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おっさんの憂鬱


 セントラリアを出発し、グリフォンの背に揺られること暫し。


「…………」

「…………」


 なんだろう。

 セントラリアを出発してからしばらく、なんとなくだけれどもイサトさんの様子がおかしいような気がする。

 別段沈黙に気疲れしてしまう、というわけではないのだけれども……こう、心ここに非ず、という風に見えるのだ。


「イサトさん」

「…………」

「イサトさん!」

「!」


 少し強めに背後から声をかけると、ようやくハッとしたようにその背中が小さく身じろいだ。ちらりとこちらを振り返るようにして、イサトさんが首を傾げる。


「どうかしたか?」

「や、なんかイサトさんがぼんやりしているみたいだったから」

「ああ、ごめん、ちょっと考えたいことがあって」


 そこでふと、言葉が途切れる。

 前にイサトさんがその言葉を口にしたのは、マルクト・ギルロイが残した日記を俺に隠しているときだった。

 イサトさんは、なかなか自分から弱みを晒そうとしない。

 晒そうと、してくれない。

 そんな心当たりがあるせいか、どうにも心配になって俺はそろりとイサトさんの横顔をうかがう。銀の髪が風になびき、ゆらゆらと揺れる向こうに見える整った横顔はどこかぼんやりとしているように見えた。イサトさんの銀の長い睫毛に縁取られた金色の双眸は物憂げにも、眠たげにも見えて判断がつけづらい。


 何か、あったのだろうか。


 宿を出るところまでは、いつも通りだったはずだ。

 エリサやライザと話しているときも、特におかしなことはなかった――ように、思う。あそこに集まってくれた人たちの中で、イサトさんに何か変なことをしたり、言ったりするような者がいるとも思えない。


「なあ」

「ん?」


 ふと、イサトさんが口を開いた。

 考えていたことがまとまり、打ち明けてくれる気にでもなったのだろうか。

 何気なく、さりげなく相槌を重ねてイサトさんの言葉の続きを待つ。


「秋良は、」

「うん」

「――……やっぱり、いい」

「ちょっと待てイサトさんそれはない。そんな生殺しはない!」


 中途半端に言いかけてやめるなんて、どんな拷問だ。

 そこまで言ったならちゃんと最後まで言え。言いなさい。


「……ぅーん」

「なんだよ、そんな言えないようなこと聞こうとしてたのか?」

「まあ、そのような?」

「そのような、ってどのような、だ。ほら、もうここまで言ったんだから吐いて楽になってしまえ」

「んー……」


 イサトさんは時間稼ぎのように喉奥で唸る。

 それから、ぽつりと小さく口を開いた。


「別れって、寂しいものだなあ、と思って」

「――、」


 寂しい、なんて感傷的な言葉がイサトさんの口から出てくるとは思っていなかったもので、少しばかり驚いてしまった。


 でも、そうか。

 あんな風に、見送られてしまったから。

 まるで今生の別れのように、もう会えないかもしれないような予感を滲ませた別れを経験してしまったから。

 もしかしたら、それはそのうち来るかもしれないこの冒険譚の「終わり」をイサトさんにイメージさせてしまったのかもしれない。

 いつか、俺とイサトさんは元の世界に戻る。

 それを目的に動いているのだから、それは最初から頭の中になければならないゴールだ。だけれども、元の世界に帰れることをただ純粋に喜ぶには、俺もイサトさんもこの世界に居すぎた。


 大勢の人に出会った。

 たくさんのことを経験した。

 

「こんな風に、永遠の別れになるかもしれない出会いって、考えてみたら元の世界ではあまりなかったと思わないか?」

「確かに、な」


 元の世界でだって、俺はさまざまな別れを経験してきている。

 小学校のときの友達、中学校での友達、高校での友達。

 成長するにつれ交友範囲が広がっていき、そして自然疎遠となっていった友達の数はそう少なくはない。ずっと友達でいような、なんて話したはずの相手と、いつの間にか距離があるのが当たり前になり、そのうち言葉を交わさなくなった。

 けれど、それは永遠の別れとは違う。

 会わない、会おうと思わないだけで、会えないわけではない。

 そんな甘えにも似た感情が、どこかにあるような気がする。

 けれど、この世界で知り合った人々に関しては話が別だ。

 俺たちが元の世界に戻ってしまえば、もう二度と会うことはない。

 そう思うと、エリサやライザ、レティシアの顔が脳裏をちらついてなんだか胸が締め付けられるような心地がした。


「いつか、思い出になるのかな」


 まだ元の世界に戻るための方法がわかったわけでもないのに、こんなことを考えるのは時期尚早だというのはよくわかっている。

 それでも、つい考えてしまうのだ。

 この世界で出会った人々を思い返して、懐かしく思うような日をいつか迎えることができるのだろうか。元の世界の日常に帰って、グリフォンに跨り空を翔けた日々を懐かしく思うような時が。そして同様に、銀の髪に金の瞳、滑らかな褐色の肌をした綺麗なひとと共にあった時間を想うような時が。

