銀環
ぱきぱきぱき、と広間のあちこちから、何かに罅が入るような音が響く。
「カフスが……ッ」
「イヤリングが!」
「私のネックレス……!」
続いて響いたのは、悲鳴まじりの動揺の声。
貴族の大多数が、装飾品を押さえて困惑の表情を浮かべている。
そしてその手の下から、黒い靄のようなものがすぅと立ち上り、やがてそれが凝って実体を得ていく。
大型犬ほどの大きさで、ずんぐりむっくりしたラプトルのような形状をしたリルドラコ。大型のワニとコモドドラゴンを足して2で割ったような凶悪な外見のデスゲイル。百足のような体に三対のトンボの羽をもつドラゴンフライ。その他にも様々な種類のモンスターが、次々とホールの中に現れる。
まただ。
飛空艇と同じだ。
リルドラコはサウスガリアンの火山周辺に出没するモンスターだし、デスゲイルは同じサウスガリアンでも海に近い川沿いの湿地に出没するフィールドモンスターだ。ドラゴンフライは前にも言った通りエスタイーストにある妖精樹エリアのモンスターで、俺の記憶が正しければこいつらに共通する出没エリアなど存在しない。そもそも、女神の加護に守られた街中にモンスターは入り込めないはずだ。
街に入れるのは、召喚モンスターだけのはず。
「――あ」
街に入れるのは、召喚モンスターだけ。
次々と砕ける装飾品。
それらのヒントが、一つにつながる。
俺たちは、その現象を知っている。
否、正確にはその現象を齎すアイテムの存在を知っている。
「『竜の牙』か……!」
イサトさんが呻く。
「ご名答」
男が笑う。
『竜の牙』というのは、ドラゴン系モンスターを倒した際にドロップするアイテムのことだ。使用すると、『竜の牙』が砕けるエフェクトと同時に黒い靄が発生し、そこからランダムで何匹かのモンスターが召喚扱いで発生する。この時厄介なのは、どんなモンスターが何匹出現するのか、をアイテム使用者が一切指定できないということだ。しかも、召喚されたモンスターを操ることも出来ない。『竜の牙』によって召喚されたモンスターは、ただそこで目に映ったものすべてを襲う。アイテムの使用主を含めた全てだ。
さらに恐ろしいのは、アイテム説明においては「そのドラゴンが生前喰らった獲物をランダムで召喚する」なんて書かれていながら、実際には完全にランダム召喚であることだ。レベル5のドラゴン系モンスターからドロップした『竜の牙』を使ってみたらレベル90のドラゴンが出てきてさっくり全滅、なんて話も珍しくなかった。まあ俺の話である。……おっさんがレベル5のモンスターから獲れた奴だしそんな大したもの出ないよ、なんて言うから。
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イサト:じゃあ使うぞ。
アキ :おう
▼イサトが竜の牙を使用しました!
リモネ:wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwレベル90wwwwwwwwwwwまってwwwwwwww
イサト:あ
リモネ:死ぬのはえーよ!!!!!!
