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おっさんと喰えない大人たち


 エレニの姿が完全に見えなくなったのを確認した後、俺とイサトさんは何食わぬ顔で俺たちを探す騎士団の一行と合流した。

 エレニについては、墜落のどさくさで逃がしてしまった、ということにする。

 もう少し俺たちの不手際を責める声が上がるかと思っていたものの、意外なことに騎士たちは少し不安そうに周囲を見渡すだけにとどまった。

 もうこのあたりにはいないだろう、とイサトさんが口にすると、わかりやすく安堵したように息を吐く。


 ああ、そうか。

 

 彼らにとっても、ドラゴンというのは恐ろしいモンスターなのだ。

 空を飛ぶ術も、ドラゴンの堅い表皮を打ち破る力も持たない彼らにとっては、ドラゴンを街から遠ざけることができただけでも偉業なのだろう。


「……ドラゴンは、また来るでしょうか」

「どうだろうな。相当な深手を負わせたし、すぐには戻ってこれないと思うけど」

「最悪、そのまま死んでもおかしくないだけの傷を負わせているから――…心配することはない」


 俺の言葉を補足するように、イサトさんが傍らでひょいと肩をすくめる。

 あれだけボロボロにして、なおかつ片足と尾を失っているのだ。

 いくらドラゴンといえど、あれだけのダメージを与えれば普通に考えれば出血多量で死ぬだろう。

 

 ……まあ、実際のところは上位ポーションを飲ませて回復した後、首輪つきの放牧に至っているわけなのだけれども。

 

「しばらく街の出入りに気を付けるようにした方が良いだろうな。また潜りこまれたら厄介だろう?」

「それは徹底するつもりです」

「なら良かった」


 今回、エレニは人の身でセントラリアの街に入り、内側から『竜の牙』を使ってモンスターを召還、さらには自身が<竜化>のスキルを使うという形でセントラリアを滅ぼそうとした。

 街の中ではモンスターに襲われる心配がない、という常識の盲点を突く形での攻撃だ。その衝撃はきっと騎士たちの心に深いトラウマを刻み付けることになっただろう。これまで以上に街の出入りや、出回る品に対する監視が厳しくなるだろうが、セントラリアにとってそれは悪いことではないはずだ。


「何か様子のおかしい奴を見かけたら、俺たちにも知らせてもらってもいいか?」

「もちろんです」


 あのヌメっとした人型のこともある。

 マルクト・ギルロイの異変には誰も気づくことが出来なかったが……あのヌメっとした人型そのものだったらどうだろう。

 

 俺がカラットで出会ったような。

 マルクト・ギルロイの坊やに擬態していたような。


 人ではないものが人を真似た不自然さになら、騎士団の人間でも気づけるのではないだろうか。


「知らせるといってもどうしたら?」

「俺たちはセントラリアにいる間は下町の方にある、蒼のクレン亭に滞在してるから、そこに連絡をくれれば。もし俺たちがセントラリアを離れてたら――…そうだな」


 俺は考える間を一拍挟んでから口を開いた。


「レティシア・レスタロイドを知ってるか? レスタロイド商会の娘なんだが。彼女がしばらくセントラリアに滞在してるはずだ。彼女に伝えてくれれば、俺たちにも情報が入るようにしておくよ」

「わかりました」


 本人のいないところで勝手に話を進めて悪いが、レティシアを連絡役にしてしまう。エリサでも良かったのだが、獣人と騎士団との間の溝は深いだろうと思ってのことだ。そういえば、と周囲を見渡した。今ここにいる騎士団のメンツの中に、以前マルクト・ギルロイと共に俺らに絡んできた騎士の顔は見つからなかった。