 

「――――」


 つられたように物思いに沈みかけた耳に、ふと小さく、イサトさんが何かを呟くのが聞こえたような気がした。


「イサトさん?」

「ぅん?」

「今何か」

「ううん、なんでもないよ」

「…………」

「ああ、それより秋良、そろそろサウスガリアンに到着するぞ」


 意識してテンションを上げた、というようなイサトさんの声が耳を打つ。

 イサトさんの様子が気にかかるものの、イサトさんがそうやって誤魔化そうとしているうちはなかなか切り込めそうにない。

 

 ぐぅ、とイサトさんがグリフォンの手綱を駆る。

 グリフォンの旋回にあわせて、地平線がぐらりと斜めに傾いで、サウスガリアンの赤茶けた大地が視界いっぱいに飛び込んできた。


















 サウスガリアンでのアイテム集めは、酷く順調だった。

 今回対象となるのはサウスガリアン周辺の荒野に大量に生息している鉱物系ゴーレムだ。レベル帯によって種類や特性の異なるゴーレムが存在するのだが、そのどれもが俺たちにとっては格下だ。


 さくさくと狩りを続ける中、目的のブツである『ガラスの欠片』はあっというまに貯まっていく。この『ガラスの欠片』は、集めるのが比較的簡単な上に、上位ポーションを含むポーション系の精製に欠かせないアイテムということで初心者向けの金策にも挙げられるアイテムだったりする。もちろん集めようと思えば簡単に集められるアイテムなので一つあたりの単価は決して高くはない。が、常に買い手がおり、また一度に大量購入が見込めるだけに、安定して稼ぐことができるのだ。

 

 ゲーム時代はレベル上げを兼ねた新人冒険者たちが、荒野でゴーレムを追いかけまわす姿が日常と化していたものなのだが……。『女神の恵み』が手に入りにくくなってから久しいこともあり、俺たちの他に荒野で狩りを行う人影はない。

 

 途中セントラリアで持たせてもらったお弁当を食べて休憩を挟みつつも、2、3時間狩りを続けた結果二人で合計300個ほどの『ガラスの欠片』を手に入れることができた。

 

「イサトさん、後もうちょっと頑張ったら今日はもう切り上げようか」

「そうだな、さすがにゴーレム追いかけるのも飽きてきた」


 一撃必殺の雑魚が相手だからこそ、狩りが単調になってしまって飽きるのも早い。俺に比べたら格段に物理攻撃の低いイサトさんですら、ちょっと強めに殴るぐらいで仕留められる相手なのだ。

 

 そんなわけでその日は夕方前には狩りを切り上げ、前回それほど長居することができなかったサウスガリアンの街並みを観光して過ごす。

 セントラリアと比べると、サウスガリアンの街並みは見た目の美しさよりも機能面を重視した感があってどこか無骨だ。けれど、その無骨さがどこかスチームパンクな世界観につながっていて見ていて飽きない。


「このあたりはやっぱり鉱石系の生産が盛んなんだな」

「確かに店の品揃えもそんな感じだ」


 セントラリアに比べると、武器屋の品揃えがぐんと良くなる。

 単にいろんな種類の武器があるだけでなく、同じ種類の武器でも、素材やら特徴別にさらに何種類か並んでいたりするのだ。

 モンスタードロップの武器はさすがにないものの、人の力だけでも安定して生産することができる武器としては価格も手頃で、性能もセントラリアで見たものよりも段違いに良さそうだ。おそらく、鍛冶師の腕が良いのだろう。

 

「私も時間さえあれば、ちょっと弟子入りしてその辺のスキルを拾っていきたいところなんだけれども」

「イサトさんやめて」


 周囲をあちこち見て回るイサトさんにストップをかける。

 物珍し気に周囲を見渡すイサトさんの横顔には、先ほどまでの物憂げな様子はない。狩りを経て、少し気分を切り替えることが出来たのなら良いのだが。


「私、鉱物系の生産スキルはほとんど手をつけてなかったからな」

「そういえば……確かにその辺はリモネに任せてたよな」

「エルフ自体が、あまり金属と相性が良くないからその辺は後回しになりがちなんだよ」


 そういえば、そんな設定もあったような気がする。

 自然に親しみ、自然とともに生きるエルフ種族は、自然に関係する生産スキルでは成長に少しボーナスがかかり、逆に金属を鍛えるような生産スキルでは人よりも一度に手に入る経験値が少ない、という補正があったような。


