厨二病とおっさん
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騒乱の夜から一夜あけて。
「……ん」
瞼の向こうが白々と明るくなったのに気付いて、俺は小さく唸りながら数度瞬いた。砂漠の強烈な日差しは、まぶしいを通り越して目が痛い。
「ま、ぶし」
ごろ、と寝がえりを打って日差しから逃げようとしたものの、右の腕の付け根を押さえ込まれているせいで、左側に転がることはできなかった。仕方がないので、押さえ込まれている方向にむかってごろり。
まだ明るいではあるが、日差しの直接攻撃を食らうよりはよっぽどマシである。ふー、と息を吐いて人心地。
そして、鼻先を妙に良い匂いが掠めることに気付いた。
なんだろう。花の匂いに似ている。って、砂漠に花?
ぱち、と瞬いてみれば、まず最初に目に入ったのは艶々とした銀髪の頭頂部だった。
「…………」
当然俺には人の生首を抱えて眠る趣味はない。
「……イサトさん?」
そう。俺の腕を枕にすいよすいよと気持ちよさそうな寝息をたてているのはイサトさんだった。どうしてこうなった。
「えーと……?」
昨夜、気持ちよく寝ているところを盗賊の襲撃で叩き起こされ……、アーミットのことがあった、ところまでの記憶は確かだ。
そのあと何がどうなったんだったか。
「あー……、そうか、駆除だ駆除」
『ひのきのぼう』もとい落ちてた木の棒にて盗賊を片っ端からぶちのめしてまわり、イサトさんは精霊魔法にて消火活動にいそしんでいたのだ。
途中得体の知れない気持ち悪い男と一戦を交えたりもしたが、盗賊自体は数はせいぜい20~30程度の数しかいなかったので、制圧にはそれほど時間がかからなかった。
問題はその騒動や、盗賊が放火した明かりにつられて集まってきたモンスターだった。
砂漠はRFCにおいては初心者エリアなのでそれほど強いモンスターはいない。そのほとんどが非アクティブで、こちらが手を出さない限りは襲ってくるようなことはないのだが……その中に初期プレイヤー泣かせのヤツが一種いるのである。
その名もそのままデザートリザード。
プレイヤーの間では砂トカゲ、という呼び名で定着している。
俺たちの世界でいうコモドドラゴン的なフォルムで、のさのさのさっとしたその見た目のわりに意外と素早く接近しては咬みつき攻撃を仕掛けてくるという厄介なモンスターだ。さらに、通常咬みつき攻撃に二割程度の確率で毒が発生するあたりがますます憎たらしい。
ここまでとんとん拍子でモンスターを倒してレベルを上げてきた初心者プレイヤーの最初の壁となる憎まれ役である。
ちなみにドロップ品はフルーツパフェだ。そのあたりは二次元のネトゲだったので違和感はなかったが……。こうして三次元のリアルになったらどうなるのかと思っていたら、こっちでも真面目にフルーツパフェだった。大の男ほどの大きさもある砂トカゲをしばき倒したら出てくる可愛らしく盛りつけされたフルーツパフェのシュールさといったらなんとも言い難い。
逆にゲームと違っていたのは、モンスタードロップからエシルがなくなっていたことだった。最初はたまたま俺のドロップ運が悪いだけなのかとも思っていたが、イサトさんに聞いてもエシルのドロップは一切なかったらしいので、この世界においてはドロップ品はアイテムだけに限られているらしい。
まあ、通貨の流通量を国が管理できない、というのは国家として大変困った事態なので、その辺りは仕方ないのかもしれない。
その砂トカゲが騒ぎに便乗して村に入り込んで家畜を襲ったりノビてる盗賊を齧ったりし始めていたので、そいつらを駆除するのに結局朝方までてんやわんやしていたのだ。
村に攻め込んできた盗賊どもを制圧した後は、村の男たちも一緒になって対策を練っていたのだが……、なにぶん砂トカゲを倒せるのが俺とイサトさんぐらいしかいない。砂トカゲのレベルが確か17~18。プレイヤーであればレベル13以上ぐらいからならなんとか狩れるといったところだろうか。安定して狩るなら15は欲しい。
