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おっさんとぷんくな思い出



 俺たちが大聖堂に向けて出発したのは、教会の方で炊き出しの朝食までいただいた後のことだった。

 

 いつもならとっくに朝市で賑わっているはずの通りも、今日はしんと静まり返っている。そんな中を、俺とイサトさんはとぼとぼと大聖堂に向かって歩いていた。

 

 本当なら、気持ち的には行きたくない気持ちの方が強い。

 どうせ大聖堂にはライオネルなんとかがいるのだ。

 それならライオネルなんとかへの当て付け半分、「守護騎士がいるなら大聖堂にはもう十分な手があると思ったので~」とかヌケヌケと言ってこのまま宿屋に帰って寝てしまいたい気持ちは満々だった。

 何せ、王城での舞踏会から流れるようなドラゴン討伐戦で貫徹状態なのだ。

 体力的にも、なかなかキツい。


「……イサトさん、生きてるか」

「そろそろやばい。テンション切れたら寝そう」

「もうちょい、もうちょい」


 王城での舞踏会も、ドラゴン討伐も、その後の諸々も、緊張感が続いている間は良かったのだ。が、あらかたセントラリアにいる友人知人の無事は確認し、街中に放たれたモンスターのほとんどが駆除済みだという現状、油断すると容赦なく睡魔に意識を持っていかれてしまいそうになる。

 

 どうやらそれはイサトさんも同じであるらしい。

 二人してやや前傾姿勢、だらりと腕を落として大聖堂を目指して歩く。


「なんで戦闘って一回始まったら毎回徹夜になりがちなんだ……」

「本当にな……」


 言われてみれば、初っ端のカラットの村からしてわりとそうである。

 盗賊の襲撃に寝込みを襲われ――…ああ、でも、飛空艇での戦闘は昼日中だったか。その後の黒の城(シャトー・ノワール)の一件がやっぱり夜通しの戦闘で、今回の騒動もまた同じく。四回中三回が夜戦というのは、なかなかの頻度だと言えるのではないだろうか。


「秋良青年、しりとりしよう」


 脈絡なくイサトさんが提案してきた。

 おそらく、ただ歩いているだけだと眠くて力尽きそうなのだろう。


「いいよ。じゃあイサトさんからどうぞ」

「しりとりの『り』」

「りんご」

「ごりら」

「ラッパ」

「パインアップル」

「ルビー」


 眠くならないように、と始めたはずのしりとりなのだが。

 考えなくても続けられるような定番のやりとりに余計眠くなってきてしまうような―――


「天鵞絨扁埋葬虫」

「!?」


 いきなりなんかすごいキラーパス来た。

 

「天鵞絨扁埋葬虫……?」

「天鵞絨扁埋葬虫。」


 イサトさんが真面目ぶった声音で復唱する。

 その癖、ちらりと横目で見やった横顔、その金色の双眸はどこか笑みを含んで愉しげに瞬いている。


 単語自体は「シ」で終わっているので、別段続けるのが難しいというわけではないのだが……唐突に出てきた天鵞絨扁埋葬虫の破壊力ときたら。


 一体どこからそんな言葉を仕入れてきたのか聞こうと口を開きかけて、ふと、なんとなく。以前にもこんなことがあったような気がした。

 なんだったか。

 疲労と睡魔にぼんやりしがちの脳みそでは、なかなか答えに辿り着けない。


「なんだ、ギブアップか」

「や、そうじゃないんだけど……なんか前にもこんなことなかった?」

「前って……黒の城(シャトー・ノワール)から戻ってきたとき?」

「いや、もっとなんか、こう」


 シリアスな空気ではなく。

 徹夜の延長戦、けれどもっと軽やかにだらだらと、イサトさんとくだらない話をしていたことがあったような。

 どこで、だったか。

 確かあれは。


「――夏の悪霊封印イベント」

「……うっ、頭が……!」


 俺がふと呟いた言葉に、イサトさんが大袈裟なうめき声をあげた。

 イサトさんにとっては若干トラウマになっている模様。

 でもまあ、それもそうだろう。

 

 夏の悪霊封印イベント、というのは何年か前の夏にRFCで行われた納涼イベントの一つだ。

 

 フィールド中にあふれたゴーストモンスターを倒し、そのモンスターがドロップするお札を集めてNPCに納品するとお礼としてアイテムやら装備やらが貰える、というのがそのイベントの概要だ。

 これだけ聞くと、よくあるイベントのように思えるのだが……。

 いざ蓋を開けてみると、周囲はプレイヤーの阿鼻叫喚に満ち溢れた。

 