「ちょっと、意外だ」

「何が?」

「イサトさんって、装備とかこだわるじゃないか。だから武器も、自分で生産したがるかと思ってた」


 おっさん(イサトさん)の行動の根底にあるのは基本的には物欲だ。

 あのアイテムが欲しい、もしくはあの装備が欲しいから、自分で作れるようになる、というような。それで言うと、武器を生産する鍛冶スキルも当然持っていそうなものだと思っていた。


「スタッフ系は自然素材が多いからな。使うのは錬金スキルなんだよ」

「あ、なるほど。そっか、俺自分の武器が大剣だからそれ基準に考えてた」

「うむ。剣士武器の場合は鍛冶スキルで生産、魔法職系武器は錬金スキルで生産、っていうパターンが多いかな。まあ、鍛冶スキルで生産されるスタッフもないことにはないけれど、あれはどっちかというと物理攻撃に特化したただの鈍器だ」


 いわゆる殴り精霊魔法使いだとか、殴り召喚士といわれるような類だ。

 逆に剣士系の武器で自然素材由来の場合、属性がつく代わりに純粋な切れ味といった方面での攻撃力が鍛冶スキルで生産される武器よりも落ちることが多い。


「それなら、イサトさん別に無理に鍛冶スキル身につけなくてもいいんじゃないのか?」

「…………」


 何故か、イサトさんに半眼を向けられた。

 なんだ。

 何かまずいことを言ったか。


「……私が鍛冶スキルを持っていたら、君の大剣の手入れをしてやれるだろう」

「あ」

「それとも君、自分で今から生産スキル取ってみるか?」

「ゴメンナサイ」


 くぅと少し意地悪く口角を釣り上げたイサトさんの問に、俺は速やかに降参する。


「そっか……そうだよな、武器にも耐久値があるんだよな」

「うむ。その辺がちょっと悩ましい」


 困った。

 ゲーム時代であれば、武器の詳細ウィンドウを開けば、そこで現在の耐久値を確認することが出来た。なのでこまめに確認して、耐久値がある程度下がったところで鍛冶スキルを持ったフレンドか、もしくは街のNPCに依頼して耐久値を回復してもらうようにするのが一般的だった。それほどレア度の高くない武器であれば、うっかり壊しても惜しくないのだが……、俺が愛用しているような大剣のようレア度が高くなると、折ったからといってそう簡単に二本目が手に入るようなものではない。

 

「折れる可能性を考えてなかったな」


 情けなく眉尻を下げてつぶやく。

 切れ味が良いのを良いことに、この世界に来てからわりとその辺に無頓着に振り回してここまで来てしまった。飛空艇をぶった斬ってみたり、ドラゴンの鱗をガンガン殴り、その爪を切り飛ばしたりと、確実に耐久値に影響がありそうなことばかりして来たような気がする。

 

「クリスタルドラゴンのドロップ武器だけあってそう簡単に折れたりするようなものではないと思いはするのだけれど――…、これから大勝負が待ってるかもしれないだろう? そうなると、できれば耐久値を回復させておきたいな」

「ゲームだと、街のNPCに依頼でも回復できたよな?」

「……問題は、それほど腕の良い鍛冶師が残っているかだな」

「う」


 思わず言葉に詰まる。

 上位ポーションに嘘のような値段がつくような、『女神の恵み』が手に入りにくくなって久しいこの世界だ。

 果たして、レア中のレアでもあるクリスタルドラゴンのドロップ武器を手入れできる鍛冶師は存在するのだろうか。


「まだ夕飯まで時間もあるし、ちょっとその辺探してみようか」

「街の探索かねて、そんな感じで」


 適当に街並みを見て歩く中、作りは地味ながらも、年季の入った看板を構える工房を発見した。店への入り口からして、無骨な金属を四角く枠にしただけ、といった佇まいなのだが、そんな外観に不思議と迫力がある。知る人ぞ知る、といった雰囲気なのだ。

 

 足を踏み入れて最初に感じたのは熱気だった。

 店の奥には、火の入った炉が轟々と燃え盛っており、室内を全体的に薄赤く染めている。カンガンカンと聞こえるのは、熱された金属を打つ音だ。


 見慣れぬそんな『鍛冶場』の風景に思わず俺とイサトさんが目を奪われていると、そんな中一人の老人が顔を上げた。

 

