おっさんと巫女
騎士の詰所に飛び込んできた人物は、シェイマス陛下付きの近衛兵を名乗った。
なんでも、俺たちがここを訪れていることを知ったシェイマス陛下が、俺たちに会いたがっているらしい。
陛下自ら謁見を求められる、というのはきっと大変光栄なことではあるのだが……叶うことなら機を改めたいというのが正直なところだ。
何せ、俺とイサトさんは草臥れ果ててそろそろ寝落ちしそうな有様である。こんな状態で陛下に会って、何か失礼なことをやらかしても困る。
「このような小汚い格好で陛下にお目通りするのも申しわけが……」
「何をおっしゃいます、我々のために力を尽くしてくださったお二人のその様子を嘲ることなど、陛下もお許しありますまい」
違う、そうじゃない。
日本人らしい遠回しなお断りはどうにも通用しなかった。
文化格差と見るべきか、あえてのスルーだと思うべきなのかが悩ましい。
彼には少し待っていてもらうように伝え、少し距離を置いてイサトさんと顔を突き合わせての密談を試みる。
「……イサトさん、どうする?」
「毒を喰らわば皿まで、皿を喰うならもういっそテーブルごと喰おう」
「すごい開き直ったな」
「ここまで来たら皿もテーブルも変わらないだろう」
「変わる。だいぶ変わるぞ、容量的に」
皿もテーブルも、どちらも食用には適していない無機物であるという共通点はあるものの、それを一緒にするのはどうにも乱暴な話である。イサトさんはこういうところで、時々妙に思い切りが良い。
「なんかもう面倒臭くなってきたんだ……」
「何が」
「一回宿屋に戻って、寝て、休んで、それから身支度を整えて、改めて謁見を申し出て――…みたいな流れが」
「…………」
確かに、その気持ちも分からなくもない。
今は勢いで陛下の前にこの格好で出られるかもしれないが、改めての謁見ともなると王城に上がるのに相応しい格好だとか、マナーだとか、取次だとか、そういうものが発生しかねない。
考えるだけで思わず半眼になってしまった。
それなら、イサトさんの言うようにこのままの勢いでテーブルまで食べてしまった方が、後々面倒くさくないような気もする。
「じゃあ、陛下の呼び出しに応じる方向で?」
「ンむ。物理的に耐えられなくなったら、合図してくれ。私がこう、儚く倒れるから」
「何故」
「そしたらほら、ツレが倒れたので帰ります、って言えるじゃないか」
「何故普通に疲れたから帰ります、という発想がないのか聞いても良い?」
「……疲れたから、なんて理由で帰してもらえると思うのか」
「えっ」
何それこわい。
イサトさんの視線がふッと遠くに彷徨った。
「秋良青年の夢や希望を打ち砕くつもりはないものの――…良いか、上に立つ人間というものは、『やればできる』を間違った方向で信じているからな? 疲れなんて甘えだし、やるべきことが残っているのに眠りたいなんていうのは怠惰だと思っているからな?」
「まって。まって。イサトさん目がスワってる」
徹夜明けのテンションで、イサトさんの何か押してはいけないトラウマスイッチが入ってしまった感。
「倒れて診断書が出てようやく休みが取れるレベルだからな。私、仕事休みたい一心で何度階段から落ちようと思ったことか」
「病んでる。イサトさんそれ病んでる」
「リモネに言ったら、お前の会社なら両腕が動く限り病院にもノーパソ持って押しかけてくるぞ、と言われたから自重したけども」
「自重の方向がおかしいな?」
ブラック会社出身の社畜の発想が怖い。
「と、いうわけでいざとなったら私が儚く倒れるので、君はその介抱をする、という態で速やかに逃げよう」
「いろいろと理解はしかねるけれども、まあ了解した」
「まあ、おそらくは昨夜からの私たちの働きに対しての労い、だとは思うんだけどなあ。一国の王としては、ここらで対外的なデモンストレーションもしておかないといけないだろうし」
