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おっさん、鍛冶スキルに手を出す

 俺たちから聖女にお願いしたことは、主に情報の収集だ。


 ヌメっとしたイキモノは、セントラリアのどこかに潜んでいる。

 俺たちもそれを捜すつもりではあるが、セントラリアはなかなかに広い街だ。

 それをしらみつぶしに捜してまわるともなれば、時間がいくらあっても足りないだろう。そこで、大聖堂を訪れる人々から何かそれらしきことを聞いた際にはすぐに俺たちに知らせてくれるように頼んだのが一つ。


 もう一つは、騎士団や街の人たちから協力してもらえるように聖女に後ろ盾になってもらう、ということだった。


 一応セントラリアを二度にわたって救った英雄、ということにはなっているが、俺もイサトさんも流れの冒険者であることには違いない。そんな身元不明の旅の冒険者に、騎士や貴族がすんなりと情報を提供してくれるとは限らないからだ。


 その件については聖女が一筆認めてくれた。

 その書状を見せれば、俺とイサトさんの活動が聖女の承認を得ている、ということで、王族でもない限り協力を拒否することはできない、とのことらしい。


 いわゆる、水戸のご隠居が持つ印籠だ。

 この紋所が目に入らぬか、と口走る機会が待ち遠しい。

 どこか厳かな静けさに包まれた大聖堂の入り口ホールを抜けたところで、俺はふとイサトさんへと声をかけた。


「イサトさん、この後どうする?」

「せっかく聖女からお墨付きをいただいたのだし――……、騎士団の詰め所に寄って話を聞くのはどうだろう?」

「良いな。騎士団は確かにパトロールで街中を歩き回ることも多いし、何かしら情報を持ってそうだ」

「もし話をすることを抵抗されたら、秋良は『控えおろう、控えおろう!』って言う役な」

「イサトさんは?」

「この紋所が目に入らぬか、って言う」


 …………どうやら考えていることは同じだったらしい。

 時代劇のあの鉄板シーンは、日本人なら誰しもがきっと一度は憧れる。


「俺もそっちがいい」

「じゃあ交替制で」

「よし」


 あちこちで情報収集することを考えれば、紋所、もとい聖女の書状が効力を発揮する機会も少なくはないだろう。


 ――…そう思っていた時期が俺にもありました。


「どうぞ、こちらにおかけください……!」

「ドラゴンを追って旅に出たと聞いていましたが、戻られていたのですね……!」

「粗茶ですがこちらをどうぞ……!」


 控えおろう、という気満々で足を踏み入れた騎士団の詰め所において、俺たちは聖女の書状を出す暇もないほどの歓待を受けていた。


 至れりつくせりである。

 木で作られた大きなテーブルの上座に座るように勧められ、そんな俺たちを囲んで騎士たちは直立不動といった有様だ。逆に落ち着かない。


「ええと……、その、ちょっと話を聞きたいんだが」

「はい、何でもお聞きください!」

「…………」

「…………」


 なんだろう。

 すんなりと協力を得られて非常にありがたいはずなのに、一抹の物足りなさと、何がどうしてこうなった、という困惑がこみ上げてくる。


 ちら、と視線を彷徨わせたところで、エレニによる襲撃事件の直後に出会った青年騎士と目が合った。他の騎士に比べればまだ馴染みがあるもので、俺はそっと身を乗り出す。「?」と首を傾げつつも、顔を寄せてきてくれた彼へとこそっと問いかける。


「なあ、あの……なんか態度がヘンじゃないか?」


 前回騎士たちをイサトさんが治療したときだって、ここまで歓待はされていなかったような気がする。むしろ、あのライオネル何とかのように、敵対心、というか余所者(よそもの)に対する警戒心めいた反応を向けられていたような気がしないでもない。


 俺の問いに、青年騎士ははっとしたように頭を下げた。


「これまで、十分にお礼を言うことが出来なくて申し訳ありませんでした」

「えっ」

「えっ」


 思いがけない謝罪に、俺とイサトさんの声がハモる。

 それどころか、俺と彼の会話を聞いていたのか、その場にいた他の騎士たちも次々と頭を下げてゆく。頭を下げる角度はほぼほぼ90度。綺麗な直角だ。俺とイサトさんの目の前に、騎士団の頭頂部が並ぶ。


「ええええ……」


 この対応は予想していなかった。

 前回怪我人を治療する、という形で恩を売ることはできたはずなので、少しは態度を軟化させることが出来ただろう、ぐらいにしか思っていなかったのだ。


 と、そこに(よろい)のカチャつく音を響かせながら、飛び込んできた人がいた。


「お待たせして申し訳ない……!」

「えっ」

「えっ」


 再び俺とイサトさんの声がハモる。

 これまた待たされた覚えがないわけなのだが。

 その人物は、部屋に飛び込んでくるなり、騎士たちが頭を下げている光景にさっと青ざめたようだった。未だ弾む息を整える間もおかず、他の騎士たち同様に頭を直角に下げる。俺とイサトさんに向けられる頭頂部が増えた。


