に、貴族出の騎士たちがマルクト・ギルロイへと便宜を図っていました。私は、彼らを抑えることが出来なかった。反目を恐れ、見て見ぬふりを続けたのです」

「なるほどなあ」


 いかにも、大人の事情、といった感じである。

 騎士団が本格的に二派に分裂してしまうことを恐れ、ライオネル・ガルデンスの迷走を見て見ぬふりをした団長さん。その結末として突き付けられたのが、獣人の大量殺戮だったのだから、後悔も大きいのだろう。


「じゃあ、団長さんや、庶民出身の騎士は獣人に対してそんな悪感情はない、ってことか」

「はい。私が把握している限り、積極的に悪意を持つ者はいないかと」


 ただ、彼らは見ないふりをした。

 触らぬ神に(たた)りなしと、面倒ごとに発展することを嫌って、目を(つぶ)った。


「貴族出身の騎士側はどうなんだ? エラルド、お前はライオネル側の騎士だろ?」

「……はい」


 苦い顔で、エラルドが頷く。

 ライオネル何とかと共に教会を訪れたエラルドは、貴族側の騎士と見るべきだろう。だが、そんなエラルドがどうして今は団長と行動を共にしているのだろうか。不思議そうな顔をしている俺たちに向かって、今度はエラルドがぽつぽつと語る。


「………………、私たちの方も、ほとんど団長たちと変わりません」

「っていうと?」

「家の繋がりでライオネルと行動を共にしてはいましたが、特別獣人に対して悪意があるわけではなかった、ということです。私たちは、ただ利益があったからライオネルの側についていただけなのです」

「……なんだか、なあ」


 俺はぼんやりと呟く。

 なんだか、酷く虚無感めいたものを感じた。

 獣人を迫害した側も、それを見過ごした者も、獣人に対しての悪意は薄いという事実が、妙に心にずしん、と来たのだ。


 両者ともに、ただただ無関心だっただけだ。

 好きでも嫌いでもなく、ただ己の利益を優先して積極的に関わろうとしなかっただけ。誰も、マルクト・ギルロイを止めなかった。ただ、何もしなかった。それだけのことで、たくさんの獣人の命が奪われた。


「それで、どうして君は今団長さんの側に?」

「……あの時、教会で、私たちは商人に追い払われたでしょう」

「そうだな」

「あの時……獣人たちが逃げ遅れたセントラリアの人々を守っていたのを見て、自分は何をやっているんだろう、と思ったのが一つでした。私は、セントラリアを守る守護騎士になったはずなのに、どうしてこんな時にまでせこせこと嫌がらせをしてるんだろう、と」


 エラルドの語る声音は静かだ。

 かつりかつりと教会までの道を歩きながら、まるで懺悔のようにその声は響く。


「少し、腹も立ちました」

「何に?」

「あの、商人にです。あの男は、獣人を虐げていた代表みたいな男でしょう。それが、まるで獣人を庇うように私たちを追い払った。なんだか――……、裏切られたような気がしたのです。だから、詰め所への帰り道、私たちは延々とあの男を罵っていました。今更良い人ぶろうとしたって、我々と同罪だ、むしろマルクト・ギルロイの仲間だった分あいつのほうが罪深い、って。そうして、気付いたのです。それが、私たちの罪悪感だということに」

「そうか」


 彼の語る感情は、理解できるような気がした。

 今更良い人ぶろうとしたって駄目だ、との言葉は彼ら自身に向けられたものでもあったのだろう。許されないことは、わかっている。だから、許しを請うことが怖い。だから、自分たちを裏切って自らの振る舞いを正そうとした商人に腹が立つ。許されないはずなのに、一人だけ許されようとしているように見えたから。


 マルクト・ギルロイの大量殺戮を見過ごしたという罪悪感を、彼らは今更獣人側について媚びを売るように見える商人に怒りという形でぶつけることで誤魔化そうとした。


「その後……、貴方たちが詰め所を訪れました。詰め所には、たくさんの傷ついた仲間がいた。彼らが命を落とすのは、耐えられないと思いました。彼らは、セントラリアを守るものとして役割を果たした上で傷ついた騎士たちです。そんな彼らが命を落としかけていて……私は、無傷だった。私はその夜も、ライオネルに追従するものとしての恩恵を受けていました。比較的危険の少ない大聖堂近くの警護を――……、いえ、あれはもうほとんど避難、だった」


 ライオネル何とかも言っていたっけか。

 貴き方々の守護を優先すべきだとかなんとか。

 彼らは貴族の警護を名目に、大聖堂の中にてあの夜を過ごしたらしい。


「だから、貴方たちに助けを乞いました。そして……、獣人側だとか、そういうことに関係なく『自分たちがしたいと思ったから』という理由で彼らを助けてくれた貴方たちを見て……その。憧れたんです。『自分たちがしたいと思った』という理由で、正しいことが出来る貴方たちに。正しいことをしなければならない、のではなくて……正しいことを『したい』と思えることに、と言ったらいいのでしょうか」