セントラリアを救うために尽力した俺たちに対して、セントラリアの王として謝辞を述べる、という形式的な意味合いと。ドラゴンを倒すほどの力を持つ旅の冒険者であっても、王の威光の前では頭を垂れるのだという周囲に対するアピールの、その両方の意味合いがある、ということだろう。
俺たちとしても変に勘繰られるよりは、その思惑に乗っかった方が楽なので、それは問題ない。
「ただ――…、考えられる中で一番面倒くさいパターンが一つ、あって」
「面倒くさいパターン?」
「私たちが草臥れているうちに丸め込もうぜ作戦が繰り広げられた場合、だな」
「うわあ」
俺たちが昨夜よりセントラリアを救うべく働きづめなのは、おそらくシェイマス陛下も知っていることだ。その上で、恩を仇で返すがごとき真似をするとは思えないが……相手は食えない王族である。あえて俺たちが弱っているところ突いてくる可能性がないことも、ない。
「徹夜明けってちょっとテンションおかしくなりがちだからな……あとから考えると、なんであんなことしたんだろう、ってことをしがちだ」
「ああ、うん。それはわかる気が――」
「私、徹夜明けの勢いで荒巻鮭を丸で購入していたことあるからな。一人暮らしなのに」
「……………」
しなかった。
わからない。
イサトさんがわからない。
その言いようからして、数量を間違えた、というわけでもないのだろう。
何故食えると思った。
そもそも荒巻鮭を丸ごと一つなんて、冷蔵庫に入るのか。
「だから、徹夜明けテンションで押し切られて、無理難題を押し付けられないように、っていうのは気をつけたい」
「力いっぱい同意する」
イサトさんが奇行に走りかけたら全力で阻止する方向でいこう。
腕力にまかせればだいたい勝てる。
と、いうわけで。
ざというときの脱出プラン(?)をざっくりとまとめた上で、俺とイサトさんはシェイマス陛下の要請に応じることにしたのだった。
して、案内された大聖堂は、獣人たちが集会に使っているのとは比べものにならないほどに広く、豪奢な建物だった。
中は四つのそれぞれ大きさの異なるホールを連結したような造りになっており、シェイマス陛下は一番奥のホールにて俺たちを待っていた。
こちらは祈りを捧げるための場所というよりも豪華な会議室といった趣が強く、部屋の中央には大きな円卓が据えられている。
そんな円卓の入口の正面に、シェイマス陛下は腰かけていた。
その背後には近衛兵と思わしき男性と、質素ながらもどこか優美な印象のある白いドレスを纏った女性が控えている。
神殿勤めの巫女、だろうか。
RFCのNPCの巫女が、こんな格好をしていたような気がする。
そこまで考えて、そういえばこの世界にやってきていわゆる聖職者と呼ばれる人に会うのはこれが初めてだと思い至った。
教会にはわりとよく出入りしているものの、あそこはもう正式な意味合いでは教会として機能していない。
座っていた陛下は、近衛兵に案内されてやってきた俺たちに気づくと、すぐさま立ち上がって俺たちの方へと出迎えるようやってきてくれた。
相手が一国の王だとすると、破格の対応だといえる。
「よくぞ来てくれたな。一度とならず二度までもセントラリアを救ってくれたそなたらをこうして呼び出すのも気が引ける話なのだが……」
「いえ、こちらこそ光栄です」
あたりさわりなく応じながら、周囲の様子を窺う。
最初に見た通り、部屋の中には陛下と護衛の兵士が一名、それと巫女と思われる女性が一人いるだけだ。イサトさんが先に言っていたような、周囲へのアピールのために呼んだという路線ではなさそうである。
むしろ、どちらかというと人目を避けている印象すらある。
と、なると何か厄介ごとを押し付けようとしているのかと身構えたくもなるのだが……。
「そなたらも疲れているだろう。面倒な前置きは省くが良いか?」
「その方が、こちらとしてもありがたく」
何しろこちらは無作法な異世界トラベラーだ。
仰々しい前置きなどおかれてしまっては、主旨を見失いかねない。
陛下は俺の言葉に鷹揚に頷いて見せると、さっくりと本題を口にした。