イサト:俺はここで君らの活躍を見守ろうと思う
リモネ:www蘇生するwwww余裕がねえwwwwww
イサト:二人ともファイト。
リモネ:死wwwんwwwwだwwwww
アキ :えっ
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当時まだ仲間内で一番レベルの高いリモネですらレベル90に届いていなかった俺たちは見事なまでに全滅した。今では良い笑い話である。
が、中にはこのアイテムを悪質な悪戯に使うユーザーもいた。
低レベルの初心者エリアに、場違いな高レベルモンスターを呼び出してPKを狙ったり、本来安全圏であるはずの街中に大量のモンスターを呼び出して逃げ惑う他プレイヤーを見て面白がるのだ。
この男がやろうとしているのはそれだ。
そしておそらくは、同じことを飛空艇でもやった。
『竜の牙』を装飾品ととして加工して持ち込み、同じタイミングで発動させる。
それがその地域にいないはずのモンスターが飛空艇を襲っていた謎の真相だ。
ヌメっとした人型の存在や、ゲーム内での経験とこちらのリアルとしての情報とがなかなか合致しなかったことに惑わされて、知っていたはずの『竜の牙』に思い至らなかったのが悔しい。今回のよう、『本来モンスターが現れることのないはずの場所で』という条件があれば、もっと早く正解に辿りつけたと思うのだが。
先ほどまで華やかかつ優雅な舞踏会が開かれていたはずの広間に、次々とモンスターが姿を現していく。キシャア、とイサトさんの足もとで威嚇するような声を上げたデスゲイルを、俺は大股で素早く歩み寄ってぐしゃりと踏み抜いた。頭を踏み抜かれたデスゲイルが、びくりと尻尾をのたうたせながら動かなくなる。
「イサトさん!」
「わかってる、レティシア!」
「はい!」
俺の声に反応するように、イサトさんがレティシアへと手を差し出した。
何が起きているのか状況がつかめないといったよう茫然としていたレティシアが、鋭いイサトさんの声にはっと我に返ったように身体を小さく跳ねさせる。レティシアが手にしていた小さなパースをイサトさんに向かって放るのと、俺が手の中に握ったままだった鍵を振るのはほぼ同じタイミングだった。
右手で扉を開けて、左手で掬うように床に置いてあった皮袋をひっかけつつ大剣の柄を握って身体を引きながら扉を閉める。
扉の影に隠れるようにイサトさんの姿が一度見えなくなって、扉を閉めたときにはもうまるで魔法のようにイサトさんの早着替えが終わっていた。
俺が『家』に武器を置き、『家』にアクセスする鍵を持ち歩くことで完全な丸腰になることを避けたのと同様に。イサトさんは、インベントリへのアクセスするポイントになるポーチを、今回付き人として同行してくれていたレティシアに持たせていたのだ。舞踏会に参加するカップルが、付添人やメイドにちょっとした荷物を持たせるのは珍しくない。それ故に、レティシアに対してはノーチェックだったのである。そもそも、ポーチ自体は何の変哲もない普通のものだ。あくまで、俺やイサトさんが所持することでインベントリへのアクセス口にすることが出来るだけ、なのだから所持品を確認されたところで引っかかるようなものは入っていない。
俺が『家』から大剣を引き抜いている間に装備の変更を終わらせていたイサトさんは、ドレス姿から一転、ナース服へと姿を変えている。ただいつもと違うのは、イサトさんの髪がドレス姿のときと変わらず結われたままで、その手首を未だ蒼薔薇水晶の花飾りが彩っていることだろう。
「セット Ctrl3、F1、F2! F3!」
素早くイサトさんが手にした禍々しいスタッフを一閃すると同時に、蒼白い光が冷気を伴って俺の視界を彩る。礫のように飛んだ氷が今にも空中から貴族へと襲いかかろうとしていたドラゴンフライの羽を撃ち抜き凍てつかせ、床を走った氷の蔦が周囲にいたデスゲイルやリルドラコを絡めとって足止め――…どころかそのまま氷結粉砕。きぃん、と澄んだ音をたてて砕け散った氷に、周囲の気温が数度下がったような気がする。