 そう言って、過去の己を恥じるように苦笑を浮かべてみせるエラルドはどこか清々しい顔をしているように思えた。


 俺とイサトさんは、互いにちらりと視線を交わす。

 俺たちは、誰かのために何かをしてきたわけではない。

 エラルドが今言ったように、その場その場において沸き起こる欲求のままに、「したいこと」をしてきただけだ。

 それが、いろんなところに少しずつ影響を及ぼしていることがなんだか不思議で、くすぐったいような気がした。


 願わくば、それらの影響がそれぞれの人生に、この世界に、少しでも良いものであればいいと思う。


 そうして歩いているうちに、次第に獣人たちが拠点に使っている教会が近くなってきた。微かに漏れ聞こえるのは、讃美歌だろうか。静かで、厳かで、それでいてどこか懐かしい。不思議と胸が締め付けられて、脳が理由を理解するよりも先に目頭が熱くなる、ような。


「あれ、なんだ、これ」


 さりげない素振りで、しぱしぱと瞬く。

 見れば、イサトさんも不思議そうに瞬きながらもその金の瞳を潤ませていた。

 ふと耳にしたこのメロディが、一体俺とイサトさんの何を刺激したというのか。首を傾げていた俺の隣で、ああ、と納得したようにイサトさんが声を上げた。


「秋良青年、これ、RFCのBGMだ。教会の」

「ああ――」


 すとん、と納得した。

 この曲は、まだRFCが俺たちにとってただのゲームだった頃、セントラリアの教会で流れていたBGMだ。ゲーム内ではパイプオルガン調のメロディだけで、人の声で歌われているのを聞いたことがなかったからすぐには気付かなかった。


 俺たちのよく知るRFCと酷似したこの世界にやってきて、逆に縁遠くなったのがBGMだ。当たり前だが、現実世界ではBGMは自動では流れない。


 だから、なのだろう。

 これはきっと郷愁だ。

 RFCがまだゲームだった頃、PC画面越しに聞いていたメロディ。


「この曲、好きだったなあ」

「俺も」


 わざと画面でRFCを開きっぱなしにして、そのBGMを聞きながら他の作業をしたりしていた日々を思い出す。


 音楽にも結構凝っている、と言われていたRFCだったが、その中でもセントラリアの教会BGMはベスト5に入るぐらいには人気があった。わざわざセントラリアの教会までやってきて離席する人たちもいたぐらいだ。


 俺もその中の一人だ。

 BGMだけでなく、教会の雰囲気自体も好きだった。

 天窓のステンドグラスから差し込む柔らかな光。セピア調の薄暗い室内、そんな聖堂の正面中央に佇む神父のNPC。そして、その周囲に立ち尽くす人影たち。


 本当は単にリアルで何かあって離席しているだけなのだろうが、そんな人影たちはまるで真摯な祈りを捧げているようにも見えて、どこか本当に厳かな空気が流れているような雰囲気があったのだ。


「懐かしいな」

「はい。久しぶりに聞きました」

「自分も子どもの頃以来です」


 団長さんたちまでもが、懐かしそうにそんな話をしている。


「この歌って、何の歌なんだ?」

「女神を讃える古い聖歌です。年寄りなどは今でも口遊(くちずさ)んだりはしていますが……歌による信仰は今ではあまり一般的ではなくなっています」

「へえ、綺麗な歌なのにな」

「なんでも、一部からあまりに大衆的で、女神の権威を(おとし)める、という声が上がったのだとか」

「ああ、確かに――…キリスト教なんかでも、聖歌を歌ったり踊ったりする宗派と、それを不真面目だと批判する宗派があったりするものな」


 イサトさんの納得した、というような声に、俺は心の中で「へえ」ボタンを押す。純日本人として育ち、あまりそういった宗教に触れる機会がなかった俺としてはそういった宗派ごとの違い、というのがあまりピンと来ない。


「君も映画で見たことがないか? 歌って踊るシスターとか」

「あ、あるある。ゴスペル、って言うんだっけか。でもあれって映画の脚色だと思ってた」

「あそこまで派手じゃないけれど、あんな感じに歌って踊る宗派は実際にあるんだ。でも、やっぱり祈りは神聖なものであるべきだから、そういうのは不真面目だ、って言う人たちもいたりするんだよ」

