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おっさんの離婚と再婚

「――世界を、救うために」


 そんなエルフの言葉に、俺とイサトさんは思わず顔を見合わせた。

 俺たちの問いかけは「何故黒竜王がセントラリアを滅ぼそうとするのか」、だ。

 それに対する答えが、「世界を救うため」?

 意味がわからない。

 どこでどういう因果関係が見当もつかない。

 そもそも、一体世界を何から救おうというのか。

 俺たちのいろいろと聞きたいことはあるものの、どこから手をつけたら良いのかわからないといった顔に、エルフは小さく喉で笑って言葉を続けた。

 

「俺の口からはこれ以上は言えないかな。あとは直接本人、というか――…本ドラゴンの口から聞くと良いよ」

「ヅァールイ山脈まで来いってことか」

「来なくても別にいいよ?」

「その場合は?」

「セントラリアへの攻撃が続くね」


 ぐ、と俺は半眼でエルフを睨む。

 出来ればヅァールイ山脈には行きたくない、というのが本音だ。


 ヅァールイ山脈というのは、ノースガリアのあたりにある高レベルのドラゴン系モンスターによって構成されるMAPだ。その強さは、俺とイサトさんが二人で挑んだ新規MAPが導入されるまではRFCの最高難易度を誇っていた。

 

 白く雪が積もったような山岳マップは、何の備えもせずに足を踏み入れれば、ただそこにいるだけで吹雪による冷えでHPが削られていくし、凍り付いた足場は酷く滑りやすい。

 

 ゲーム時代、走ると滑るぞ、と言っているそばからモンスターに追いかけられたおっさん(イサトさん)が走って逃げようとしたあげく止まれなくなって崖から落ちてご臨終なされた記憶はまだ新しい。


 雪山に響きわたるおっさん(イサトさん)の悲鳴とリモネの罵声……。

 


--------------------------------------------------


イサト:あっ

リモネ:だからwwwwww走るなつってんだろうが!

!!!

 アキ:へ

リモネ:アキ、戻るぞ、馬鹿がまた死んだwwwwww

 アキ:なんで!?

リモネ:雑魚に追われて身投げした

 アキ:

イサト:大丈夫だ、そこで待っててくれ。

イサト:蘇生次第戻る。


五分後


イサト:あっ

リモネ:…………

 アキ:……………もしかしてだけどまた死んだ?

リモネ:HAHAHA★

リモネ:そんなまさかwwwwww一人でも戻ってこれ

るって言って五回目だぜwwwwwww

イサト:ごめんしんだ(五回目)

リモネ:なんでだよ!!!!!!!!!!

アキ:もういい。おっさん動くな。動くな。

イサト:はい

 

--------------------------------------------------


 

 正直、ヅァールイ山脈のモンスターよりもおっさん(イサトさん)を生かしたまま目的地であるダンジョン入口まで連れていく方が厄介だったような気がしないでもない。

 

 同じことを思い出しているのか、イサトさんの顔にもしょっぱい色が浮かんでいる。


「あそこ、めっちゃ死ぬ……」

「イサトさん実はゲーム下手だよな」

「……ごり押しできないと詰むんだ」


 前衛以上に脳筋なイサトさんである。

 基本イサトさんの高レべルモンスター攻略はレベルを上げて火力で押す、だ。

 弱点を突いて、とか敵の行動パターンを解析して罠を仕掛けて、なんて手の込んだことはせず、ひたすらレベルをあげて高火力での一撃必殺でケリをつける。


 RFCは基本進行方向をクリックするだけで自キャラがその方向に進むというシンプルなタイプのゲームだったのだけれども、たまにヅァールイ山脈のようなプレイヤースキルが試される系のMAPやイベントが発生してはおっさん(イサトさん)を苦しめていたのである。


「……でも、行かないわけにはいかないよな」

「だろうなあ」


 黒竜王の話を聞かないことには、どうしようもない。

 何故、黒竜王はセントラリアを滅ぼそうとしているのか。

 それによって世界を救う、というのは一体どういうことなのか。

 ゲーム時代の黒竜王は、決して人間に対して敵対的なNPCではなかった。むしろ、冒険者に試練を与え、試練を乗り越えたものに対しては新たな力を授けるサポート系NPCだったはずだ。