 名乗られた覚えはあるのだが、なんだったか。

 まったくもって覚えてない。


 そうこうしているうちに、セントラリアの北門に到着した。

 門は固く閉ざされている。

 見張りの兵士相手に騎士団の一人が何事か言葉を交わし、それからゆっくりと重そうな扉が押し開けられていく。


「セントラリアの人たちは?」

「避難したものは引き続き大聖堂にいますが、中には自宅に戻った者もいます。その場合、戸締りをしっかりとして日が出るまで外に出ないようにと指示を出しておきました」


 それで良かったか、というような意味合いの籠った眼差しに、イサトさんが小さく頷く。いくら大聖堂が広いとはいえ、セントラリアの住民すべてが避難できるほどの収容力はないはずだ。こんな夜更けに無理に大聖堂に詰めかけるよりも、自宅に籠っていてもらった方がよほど安全だろう。


「アクティブなモンスターから先に潰しておいた。漏れがあったとしても――…それほど大きな被害にはならないと思う」

「了解」


 アクティブ、つまり自分から人を襲うような好戦的なモンスターはその大部分がイサトさんにより殲滅されているとみても良さそうだ。


「被害、どれくらい出てる?」

「怪我人はいますが、今のところ死者が出たという報告は受けていません」

「良かった……!」

「いや本当に」


 思わずイサトさんと顔を見合わせて、二人して声をあげてしまった。

 見るもの全てを守れるとは最初から思ってはいないが、それでも人的被害は最小限にとどめたいと思うのが人情というものだろう。


「イサトさんのおかげだな」

「君がエレ…もとい、ドラゴンを引き留めていたからだよ」


 一度名前で呼びかけて、わざわざドラゴン、と言い直したのは俺たちがエレニと繋がっていることを騎士団に気づかれたくないからだろう。まあ、エレニの野郎は王城のど真ん中で堂々と<竜化>しやがったので、「エレニ=ドラゴン」というのはあの場にいたものなら皆知っていることだ。

 改めてわざわざ言い直したイサトさんを見る騎士団の眼差しが同情的なあたり、おそらく舞踏会で知り合った紳士の本当の顔を知ってショックを受けているから、だとでも思っていそうだ。

 

 門をくぐって、セントラリアへと足を踏み入れる。

 まだ騒動が完全に終わりを迎えたわけではないことが、静かながらもどこかそわついた空気からも伝わってくる。

 時間帯としては深夜を回った頃、といったところだろうか。

 石畳の道は街灯の薄明りに照らされ、ところどころにさまざまなものが投げかける影を黒々と浮かび上がらせている。

 |人気≪ひとけ≫のない静まり帰った街並み。

 けれど、どこか息を潜めたかのような緊迫感が漂っている。


「これからお二人は」

「俺とイサトさんは街の様子を見に行くつもりだよ」

「知り合いも多いからな」


 レティシアは舞踏会に参加していた他の貴族たち同様に大聖堂に避難しているだろうが、エリサやライザ、レブラン氏一家や宿屋の女将さんなどの安否が気になる。

 

 そこまで考えて、セントラリアにやってきて随分と知り合いが増えたものだな、とちょっとしみじみしてしまった。

 この世界とは無関係な異邦人でしかない、余所者のつもりだったのに、いつの間にか関わりが増えている。


「では、私たちも巡回に戻ります。何かあった際には呼子を鳴らすことになっているので――」

「わかった、その音が聞こえたら俺たちも手を貸すよ」

「ありがたい」


 騎士たちに頭を下げられる。

 あの名前を覚えてない騎士のように喧嘩を売られても困るが、こんな風正面から感謝されてしまうのもなんだか尻の座りが悪くなる。

 

 そもそも先ほどから当たり前のように敬語で話かけられているが、こうして街灯の薄明りの下で見れば彼らは俺よりも年上だ。二十代後半から三十代中ほどまで、といったところだろうか。浮ついた空気のない、いかにも実力派といった雰囲気を纏っている。おそらく騎士団の中でも腕の良いものだけを集めて、ドラゴンがまだいるかもしれない北の草原へと出発したのだろう。

 本来彼らは俺のような青二才に頭を下げて良いような人たちではないはずだ。

 

 今更ながらの気まずさに言葉を噤んだ俺を促してくれたのは、イサトさんだった。


「行こうか」

「あ、うん」


 イサトさんにさりげなく腕を引かれて、頭を下げる騎士たちの前から何故だか逃げるように撤退する俺だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君、相変わらず照れ屋だなあ」