 なんだこれ。

 未だかつてこんな大勢の人間に頭を下げられたことがあっただろうか。いやない(反語表現)。


「うちの者が何か失礼をしたようで、申し訳ない……!」

「いやいやいやいやいやいやいや!!」


 何も失礼なことなどされていないので、俺は慌てて首を横に振る。

 見れば隣で、イサトさんも両手を「ちょっとまって」のポーズで差し出しつつ頭をぶんぶん左右に振っている。


「……? では何故お前たちは頭を下げている?」

「救国の英雄殿に対する失礼を()びておりましたッ!」


 飛び込んできた騎士の問いに、青年騎士がびしりと背を伸ばした直立の姿勢で答える。どうやら、この後からやってきた騎士が彼らのリーダー的な存在であるらしい。って。その、今ここにいる騎士たちよりも年齢のいった落ち着いた佇まいに見覚えがあった。


「もしかして、街の外に落ちたドラゴンを探しに来てた……?」

「ああ、覚えていてくださいましたか。名乗るのが遅くなってしまい申し訳ありません。私は、セントラリア守護騎士団団長、セドリック・ヘンツェと申します」


 改めての挨拶に慌てて俺とイサトさんも立ち上がって団長さんへと頭を下げる。

 あの時感じた「騎士団の中でも手練(てだ)れなのだろうな」という見込みはどうやら間違っていなかったらしい。


「俺は旅の冒険者、アキラ・トーノです」

「私は彼の連れ、イサト・クガだ」

「ご丁寧にありがとうございます。それで、何か私どもに御用でしょうか」

「用もあったんだが……正直、この歓迎ぶりに戸惑ってる」


 俺の隣で、イサトさんもこくこくと頷いている。

 そんな俺たちの戸惑う気持ちを察してくれたのか、団長さんの口元に小さく苦笑が浮かんだ。今まで俺たちに向けていたのが畏敬だとしたなら、それがようやく年相応の年少者を見る眼差しになった、というか。


「あの夜、あなた方が私どものために何をしてくださったのかをようやく我々は正しく認識したのです」

「正しく、って言うと……」

「私は、あの日あなた方がいかに勇ましくドラゴンと戦ったのかを語りました。あのドラゴンを追い詰めた空中戦、本当にお見事でした。いかにお二方が死線を潜り抜けてきたのかがよくわかる戦いぶりでした」

「はあ……」


 イサトさんと死線を潜るようになったのはこの世界に来てからのことなので、実際のところは片手の指で足りる程度だ。というか、まあ俺たちの世界で考えた場合それでも十分多すぎるほどの死線(物理)ではあるのだが。


「職業:騎士」として命を懸けて戦うことを生業(なりわい)としている人に褒めてもらえるほどのものではない……はずだ。


「私は、魔女殿がいかに鮮やかに街に潜むモンスターを狩ったのかを」

「そして私は魔女殿がどれだけ慈悲深く我々を癒したのかを」

「…………」


 褒められっぷりに困惑したように、イサトさんがおろおろと視線を揺らしている。見やれば、それらの言葉にうんうん、と頷くように騎士のみなさんがきらきらとした双眸をまっすぐにこちらに向けている。


「……う」

「ひええ……」


 こうも真っ当に感謝の念を向けられると、なんだか逃げ出したくなるのは何故なのだろう。妙に尻の座りが悪くなる。その、きらきらビームから逃げるように、俺は本来の用件を持ち出すことにした。


「えっと……そのな、ちょっと聞きたいことがあって」

「私どもで答えられるようなことであれば何でもおっしゃってください」

「ええと、その前に皆も座らないか」

「良いのですか?」

「良い」

「良い」


 俺とイサトさんは二人そろってはっきりと言い切る。


 大勢の騎士を立たせたまま、自分たちだけ座って話が出来るほど俺もイサトさんも図太くはない。ではお言葉に甘えて、と騎士たちはそれぞれ丸椅子を引き寄せて腰を下ろした。俺たちの正面にずらりと並んで直立していた騎士たちが座ってくれたことで、威圧感がだいぶ緩和された感。