 

 それがどうして、この世界において人と対立してしまっているのだろう。

 それを知るためにも、やはりヅァールイ山脈へ行かないわけにはいかない。

 問題はイサトさんだが……

 

「リアル雪山どうですか」

「滑って転ぶ未来しか見えない」


 断言された。

 滑って転んでリアルで崖から転落でもされたら洒落にならない。


「こうなったら俺が負ぶるとか」

「人ひとり背負って登山とか、それどんな罰ゲームだ。秋良青年、遭難するぞ」

「でもその方が安全だろ?」

「……否定できない」


 俺にしたって、いつイサトさんが滑って転んで崖からフェードアウトしていくかとハラハラしているよりも、いっそ背に負ぶってしまった方がよほど気が楽だ。

 そんなことを大真面目に考えていると、ふと、なんでもないことのようにエルフが口を開いた。


「まあ、来ても話が聞けるとは限らないけどね」

「おい」


 いつものように、茶々を入れているのかと思った。

 わざと不安になるようなことを口にして、俺たちの反応を伺っているのだと。

 けれど、そんな先行き不安な言葉をのたまったエルフが、どこか切ないような顔をしていたものだから。

 俺といイサトさんは、思わず視線を交わしてそれ以上は何も言えなくなってしまった。

 こういうとき、美形はずるいと思う。

 普段人を喰ったような、揶揄い気味の笑みがデフォルトとなりつつある男が、どこか痛みに耐えるような顔をすると急に儚げで、こちらが何か悪いことをしたのではないかという気になってしまう。


「……、」


 呼びかけようとして、俺はこの男の名前すら知らないことを思い出す。


「お前、名前は?」

「エレ」

「エレなんとか」


 エルフが最後まで言うより先に、横合いから教えてくれたのはイサトさんだった。そうか、エレなんとかか。


「よし、エレなんとか」

「ねえせめてあと一文字頑張って」


 エレなんとかの切実な突っ込みに笑う。

 これまで体力回復に努めるよう座りこんだままだったエレなんとかは、このタイミングでひょいと立ち上がると並んだ俺とイサトさんに向かってまるで貴族のようなお辞儀をして見せた。

 いかにも伊達男といった所作だが、これがまたボロボロの癖によく似合っていて腹立たしい。薄笑いを浮かべたその顔に、先ほど一瞬浮かんだような痛みはもう見当たらない。


「改めまして。エレニ・サマラスだ」

「偽名じゃなかったのか」

「偽名考えるのも面倒で。どうせ、長く付き合うつもりもなかったし」


 酷くあっさり言い放ってやがるが、この「長く付き合うつもりもなかった」というのはセントラリアを滅ぼすから、という意味である。

 エレニ・サマラスという名前で貴族に近づき、持ち前の喰えない懐こさで懐柔し、『竜の牙』なんて物騒極まりないアイテムでこしらえたアクセサリーの数々を流通させてセントラリアを蹂躙しようとした。

 やっぱり助けるべきじゃなかったんじゃ、なんて考えが改めて頭の中をよぎる。


 と、そこで。

 少し離れたところで、何か人の声のようなものが聞こえたような気がした。


「今、人の声」

「聞こえた、ような?」


 俺の声を引き継ぐように、イサトさんも少し顔をあげて周囲に耳を澄ませる。

 ひくりひくりと音を拾うように、長いエルフ耳が動いている。

 つまみたい、と少し片手が浮きかけたのを理性がなんとか押しとどめる。


「……騎士団が探しに来たみたいだね。君たちを探しているみたいだ」


 同じよう、ひく、と耳を震わせたエルフ、ことエレなんとか、もといエレニが言う。なるほど。セントラリアの住民からしてみれば、俺たちはセントラリアを襲ったドラゴンと一緒に郊外に墜ちたように見えたはずだ。助けに、というか生死を確かめるべく騎士団が派遣されてきてもおかしくはない。


「さて」


 さも当たり前のようにエレニがどこからかスタッフを取り出したところで、俺は慌ててその腕を捕まえた。幻術で消えられては面倒だ。

 