 どのレベル帯のプレイヤーも平等に楽しめるように、との運営の心遣いにより、レベル帯ごとに用意されたゴーストモンスターから等しくドロップするはずの札は、すべてのゴーストモンスターから等しく極々稀(・・・)にドロップした。


 しかも、お札は全部で五色あり、納品のためには五色ワンセットでなければならないという鬼畜仕様ときた。丸一日狩り続け、ようやく札が五枚ドロップしたと思っても全部同じ色、だなんて惨劇も当然起きたわけで。

 まあ、おっさん(イサトさん)のことなんだが。

 

 

------------------------------------------------------------


 アキ:おっさん何枚集まった?

イサト:ピンクが三枚。死にたい。

イサト:たぶんこれピンクしかないんじゃないか。

リモネ:諦めんなwwwwwwwwww

 アキ:まあ、身内でダブってんのトレードしたらいけるんじゃ

ないか。

イサト:アキ青年ピンクと何か交換しよう

 アキ:間に合ってます

リモネ:間に合ってます

イサト:リモネに至っては聞く前に……!!!!

イサト:ピンク以外なんてなかったんや……はいはい未実装未実装

 アキ:イキロ

リモネ:イキロ


-------------------------------------------------------------

 

 

 

 哀れなり、おっさん(イサトさん)

 

 もちろん、イベントを通して要求されるのが五枚一組だけで済むわけもない。

 揃えた札のセット数に応じてお礼の品は豪華になっていき、最終的にはそのイベント限定召喚獣が手に入るということもあって、おっさん(イサトさん)の目標は当然イベントの完走だった。

 

 おっさん(イサトさん)は燃えていた。

 

 それはもう、寝食削る勢いで札を集め続けていた。

 が、まるでそんなおっさん(イサトさん)の物欲に反応するセンサーでもついているのかと思いたくなるほどに、おっさん(イサトさん)のドロップ運は最低だった。三時間に一枚ドロップするかしないかの札、ドロップしても何故か集まるのはピンク札のみという大惨事。

 

 イベント後半に至っては、おっさん(イサトさん)から届くチャットメッセージが、モンスターを倒して札がドロップした際の報告のみというかなり摩耗した感じになっていたぐらいだ。最終的に「ぷんく」の三文字が届いたときにはもうあの人駄目なんじゃないかと本気で思った。

 

 確かあの時にも、眠気覚ましにしりとりしようと脈絡なくゾンビめいたおっさん(イサトさん)に要請されたのだ。

 

「……思い出した」

「ん?」

「あの時私、君にしりとりで負けたんだ」

「そうだっけ」

「そうだよ。頭が死んでたからか何故か『ビ』で始まる言葉が思いつけなくて」

「ビール、ビーム、あたりを使うと確かに咄嗟には出てこないよな」

「そうそう。それで次やるときに困らないように、って調べておいたんだった」

「それで天鵞絨扁埋葬虫……?」

「そう」


 イサトさんのチョイスがおかしい。

 もうちょっと普通の言葉もあっただろうに、何故天鵞絨扁埋葬虫だったのか。

 そもそももう天鵞絨で良くないか。

 思わず半眼を向けた俺に、イサトさんは悪戯が成功した子供のように笑う。だいぶ時間差をおいてのリベンジマッチをされてしまった感に、結局俺もつられて笑ってしまった。

 

 ひとしきり笑ったところで、イサトさんがぐんと両腕持ち上げてノビをしながらぼやいた。

 

「ネトゲだったら二徹ぐらいなら平気でイケるのになあ」

「こちとら実際に体力、精神力消費しまくってるからな……」


 指先のクリック一つで戦闘が進み、死んでも失うのはこれまでに溜めた経験値の何パーセントか、であったゲームとは異なり、この世界においての戦闘はどこまでも本物だ。

 

 敵の攻撃はこちらの肉体を傷つけ、傷を負えば当然のように痛みがあり、おそらく死ねば全てが終わる。

 

「なんだかゲームでゲームしてたのが懐かしい」

「……秋良青年の日本語が残念なことに」


 疲れのせいだと言い張りたい。

 今俺たちがいる世界が、ただのゲームだった頃が随分と昔のように思えるのはどうしてだろう。やっぱり疲れているからだろうか。

 

 自分たちの命はおろか、他人の命を肩に背負っての戦い、なんてのからは無縁だった世界。

 