「実は――…、セントラリアの聖女がそなたらと話がしたいと言っておるのだ」
せい、じょ。
思いがけない言葉に、一瞬咄嗟に耳で聞いた音を意味を持つ漢字に変換することに失敗した。聖女というとあれか。聖なる女性、略して聖女、だろうか。
俺の記憶している限りでは、ゲームとしてのRFCにはそんな肩書を持つNPCは存在していなかったはずだ。
思わず、視線が陛下の傍らに控える女性へと流れる。
彼女が、そのセントラリアの聖女なのだろうか。
視線に込められた疑問はあまりにもわかりやすかったのか、陛下の背後でその女性が静かに目を伏せた。どうやら違うらしい。
セントラリアの聖女とはいったい何なのかを聞いてみたいものの、それがこの世界において『知っていて当たり前の存在』であるのならば藪をつつくのはまずい。さも聖女のことは知っているものの、その聖女からお呼びがかかるとは思ってなくて戸惑っている、という風を装う。
「聖女が、私たちに何の御用なのでしょうか」
「……わからぬ」
イサトさんの問に、陛下は重々しく首を左右に振る。
「聖女は教会の意思を束ねる者とはいえ、俗世のことには関わらぬ尊きお方だ。私も儀式の際に顔を合わせることがある、という程度。女神の言葉を聴くという聖女の御心は私にもわかりかねる」
ふむ。
確かに、舞踏会でも陛下の傍らにいたのは司祭長だった。
俗世に関わらない、ということは民の声を聴き、民衆の声を代表するという政治的な役割を果たすのは司祭長、聖女は教会の中における信仰上のトップ、というような認識で良いのだろうか。
ふと、脳裏に竜化したエレニと一戦を交えていた際に見かけた人影が過る。
法杖を構え、ドラゴンのブレスを防いで見せた華奢な白い人影。
あの人影の主こそが、セントラリアの聖女、よ呼ばれる人物なのか。
「陛下、そのお話、受けても構いませんが――…一つ、よろしいでしょうか」
イサトさんが、陛下に向けて口を開いた。
「申してみよ」
「お会いすることは構いません。ですが、その内容によっては、聖女の意向に添いかねることもあるかと思うのです。それでも、陛下はよろしいのでしょうか」
「…………」
シェイマス陛下は、少しだけ戸惑ったような沈黙を挟んだ。
「女神の言葉を代弁すると言われる聖女にすら、添わぬと言うのか」
「はい」
まっすぐに陛下を見据えて、はっきりと、言い切る。
女神の加護の下に生きるこの世界の人にとっては、理解できないことなのかもしれない。だが、俺とイサトさんのスタンスについては昨夜、エレニが王城を襲撃してきた際にも、陛下の前で宣言している。
陛下もそれを思い出したのか、難しい顔をしながらも頷いた。
「許す」
「ありがとうございます」
よし。
これで話を聞いたからには言うことを聞け、なんていう事態は避けられる。
イサトさんが気づいてくれて良かった。
「ウレキス、この者たちを聖女の元へ案内せよ」
「承知致しました」
ウレキス、と名を呼ばれた女性が恭しく陛下へと腰を折る。
どうやらこの女性は、俺たちを聖女のもとへ案内するために控えていたらしい。
だがその口ぶりに一つひっかかることがあった。
「陛下はいらっしゃらないのですか?」
「聖女様は俗世より離れた清らかなるお方。たとえ陛下といえど、儀式を超えて交わるわけにはいかないのです」
陛下へと向けた疑問に、物腰柔らかながらもはっきりとした声音で答えてくれたのは、そのウレキスという巫女だった。
どうやら聖女という存在は、俺が思う以上に神聖で不可侵な存在であるらしい。
陛下ですら易々とは会うこと叶わぬような聖女からの呼び出しだと思うと、ますます厄介ごとの匂いがしてくる。
が、一応内容によっては意に添いかねる、とは先に宣言してあるのだ。
とりあえず、まずは話だけでも聞いてみるとしよう。
「では、私は失礼しよう。ウレキス、あとは任せたぞ」
「はい、女神の御心のままに」
恭しく頭を下げるウレキスさんに見送られて、陛下は護衛の兵士とともにその場をあとにする。