「ん?」

「何どうかしましたか、みたいな顔してやがる」

「だって俺、このままだと普通に幽閉されて処刑だよ? っていうかたぶんこの場で処刑だよ?」

「あー……王城襲ってるもんなあ」


 イサトさんが頭が痛い、と言いたげな口調で言う。

 貴族が多く集まり、それどころかシェイマス陛下すらいる場でこの男は<竜化>のスキルを用いて大暴れしたのだ。その前には大量のモンスターを王城内に発生させるところだって、ばっちり見られている。

 あれだけやらかせば立派なテロリストだ。

 今さら誤魔化せるとは思えない。

 その保身のしなさっぷりに、今更頭を抱えたくなる。


「なんでお前あんな衆人環視の前でやらかすんだよ……」


 フォローの入れようがない。


「だって失敗するなんて思ってなかったんだもん」

「もんとか言うなもんとか」


 可愛くもない。

 が、実際エレニが言っていることは間違ってはいない。

 俺やイサトさんさえいなければ、エレニはおそらく目的を達成することが出来ていたはずだ。


「――…はい」


 そっと、これまで俺とエレニのやりとりを聞く側に回っていたイサトさんがそっと発言権を求めるように挙手をした。

 

「どうぞ、イサトさん」

「えっと。エレニ死んで何か困る?」


 直球だった。

 ものすごい直球だった。


「まって! 俺困る! 超困る!」


 必死な声をあげているエレニはあえてのスルー。

 確かにあのヌメっとした物体にエレニが殺されるのは厭だと思ったのは事実だ。

 だが、エレニが罰を受けなくても良いというわけではない。

 エレニが正当に人の手によって裁かれるのなら、それはそれで良いのではないだろうか。話は、黒竜王に聞けばいいんだし。


「よし、こいつ騎士団につきだそう」

「まって! ねえ待って! 俺死んだら黒竜王陛下に話聞けないぞ!?」

「…………」


 イサトさんが、それはどうだか、って顔をする。

 その冷たい眼差しに、慌てたようにエレニは言葉をつづけた。


「俺、エルフの最後の生き残りだって言ったけど、なんで生き残ったか知ってる!? 陛下が匿ってくれたからなんだよ! 俺が黒竜王陛下の命で動いているのもそのせい! だから俺を見殺しにしたら陛下は君たちを敵として認識するぞ!」

「――…なるほど、それでエルフの君が黒竜王の使いっぱしりをしていたわけか」


 すぅ、と金の双眸を細めてイサトさんが満足そうに笑った。

 騎士団に突きだすことを脅しに、エレニから情報が引き出したかったらしい。

 さすがである。

 ち。


「……ん?」


 そこでふと気づいた。


「エルフやダークエルフってもう随分昔に滅んだって言ってなかったか?」


 何百年も前に、というような話を聞いたような気がする。

 そうなると今のエレニの言葉と、つじつまが合わない、ような。

 こいつはどう見ても俺と同年代か少し上といった程度だ。

 俺のそんな疑問に、エレニはああ、と小さく声を零した。


「そうだよ? 今から300年くらい前かな。俺がまだ子供の頃の話だ。俺は黒竜王陛下付きの神官見習いで、たまたまその日陛下の御許にいたから助かったんだよ。一緒にいた大人たちは、城を確かめにいくと言ってそのまま戻らなかった」

「……いや、だからさ。さらって言ってるけど2、300年前っておかしくないか? お前、今一体いくつなんだ」

「え? 俺? 四捨五入したらそろそろ300とちょっとかな」

「は!?」


 馬鹿正直に驚きを露わにした俺に、エレニは愉しそうに喉を鳴らして笑った。


「それこそが、俺が黒竜王陛下の加護を得ている証みたいなものだよ。陛下は、俺に呪いをかけてくれたんだ。黒竜王陛下は俺の時を喰らっている。本来ならこの身を蝕むはずの老いを、陛下がとどめてくださっている」

「それは――…」

「エルフを、復興させるために?」


 イサトさんの問に、エレニは静かにうなずく。

 