 俺は皆が座り終わるのを待ってから口を開いた。


「ええとまず、今後セントラリアがドラゴンに襲われることはない」

「ドラゴンに(とど)めを刺してきたのですか?」

「あー……、それはある意味正解で、ある意味で違う、かな」


 騎士たちが不思議そうに首を傾げる。


「正確に言うと――…、あのセントラリアを襲ってきたドラゴンは倒してない。でも、そのドラゴンのボスである黒竜王と話をつけてきたし、倒してきた」

「な……ッ!」


 黒竜王、という言葉に騎士たちが顔色を変えて息を呑む。

 北の御山に御坐(おわ)すという黒竜王。

 エレニが『竜化』スキルで転じたドラゴン相手にすら歯が立たなかった騎士団だ。彼らにしてみれば、黒竜王との戦闘、なんていうのはもはや悪夢にしか過ぎないのだろう。


「まあ、結果として黒竜王を倒す形にはなったんだが、別段殺し合った、っていうわけじゃなくてな」

「こう――……」


 ぴ、とイサトさんが指を立てる。


「殴り合って分かり合った感じ、と言えば伝わるだろうか」

「「ああ」」


 さすが騎士団、体育会系だった。

 イサトさんの言葉に俺たちを囲む騎士たちがこくこくと頷いている。


「それで、黒竜王に話を聞いた結果、セントラリアに世界を歪めているモノがいる、ってことがわかったんだ」

「黒竜王たちドラゴンは、世界を正すためにそいつを倒そうとしてたんだ」

「つまり、人に害をなすつもりだったわけではなく……人を巻き込んででもそいつを倒そうとしようとしていた、ということでしょうか」

「そういうことだな」


 俺たちの言葉に、騎士たちの間にもざわめきが広がる。

 声高に俺たちを疑うものはいないものの、すぐには信じられないのだろう。


「世界を正す……、とは?」

「あー……、簡単に言うと、今この世界では女神の恵みが得にくくなっているだろ?」

「はい」

「それが、世界の歪みなんだそうだ。この世界を廻る女神の力を掠めとるものがいるせいで、女神の恵みが手に入れられない、ということらしい。女神はその歪みを正そうとしていて、それで女神の意志に従ったドラゴンがセントラリアを襲う、っていう形になっていたんだ」

「なるほど……つまり、そのお探しのモノを倒すことが出来れば、我々もかつてのように女神の恵みを手に入れることが出来るようになるのですか……?」

「そういうこと、らしいぞ」


 ざわ、と今度は先ほどとは違う意味合いで騎士たちの間にざわめきが起こる。

 女神の恵みが理由もわからないまま人の手から失われて久しいこの世界において、その原因と、希望の光が見えたことはきっと大きな意味を持つ。

 団長さんが俺たちを見る目にも、先ほどまで以上に強い色が浮かんでいる。


「それで、私どもに何ができますでしょうか」

「話が早くて助かる。普段騎士団は、セントラリアをパトロールしてるだろ? そのパトロールの経路だとかを教えてほしいし、そのパトロールする中で様子がおかしい、と思うような場所があったら教えてほしいんだ」

「エラルド!」

「は!」


 団長さんが名前を呼ぶと同時に、青年騎士が立ち上がって一度部屋の隅の棚へと向かう。そうか、彼の名前はエラルドか。


「こちらが、セントラリアの地図になります」


 そう言ってエラルドがテーブルの上に広げたのは大きな地図だった。大きい分、随分と細かくセントラリアの街並みが描かれており、その地図の中にはそれぞれ色の異なるラインがぐねぐねと通りに引かれている。


「色が違うのは……、パトロールのコースの違い?」

「はい」


 なるほど。

 地図の中で使われているのは四色。

 四チームに手分けしてパトロールを行っている、ということらしい。

 セントラリアの街並みを四分割して、それぞれのチームがパトロールしている、と考えるとわかりやすい。


 いつの間にか俺やイサトさんを含め、周囲にいた騎士たちも腰を浮かせてテーブルの上の地図を囲むような体勢になっている。


「それで、様子がおかしい、というのは具体的にはどのようなことなのでしょう」

「例えば――……なんとなく、厭な気配がする、とか」


 漠然とした問いではあるのだが、あのヌメっとしたイキモノに遭遇して俺が真っ先に感じたのは「人でないものが人のフリをしている違和感」であり、その違和感故の薄気味悪さだった。何が違う、と具体的にあげるのは難しい。ただ、そっくりだからこそ不気味で、気持ち悪いのだ。これがいわゆる不気味の谷、と呼ばれる現象なのだろう。そっくりだからこそ、些細な違和感が劇的に大きく感じられてしまう。


 俺の説明に、騎士たちが顔を見合わせてそれぞれの心当たりについてを相談し始めた。


「西区の幽霊屋敷はどうだ? 近所の子どもたちの間じゃ話題だろう」

「だが実際に見回りに行くとただの廃墟だぞ」

「じゃあ、南区の火事跡はどうだ?」

「あそこはまあ、焼け跡がそのまま残っているだけあって確かに不気味、ではあるな」


 ふむふむ。

 土地勘のない俺たちにとっては、どれも興味深い。

 騎士たちがそれぞれの心当たりのある場所を地図へと書き込んでいくのを見守っていると、ふと団長さんが静かに口を開いた。


「……本来、セントラリアを守護するのは我ら騎士団の役目。だというのに、このようなことでしか協力できず、本当に申し訳ありません」

「……、」


 本当なら、すぐにでもそんなことはない、と否定すべきところなのだろう。


 けれど、団長さんの声があまりにも悔しげに響いたために、俺は何も言えなくなってしまった。

 俺が何と言ったところで、俺とイサトさんがこの世界において規格外の力を持ち、あのヌメっとした連中とやりあえるのが俺たちしかいないという事実を変えることは出来ない。彼らがいくら望んだとしても、彼らでは(かな)わないことを俺も、そして彼ら自身もわかっている。


 俺はそのまま気まずげに目を伏せかけて、隣のイサトさんが団長さんから目をそらさずにいることに気付いた。


「…………」


 ふと、思った。

 こういうとき、イサトさんなら何と言うだろう。


 前にライザが無力感に落ち込んでいるとき、イサトさんは落ち込むライザとは違う角度からの見方をライザに伝えることでその気持ちをそっと(すく)い上げて見せた。


 俺が落ち込んでいるときだってそうだ。


 イサトさんはいつだって、少しだけ物事の見方を変えて、良いところを見ようとしてくれる。きっと今だって、俺が何も言わなければ、何も言えなければ、イサトさんが柔らかな気遣いでもってして団長の気持ちを少しだけでも楽な方へと導くのだろう。