 気心の知れた仲間たちと、他愛もない軽口を叩きあいながらあくまでゲームを楽しんでいた頃が、なんだかとんでもなく恋しくなってしまった。今なら、延々と無限に続きそうなおっさん(イサトさん)のアイテム堀りにも喜んで付き合える気がする。

 

 

「あ”-……帰りたい」

 

 

 おっさんのような声が出た。

 三日ぐらい会社に泊まりこみ、四日目の朝にようやく始発で家に帰るおっさんのような声だ。まだまだ若いと思っていたが、俺の中にも確実におっさんは潜んでいる。

 

「帰りたい。布団で寝たい。目が覚めるまで寝ていたい」

「同感だ。共に全日本もう帰りたい協会に駆け込もう」

「全日本、じゃここまでは網羅していないのでは」

「――なんと。設立から始めなければいけないのか。私がセントラリア支局の支局長するから君、副長な」

「それ、なんだか結局仕事してないか?」

「何言ってるんだ、全日本もう帰りたい協会セントラリア支局だぞ。仕事内容は速やかな帰宅に決まってる」

「あゝ全力で」

「帰りたい」


 帰りたいのは宿屋になのか、元の世界に、なのか。

 それすらも曖昧に軽口を叩きあい、帰りたい帰りたいと言いながらも俺とイサトさんは大聖堂に向けて歩き続ける。


 それは意地であり、見栄だ。

 

 教会にて、「これからアキラさんとイサトさんはどうするんですか?」と無邪気に問いかけるライザを前に、俺とイサトさんは二人揃って顔を見合わせてしまったのだ。

 その時俺の頭によぎったのは、ほんの少し前に聞いた、クロードさんの言葉だった。




『本当に助けられねえのか、助けたくねえのかがわからなくなった』




 今、宿屋に戻ってしまったら。

 「本当に疲れていたから」なのか、「ライオネルなんとかへのアテツケ」なのかがわからなくなってしまいそうな、そんな気がしてしまった。

 きっと、イサトさんも同じことを考えてしまったのだろう。

 だから、俺とイサトさんは疲れた顔を見合わせて、小さく覚悟を決めるための息を吐いて、それからライザへと言い切ったのだ。


「「ちょっと大聖堂見てくる」」


 若干台風の日に田んぼを見に行く感が醸し出されているのは気のせいだ。

 ――そんなカッコツケから今に至るわけなのである。

 ライザや、クロードさん、そしてあの商人ばかりに格好つけさせてたまるか。


 と。

 そんな話をしている間に、大聖堂の前まで辿りついた。

 俺たちが先ほどまでいた古い教会とは比べものにならないほど大きな扉は硬く閉ざされており、その前には幾人もの騎士が詰めている。見覚えのある白銀の鎧はセントラリアの守護騎士のものだ。

 出来ることならば、ライオネル何とかご一行ではない騎士であってほしいのだが……。

 

 俺とイサトさんはちら、と視線を交わして覚悟を決めた後一歩を踏み出した。

 もしもここでも俺たちなど用なしなのだと喧嘩を売られるようなら、その時こそ心置きなく宿に戻って惰眠を貪れば良い。

 

 こちらも徹夜なのだろう疲れた顔をした騎士たちが、俺たちの存在に気づいてわずかに警戒の色を滲ませる。


「なんだお前たちは……って、あんたたちは」

「……なんだよ、何をしにきたんだ」


 俺とイサトさんの顔に見覚えがあったのか、騎士たちが顔を見合わせる。

 ざっと見た感じ、ライオネルなんとかの姿はこの場にはない。そのおかげなのか、あまり敵対的な空気は感じなかった。友好的、とまではいかなくとも、どちらかというとバツが悪そうな空気、に近い。

 

「あっちの方が落ち着いたからな。こっちの様子も見に来てみたんだが……特に手助けは必要なさそうか?」

「……っ!」


 俺の声に、驚いたように騎士たちの顔に動揺めいた色が走る。

 