その姿が見えなくなるまで頭を垂れていたウレキスさんは、扉が閉まる重々しい音に合わせて再び顔を上げた。
改めて見るに、顔だちの整った綺麗な女性だ。
豊かにうねる黒髪に、白い肌、色素の淡い灰色の双眸。ほとんど肌に溶け込むような柔らかな色合いの唇はまるで端正こめて彫り込まれた彫像のようだ。
それなのに、不思議と見る人の心を波立てない静けさがある。
確かに綺麗な人だと思うのに、目を閉じて思い返そうとするとその静謐な身に纏う雰囲気は思い出せるのに、顔の造作が出てこない。
「では――…こちらについてきていただけますか? 聖女様の下まで、ご案内させていただきます」
静かに礼をして、ウレキスさんが歩きだす。
堅い石造りの床の上を歩いているはずなのに、足音が一切しない。
実は幽霊か何かなのではないかと思うほどに、動きの一つ一つが静かだ。
かといって、お化けか何かのような違和感があるわけでもない。きっと、この女性はあんまりにも自然体なのだ。そこに在るのがあんまりにも当たり前で、この場に溶け込みすぎているが故に、その人となりが、印象がぽろぽろと零れ落ちていってしまう。そんな超然とした様が、いかにも巫女らしいと思ってしまった。
ウレキスさんは、陛下が退出したのとは反対方向にある小さな扉へと手をかける。壁に彫り込まれた精緻なレリーフに溶け込むような、扉だと言われなければ気が付かないような扉だ。
その奥には、ひたすらまっすぐに続く道が続いていた。
両サイドには柱が並び、左右には美しい庭園が広がっている。
清廉な緑と、淡い色使いの花々、そして青く澄んだ池。
楽園と言われても納得できてしまいそうな、美しい中庭を突っ切るようにしてその白い道は続いている。
延々と続くようにも見える渡り廊下を歩く中、ふとウレキスさんが口を開いた。
「――…聖女様にお会いになられる前に、何かお聞きになりたいことなどはございませんでしょうか。お二人は旅のお方だとお聞きしています。私で良ければ、ご説明できることもあるかと」
確かに、聞きたいことはある。
聖女、とはいったい何なのか。
が、それを聞いても良いものなのかは悩ましい。
「…………」
ふ、とそんな俺の様子に、ウレキスさんが小さく笑ったようだった。
「緊張、させてしまいましたか。私どもにとっては尊き教え、けれど一般の方々にとってはまだ少し縁遠いものであることも存じています。どうか、ご遠慮なさらずに」
それはどこか、一度聞いたはずの授業の内容について、聞きたいことがあるのになかなか切り出せずにいる生徒を促す教師の言葉にも似ていた。その感じからして、知っているつもりで実は詳しくない者も少なくはない、ということで良さそうだ。
「……じゃあ、すごく基本的なことから改めて説明して貰っても良いですか?」
そっと聞いてみると、ウレキスさんは嬉しそうに頷いた。
知らないことを責めるのではなく、むしろ知らないものに教えを伝えることを喜びにしているのだということがその姿からもよくわかる。
「聖女様は、女神の依代であり、その声を聴くことのできる尊きお方です。ですがそれ故に、聖女様は俗世に触れることが叶いません。人と関わることで穢れを受けてしまえば、女神の声を聴くことが出来なくなってしまうからです。そんな聖女様と、皆さまとの間を繋ぐのが、我々のような巫女の勤めとなっております」
「なるほど……」
「今回のように、聖女様から俗世の方にお逢いしたいとおっしゃるようなことは今までにないことです。きっと、あなた方は女神からの加護が厚くていらっしゃるのでしょう」
柔らかなウレキスさんの言葉に、俺はやんわりとした笑みで肯定とも否定ともつかぬ相槌を打つ。ゲームシステムの恩恵を受けている、という意味においては確かに女神の加護が厚い、のかもしれないが、そのあたりはどうにも説明が難しい。
「私も……、いつか聖女様にお会いできるよう、これまで以上に勤めを全うしようと、励みになりました」
ん?