「なるほどなあ」


 それでこちらでも、今までこの歌を聞く機会がなかったのか。

 信仰のことはよくわからないながら、単純にこの曲が好きな俺としては勿体ないような気がしてしまう。


 ちょうど俺たちが教会の入り口に差し掛かった頃には、ミサが終わったのかぞろぞろと聖堂の辺りから人が出てくるところだった。


 お、と思ったのは、それが獣人だけではなかったことだ。

 まばらにではあるものの、人込みの中には人も交じっている。

 そんな中に、クロードさんとあの商人の姿もあった。

 最初の頃はまだ少しあった緊張感も今ではなく、近所のおっちゃん同士が話しているような気やすい空気が二人からは漂っている。


 そのことに団長さんが驚いたように目を丸くしているところで、二人が俺たちに気付いたようだった。


「ああ、本当に戻ってきてたのか。エリサとライザから事情は聞いてる」

「無事に戻ったようだな」


 口々に声をかけつつ、二人がこちらへと歩み寄る。

 その途中で俺たちの傍らにいる騎士たちの姿にも気付いたのか、今度はその二人が訝しげに眉を跳ね上げて見せる。


「何かあったのか?」

「……揉めているのか」


 二人して、すぐさま臨戦態勢に入ろうとするのは如何(いかが)なものかと思う。

 クロードさんは戦闘態勢(物理)だし、商人の方は戦闘態勢(理屈)だ。

 その息の合いっぷりもなんだか感慨が深い。

 俺たちがノースガリアに向けて出発した後も、どうやらこの二人は上手くやっていたようだ。

 困惑する騎士たちのためにも、俺とイサトさんは手をぱたぱた振りつつ二人へと事情を説明することにしたのだった。
















「なるほど、剣を作るための材料が欲しい、か」

「…………」


 俺とイサトさんの話を聞き終えた二人は、何やら難しげな視線を交わしあった後むっつりと眉間に皺を寄せて黙り込んだ。


 やはり簡単には騎士たちを許して協力する気にはなれないのだろうか。

 それにしては、商人と交わした視線の意味がわからない。

 俺が内心首を捻っているところで、一歩前に出たのは団長さんだった。


「……私は、セントラリアの守護騎士団団長を務めるセドリック・ヘンツェだ」


 団長さんは、まっすぐにクロードさんを見据えて口を開く。

 威圧感すら漂うその佇まいに、クロードさんはやや警戒したように耳を寝かせて双眸を(すが)める。

 それに対して団長さんは――


「――すまなかった」


 深々と、直角と言っても良い角度で頭を下げて見せた。

 その姿に慌てたように、背後に控えていたエラルドとアルテオも頭を下げる。

 頭を下げてそのままの姿勢を保ったまま、団長さんは言葉を続けた。


「同じ護るべきセントラリアの民であるあなた方に対する不当な扱いは、我々の過ちだ。それをまずは謝罪させてほしい。そして、その上でどうか私の話を聞いてほしい。今更あなた方に仕事を依頼したいなどと言うのが虫の良い願いでしかないことはよくわかっている。責任をとれと言うのなら、私は守護騎士団団長の職を辞しても構わない。だが……どうか次世代の騎士たちとの交流を考えてはもらえないだろうか」

「おいおい……」


 さすがにこれにはクロードさんも驚いたのか、先ほどまで寝ていた耳が、ぴょ、と頭上で立ち上がっている。動揺具合を示すように、くるくると(せわ)しなく揺れる仕草がエリサやライザとよく似ている。助けを求めるような眼差しを向けられて、俺は小さく肩を竦めた。


 何度でも言うが、これは獣人たちと騎士たちの問題だ。

 俺たちが横から許せだの、許すなだの言えることではない。

 助け船がどこからも出ないと悟ったのか、クロードさんはわしわしとその赤い髪をかき混ぜながら一度溜息をついた。


「……あのな。アンタが大真面目に謝ってくれたからこっちも真面目に言うぞ」

「ああ、言ってくれ」

「アンタが騎士団長を辞めようがどうしようが、許せるかって言われたら許せねえ」


 それは、聞いている俺たちまではっとしてしまうようなきっぱりとした断言だった。


「……そう、か」

「ああ」


 団長さんが、ゆっくりと上身を起こす。

 そして、「邪魔をして悪かった」と静かに(きびす)を返そうとしたところで、クロードさんは苦い声でぼやいた。

 それはどこか苦笑めいた、どこか柔らかな苦味だ。


「だがな、関わらねェわけにもいかねェだろ」


 団長さんの動きが止まる。


「…………?」


 不思議そうに視線を戻す団長さんへと、クロードさんはわしわしと手慰(てなぐさ)みのようにその真っ赤な髪を掻き乱しながら言葉を続けた。


「オレたちはセントラリアを離れる気はない。これからもセントラリアで生きていきたい。アンタらとしっかり関わって、セントラリアの住人の一員として。だから、今はまだアンタらに許してくれって言われたからってはい許しますなんて簡単には言えねェが、その努力はしたいって思ってる。アンタの言う次の世代の子どもたちが、手をとって暮らしていけるように。……あー、ンな真面目なことオレはあんまり言いたくないンだ、ガラでもねェ。わかれよ」