「……照れ屋、っていうか。なんか、なあ」


 二人、静かなセントラリアの道を歩きながら言葉を交わす。

 この一種罪悪感にも似た落ち着かなさが一体どこからくるのかを考えてみる。


「……なんか、ずるいような気がするんだと、思う」

「ずるい?」


 イサトさんが首を傾げる。

 まだポニーテールに結われたままの銀髪が、重たげに傾いた。

 気づかわし気な金色が、ちらりと俺の様子を伺う。


「なんていうかさ」

「うん」

「あの人たちって騎士として生きてきて、ずっと騎士として鍛錬してきた人たちだろ?」

「そうだな」


 ある程度は生まれもあるかもしれないが、それでも彼らはこの街を守る騎士として志願し、そのための鍛錬を積んできたはずだ。


「でも、俺は違う」

「――ああ」


 納得したように、イサトさんは声を上げた。

 

 俺たちがこの世界で持つ力は、仮物だ。

 彼らのよう生身の鍛錬によって手に入れたものではない。

 あくまでRFCというゲームで遊んで、その中で手に入れたステータスを引き継いだだけに過ぎないのだ。もちろんゲーム内でそれなり苦労したからこそのステータスではある。

 

 けれど、それが彼らの生身の努力に適うものか、と言われたらどうしても違うとしか思えないのだ。

 

 だから、きっと俺はこの世界の人々に尊敬の眼差しを向けられる度に戸惑ってしまうのだろう。


「そんなことを考えると、なんか申しわけないっていうか」

「秋良は良い子だなあ」

「子!?」

 

 なんだかしみじみと言われた言葉に思わず立ち止まる。

 まさかの子供扱いだった。

 先日教会で「男前」なんて言ってもらったのに比べるとものすごく退化した感。

 褒められているはずなのに、なんだか物言いをつけたくなる。

 そんな俺の不本意さが伝わったのか、イサトさんはくつくつと喉を鳴らして笑いながら言葉を続けた。


「や、ごめん。子供扱いしてるっていうか――…人として良いなあ、と思って」

「…………」

「わかった、言い直す。秋良は良い人だなあ。これで良い?」

「それはそれで何かひっかかる」


 なんだろう。

 「良い人なんだけどねえ」というような微妙なお断り文句の定番が頭をよぎっていくせいか、素直に喜べない。

 唇をへの字にした俺に、「君は文句が多いな」なんて言いながらも相変わらずイサトさんは楽しそうに笑っている。


「でも、逆に考えたら私たち、結構偉いと思うぞ」

「ん?」

「だって、秋良の言葉をひっくり返したら――…この世界は私たちにとっては遊びのようなもの、ってことだろう?」

「あー…うん、そうなる、かな」


 ここは、ゲームの世界。

 ゲームのステータスがそのまま反映された世界だ。

 それを遊びのようなもの、といえば確かにそうなのだろう。

 イサトさんの金色が、悪戯っぽい色を浮かべて俺をちょろりと見上げた。


「私たち、その遊びの世界のために今命賭けてる」

「――あ」


 そうだ。

 この世界は確かに俺たちにとっては異世界で、馴染みのゲームによく似た世界ではあるけれど――…とうの昔に俺たちにとっては現実になってしまっているのだ。怪我をすれば痛いし、致命傷を負えばきっと死ぬことだってあるのだろう。

 ゲーム内のステータスを引き継いでいるとはいえ、今は俺たちもこの世界の理の中で生きている。

 