 役割分担だ、と言うのは簡単だ。

 だけど、そういったフォローをいつもイサトさんに任せっぱなしなのは、なんだか少し悔しい気がした。


 イサトさんなら、何と言うだろう。

 どんな風に、物事を違う角度から見るだろう。


「……うまく言えてるかわからないけど。こうやって、俺たちに情報を出せるのも、普段団長さんたちがしっかりセントラリアを守ってきたから、なんじゃないのか」


 団長さんと、イサトさんがそれぞれ少し驚いたような視線を俺へと向ける。

 ……あんまり見ないでほしい。照れるから。


「普段から街のパトロールをして、ちゃんと街にしっかり関わって、いろんな人の話を聞いたり、自分の目で見たりしてきているからこそ、今こうして俺たちにいろいろ教えることも出来るわけじゃないか」

「……はい」

「セントラリアがドラゴンに襲われたあの夜、騎士団が街の人の避難を請け負ってくれたからこそ、俺はドラゴンとの戦闘に専念できた。正直、あいつとやりあってる間、あまり周囲に気を遣う余裕はなかった」


 ひょいと肩を竦める。

 騎士団のおかげで王族、貴族の退避が速やかに終わり、城の中が空っぽになったのがわかっていたからこそ、俺は『竜化』したエレニ相手に好き放題戦うことが出来たのだ。


「これだって、俺とイサトさんだけだったらこんな情報は手に入れられなかった」


 とん、とテーブルに広げられた地図を指先で叩く。

 大きな地図のあちこちには、たった今騎士たちによって書きこまれた不気味な場所情報が色鮮やかに記されている。


「こういうのだって、セントラリアを、セントラリアに暮らす人を十分守ってるって言えるんじゃないのか」


 戦って、敵を倒すだけが街を守る(すべ)ではないはずだ。

 実際騎士団だって、戦闘にのみ特化した集団というわけではないだろう。

 前線で剣を振るう役割のものがいれば、後方支援に徹するものだっているんじゃないのか。それを団長ともあろう人が(ないがし)ろにしているとは思えない。


「そう、だなあ。もし、こういった情報を私たちだけで調べようと思ったら、きっと時間がかかっただろうな。わからないでいるうちに良いようにやられてしまっていたかもしれないし、街にも大きな被害が出ていたかもしれない」


 イサトさんが、のんびりと俺を支援するように口を開く。

 それらの言葉に、団長さんは静かに目を伏せた。


「…………ありがとう」


 静かに告げられる感謝の言葉。

 街を救ったことに対して大仰に並べられる美辞麗句と違って、この言葉はすんなりと受け入れられるような気がした。


「団長、地図への書き込みが終わりました。確認していただけますでしょうか!」

「ああ」


 ちょうど良いタイミングで、エラルドが声をかける。

 もしかしたらこちらの会話が一段落つくまで、様子を窺っていたのかもしれない。エラルドに促されて、改めて俺たちはテーブルに広げられた地図へと視線を落とす。


「不審な場所、として名前が挙がった場所は十数件になりました。その中でも一番声が多かったのは……ここです」


 エラルドの手が、トン、と地図の上を叩く。

 その言葉通り、多くの騎士たちの口からその場所の名前が出たのだろう。一際色濃く、何重にもその場所を線が囲んでいる。


「そこは?」

「マルクト・ギルロイの屋敷です」

「ああ……、あそこか」


 騎士たちの言葉に、団長さんも覚えがあったのか、どことなく不快そうに眉根が寄る。


「確かに……、あの場所は不気味なものがあるな」


 団長さんの言葉に、騎士団のほとんどの人間が頷く。

 屋敷の主でもあったマルクト・ギルロイが病死した息子を生き返らせるために、多くの人間の命を犠牲にしていた事件の記憶はまだ新しい。


 多くの騎士たちがあの事件に実際に立ち会い、地下牢に囚われた獣人たちと、その傍らに無造作に積まれた、これまでの事件の被害者の遺品である衣服の山を見ている。


 俺たちがマルクト・ギルロイの凶行に気づくまでの間に――否、彼ら騎士団が獣人への迫害を見ないふりをしているうちに、どれだけの獣人が犠牲になったのかを彼らは理解してしまっているのだ。


 その罪悪感故に、その犯行現場であるマルクト・ギルロイの屋敷に、より不穏な空気を感じてしまっている可能性もあるが……、それでも調べる価値はある。


 第一、捕らえられていた獣人たちを解放した後の処理は騎士団に任せっぱなしになってしまっていて、俺たちはまだ詳しく調べてもいない。


「マルクト・ギルロイの屋敷の扱いって、今はどうなっているんだ?」

「今のところ我々騎士団の管理下に置かれています。もう少し落ち着いたらおそらく競売にかけられることになると思いますが」

「俺たちが中を調べたい、って言ったら入れてもらえるか?」

「民間人は中に入れるな、と上から言われていますが……」


 お。ここぞ聖女の紋所の使いどころか。

 俺とイサトさんが二人してそわっとする。

 が。


「あなた方なら誰も文句は言わないでしょう。万が一文句を言う人間がいたならば、こちらで抑えます。見張りについている部下たちにも、あなた方が訪れた際には最大限の配慮をするように申し伝えておきます」