一方俺もそんなイサトさんの活躍をただぼんやり眺めていたわけではない。革袋からインベントリにアクセス、手早く装備を切り替える。イサトさんと違って、ウェストコートに差していた蒼薔薇水晶の花飾りは流石にそのまま残すことは出来なかった。
それを、少し惜しいと思ってしまったあたりなんというかかんというか。
と、そこで。
がし、とイサトさんに腕を取られた。
「イサトさん!?」
「F1!」
「わあ!?」
イサトさんがスタッフを振り抜くと同時に、氷の蔦が床を走り変態エルフへと迫る。が、それでおとなしくやられる変態エルフでもなかった。バックステップで背後に飛ぶと同時に、貴族の紳士より奪い取ったステッキを足もとに迫っていた氷の蔦へと突き立て、
「ディネーション!」
その声と同時にぱりん、とステッキの足もとから這い上がっていた氷の蔦が砕け散った。
「ちッ」
イサトさんが忌々しげに舌打ちする。
俺は逆に、少し感心したように息を吐いた。
ディネーション、というのはエルフが得意とするサポート魔法の一つだ。その効力は「中和」。本来の使い方としては、睡眠や石化といった状態異常を治療するために使われることが多い。が、この魔法、タイミングさえ上手く合せられれば、敵の放った攻撃魔法をカウンターで打ち消すことも可能なのだ。
ただし、かなりタイミングを合わせるのが難しい上に、間違えればただMPを無駄に消費した上に敵の攻撃を直で受けるだけになるので、なかなか使いどころが難しい。それをこの変態エルフは、本来スタッフではないステッキで発動させた上に、上手くタイミングを合わせてイサトさんの攻撃魔法を打ち消して見せた。まあ、その反動でステッキ自体も中ほどから折れてしまってはいるのだが。
「ああびっくりした」
変態エルフが大げさな仕草で胸を撫で下ろす。
「お前、何のつもりだ」
低く、問う。
俺の問いに、その男は気持ちの良い昼下がりにどこに行くのかを訪ねられたかのような気軽さで、口を開いた。
「ちょっと、セントラリアを終わらせようと思って」
「っ……」
何を馬鹿なことを、とは笑えなかった。
今俺の目の前では、それを笑い話に出来ないだけのことが起きてしまっている。 本来ならモンスターが存在出来ないはずの、安全圏であるはずの場所に現れたモンスターの群れ。『女神の恵み』を手に入れることが出来なくなって久しいこの世界の人々は、これまで街を生活の場にすることで守られてきた。モンスターと対峙せずとも生きていく術に縋ってこれまでやってきてしまった。そんな中に今、モンスターの群れが解き放たれたのだ。
広間の外からも、声がする。
悲鳴が。
怒声が。
街のあちこちから響く。
強く奥歯をかみしめる。
この男が『竜の牙』を持ち込んだのは、この広間だけではなかったのだ。
宝石のよう加工された『竜の牙』はセントラリア中にバラまかれていた。
「……何でだよ。なんで、セントラリアを終わらせようとする」
「世界を、救うために」
軽やかに、男は答えて笑った。
「どこにも正義の味方がいないのなら、俺がやるしかないじゃない?」
「ふざけんな」
「俺を止める?」
「止めてやる」
「まあ、仕方ないかもね。俺は正義の味方で、君たちはわるものなのだから」
すう、と幻覚魔法を使ってのカモフラージュを解いたのか、男の手の中にすらりとした細身のスタッフが現れた。うっすらと銀の光を纏う優美なラインは、イサトさんの手にする禍々しいスタッフとは清々しいほどに対照的だった。
「イサトさんは、街にでてモンスターの駆除を頼めるか? 俺は……」
こいつを止める、と大剣を腰だめに携えて変態エルフに向かって踏み込もうとする。エルフにしろダークエルフにしろ、魔法職が物理攻撃に弱いのは定説だ。ここは俺が変態エルフを担当し、イサトさんには街の人たちの保護と、モンスターの駆除を頼みたい。
「って……ッ」
ずずずずず、と俺の腕を捕まえたままのイサトさんを引きずりかけて慌ててストップ。
「ちょ、イサトさん何!?」
「いいからちょっと待って、あとお前もそこから動くな! F4!」
イサトさんが早口にスキルを発動させると同時に、馬鹿でかい氷柱が床を突き破って出現した。しかし残念、変態エルフには当たらない。いや、違う。最初から当てる気がないのか?