聞いてみたところ、村で一番の腕自慢、とやらがなんとか1対1で砂トカゲを倒せるか、といったところらしいので、村の男の平均レベルは大体10前後といった感じで考えれば良いようだ。複数で囲めば倒せない敵ではないが、それでも昼ならまだしも夜で視界が悪くなると勝率は下がる。
砂トカゲというだけあって、奴らの表面は砂に色と質感を似せた保護色なのだ。背後から接近されて毒でも喰らってしまえば、死に至りかねない。
そんなわけで村人たちには砂トカゲを探す任務にあたってもらい、見つかったら俺たちのどっちかを呼んでもらって始末する、というパターンで朝までかかって村の中に侵入した砂トカゲを駆除することに成功したのである。
あの薄気味悪い男のこともあるので、出来るだけ単独行動は避けたいところではあったのだが…そこはそんなに広くはない村の中に限ったことであったし、効率を重視する方向で話がついた。
たまに村人が砂トカゲの不意打ちアタックを食らって負傷したり毒が発生するというアクシデントもあったが、その辺はイサトさんの呼びだした朱雀に対処して貰った。
その後もうダメ眠い、とすでに半分夢の世界に片足突っ込んでるイサトさんをひきずって、なんとか形を保っていた納屋にもぐりこみ――…。
今に至るというわけだ。
雑魚寝、という形で藁に倒れこむように撃沈したところまでは覚えているが、いつの間に懐に潜り込まれたのだろうか。腕枕にされている方の指先をちょいちょいと動かしてみる。痺れて動かない、なんていう情けないことにはなってないので、そんなに時間はたっていないのかもしれない。
というか、この状況はいろいろよろしくない気がする。これでも俺は健全な若い男なのである。健全な精神は健全な肉体に宿るわけなので、俺の俺も非常に健全なのである。もう健全過ぎるぐらいに超健全。それでもってこの状況。
藁の上とはいえ、腕の中には年上の褐色美女が気持ちよさそうに寝息をたてているこの状況はなんというか我慢値というか忍耐値的なものに対する挑戦としか思えない。角度的には天使の輪の浮かぶ銀髪ぐらいしか見えないのがちょっと残念だったりもするわけなのだが……、鼻先をかすめる甘い香りだったり、腕に感じる重みはなかなかに贅沢だ。
時折「ん……」だとか悩ましげに唸っては、ぐりぐりと俺の胸元に額を擦り付けてくるのがたまらない。
そのままいろいろやらかしそうになるぐらいには可愛い。
というかこの状況で俺が何かしてしまったとしても、情状酌量で無罪を勝ち取れる気がする。俺の中の内なる陪審員はすでに満員一致で無罪判決を掲げている。
どさくさまぎれに抱きしめてみても良いだろうか。
おっぱい揉むのは我慢するから。
「…………」
ごくり、と喉を鳴らして俺はそろそろとローブに隠れた華奢な腰へと腕をまわし……。
―――コンコン、とノックの音がした。
「ご、ごめんなさい……!!私ってばお二人の時間を邪魔してしまって……!!」
「いやいや、全然」
そのまま前屈運動でもするのか、というほどに頭を下げているアーミットに対して、イサトさんはひらひらと手を振ってみせる。
イサトさん的にはアーミットが俺たちを起こしてしまったことで慌てているのだと思っているのだろうが……。
実際にはアーミットが見たのは、腕枕で寝ているイサトさんに向かって覆いかぶさるように腕を伸ばしかけた俺の姿である。
まあ何を誤解したかは推して知るべし。ちなみに俺は「うわっひょい!」と奇声をあげて飛び起きた。
どうしよう、と助けを求めるように俺へとアイコンタクトを飛ばしてくるアーミットに、俺は笑って顔を横に振る。イサトさんは知らなくていいことである。むしろ知られたらまずい。
「というか……、身体平気か?」
話を変えるべく、俺はアーミットに体調を聞いてみる。
イサトさんの持っていた上級ポーションのおかげで綺麗に治ったとはいえ、彼女は盗賊に切り捨てられたのだ。
あれは死んでもおかしくない重傷だった。
「おかげさまでぴんぴんしています!