 わからない。

 それは言わなきゃわからないぞクロードさん。

 そんなツッコミを心の中で入れつつも、その複雑な心境を思う。

 やられたことをすぐに許すことは難しいだろう。

 それでも、クロードさんは再び寄り添おうとしている。

 憎んだままでは、拒絶したままではセントラリアで暮らしていけないということがわかっているから。


 クロードさんの隣で、あの商人も複雑そうな顔をしている。

 お互いに、ちょっとした会話を交わし、笑いあうこともあるだろう。

 だけどこの二人はお互いが許したわけでも、許されたわけでもないことをわかっている。そんな隔たりがあることを承知した上で、お互いが共に暮らしていけるように努力して、協力しあっているのだ。


 好きだから一緒にいる関係が一番良いのだとは思う。

 けれど、いつか自然体で傍にいられるように、努力して傍にあろうとする関係も悪くないのではないかと、クロードさんと商人を見ていて思った。


「……では、我々の依頼を受けて」


 くれるのか、と団長さんが言いかけたところで、ずいっと二人の間に分け入ったのはあの商人だ。


「ちょっと待った」

「なんだ……?」

「もう既に仕入れの予定は立てているんですよ。横から別口の依頼をねじ込まれては困りますなァ、団長殿」

「ぐ!?」

「っつーわけなんだよな。アンタらが客として依頼するってなら、条件次第では受けてもいい。だが、もう結構予定が決まってンだよ。その辺の調整は、こいつとつけてくれ」

「私が詳しい条件等のお話を伺いましょう」


 すすっと前に出る商人は、完全に獣人たちのマネージャーといった態だ。

 確か俺たちの『家』を整備している間は、職人たちを商人のツテで紹介してもらったことから自然と商人が素材を集める獣人たちと職人たちの仲介を務めていたが……。


「クロードさん、クロードさん」

「お? なんだ?」


 こそっと声をかけると、クロードさんが俺の隣にやってくる。


「……なんでクロードさんたちのスケジュールをあのおっさんが管理してんだ?」

「あー、それな」


 はは、とクロードさんが笑う。


「あいつ、レティ嬢んとこの商会に入ったんだよ」

「マジか」

「マジマジ」


 つまり、あの商人は元ギルロイ商会現レスタロイド商会ということなのか。

 レティシアが彼を受け入れたことも驚きだし、その後彼が引き続き獣人たちと組んでいることも驚きだ。


「いいのか、あいつで」

「いいんじゃないか、商人としては有能だろ」


 いいらしい。

 俺たちの視線の先では、つらつらと語る商人に押される騎士たちがいる。

 すっかり商人のペースに呑まれている。

 やがて商談が落ち着いたのか、ほくほく顔で商人が戻ってきた。


「騎士が欲しがってるモノに関しては優先的に騎士に売る。その代わり狩りには騎士が同行し、護衛する。無料で。護衛に付き合った騎士は購入が二割引き、でどうだ」

「いいんじゃねェか」


 本当に有能だった。

 騎士の護衛がつくようになれば、獣人たちは狙った獲物にだけ集中して狩りが出来るようになるし、騎士が欲しがっているのは一般的にはそれほど需要のないアイテムのはずだ。そうなると狩りの効率が上がる上に、本来なら商品として価値の低かったアイテムに高値がつくわけなのだから、獣人たちとしても万々歳だろう。


 商人はこのことについてをレティシアに、騎士たちは詰め所で待つ仲間たちへと報告するために、それぞれこちらに向かって頭を下げると去っていく。


 それを見送ってから、俺とイサトさんはクロードさんにも先ほど騎士たちに説明したのと同じことを話して聞かせた。


「…………」


 ヌメっとしたものがまだ街に潜んでいる可能性が高い、と聞かされたクロードさんがこれ以上ないというほどの(しか)め面をする。


「……アレがまだこの街のどっかにいるってのか」

「おそらく」

「わかった。こっちでも何か気付いたことがあったらすぐにアンタらに連絡するようにする」

「そうしてくれると助かる」


 クロードさんを筆頭に、かつてギルロイ商会の狩りチームに入っていた獣人たちは実際の変わり果てたマルクト・ギルロイの坊やを見ている。あのヌメっとした異形の持つ違和感や、薄気味悪さを経験済みな分、きっとどこかで接触したらすぐに気付くことが出来るだろう。


 その後、俺たちがセントラリアを離れていた間の様子を聞いたりなどしてから、俺たちは宿へと戻った。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

Pt、お気に入り、感想等励みになっています。

次の更新は、26日になります。


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