「F5! F4!F5、F4!」
スキルのクールダウンタイムを計算に入れて、イサトさんは上下のコンビネーションで次々と変態エルフを囲い込むような形で氷柱を突き立て、突き上げ、その逃げ場を奪って行く。直接当てにいっているわけではないため、変態エルフとしても接触のタイミングでのディネーションという手を封じられている形だ。
「ウォーター!」
イサトさんは続いて生活魔法のウォーターを発動。
氷柱の隙間を埋めるようしとどに水が滴ったところにブリザードをぶつければ、キンキンに凍った氷の檻が完成する。
それを横目に、イサトさんは俺の手を引いて正面の踊り場へと突き進んだ。
そこには、逃げようとした姿勢のまま固まっているシェイマス陛下と、先ほどちらりとレティシアに紹介された司祭長、そしてそんな二人を庇うように立ちはだかる騎士が数人剣を構えている。騎士たちはずんずんと歩み寄るイサトさんに対しても身構えるものの、イサトさんは一切気にした様子を見せない。
「イサトさん……!」
「F1、F2! F3!F1、F2! F3!F1、F2! F3!」
イサトさんは俺の問いかけに答えないまま、広間を振り返って貴族たちに襲いかかろうとしていたモンスターたちに向かって弾幕のような氷雪系攻撃魔法を浴びせた。間断なく飛び交う蒼白いエフェクトが、次々とモンスターを撃破していく。これ、俺の出番なくないか。
仕方ないので、貴族の誘導を引き受けることにした。と言っても片腕はイサトさんに取られたままなので、せいぜい出来るのは声をあげることぐらいである。
「ここは俺たちが引き受ける! 今のうちに早く逃げろ!」
「っ……!」
「外だ! 外に逃げろ!」
おそらく外にもモンスターはいるだろうが、多少広いとはいえ逃げ場のない密室でモンスターとともに閉じ込められているよりはマシだ。
弾かれたように、わあわあきゃあきゃあと悲鳴をあげながら貴族たちが広間から逃げ出していく。イサトさんの攻撃を警戒しているのか、モンスターたちは逃げる貴族連中を追うよりも、こちらに気を取られている。
と、そんな中で。
「陛下、こちらです!」
騎士が誘導の声をあげ、先陣をきってシェイマス陛下を安全な二階へと誘導しようとした。ああ、と頷いた陛下が、司祭長とともによろよろと体を支え合いながらそれを追おうとして――…たぁん、と澄んだ音が響く。
イサトさんがスタッフの石突にて、シェイマス陛下のマントを床に縫い留めたのだ。がくん、とのけぞるようにして陛下の動きが止まる。
ああもう、何考えてるんだこの人!
「陛下、お願いがあります」
「な、なんだ」
「今すぐ、褒美をいただけますか」
「こんな時に何を言っておるのだ!」
「陛下のお力が必要なのです」
「なんだ、申してみよ!」
癇癪を起したような陛下の声に、イサトさんはずいと俺を隣へと引き寄せた。
なんだ。なんなんだ。
イサトさんは何をしようとしている?
それに、どことなくイサトさんの目がスワってるようなには気のせいか。
イサトさんはひたりと陛下を見据えて、口を開いた。
「この場で、今すぐ、彼と私の婚姻を認めていただきたい」
「は!?」
完全に予想外だった。
素っ頓狂な裏返った声が出る。
「こ、ここここ、こここ」
「鶏か君は」
「だ、だだだってイサトさん婚姻って!」
「薬指洗って待ってろって言ったのは君だろうが!」
「俺だけど!!」
なんだこの超展開。
見れば、陛下もポカーンと口を開けたまま動きを止めている。
「陛下!」
「わかった認める!」
「よし。では司祭長も承認いただけますか」
「わ、わかった」
陛下の許しを得た今、司祭長が首を横に振る道理もない。
ごにょごにょと早口に祝福の言葉を司祭長が口にするのを見届けると、イサトさんはようやくスタッフを持ち上げて陛下を解放した。
「では、陛下も司祭長もどうぞご無事で」
「……ッ!」
もはや、陛下と司祭長のイサトさんを見る目は狂人を見るそれである。
が、イサトさんはやっぱりそんな眼差しをも華麗にスルー。
俺の左腕を捕まえていた手を、そのまま滑らせて俺の手を取り。
インベントリから取り出した光る銀の環を、さも当然のような流れで、俺の薬指へと潜らせた。
「……ッ」
かあと顔面に熱が上る。
左腕を捕まえていたのは俺が利き手の右に大剣を持っていたから、というだけじゃなかったんだな、とか。普通そういうのは男の俺からやるもんじゃないのか、とか。そんなよくわからない感想がぐだぐだと頭の片隅で煮えていく。
そんな中、ふと。
「(秋良青年)」
「――へ」
イサトさんの声が、耳元で響いた。
けれど、まっすぐに俺を見つめるイサトさんの口元は動いていない。
これ、って。
「(聞こえてるか? おーい。やっぱりダメか)」
「(や、ダメじゃない。聞こえてる)」
「!」
応答するよう脳内で呟いた言葉が届いたのか、イサトさんの肩がびくりと小さく揺れた。
これはもしかしなくとも。
RFCの結婚システムに乗っ取ったチャットツール特典、ということで良いのだろうか。
「(え、でもなんで)」
俺はイサトさんに指輪を贈っていない。
『結婚』に必要な条件は互いの指輪の交換と司祭による祝福だ。
どうして、条件が満たされていないはずなのに結婚が成立した?