母さんが、私が今こうして生きているのはお二人のおかげだって……、助けてくれて本当にありがとうございました」
「いやいや、俺は何もしてないよ。ポーション使ったのはイサトさんだし」
「盗賊ぶちのめして仇をとったのは君じゃあないか」
実際にはぶちのめすというよりイサトさんに止められるまでは完全に殺す気だったが。
「そういや……、あのときイサトさんアーミットにポーションぶっかけてなかったか?ポーションってかけても効果があるもんなんだな」
「よくファンタジー小説でかけても効果あるっていう設定を見ていたからな。それで試してみたんだよ。アーミットがポーションを飲み下す余裕があるかわからなかったから」
「ああ、確かに」
盗賊に斬り捨てられたアーミットは、死に瀕しているように見えた。
あの瞬間まだ死んでいなかったとしても、数秒の内には命を失ってもおかしくないほどにアーミットの身体は壊されていた。
口にポーションを含ませたとしても、果たして飲みこむことが出来たかどうかは確かに怪しい。
「RPGゲームなんかで、メンバーのHPがやばいときに、他のやつが回復アイテム使って回復させてやったりするじゃないか。あれ、戦闘中にどうやって飲ませてるんだろうって思ったことないか?」
「あまり気にしたことなかったけど……、言われてみればそうだな」
「だからかけても効果がある、って形でつじつまを合わせてる話が多いんだよ。そんなわけでまずは即効性を狙ってかけて、それから飲ませてみたんだ」
「あ、飲ませてもいたんだ?」
「一応な」
口移しで飲ませたんだろうか。
そんな余裕がなかったのは重々承知だが、是非見ておきたかった光景である。
それはさておき、俺ももしイサトさんに何かあったときにはまずはぶっかけよう。
「傷は残ってない?」
「はい、母さんが見てなかったら、たぶん私悪い夢だったと思っちゃってたと思います」
「あんなの悪い夢で良いんだよ」
「だね」
自分たちの暮らしている平和な村に盗賊が攻め込んできて、命まで奪われそうになる、なんていうのは悪夢だけで十分だ。
それにしても、傷が残らなかったというのは本当に良かった。
アーミットは年齢としては12、13歳ぐらいだろうか。イサトさんとはまた種類の違う、健康的に焼けた小麦色の肌をした愛嬌のある少女だ。まだ少し子供らしさが残っていて、笑うととても可愛いらしい。こんな妹がいたら良いな、と思うタイプだ。
そんな未来が楽しみな女の子の顔や体に傷が残らなくて本当に良かった。
「あ、あの……っ!」
「ん?」
そんな笑顔が可愛いアーミットがへにゃりと眉を八の字にした。
なんだなんだ。どうした。
「母さんがきっとものすごく高価な回復ポーションだったんじゃないかって。
あのっ、私、出来ることなら何だってして恩返ししますから……!!」
泣きだしそうな顔でそんなことを言い出したアーミットに、俺とイサトさんは顔を見合わせた。
確かにあれは上級ポーションであり、店で買えばそれなりの値段はするものだ。
一本でHPが5000も回復する優れ物。お値段は一本で10000エシルだったか。
単品で考えると目の玉が飛び出るほど高い、というわけではないが……、大量に買い貯めることを考えると、ちょっと考えものなお値段ではある。イサトさんみたいな紙装甲がショートカットキー連打で使うにはちょっと辛い価格だ。実際ゲーム内のイサトさんは一時期それでポーション破産しそうになっていたぐらいだ。
RFCでは店売りの回復アイテムが比較的高価に設定されているのである。効果が高くなれば高くなるほど、それは顕著だ。
その理由としては、デザートリザードがドロップするパフェのように、モンスターが食べ物をドロップする確率がかなり高く設定されていることがあるだろう。ああいった食べ物アイテムは、プレイヤーが使うことでHPを回復することができるのだ。
Q:
初心者です。
チュートリアルで貰ったポーションを使いきってしまいましたが、店で売ってるポーションは高すぎて買えません。どうしたらいいですか?
A:
砂でも食ってろ。
そんな会話がRFCの攻略サイトのQ&Aコーナーにあったぐらいだ。
砂、というのは砂漠のノンアクティブモンスター、デザートフィッシュがドロップする「砂にぎり」などという胡散臭い寿司の略称である。つまりデザートフィッシュを狩りつつ、被ダメはデザートフィッシュがドロップする「砂にぎり」食って乗り切れば、基本的には店売りの回復アイテムに頼らなくても経験値を稼ぐことができるのだ。
それなら高い店売りの回復アイテムなんて買わなくてもいいんじゃないか、と思うだろう?