 他の鋼を鍛える男たちがまだ年若い――といっても20代~30代と俺と同年代か俺より年上ぐらいなのだが――中、その老人だけが厳めしく髭を蓄え、何か作業を行うというわけでもなく工房の中を歩きまわっている。


「なんだ、何の用だ」


 偏屈そうながら、眼力も鋭く老人が俺たちを睨みつける。

 レブランさんとはまた違った方向で偏屈な老職人、といった趣のある人物だ。

 だいぶ後退し薄くなった髪と、その代わりのようもじゃりと生えた髭は白く、かなりの高齢のように見えると言うのにその足腰はしゃんとしていて、小柄ながらもずんぐりむっくりとした体にはしっかりとした筋肉がついている。

 

「武器の手入れを頼みたんだが」

「見せてみろ」


 客商売とはとても思えない不愛想な顔と言葉ながら、頑固一徹といった感じであまり悪い印象はない。俺はインベントリより大剣を抜きだすと、それを老人へと差し出した。身の丈ほどある大剣の外見に、ぴくりと老職人の眉が跳ねあがる。


「抜け」

「はいはい」


 ずらり、と大剣を抜き放ち――……とたん飛びつくように接近してきた老人に、俺は慌てて身を引いた。


「ちょ……っ、じいさん危ない!!」


 飛空艇やら岩壁やらさっくり斬りぬく自慢の愛剣なのである。

 人の一人や二人、飛び込んできた勢いそのままに真っ二つなんて洒落にならないことがないとは言えない。慌てて大剣を老人から遠ざけようとするものの、その突進の勢いときたらイノシシもかくや、といった具合だ。


「ええい、邪魔をするな! 見せろと言っているんだ!!」

「落ちつけ! 危ないから!!!!」

「ご老体落ち着いて!」


 必死に体をひねって老人から剣を遠ざけようとする俺と、それに突っ込む老人、そんな老人をなんとか止めようと試みるイサトさん。

 結局老人に駈け寄らない飛びつかない持ち逃げない、の三つを約束させて大剣を渡すまでには、軽く十分がかかってしまった。最後の「持ち逃げない」というのは思わず追加した文言である。何せこのじいさん、目の色変わってた。

 じいさんは大事そうに大剣を抱えると、重いだろうから俺が運ぼうか、という声を綺麗に無視していそいそと大剣を台座へと運ぶ。

 騒動を聞きつけて、手の空いた若い職人さんたちも大剣を乗せた台座を囲むようにして集まってきた。


「なんてでかい剣なんだ、こんなの振り回せる奴がいんのか」

「材質はなんで出来てんだ、めちゃくちゃ硬ぇな」

「おいおい切れ味マジか」


 わいわいがやがや、クリスマスツリーの下に群がる子供のようなテンションで、大の男たちが大いに盛り上がっている。

 そんな中、じいさんは一人真剣な面持ちで小さなハンマーのようなもので、こんこんと大剣の表面を叩いては大剣の腹に耳を押し当てたりしていた。その様子は無骨な武器職人や鍛冶師というよりも、繊細な楽器でも扱っているかのようだ。

 そしてしばらくそんな吟味を続けた後、じいさんは難しい顔で口を開いた。


「この剣は『女神の恵み』、だな? どのモンスターから手に入れたもんだ」

「ヅァールイ山脈のクリスタルドラゴンだよ」

「…………」


 半ば予想していたようにじいさんはわずかに息を呑むだけに留めたものの、台座を囲う他の人々はみなザワリと顔を見合わせた。


「これが『女神の恵み』だっていうのか? しかもドラゴンの?」

「そんなの嘘に決まってるだろ」

「いやでもこれは……」


 彼らが信じられないのは、これが『女神の恵み』であることなのか、それともドラゴンを倒して手に入れたというところなのか。おそらくは両方か。


 あまり大事にするつもりもなかったのだが、手入れを依頼するつもりでいることもあって適当に誤魔化すわけにもいかない。武器や装備の耐久値を回復するためには、その武器や装備を作った元の素材が再び必要となることが多いのだ。そのため、今回この大剣の手入れを依頼をするならば、彼らにはクリスタルドラゴン由来の素材を取り扱う技術が必要になる。

 果たして、彼らはクリスタルドラゴンの素材を扱うことができるのだろうか。

 ゲーム時代であれば、鍛冶スキルのレベルによって取り扱える材料が変わるのはプレイヤーだけで、街のNPCにはお金と素材さえ渡せば手入れしてもらえていたのだが……。


「素材は、あんのか」

「ああ」


 ありがたいことに、クリスタルドラゴンのドロップアイテムには困っていない。この大剣がドロップするまで、クリスタルドラゴンを延々と乱獲しまくったおかげである。

 