「ウレキスさんは、聖女様にお会いすることが出来ないんですか?」
俗世の人間と直接関わることができないために巫女がいる、という風に聞こえていたのだが。
「ああ、すみません。聖女様におお目通り叶うのは、陛下のみなのです。司祭長を含め、身の回りのお世話をさせていただく我々巫女も、普段はお声を聞かせていただくのみです」
そう言ったウレキスさんの横顔は、どこか少し寂し気に見える。
それは、信仰の対象を純粋に慕う、というよりも、もっと何か違う意味合いを持っているように見えた。
「あの」
「はい、なんでしょう?」
「ウレキスさんは、聖女様とお知り合い、なのですか?」
「……はい」
嬉しそうに頬を染め、ウレキスさんは頷く。
存在感のない透明な表情が綻んで、柔らかな笑みになる。
巫女としての在り方としては修行が足りない、ということになるのかもしれないが、俺としてはそちらの表情の方が好きだなとなんとなく思った。
「今代の聖女様は、私が姉と慕っていた方なのです」
「今代、というと?」
「何十年かに一度、聖女様は代替わりを行うのです。巫女の中で一番優秀で、信仰に秀でたものが、前の代の聖女により選ばれるのです」
「それで選ばれたのが、ウレキスさんのお姉さん、なんですね」
「はい。今ではもう、おこがましくて姉と呼ぶことも叶いませんが」
懐かしそうに、ウレキスさんの灰色の瞳が細くなる。
「こんなことを言ってはいけないのはわかっているのですが――…私は一度、聖女になる前の姉に命を救われたことすらあるのですよ」
「へえ、何があったんですか?」
軽い調子で、話を振る。
きっと、普段のウレキスさんならば聖堂の中で聖女の身内であることを自慢するようなことはないのだろう。俺たちが部外者だからこそ、ウレキスさんは純粋にただ姉を慕うかのようにこうして話を聞かせてくれているのだ。
「まだ、私が子供だった時のことです。水を汲みに泉に赴いたところ、迷い込んだ野犬に襲われたのです。まだ幼かった私など、きっと簡単に殺されてしまったでしょう。そこを、姉が救ってくれたのです」
「勇敢なお姉さんだったんですね」
「はい。今となっては想像もできないぐらい、お転婆な姉でした。その際にできた傷も、妹を守った名誉の傷だから、なんて言って」
ふふ、と楽しそうにウレキスさんが笑った。
そうしている間にも、やがて渡り廊下は終点にたどり着く。
ウレキスさんが足を止めたのは、瀟洒な造りの東屋の手前、数メートルというところだった。
「ウレキスさん?」
「これより先に、私は足を踏み入れることを許されていません」
寂しげに、ウレキスさんが灰色の双眸を伏せる。
そのほんの数メートル先に、あれだけ嬉しそうに語った姉がいるというのに、その姉が聖女として選ばれたことによりウレキスさんは姉を姉として慕うことすら許されていないのだ。
ウレキスさんも、ウレキスさんのお姉さんも、そうなることをわかった上で聖女としての役割を受け継いだのだろうとは思う。部外者である俺が、簡単に同情してそんな決まりに従うことはないと言ってしまえる問題ではないことも、わかる。
けれど、その数メートルの距離が、なんだかとてももどかしく思えた。
「――…ウレキス、さん」
と、そこでふとイサトさんが口を開いた。
ここまで会話を全部俺に任せていたものだから、実は正直歩いたまま寝てるんじゃないかと疑っていたのは内緒だ。
「何か、お姉さんに伝えたいことがあれば私が伝えよう」
「……!」
イサトさんの言葉に、ウレキスさんが驚いたように息をのむ。
それから、ウレキスさんはどこか幼い少女のように、ほろりと内側から咲き零れるような、恥じらいを含んだ笑みを浮かべた。
「心はいつも傍に。そう、お伝えいただけますか」
「……わかった。必ず伝えるよ。案内してくれて、ありがとう」
「ああ、ありがとう」
「こちらこそ――…ありがとうございます」
深々と頭を下げるウレキスさんに見送られて、俺とイサトさんは聖女が待つという東屋に向けて歩を進める。
充分にウレキスさんから距離が開いたのを確認して、ちょろ、と横に視線を流した。
「…………イサトさん、寝てるかと思った」
「……実はちょっと寝てた」
やっぱりか、コノヤロウ。
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