全力で戸惑う俺の目の前で、イサトさんの口角がくう、と持ち上がる。
にんまりと、悪役めいた――…悪戯っぽい笑み。
そして、イサトさんが翳してみせた左手首には俺が贈った蒼水晶薔薇の花飾りが揺れている。その花飾りを止める銀の金具はイサトさんの左手の薬指に――……って。
「それか……!!!」
思わず声をあげた。
俺が、贈った蒼水晶薔薇の花飾りが『結婚』システムに不可欠な指輪として認識されたが故の、『結婚』の成立だった。
「(その指輪、君の魔法防御の底上げと幻惑魔法への耐性効果つけてある)」
「(そんな指輪一体どこで)」
「(……作った)」
「は!?」
やっぱり声が出た。
作ったってどういうことだ。
イサトさん、アクセサリ制作スキルなんて持ってたっけ?
「……君が、あの野郎の幻惑にほいほい引っかかったりするから。突貫でスキル鍛えて作ったんだよ」
言い訳のよう、ぼそりとイサトさんが言う。
また余計なスキルを育てて、と俺に怒られることを覚悟したようにふいっとその金色の視線が泳いでいる。
「(でも……何か気恥ずかしくて渡せなかった)」
「(でも、それで秋良を危ない目に合わせるくらいなら)」
頭の中に響く恥ずかしそうな声は、きっとおそらく、本来ならイサトさんが心の中で呟いただけのものだ。それが、指輪を通じて頭の中に声として伝わってくる。
『なあ、イサトさんはこの後どうするかとか考えてる?』
『私は特には。ああ、少しスキル関係で試したいことがありはするが、そっちは一人でも出来ることだからな。君に何か予定があるならつきあうよ』
舞踏会の支度をする直前、イサトさんの言っていた言葉を思い出す。
続いて、レブラン氏との会話も。
『君たちは本当そっくりなコンビだな』
『先ほど君の連れのお嬢さんは塗っていたが』
これ、だったのか。
イサトさんが俺に隠れて何かこそこそしているな、と思っていたのは。
俺に内緒で。
こっそり。
こんなものを。
――左手の薬指に、きらりと光る銀の環。
するりと、イサトさんの手が俺の腕から離れていく。
「(これで、君にあの変態を任せられる)」
「(おう)」
ぐ、っと大剣の柄を強く握りしめて、振り返る。
貴族たちが逃げた後、広間にはところどころ割れたグラスが転がり、料理の皿は散り、モンスターは未だ唸りをあげてこちらを睨んでいる。
そしてその中央に、氷の檻。
みしり、ぴしりぴしりと内側からの圧に爆ぜそうに揺らいでいる。
がきりと一際大きな音が響いて、氷の檻の内側から俺の腕ほどはあろうかという鋭い爪が飛び出してきた。
おいおい。
中にいるのはなんなんだ。
閉じ込めたときには変態エルフだったはずなのだが。
ずる、と爪が内側に引っ込む。
穿たれた孔の隙間から、黄金に燃える瞳孔の細く尖った爬虫類の眸が覗く。
そして再び、がきんと耳を劈く轟音が響いて鋭い爪が突き出る。
びきり、ばきり、氷の檻が割れる。
「(秋良青年)」
少しだけ、イサトさんの声が少しだけ不安そうに響く。
俺はちらりとイサトさんへと視線をやって、フンとわざと強気に鼻を鳴らした。
この氷の檻から何が飛び出してくるとしたとして。
後は。
「ぶちのめすだけだ」
にぃ、と悪い笑みに口角を釣り上げて。
俺は、ゆっくりと大剣を担いで前に一歩踏み出した。
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