 俺の言葉にふむ、と頷いたじいさんは気難しげに口をへの字にして、舐めるようにじっくりと大剣に顔をよせて観察し……結局、苛立たしげに息を吐きながら首を横に振った。

 

「儂らではどうにもならん」

「じゃあ、他に誰か手入れできそうな心当たりは?」

「ない」


 どきっぱりとじいさんが言う。


「この街で一番腕が良いのはこの工房だ。ここにこの剣を持ち込んだあんたらの目は間違ってはおらん。だが、その儂らでも無理なもんは無理だ」

「でも師匠、やってみれば」

「たわけ、こちらの商売道具が壊れるわ」


 周囲の若い衆の言葉に一喝して、やっぱりじいさんは首を横に振った。


「あんたの剣を手入れできるような人間は、この世界にはいないだろうな」

「この世界には、とまで言うか」

「儂より腕の良い鍛冶屋なんぞおらん」


 堂々と言い切られた言葉は、不思議と嘘ではないような気がした。

 少なくとも、この工房を後にした後、他を探してみようという気にはならなかった。きっと、このじいさんが見得だのプライドだけで、出来もしない仕事を引き受けようとしなかっただろう。出来ないものは出来ない、と見極めることができるのも、見る目のある職人だからこそ、だ。


「やっぱり駄目か」

「そうみたいだな」


 やはり、これだけレア度の高いモンスタードロップの武器はもうこの世界にはほとんど残っておらず、それを手入れするための技術も今では途絶えてしまっているようだ。無念。俺は小さく肩を落とす。


 そんな俺以上に悔し気にしているのはそのじいさんを筆頭にした鍛冶職人たちだった。目の色を変えて群がるほどの逸品が目の前にあるのに、それを手入れするだけの技術が廃れてしまっているのだ。悔しそうに項垂れる姿には、何か俺まで悪いことをしたような気になってしまうほどだ。

 

 が、何の成果も得られなかったわけでもない。

 残念そうに大剣をしまいかけた俺に、じいさんが顰め面はそのままに口を開いたのだ。


「儂の見立てだが……もうしばらくは大丈夫だろう。目立った傷はついておらんようだしな」

「それは良かった」


 ほっとする。

 手入れをすることは叶わなかったものの、この大剣が危ない状況ではないと知れたのは良いことだ。

 俺とイサトさんは鍛冶職人たちに礼をして、その工房を後にする。


「まだイケそう、ってわかっただけでも収穫か」

「こうなったらやはり私が鍛冶スキルを鍛えるしかないのでは?」

「どれだけの長期戦で挑む気なんだ」

「君の協力さえあれば、一週間でまあそれなりには」

「協力、て」


 鍛冶スキルのレベル上げに、俺がどう協力できるのかがよくわからない。

 首を傾げた俺に、イサトさんはにんまりと笑って世にも恐ろしい計画をつらつらと語りだした。


「まず、君と私で手分けして鍛冶の初期スキルで使える資材と、MPポーションの素材を集めに行くだろう? で、私はMPが尽きるまで集めた資材で鍛冶スキルを鍛える。で、MPが尽きたらMPポーションでドーピングしながら鍛冶スキルを使い続ける。武器を作成するのと同様に解体でも経験値は得られるから、次のレベル帯に進むまで延々と作成、解体を繰り返す。で、私がそれをやっている間に君は次のレベル帯で必要になる資材を揃えにいく。これを一週間ほどぶっ続けたらたぶん君の大剣の手入れに手が届く」

「このひとこわい」


 そんなことない、とイサトさんは可愛らしく唇を尖らせるわけだが。

 なんだその地獄のブートキャンプ。生産廃怖い。いやまあ、俺のレベリングだってHPが尽きそうになればポーション飲んで、ひたすらレベル帯にあった狩場で狩りをして……というものになるので、実際にやっていることとしてはそう変わらないような気もしないではないのだが。

 その熱意を、どうして今まで本来の精霊魔法使いのレベル上げに向けていただけなかったのか。

 

「……する?」

「そんな可愛らしく小首をかしげても却下」

「ち」

「おい舌打ち」


 イサトさんはくくく、と喉を鳴らして笑って、ひょいと肩を竦めた。


「まあ冗談だよ。今はなるべく早めに黒竜王の元に行くのが先決だからなあ」

「……時間に余裕があったらやったのか」


 やんわりとしたえがお。

 やったのか。

 やったんだな。

 

「さーて、サウスガリアンの名物料理でも食べにいくかー」

「誤魔化すな」


 などと軽口を叩きあいながら、俺とイサトさんのサウスガリアンでの一日は過ぎていったのだった。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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