――……俺にもそう思ってる時期がありました。
っていうかたぶんRFCのプレイヤーは皆同じ道を通ってる。
問題があるとしたらただ一つ。
食べ物系アイテムは、ポーションなど薬品系アイテムに比べて重いのだ。
前も話したような気がするが、RFCにおいて一人が持てるアイテムの量はその重さで決まる。アイテムの一つあたりの重さが軽ければ軽いほど、量が持てるのだ。
モンスタードロップの食品アイテムでも、HPを5000回復してくれるものはあるが……、そういったものは一つあたりの重さが「5~7」だったりする。それに比べて店売りの回復ポーションは、全て重さが「1~2」で設定されているため、量を持ちたいならポーションの方が使い勝手が良いのだ。
回復アイテムが尽きるために補充で街に戻らないといけない手間を考えると、できるだけ多くの回復アイテムを持っておいて街を出た方が効率は良い。そんなわけで、お財布事情に優しくないと分かっていつつも店売りのポーションを買うユーザーは多いのである。
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イサト:金がない。
アキ:どうしたよ。
イサト:ポーション破産した
リモネ:wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
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なんて会話が何度繰り返されたことか。
おっさん――というかイサトさん――はものぐさなんである。
ただそのものぐさを斜め上の方向で発揮するのがいつものことでもあるのだが。
「それな、私が作ったやつだから気にしなくて大丈夫だよ」
「え……っ!?」
そう。
店でポーションを買っていると破産する、と悟ったイサトさんは、いきなり薬師に転職してスキルを入手し始めたのだ。
買うと高いから自分で作れるようにスキルを手に入れる。
それは考え方としては大きく間違っていないのだろう。
だが、RFCの中ではそれを実行しているプレイヤーはそう多くはなかった。
理由は簡単である。
面倒くさいのだ。
スキルを入手するまでキャラを育てるのが、本当に面倒くさい。
RFCにおいては、レベルによってスキルが制限されている。
スキルロールを購入し、それを使うためには求められる条件をクリアしなければいけないのだ。
俺はメインジョブは『騎士』だが、実はサブで『商人』というジョブも持っている。
『商人』がレベル10で覚える「話術」というスキルがあると、NPCから商品を買うときにいくらか割引されたり、逆に自分がNPCに何かを売るときには同じだけ割り増して買って貰えるようになるのだ。
一度覚えたスキルはメインジョブがなんであれ使うことができるので、持っていると非常に便利だと言える。
だが。だが。
その使えるようになるまで、がめちゃくちゃ面倒くさいのである。
『商人』のレベルが10にならなければ、スキルを手に入れることはできない。なので、まずは『商人』としてのレベルをあげないといけないのだが……。
RFCでは戦闘時の経験値等は基本的にはメインジョブのものとなる。サブジョブに分配されたりはしないのだ。『商人』としてレベルをあげたげれば、『商人』としてレベル1からまたキャラを育てなおさないといけないのである。
他の習得済みのスキルに関してはメインジョブが変わっても使えるので、俺も最初は周りが言うほど面倒というわけでもないんじゃないのかと思っていた。何故なら俺はもうそのとき既にメインジョブの『騎士』はレベル40を超えていたし、その強力な剣技スキルさえ使えればレベル10ぐらいあっという間だと思っていたからだ。が、現実はそう甘くなかった。
レベル1に戻るということは、HPやMPの量もレベル1程度に戻るということだ。そうなると、せっかく覚えてる強力な騎士スキルも、MPが足りずに発動させることができない。そんなわけで、俺は地道に弱小モンスターをぺちぺちと殴り、『商人』で「話術」スキルを覚えた瞬間『騎士』にメインジョブを戻した。
あれは結構なフラストレーションがたまった。
そんなわけなので、イサトさんのやったメインジョブを育てたいが回復ポーションを店で買うと破産するから自分でスキル覚えて作れるようにする、というのは、真っ当なことを言っているようで相当な遠回りになる道なのだ。
何せ店で買うことを負担に思うぐらい高品質のポーションを作れるようになるまでには、スキルの熟練度をあげるのはもちろん、『薬師』としてのレベルを結構なところまであげる必要もある。
そんな寄り道をするぐらいなら、食材アイテムをガン積みしてクエに挑み、こまめに街に戻った方がまだマシだというものだ。
それをイサトさんは実際に上級ポーションを作れるところまで『薬師』のレベルあげたのだから、この人の「面倒くさい」の基準がわからない。
そういうことばっかりやってるから、なかなかメインジョブのレベルが上がらないんだぞ、本当。
……まあ、その恩恵にあずかってる俺の言う言葉ではないが。
閑話休題。
「あんなすごい薬が作れるなんて、すごい冒険者様なんですね……!」
「うーん……」
アーミットのきらきらした瞳に見つめられて、イサトさんは居心地悪そうにもぞもぞしている。
普段無駄にドヤ顔しているのだから、褒められている時ぐらい堂々としていればいいのに。
「あの……、お二人の名前を聞かせてもらえませんか?」
断る理由もない。
「俺は秋良だよ。遠野秋良」
「アキラ様ですね。トーノ・アキラ様。トーノがお名前ですか?」
「や、違う違う。トーノ、が名字だよ。ファミリーネーム」
「不思議な響きの名前ですね……、異国から来られたんですか?」
「異国って言えば異国、かなあ」
ちょろ、と視線をイサトさんへとやる。
そんなもんでいいんじゃないか、とでも言うようにイサトさんはひょいと肩をすくめた。
「私はいさとだ。玖珂いさと。いさと、が名前だよ」
「イサト様ですね。イサト様は……、その、失礼なことを聞いても良いですか?」
「失礼なこと?