「死ぬかもしれないのにドラゴンと一騎打ちをして」


 イサトさんが、一歩前に出る。


「おまけにあんな危険な空中バトルまでやらかした」


 くるりと華麗なターンをきめて、俺を見上げる。

 澄んだ月のような色をした金色が、どこか途方にくれたような顔をしている俺の間抜け面を映している。


「その勇気は、彼らの敬意に値すると思うんだけどな」

「――、」


 息が、詰まった

 そうか。

 そう、なのか。

 たとえ、俺がこの世界で持つ力が仮初に過ぎなくても。

 その力を行使することを選んだことは、彼らに認めてもらっても、良いのだろうか。


「もし誰かがそれで私に文句つけてきたら、どう思う?」

「張り倒す」

「即答だった」


 当たり前だ。


「私が使うのは召還獣であり、精霊魔法だ。それがもともとの私の力じゃないから、私がしたことは大したことじゃない、とは思わないだろう?」

「思わない」


 思うものか。

 思うわけがない。

 思っていたら、毎度イサトさんが危ないことをしでかす度に心臓を痛めているわけもないのだ。


「同じだよ」

「そっか」

「そう」

「まあ、あんなの心臓に悪いので、今後は控えて欲しいけども」

「イサトさんには言われたくない」


 照れ隠しのように言う。

 けれど、そんなぶっきらぼうな言葉が照れ隠しでしかないのはイサトさんにはバレバレだったらしい。

 イサトさんは満腹の猫のように金の瞳を細めると、ふふりと満足そうに笑って再び歩きだした。

 

 本当、かなわない。

















 俺たちのセントラリアにおける常宿、蒼のクレン亭にて。

 無事を確認しに立ち寄った俺たちに対して、女将さんはいつものようにころころと喉を鳴らして笑った。


「無事ですよう。いつもの酔っ払いがいつものように酔っぱらってるだけですからねえ」

「おうよー、外に出なけりゃ家も酒場も変わらねーだろーうぇはははは!」

「女将、もう一杯!」


 通常運転だった。

 むしろいつもより人が多い。

 大丈夫かこの酔っ払いども。

 あれだけ外が騒がしい中、よく飲んでられたもんだ。

 このあたりにはモンスターも来なかったのだろうか。

 そんな風に思った俺の目に、ふとごくごく自然、当たり前のよう酒場で飲むおっさんどもの傍らに武器が携えられているのが入った。

 いつもなら、おっさんどもは手ぶらだ。


「…………」


 あくまでいつものように、まるで何事もなかったかのように、酔っ払いどもは今日も楽しそうに酒を呷っている。


 と、そこでバン、と喧ましく扉が開いた。


「おい! 角っこにまだモンスターがいたぞ!」

「っ……」


 俺とイサトさんは慌ててその男に詳しい場所を聞こうとするものの――…それより早くどやどやと酔っ払いどもが立ち上がった。


「どこだどこだ」

「いくぞいくぞ」

「かこめかこめ」

「つぶせつぶせ」


 物騒なことをのたまいながら、赤ら顔も上機嫌に得物を片手に携え店からぞろぞろと出ていく。

 なんとなく、出ていくタイミングをなくす俺とイサトさん。

 思わず顔を見合わせていると、酔っ払いたちはすぐに戻ってきた。


「くっそ俺は一発しか殴ってねえぞ」

「次出たら多めに殴れよ」

「誰か数えろ」

「面倒くせえ」

「酒おごれ」


 再び酔っ払いどもは酒場の椅子に足を投げ出して座ると、空になったグラスを掲げて大声でわめく。


「「「「女将、もう一杯!」」」」

 

 外に出なければ家も酒場も変わらない、と言っていたのは何だったのか。

 積極的に外に出てるぞ大丈夫かこの酔っ払いども。

 

「大丈夫ですよう」


 俺の無言の問いかけに答えるよう、空のグラスに酒を注いで回りながら女将さんがにこにこと笑ってそう繰り返した。


















 蒼のクレン亭にて、また外に出ると告げた俺たちに女将さんは夜食だといってパンを持たせてくれた。

 思えば、舞踏会でもほとんど食事には手をつけていない。

 こんがりと焼けたパンを目の前にして、今更のように腹が減ってくる。

 行儀悪くむしゃむしゃとパンを齧りながらイサトさんと次に向かったのはレブラン氏の店だ。もしかしたらどこかに避難しているかもしれないが、それならそれで良いのである。どうせ、大聖堂やその他の避難所のあたりにも顔は出すつもりなのだ。

 