「…………」

「…………」

「?」


 なんとなく肩透かしを食ったような顔になった俺とイサトさんに、団長さんが訝しげに首を傾げる。気にしないでほしい。団長さんは悪くない。ただちょっと、俺とイサトさん、二人して水戸のご老公なシチュエーションに憧れがあった、というだけで。


 俺たちはその後、その他に名前が挙がった場所についても詳しい情報を騎士たちから聞いていく。ほとんどが元病院の廃墟だったり、何か事件があってから人が住まなくなった廃墟だったり墓地だったりだ。なんというか、セントラリア七不思議、というか、ミステリーツアーでもしているかのような気になってくる。


 そうして話を聞き終えて、騎士団の詰め所をお(いとま)しようとしかけたところで、ふと俺たちの背中に向かって声をかけてくる者があった。


「あ、あの! すみません!」

「ん?」


 なんだか、酷く緊張した声だ。

 振り返れば、まだ若い青年騎士が顔を真っ赤にして俺を見つめている。

 周囲の他の騎士たちの反応としては、それをどこか面白がるような風だ。


「じ、自分はセントラリア守護騎士団第三部隊所属のアルテオ・ノークスと申します! その、アキラ様に個人的な質問があるのですが良いでありましょうか!」

「愛の告白だろうか」

「おいやめろ」


 大真面目にロクでもないことを言っているイサトさんに、じとりと半眼を向ける。アルテオと名乗った青年は、イサトさんの茶々入れに余計に死にそうな顔になっている。なんというか、否定したいけれど否定するのは失礼にあたるのではないだろうか、とかそんなことを考えていそうな顔だ。まったく、イサトさんのいたいけな青少年を弄ぶ趣味はいただけない。


「イサトさんのことは気にしなくてもいいよ。あと、そんなに緊張しなくてもいい。俺に聞きたいことって何だ?」


 ひらひらと手をふりつつ、なるべく威圧的にならないように返事を返せば、彼は少しだけ安心した様子で言葉を続けた。


「じ、実は……その、自分は今回の事件でモンスターと戦っている際に剣を折ってしまったんです」

「剣を? それは災難だったな」


 俺も、黒竜王との戦闘で愛剣を折っている。

 どうにも他人事じゃない。


「それで、新しい剣を用意しなくてはいけないのですが……、その、アキラ様のおすすめの剣、などがあれば参考までに教えていただけないでしょうか!」


 あ、なるほど。

 アルテオは大体16、17歳ぐらいだろうか。

 まっすぐに俺を見つめる、緊張と、期待の籠もった眼差しが、元の世界で顔見知りの後輩たちと重なった。


 俺は地元の剣道部にとってはたまに気まぐれで顔を出すOB、という扱いになるのだが、そこで試合をした後などに、同じような顔で道具や、試合で見せた技についてを聞きに来る子どもたちがいるのだ。

 見知らぬ大人に質問をするのは怖い。怒られるかもしれない。それでも、何か教えてもらえたらもっと強くなれるかもしれない。そんな迷いと緊張を滲ませつつ質問に来る子どもと、アルテオはとても良く似た表情を浮かべていた。


 が、困った。


 これが剣道やバスケであれば、俺は俺のわかる範囲でアドバイスも出来る。

 だが、異世界で戦闘するための剣の選び方、ともなるとなかなか難しい。


「RFCなら――…とりあえずそのレベル帯のドロップ装備を(そろ)えろ、と言うところなんだけどなァ」


 RFCにおける装備、というのは様々な種類があるようでいて、レベルや職種を合わせて考えてみると意外なほどに選択肢は少ない。大体それぞれのレベル帯における最善の武器、というのが決まってしまっているのだ。


 具体的に説明すると、RFCの武器や防具は、大体使用者の条件レベルが10刻みで設定されている。プレイヤーがレベル1以上であること、プレイヤーのレベルが11以上であること、といった形だ。そうなると、レベルが1~10の間であるときの最善の武器というのは、「レベル1から装備できる武器の中で一番強い奴」ということになる。


 ゲーム内であれば、それこそ目的の武器がドロップするまで狩りを手伝ってやるのもやぶさかではないし、何なら俺の手持ちにある武器を譲ってやるのもアリなのだが……ここは残念ながらRFCによく似た異世界、なのである。


 人や武器、アイテムのステータスを見ることはできないし、そもそも人の手では女神の恵み、すなわちドロップアイテムを手に入れることが難しくなっている。アルテオのレベルに合わせたドロップ武器のおすすめ、というわけにはいかないのだ。そして、ガチの戦闘における剣選び、ともなると俺にはその知識がない。剣道の竹刀選びならまだしも、西洋剣ともなると選び方の基準すらさっぱりだ。