「…………」

「…………」

「…………」


 しばしの沈黙。

 お互いの顔色を窺いあうような間をおいて、騎士の中の一人が口を開いた。


「……その。ライオネルがあんなことを言ったあとに、あんたたちに頼るのは随分と調子が良いのはわかってる」


 どうやら彼は、ライオネル何とかと共に教会を訪れた騎士の一人であったらしい。断られても当然、というような面持で、苦々しく言葉を押し出す。


「怪我人がいるんだ。その……怪我が酷い奴だけでもいい、看てもらえないか」

「そのために来たんだ、案内してくれ」

「……! ありがとう、助かる。こっちだ」


 間髪入れずに応じたイサトさんに驚いたように、騎士は目を丸くしつつもすぐに俺たちを先導して歩き始めた。

 彼が俺たちを案内したのは、大聖堂の横にある塔のような建物だった。

 おそらくは守護騎士の詰所なのだろう。

 奥へと足を踏み入れるに連れ、血の淀んだ匂いが漂い出す。


「重傷者がいるのか?」

「命にかかわるほどではない。だが、決して軽くもない」


 そうして案内された先の奥の部屋は、さながら野戦病院のような有様だった。

 怪我をした男たちが何人もベッドに寝かされており、そのベッドの数も足りていないのか、壁にもたれるよう布を敷いただけの床に座りこんでいる者も多い。

 ここまで案内してくれた騎士の言ったように、今すぐにでも死んでしまいそうなほど大怪我をしている者は確かにいないようだが、ピンピンしてるとも言い難い。

 モンスターに酷く噛まれでもしたのか、傷口に巻き付けられた包帯の輪郭が痛々しく歪んでいる者すらいる。

 普通に治療しただけでは、傷は治ったとしてもこれまで通り戦えなくなる者もいるのではないだろうか。


「秋良青年、まずは空気を入れ替えよう。窓、開けてもらっても?」

「了解」


 おそらくは血の匂いに惹かれてモンスターが集まることを警戒していたのだろうが、締め切られた部屋の中は薄暗く、空気が澱んでいる。

 次々と鎧戸を開け放っていくにつれ、部屋の中に清廉な朝の光と空気とが流れこんできた。


「……なんだ、もう朝が、きてたのか」


 窓際のベッドに寝かされていた男が、ぼんやりとつぶやく。

 夜が明けたことにすら気づいていなかったのかと思うと、なんだかたまらない気持ちになった。


「……ぐぬぅ」


 明るくなった室内を見渡したイサトさんが呻く。

 まあ、その気持ちはわからなくもない。

 日の光の下で見ると、ますます惨状と呼ぶに相応しい状況だ。

 その声を聞きつけたのか、周囲に横たわる怪我人たちが口々に怪我の重い誰それから癒してやってくれ、いや誰それこそを頼む、と口を開き始めた。


「俺は大丈夫だから、アイザールの奴の怪我を治してもらえないか」

「何言ってんだ、あんたの方こそ若い奥さんもらったばっかりだろ」

「それなら赤ん坊が生まればかりのテオドアを先に」


 ちょっとした愁嘆場だ。

 っていうか騎士団の皆さまフラグ立てすぎじゃないか。

 何かそういうルールでもあるのか。

 

「イサトさん、もしかして気持ち悪くなった?」

「いや、それは大丈夫」

「じゃあMPが足りない、とか?」

「そっちもたぶん大丈夫、だと思う。万が一足りなくなっても、MP回復用のアイテムも持ってるから」

「? じゃあどうしたんだ?」

「……これ、みっちみちになるぞ」


 みっちみち。

 イサトさんの言葉に、ふと思い出した。

 単体の回復スキルを持ち合わせていないイサトさんは、あくまで回復スキルを持つ召喚獣を行使する、という形をとることになる。

 つまり、この場にいる怪我人を癒すためにはここに回復スキル持ちの召喚獣、すなわち朱雀を呼び出さないといけないわけで。

 先ほどの教会以上に、この部屋は狭く、天井も低い。

 これは確かに間違いなく、みっちみちになる。

 

「…………イサトさん、朱雀ってイサトさん以外が触ると火傷する、みたいな縛りってあったっけ」

「たぶんなかった、はず」

「じゃあ、いいんじゃないか?」

「……よし」


 かくして。

 俺はいいからあいつは先に、と美しい友情を発揮しあう怪我人たちの元に、艶やかな毛並みも美しい朱雀がもっふりみっちりと降臨した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やー……なんかこう、すごい光景だな」

「新手のテロ画像みたいだ」


 騎士、ということもあって、そこにいた怪我人たちは皆体格の良い、顔だちもどちらかというと凛々しく、いかつい男性陣が多かった。

 そんな彼らが、鳥の雛よろしく、もっふり丸くなった朱雀の羽の下に収まっているのである。朱雀のエリアヒールのおかげで痛みがなくなったこともあり、皆して温泉に浸かったがごとく蕩けた顔をしているものだから、余計に面白おかしいことになってしまっていた。