一体何を聞きたいんだろう。年齢なら25で、体重は最近測ってないので不明だが前回は……」
「イサトさんストップストップ」
出鼻をくじかれたアーミットが困ったように瞬いるのを見て、俺はひらひらと手をふってイサトさんにストップをかけた。
しれっとこの人は何を自白しようといしているんだか。
「まあ、そんな感じであんまり気にしないタチなので、聞きたいことがあればどうぞ」
「バストサイズは?」
「ぐーで殴んぞ」
ちッ、ダメか。
しれっと便乗しようと思ったのに。
年齢と体重を言えるならば胸囲ぐらい教えてくれてもいいのにな。
イサトさんと俺の馬鹿な会話に勇気づけられたのか、おそるおそるといった風にアーミットが口を開いた。
「イサト様は……、『黒き伝承の民』なんですか……!?」
「いいえ、ただのおっさんです」
なんだかものすごく身も蓋もない返事を聞いた気がする。
思わず、べちりとイサトさんの頭を軽くはたく。ツッコミ程度に軽やかに。
「……だってなんか黒き伝承の民とかどう聞いてもアレじゃないか、完全に厨二病を患ってらっしゃるじゃないか……」
ぶつぶつとぼやきながら、イサトさんは恨めしげな視線を俺に向けてくる。
それをしれっと黙殺して、俺はアーミットへと向き直った。
「ダークエルフのことをそう呼んでるのか?」
「ダークエルフ……?」
逆にこの名称の方が、アーミットにはピンとこなかったようだ。
……ふむ。どういうことだろう。
RFCの世界においては、エルフ、ダークエルフといった種族名は一般的に使われていたはずなのだが。
「その……、黒き伝承の民、というのはどういう特徴があるんだ?」
「えっと……、褐色の肌に尖った耳をしていて、強力な精霊魔法を駆使するんだそうです。人よりも、精霊に愛されているんだって」
「……ダークエルフ、だよな?」
「……だなあ」
アーミットの口にした黒き伝承の民、というのは俺たちの知るダークエルフの特徴に合致している。
「エルフはいないのか?」
「エルフ?」
「えっと、色違い的な」
ものすごく雑な説明だ。
が、それでもアーミットには通じたらしい。
「『白き森の民』ですか?」
「……これまたこうなんというかかんというか」
うろり、とイサトさんの目が泳いだ。
厨二病的なセンスはあまりお好みではないらしい。
「『白き森の民』は、精霊の力を借りた浄化や、守りの力に優れた種族だったらしい、って聞いたことがあります」
……ん?
何かひっかかったぞ。
同じところにひっかかったのか、イサトさんも何とも言えない顔をしている。
「ちょっとまってくれ。だったらしい、ってのはどういうことなんだ?」
そうだ。アーミットは今エルフについてを過去形で語った。
まるで――……、神代の時代の物語を語るかの口調で。
俺の疑問に対して、アーミットはそれこそ不思議そうに瞬いた。
「『白き森の民』も『黒き伝承の民』も、大昔に途絶えた古の種族じゃないですか」
あうち。
どうやら俺の隣にいるおっさんは――……、美女なだけでなく絶滅危惧種でもあったらしい。
少し間が空いてしまいました……。
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