「あー……、悪い。俺はずっと、女神の恵みの武器を使い続けてきてるんだ。だからこう、どの剣が良い、とか、そういうアドバイスが出来ない」

「……そう、ですか」


 しょんぼり、とアルテオが項垂(うなだ)れる。

 何も悪いことはしていないはずなのに、とんでもない罪悪感。

 助けを求めるように、ちら、とイサトさんへと視線を流す。


 イサトさんが意外そうにひょい、と片眉を跳ね上げる。

 なんだかその顔が少しばかり()ねているように見えたのは気のせいだろうか。

 こそりと俺に身を寄せたイサトさんが小声で囁く。


「……助けてほしい?」

「是非に」


 こくこく頷けば、イサトさんは満足そうに笑った。

 なんだ、なんでそんな嬉しそうなんだイサトさん。


「それじゃあ、ちょっと待っていてくれ。すぐに戻る」

「え、イサトさん!?」


 イサトさんはそう言い置くと小走りに詰め所を出ていってしまった。

 戻ってきたのは、十分ぐらいしてからのことだ。


「セドリックさん、この辺りで真剣を抜いても大丈夫な場所があるだろうか」

「それなら、うちの演習場が近くにありますが」

「お借りしても?」

「ええ、もちろん」

「では――……、アルテオくん、演習場まで案内してくれるだろうか」

「は、はい!」

「ああ、興味があるようなら是非皆さんもご一緒に」


 にっこり、とイサトさんが笑顔で騎士の皆様へと声をかける。

 大変良い笑顔だ。

 間違いなく何か企んでます、という顔だ。


 放っておくのも怖いし、そもそも助けを求めたのは俺だ。当然、俺も一緒についていく。


 演習場、というのは普段騎士たちが鍛錬をするのに使っているスペースなのだろう。詰め所の裏手の方に、体育館の半面ほどの敷地が広々と広がっている。ここなら建物の陰になって、大聖堂を訪れる人々の目にもすぐには留まらない。


「えっと、今から刃物を取り出すのでちょっと離れていてくれ」


 そんな風に周囲へと声をかけてから、イサトさんはインベントリより次々と長剣を取り出していった。どれも少しずつデザインは異なっているが、俺の持つ大剣よりも小型且つ細身で、彼らが腰に下げているのと同じタイプのものだ。


 だが、それにしてもどこかで見たことがあるような。

 イサトさんはそれらを無造作に地面に並べると、アルテオへと声をかけた。


「アルテオくん、まずはこれを振ってみてくれ」

「は、はい」


 イサトさんに促されるまま、アルテオはイサトさんが指で示した長剣を手に取る。そして、騎士団で学ぶ型、なのだろうか。びゅ、と風切り音を響かせて何度か剣を振って見せた。


「どうだろう」

「とても使いやすいです!」

「それならこれはどうだ?」


 イサトさんが二本目の剣を差し出す。

 そちらも同じように受け取って、再び型を繰り返す。


「こちらは少し重い、気がします……」

「なるほど。アルテオくんはレベルとしては11~20の間ということか」


 ふむ、と頷いたイサトさんの言葉に、俺はそれらの剣に見覚えがある理由にようやく思い至った。なるほど。これは低レベル帯のドロップ武器だ。


 レベル1~10までで持てる長剣、レベル11~20までで持てる長剣、といった風に、おそらくレベル50辺りまでが並んでいる。お世話になったのがあまりにも遠い昔だったもので、すぐには思い出せなかった。


「イサトさん、長剣なんかよく持ってたな」

「そのうち売ろうと思って倉庫にぶっこんだままだったんだ」


 あるあるだ。

 低レベル帯のドロップ武器というのは、ドロップ率が高めに設定されていることもあり、気がつくと溜まっているのである。俺もおそらく倉庫を探せば何本かその辺りの剣が出てくるのではないだろうか。


「その剣で重い、ということはこっちの剣はもう振れないだろうな」


 念のため、といった風にイサトさんが差し出した三本目の剣は、予想通りアルテオは振るどころか構えることも(まま)ならなかった。


「一本目か二本目、といったところかな。アルテオくん、もう一度こっちの剣を持ってくれるか。ところで、君、煉瓦(れんが)は切れるか」

「は、はい……?」

「煉瓦」


 イサトさんが復唱する。

 アルテオは滅相もない、という風に首を左右にぶんぶんと振った。


「すみません無理です自分の技量では煉瓦など切れません! 剣が刃毀(はこぼ)れしてしまいます……!」


「それじゃあ、試してみよう。刃毀れについては気にしなくていい」

「き、気にしなくていいと言われましても……!!」


 言っている傍から、イサトさんはその辺に落ちていた煉瓦を拾うとひょーいとアルテオに向かって放った。いくら刃毀れは気にしなくてもいいと言われているとしても、実際に吹っ切るのは難しかったのだろう。見てわかるぐらいのへっぴり腰でアルテオは剣を遠慮がちに煉瓦に当てにいき――…その刃はいともあっさりと煉瓦を両断した。


「……へ?」


 アルテオの呆然とした声に重なるようにして、二つに分かれた煉瓦がとすとす、と地面に落ちる音が響く。アルテオだけでなく、二人のやりとりを見守っていた騎士団の人々も、同じく目がテンになっている。