「俺が成人してしばらくたった頃に、陛下が俺に聞いたんだ。時を止めたくはないか、と。普通に生き、平凡に死を得る一生と、死を遠ざけてでもエルフに何があったのかを突き止める一生とどちらが良いか、と。俺は、真実が知りたかった。だから――…<竜化>のスキルを手に入れると同時に、陛下と契約を交わして俺は時を止めた」


 灰がかった蒼の双眸が、俺とイサトさんを映して笑う。

 それは人の形をしていてもなお、先ほど王城で対峙した白いドラゴンの双眸によく似ているような気がした。

 きっと、この男はもう半分ぐらいエルフではなくなっているのだろう。

 エルフ、という種族にこだわり、その復興を誰よりも願っていながら、この男自体はもうすでに異形へと片足を踏み入れている。

 

「と、いうわけで俺は一度陛下の元に戻って報告したいと思うんだけど」

「報告って、今回の顛末をか?」

「そう。失敗しましたよーってのと、君たちのことを」

「それをしなかった場合どうなる?」

「たぶん、ドラゴンが攻めてくることになるね」


 憂鬱そうに、吐き出すようにエレニが言う。

 エレニにしても、ドラゴンによるセントラリアの一斉攻撃というのはあまり望ましい選択肢ではないらしい。もちろん、それは俺たちにとってもそうだ。

 

「……そうなると、俺たちはこいつを 野 放 し にしないといけないわけか」

「…… 放 牧 は不安が残るな」

「何その酷い言われよう」


 突っ込みは聞こえない。

 このままエレニを連れて俺たちも一緒にヅァールイ山脈に行く、ということも考えてはみたのだが、何の準備もなく特攻をかけられるほどエレニのことを信用することはできない。そもそも、黒竜王の目的からして、この世界を救うためにセントラリアを滅ぼす、というものなのだ。その意思と対立した場合、今の装備では若干心もとない。せめて、上位ポーションだけでも確保しておきたい。

 それを考えると、やはりここで一度エレニを解放するしかないのだが……。


「『家』に突っ込んでおく、というのも不安が残るよなあ」

「…ううん」


 唸る。

 騎士団の目を誤魔化すためにいったんエレニを『家』にぶっこんでやり過ごす、というのも考えてはみた。だが、俺たちにとって、『家』は大事なホームである。持ち歩けない分のアイテムの置き場所としてはもちろん、これまでにも『家』のシステムを使って多くの窮地を潜り抜けてきた。

 

 そんな場所に、今だ信用しきれないこの男を招きたくはない。


 俺たちの目が届かないところで何かされて、『家』を乗っ取られでもしたら最悪だ。ゲーム上のシステムでは『家』の乗っ取りなんてことはあり得ないことだったものの、ここではどうなのかなんて保障はどこにもない。


「離れていても、居場所がわかるシステムがない、こともない、けども」

「却下。超却下」


 イサトさんが何を言おうとしているのかを察して、俺は高速で却下する。

 ふと落ちた視線が、左手の薬指を辿る。

 イサトさんが作ってくれた、銀の環。

 確かに、結婚システムを使えば相手の居場所がおおまかに把握できる、という特典はあるが。

 

 だからといって! 俺が! イサトさんと! 変態エルフの!

 結婚を! 認めるわけが! あるか!!!!!

 