 静まり返った店の前までやってきて、顔をしかめた。

 ショーウィンドウの一部が割れてしまっている。

 そこに飾られていたはずのドレスもなくなっている。

 もしかしたらモンスターだけでなく、その混乱に乗じた火事場泥棒でも発生していたのだろうか。

 店の中は暗く、静かだ。

 人がいるような気配は感じられず、それ以上の異変も外からでは伺い知れない。


「…………」

「…………」


 俺とイサトさんは顔を見合わせて、割れたショーウィンドウを乗り越えて店の中へと足を踏み入れた。じゃりじゃりと割れたガラスが足元で耳障りな音を立てる。

 そして店の中に入った瞬間――…


「この泥棒めが!」

「うわっとお!?」


 思い切り振り降ろされた棒状の何かを、俺は危ういところでなんとかはっしと手で挟みとることに成功した。

 いわゆる真剣白刃取り、という奴だ。

 良かった。

 これ、イサトさんが先頭だったら間違いなく一撃喰らっていたと思う。


「……何か、失礼なことを考えてるだろ、君」

「黙秘」


 短くそんなやり取りを交わしてから、俺はレブラン氏へと向き直った。


「俺です俺! 秋良です!」

「……ん? なんだ、君か」

「なんだじゃないですよ」


 レブラン氏が手にしていた得物を下す。

 何かと思えば、それは店の片隅に置かれていたモップだった。

 周囲を見渡せば、店の様子がすっかり様変わりしている。

 戸棚の中に納められていた布地やドレスの見本、分厚いスクラップブックはすべてなくなっており、店の奥に続く扉の前にはバリケードよろしく机や椅子が固められている。


「店のものは」

「全部奥に片づけた」

「カーヤさんたちは」

「避難させたに決まっている」

「……で、レブランさんは」

「私の店だ、私が守って当然だろう」


 さも当然のように言われて、頭が痛くなった。

 この老人は、一人でモップ片手に店に陣取り、モンスターに備えていたのだ。

 血気盛んにもほどがある。


「あのショーウィンドウは?」


 イサトさんの問いに、レブラン氏はなんでもないことのように肩を竦めた。


「でかいトカゲのようなモンスターが入ってこようとしてね」

「大丈夫だったんですか?」

「叩き出した」

「レブランさんつよい」


 いろんな意味で。

 そのでかいトカゲのようなもの、というのは王城でも出現したデスゲイルなのではなかろうか。

 俺たちにとってみれば雑魚だが、冒険者でもない一介の服飾関係のご老体が対峙するには無茶が過ぎる。

 それをモップで叩き出したというのだから何というかかんというか。


「……あんまり無茶すると、息子さんに泣かれますよ」

「レティシアにも」

「……む、ぐ」


 それを言われると弱いのか、レブラン氏が苦虫でも噛み潰したような顔をする。

 本当、あまり無茶をしないで欲しいものだ。

 

「それより君たち」

「はい?」


 真剣にずい、とレブラン氏に詰め寄られて思わず腰が引ける。


「ドレスはどうした」


 そっちか!

 

 俺たちの夜会服を手掛けた仕立て屋としてのサガが疼いたのだろうか。

 ものすごい真顔である。

 これ、もし服を駄目にしたなんて言ったらばどんな目に遭わされるのか知れたものではない。

 大丈夫ですよ、着替えただけです、と答えかけて。

 少しだけ、意地悪い気持ちが俺の中に芽生えた。

 いくら職人だからといって、レティシアの安否よりも先にドレスのことを気にかけたレブラン氏に、少しだけ意趣返ししてやりたいような気になったのだ。


「レティシアのことはいいんですか、レティシアのことは」


 俺たちと一緒に出掛けたはずのレティシアが、俺たちと行動を共にしていないのだ。あれだけ親しくしているのだから、心配ぐらいしたって罰は当たらない。

 俺のそんな言葉に、レブラン氏はこの若造は何を言っているのか、というような顔でフン、と息を吐いた。


「君たちと一緒にいてレティに何かあるとは思っていない」

「…………」

「…………」


「「参りました」」


 俺とイサトさんの、降参宣言がハモった。

 どうも、俺たちの周囲には喰えない大人が多い気がする。

 

 

 

 


 

 

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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