「ふむ。切れ味もなかなか強化されてるみたいだな。今君が振ったのは、ダークバットからドロップ、もといダークバットから手に入れられる女神の恵みだ。切れ味強化と、稀に敵のHPを吸収――……つまり、使っていると体力が回復することもある、という剣だ」


 俺も、初心者時代にお世話になりました。


「で、次に君が重いと言ったのが、ビーセクトから手に入る女神の恵みだな。そっちはダークバットの剣よりもさらに切れ味が強化されているし、あと稀に斬った相手に毒、麻痺の効果が発生したりする。ただ、君が重い、と感じたあたり、こっちを使うのはもしかするとキツいかもしれないな」


 つらつらと語るイサトさんの話についていけていないのか、アルテオはぽかーんとしたままだ。


「で、この剣なんだが」


 イサトさんがにんまりと笑う。

 獲物を目の前にしたチェシャ猫の笑みだ。


「材料さえあれば、私が作ってあげられるぞ」

「……………………………………へ?」


 かぽん、とアルテオの顎が落ちた。

 まったくイサトさんめ。

 秋良青年が助けてくれと言ったから助け船を出しただけですし、という建前で堂々と鍛冶スキルを育てるつもりだな。

 その目論見(もくろみ)に渋い顔をしつつも、助けられたのは事実だ。


「女神の恵みとして手に入れられる武器の一部は、鉱石とその他の材料で再現できるんだ。さすがに秋良青年が持ってるレベルの武器ともなると、女神の恵みでしか手に入れられないものも多いが」

「ざ、材料は何ですか!?」

「まず第一に鉱石。それと、あとは女神の恵みだな。例えばダークバットの剣の場合、鉱石とダークバットの翼、それとダークバットの牙。それぞれ個数も決まってたはずなんだがそっちはちょっと覚えてないな。ビーセクトの方は、同じく鉱石とビーセクトの毒針だな。各五個もあれば確実に作れるとは思うんだけども」

「ま、魔女殿……!」


 つらつらと語るイサトさんに、ずさあああッと滑り込む勢いで口を挟んだのは団長さんだ。がし、と縋る勢いでイサトさんの肩に手をかけている。こら。こら。


「それはアルテオだけ、なのでしょうか……!」


 放っておけば、がくがくとイサトさんの肩を揺さぶり始めそうだ。

 そんな団長さんに向かってにっこり、とイサトさんは鮮やかに微笑んだ。


「材料さえ揃えてくれれば、何本でも」


 うおおおおおおおお、と騎士団の間から鬨の声めいた雄たけびが上がる。

 腹までびりびりと響くドスの利いた声である。

 俺は思わず片手で耳を押さえつつ、呟いた。


「でも、材料が女神の恵みじゃ手に入れにくいことには変わりなくないか? それなのに、なんでそんなに喜べるんだ?」


 解せぬ。

 武器もアイテムも同様に女神の恵みであるので、材料を集めるか本体を集めるか、の間にはそう違いはないような気がするのだが。

 そんな俺の疑問に答えてくれたのは、エラルドだった。

 興奮してイサトさんの肩を揺さぶってる団長さんを、ちょっと苦い笑みで見守っている。


「女神の恵みとして武器が手に入ることは少なく、そういった武器はとても私ども騎士では手の出ないような高額がつくのです。それに比べ、今魔女殿が口にした女神の恵みは、高額ではありますが、まだ入手可能な価格ですから」

「へえ」


 なんでも、ダークバットの翼や牙、ビーセクトの毒針、といったものは女神の恵みの中でも、特に利用価値のない部類、に分類されるらしい。確かに毒針なんて、ゲームの中でも投擲(とうてき)武器ぐらいしか使い道がなかった。


「……で、セドリックさんのあの興奮しっぷりは一体」

「……団長、ずっと憧れてたんです。団長の子どもの頃までは、守護騎士団団長になると国から女神の恵みである宝剣を授けられていたらしいんですけど……ちょうど団長の時から、女神の恵みが手に入らなくなったから、って理由で普通の剣になってしまって」

「…………なるほど」


 それは確かにイサトさんの肩をがっくんがっくん揺さぶりたくもなるだろう。


「でも、鍛冶師はいないのか?」


 イサトさんも言っていたように、ドロップ武器は、材料を集めることで自ら作れるようになるものも多い。「武器ドロップ率<その他のアイテムドロップ率」なので、場合によっては武器ドロップを狙うよりも、その材料となるアイテムのドロップを狙った方が良い場合もあるのだ。そうやって素材を集めた後は、自分で鍛冶スキルを取って作製するか、もしくは鍛冶スキルを持っている友人に頼むか、街の鍛冶師NPCに依頼すれば剣を作ってもらえるはずなのだが……。