 というわけでそのアイディアは超却下である。


「イサトさんにこいつと結婚させるぐらいならまだ俺がした方がマシだ」

「えっ、何それ厭だ」

「俺だって厭だわ!」


 横から聞いていたエレニが死にそうな顔で拒否るのが目に入って、思わずぶん殴りたいような衝動にかられた。俺だって厭だ。

 何が悲しくてイサトさんと離婚までしてエレニの野郎と再婚しなければならないのか。この世は地獄か。


「でも、それ以外にエレニを首輪つきで放牧する方法ってある?」

「…………」


 眉間に皺が寄る。

 俺はきっと今、とんでもなく酷い顔をしていることだろう。

 このままエレニを逃がして、今聞いたことがすべて嘘っぱちで黒竜王にも話が聞けなかった場合、俺たちが手にする手がかりはゼロになる。

 それならば何としてでもエレニを確保しておくべきだろう、とは思う。

 思うのだが、エレニと結婚なんて考えるだけでも怖気が走る。

 しかも結婚には指輪の交換だけでなく、結婚には聖職者による承認が必要だ。

 どこか小さな村の教会で、俺とエレニが並んで神父あたりから祝福を受ける姿を想像しただけで死にたくなった。


「秋良青年が、未だかつて見たことがないほどに顔色がよろしくない」

「そりゃな」

「……だったらやっぱり私が」

「却下」


 否定はちょっぱやで。

 それだけは絶対に認められない。

 イサトさんのためならば、仕方がない。

 この身を犠牲にするしか。


「まって。まって。君目つきヤバい。もうこれ俺殺される気しかしない」

「はは」


 乾いた笑いが口をついて零れる。

 感情のない乾いたっぷりに、隣のイサトさんまでがギョっとしたような顔で俺を見た。大丈夫。まだ大丈夫。まだセーフ。SAN値はかろうじて残っている。

 

 が、こうなったらもう覚悟を決めるしかない。

 俺はエレニの襟首をひっつかみ、最寄りの村を探して突き進みかけ――


「わかった! わかったからちょっと待って!」


 ギブアップじみたエレニからのストップがかかったのはそのタイミングでのことだった。


「あ?」

「だから君目つき怖いってば!! ああもう!」


 俺に襟首をひっつかまれたままの姿勢で、エレニがしゃらりとスタッフを振るう。とたん、淡く零れた光の粉がうっすらと俺とイサトさん、そしてエレニとを繋ぐように煌めいた。それはすぐに、夜の暗がりの中に消えて見えなくなる。


「今の、は?」


 イサトさんにも効果がわからなかったのか、首をかしげている。


「マッピングスキルだよ」

「マッピング?」

「俺の存在を知覚しようとしてみてくれる?」

「ええと……」

「目で見るんじゃなくて、感覚として知る感じ、かな」


 そう言われても、難しい。

 逃げられないようしっかりとその襟首をつかんだまま目を閉じてみる。

 存在を知覚……、と意識したとたん、じんわりとエレニのいる側が温かいように感じられた。驚いて、目を開ける。

 見れば、イサトさんも驚いたように瞬いている。

 

「すごいな、これ。君がどこにいるのかわかる」

「え、本当に? 俺、近くにいるな、ってぐらいしかわからなかったんだけど」

「それは魔法系スキルの熟練度によるんだと思う」

「なるほど」


 それならイサトさんには、きっともっと具体的にエレニの居場所がわかるようになっているのだろう。


「試練でダンジョンに挑む冒険者が、どこにいるのかを察知するためのスキルだって陛下は言ってたんだけど……まさかこんな形で使うことになるなんて」


 はあ、とエレニがため息をついている。

 どうやらこのスキル、一般的に冒険者が覚えるスキルではなかったらしい。

 イサトさんが羨ましがるような視線をちらりちらりとエレニに向けている。


 やめなさい。

 それたぶん俺らには必要ないから実装されてないんだって。


 実際ゲームの中においては、PTさえ組んでしまえば仲間の居場所はマップで確認することができるのだ。こうして現実となったこの世界でしか、使い道のないスキルである。それに、今では結婚システムのおかげで俺とイサトさんは大まかにだがお互いの居場所がわかるようになっている。


「これ、一週間ぐらいは持つから」

「わかった。それまでにはそっちに行くから首洗ってまってろ」

「おかしくない?」


 やっぱり突っ込みは黙殺。

 エレニは小さく息を吐くと、一度周囲の様子をうかがうように遠くへと視線をやった。俺たちには夜闇が広がるようにしか見えないこの草原も、エレニの目には何か違うように見えているのだろうか。


「じゃあ、陛下のところで待ってるよ」

「それまで、黒竜王に話をつけておいてくれ」

「報告はする、つもりだ」


 そんな言葉を最後に残して。

 エレニが、片手にしていたスタッフを振る。

 目を閉じるとそこにまだその存在を淡く感じることができるのに、相変わらず見事な幻術でエレニは消え失せて見せた。

 そのまま、少しずつエレニの気配が遠のいていく。

 それを見送ってから。


「戻るか」

「そうだな」


 俺とイサトさんは、肩を並べて騎士団がいるのだと思われる方向に向かって、ゆっくりと歩きだしたのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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