 最初は深刻そうに怪我人の様子を見に来ていた他の騎士たちも、最後は笑いを耐えるのに必死になって逃げだしていくという有様だ。


「それにしても……これだけの怪我人がいるのに、よくあのライオネル何とかは俺たちを呼ぼうとしなかったな」


 売り言葉に買い言葉とはいえ、大聖堂の方は十分手が足りている、と言っていなかったかあの野郎。


「……ライオネルは、あなた方の力がこれほどまでだとは思っていなかったのでしょう」


 ぼやくような俺の言葉に応えたのは、俺たちを詰所まで案内してくれた騎士だった。心なし、口調が畏まっているようなのは気のせいか。なんだか急に扱いが変わったことに、背中がむずがゆくなる。

 が、これも感謝故だと思うと気持ち悪いからやめてくれとも言いづらい。


「これほどまで、って?」

「あの教会でも怪我人の手当てをしたとは聞いていましたが……これほどの怪我を癒すだけの力をお持ちだとは思っていなかったのです」

「回復スキルを持つ人間は少ないのか?」

「聖堂勤めの巫女や、司祭様なら可能ですが……あまり数をこなすことができないため、こういった事態では騎士は後回しになります」


 なるほど。

 『女神の恵み』が手に入りにくくなっていることもある。

 MPに限りがある上に、その回復が見込めないともなれば、いざ王族や貴族などに怪我人が出た際に備えて軽々しく回復魔法を連発することもできない、ということなのだろう。

 ここにいた怪我人たちは幸い、というか運悪く、というか、命に関わるほどの重傷ではなかったことから、後回しにされてしまっていたらしい。

 それを恨めしく思うわけでもなく、騎士は当然だという顔で語る。

 イサトさんのように一回のスキル行使で大勢を一度に癒せる方が規格外なのだ。

 それ故に、ライオネルなんとかの「大聖堂は手が足りている発言」につながるというわけか。

 

「……でも、どうして助けてくれたのですか?」

「ん?」

「あなたたちは、獣人側なのだと思っていました」


 彼の言葉に、俺とイサトさんは顔を見合わせる。

 なんだか苦い笑みが口元に浮かんでしまった。

 獣人側だから、人間側の騎士を見殺しにしてもおかしくないと思われていたことが、というか。それが彼らにとって当たり前の発想であることが、ある意味平和ボケした俺たちからすると随分と苦く思えてしまったのだ。


「俺たちはさ、余所者なんだよ」

「余所者、ですか」


 彼はきっと、俺たちが旅の冒険者であり、セントラリアに根差していないということでこの言葉を受け取っただろう。が、実際のところ、俺とイサトさんはこの世界にとっての余所者だ。この世界における常識を知らないし、必要とあらばその常識をいともあっさりとスルーしてしまうこともできる。

 

「人間がどうこう、とか。獣人がどうこう、ってのじゃなく。単に俺たちはしたいことをしてるだけだ」


 目の前で惨事が起きるのが厭だと思ったから、飛空艇を街の手前で墜とした。

 目の前で虐げられてる子供を何とかしたいと思ったから、ギルロイ商会の連中とやりあった。

 

「すごく、綺麗ごとに響くだろうけれど――…君たちを癒したのも、私が痛そうで見てられないなと思ったからだ。助けたいと思ったから、助けた。ただ、それだけなんだ」


 しがらみがないのを良いことに、その場その場でしたいことをしているだけだ。

 正義の味方どころか、誰の味方ですらない。

 やりたいことをやりたいようにしているだけの―――わるもの。


「…………」


 騎士の青年は、俺たちの言葉に何か考え込むように目を伏せる。

 そんなやり取りの合間にも、朱雀のエリアヒールは部屋にいた怪我人たちをしっかり癒し終えていたようだった。気が付けば、朱雀を中心にあたりを満たしていた薄い朱色の光が役目を終えたように消えている。

 そのわりに、先ほどまで怪我に苦しんでいた騎士たちが、未だどこか夢見心地でもふもふと朱雀を撫でたくっているのが見えているわけなのだが。

 彼らには悪いが、他に何か用がないようならそろそろ切り上げても良さそうだ。


「他にもう、怪我人はいないんだよな?」

「はい。大聖堂に避難してきた人々の中に怪我人はいません」

「よし。じゃあ」


 俺たちは帰るか。

 そう言い終えるより先に、慌ただしく扉を開いて一人の身なりの良い男性が飛び込んできた。


「こちらに旅の冒険者、アキラ様とイサト様はいらっしゃるでしょうか!」


「…………」

「…………」


 どうやらまだまだ帰れそうにない。


 

お読みいただきありがとうございます。

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