「女神の恵みを打つことが出来るような鍛冶師は依頼料が法外な値段になりますし……それでも、失敗する可能性の方が高いんです。だから、全然手が届かなくて」

「ああ……」


 失敗する可能性、なんて言葉に思わず視線が遠くなった。

 俺にも、覚えがある。


 鍛冶師NPCには作製依頼を出す武器によって依頼料が設定されており、高レベルな武器ほどその依頼料はバカ高く跳ね上がっていく。その癖に、成功率は反比例して下がっていきやがるのだ。もちろん、失敗した場合には依頼料も素材も返ってはこない。博打(ばくち)である。必死に素材アイテムを集め、金策し、依頼料をかき集めて依頼して、「HA☆HA☆HA☆ やあ、すまんな」の一言で失敗されたときの殺意ときたらもう筆舌に尽くしがたい。


 素材を集めることで少しでも楽をしようと思ったのに作製失敗が続き、結局材料を集めているうちに武器がドロップしました、なんて話も珍しくはなかった。


 懐かしい悪夢だ。


 それを、イサトさんが依頼料なしで、材料さえ集めてきてくれれば強力な女神の恵み武器を打ってくれると言っているのだから、そりゃ騎士たちも飛びつくだろう。

 イサトさんは次々と騎士たちに剣を振らせてみては、彼らに適切な剣の材料を教えている。


 ……ふと、思ったのだが。

 これって、ビジネスチャンスではないだろうか。


「なあ、材料となる女神の恵みって、どうやって集めるつもりなんだ?」

「自らの可能性に賭けてモンスターを倒しに行こうかと思っておりますが」

「…………」


 団長さんの目がスワっている。

 確かに人の身であっても、「手に入れられる確率が極端に低下している」だけで全く手に入らない、というわけではないのだろうが。そんな確率で、剣を作るのに必要な数だけアイテムを揃える、なんて考えるだけで気が遠くなる。


「それなら、獣人に依頼したらどうなんだ?」

「獣人に、ですか……?」

「ああ」


 今、剣の素材となるアイテムが市場に出回っていないのは、需要がないからだ。

 だが、需要があるとわかれば獣人たちは積極的に狩りを行い、それらのアイテムを集めてきてくれるんじゃないだろうか。


 そうなればレティシアや獣人たちにとっては騎士という新たな客層をGETすることになるわけだし、騎士たちは金と引き換えに自分たちでは手に入れるのが難しいアイテムを手に入れることが出来る。不味(まず)い話でないと思うのだが……。


「…………」

「…………」


 騎士たちは気まずげに黙り込む。


「ですが、我々の依頼を獣人たちは受け入れてくれるでしょうか……」


 先ほどまでの勢いはどこにいったのか、というほどに沈んだ声で団長さんがぽつりと呟いた。

 騎士たちはこれまで、積極的に獣人を迫害するようなことはしなくとも、それと同じように獣人たちへの迫害を止めるようなことだって、してきてはこなかった。俺たちは、チンピラに絡まれているエリサとライザに対して管轄外だと冷たくのたまった騎士を知っている。マルクト・ギルロイと共にエリサとライザに対して嫌がらせをしにきたライオネル何とかという騎士のことを、知っている。


 けれど同様に――……、獣人たちをこき使い、死地に率いておきながらも、今は何とか獣人たちとの共存をやり直そうと努力している商人のことも知っている。


「俺たちの口から、大丈夫だ、なんてことは軽々しく言えない」


 許す、許さないを決めるのは獣人たちだ。


「でも」


 イサトさんが俺の言葉を継ぐ。


「罪悪感から見て見ぬふりをし続けるよりも、やり直したいなら今こそ歩み寄るべきなんじゃないのか」

「…………」


 騎士たちは視線を伏せたまま、黙り込んでいる。

 気まずいから、関わらないようにすることは簡単だ。

 これまでと同じように、獣人たちのことを無視し続ければ良いのだ。

 気持ち的には、そちらの方が楽だろう。

 行っても、受け入れられる保証はない。

 お前たちになど力を貸すものかと辛辣(しんらつ)な言葉で追い返される可能性だってゼロではない。


 ……と。

 そんな重苦しい沈黙の中、エラルドが、絞り出すような掠れ声で口を開いた。


「街にモンスターが(あふ)れた夜、獣人たちは、逃げ遅れたセントラリアの人々を護って、いました」


 ざわっと騎士たちがどよめく。

 そうか。

 つい忘れていたが、エラルドは最初ライオネル何とかと一緒に行動していたのだ。あのいけ好かない野郎が教会にイチャモンをつけにやってきたときにも、確か一緒にいたはずだ。


「獣人たちにしてみれば、無視をしても、良かったはずです。でも、獣人たちは見過ごさなかった。本来なら、俺たちが守らなければいけなかったはずの街の人を、助けてくれた。上手く、言えないんですが……それって、獣人たちがまだ、俺たちを見放していないからではないでしょうか」

「…………」


 エラルドの言葉に、(うつむ)いていた団長さんが顔を上げる。


「……獣人たちの下に、案内していただけないでしょうか」

「いいよ。だが、さっきも言った通り、俺たちは何の保証も出来ないからな」

「構いません」


 そんなわけで。

 俺たちは、団長率いる騎士たちと共に獣人たちのいる教会へと向かうことになった。


ここまでお読みいただきありがとうございます!

20日には更新、と言いつつ日付が変わるころにしか帰宅できず、

結局21日になってしまいました、ごめんなさい!


Pt,感想、お気に入り登録、励みになっております。

次の更新は23日になるかと思われます……!



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