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おっさんのダンスに見せかけた地味な戦い

前話もちょこちょこ弄って修正してあります。

 さて。

 あの変態をぶちのめすためにも、まずはここから脱出する必要がある。

 俺は懐へと手を伸ばしかけて……って、そうだ上着は彼女に貸したままだった。


「なあ、その上着の中に鍵があると思うんだけど取ってくれないか?」

「あ、はい」


 ごそごそ、と彼女が上着の内ポケットを探って鍵を取り出す。

 古めかしいアンティーク調の鍵は、彼女の手の中ではいつもより大きく見える。 受け取ったその鍵を、俺は掌でポンと一度弾ませた。

 

 俺たちが王城での舞踏会に招かれた中で、一番ネックとなったのが武器の携帯が許されないという部分だった。それは王城に招かれた人間全員共通する条件だとはいえ、例外がどこに潜んでいるのかわかったものではない。最悪、俺たちは王城の内部にもあのヌメっとした人型が潜んでいる可能性も疑っていたのだ。

 武器の類はインベントリにしまって、というのも考えたのだが……正装というのは鞄の類を持ち歩くのには本当適していない。レティシアだけでなく、レブラン氏の知恵も借りていろいろどうにかインベントリを持ち歩けないか工夫はしてみたのだが、正装にはインベントリへのアクセス口になるようなポーチはそぐわなかったのだ。隠し持つことは出来そうだったのだが、王城に足を踏み入れる際の身体検査で見つかって取り上げられてしまえばそこで終わりだ。

 そこで、最低限の小細工だけをすることにしたのである。


 例えば俺ならこの鍵だ。

 

 『家』の鍵であれば正装の、タキシード内ポケットに持っているのを見つかったとしても誰も物言いはつけない。

 しゃん、と小さな音とともに鍵を揺らすと、ふぅっと清涼な風が吹き抜ける気配とともに『家』へと繋がる扉が姿を現す。


「……!?」


 彼女が驚いたように息を呑むが、今は説明している暇はない。

 扉を開けて、玄関すぐのところに立てかけておいた大剣を手に取った。

 ずらりと鞘から引き抜き、がつがつと扉の隣の石壁へと突き立てた。


 飛空艇のときと同じだ。

 ゲーム時代、俺たちの概念として建物や飛空艇のような乗り物といったオブジェクトを破壊することは出来なかった。だから、密室を作りたいと思ったときには扉にロックの魔法をかけてしまうだけで良かった。出入口を魔法でふさいでしまえば、密室を作り上げることが出来るのだ。

 けれど、この世界では違う。

 俺たちは飛空艇を墜とせたし――…こうして壁も易々と切り裂ける。

 

 あの変態が壁にも何らかの俺の知らない魔法を使って強化している可能性も頭の隅においてはいたのだが、岩壁はあっさりとバターのよう簡単に裂けた。ちょうど人ひとり通り抜けられるぐらいのスペースを、本来の扉の横に切り抜く。最後にごん、と蹴り飛ばすと、刳り貫かれた壁が廊下にずん、と音をたてて沈んだ。


「よし。というわけで俺は広間に戻るけど……あんたはどうする?」

「……っ」

「あ、ごめん」


 ちら、と振り返った先では、彼女が汚れたままのドレスを着なおしているところだった。今更恥ずかしそうに頬を染められて、どきりとする。下着姿で抱きつかれた最初よりも、今の方がよほど魅力的に見えて俺まで気恥ずかしくなる。

 彼女は気恥ずかしそうにドレスを着終えると、俺に向かってジャケットを返そうとする。一度受け取りかけて、やっぱりやめておくことにした。


「そのまま着てて良いよ、前、隠せるだろ」

「……あ、ありがとうございます」


 結局、あの変態に騙されたせいで彼女のドレスについたワインの染みを消すことは出来ていないのだ。それに、一度脱いでしまったからだろう。彼女のドレスはよく見ると少々着崩れてしまっている。


「あ、でもこれだけは」


 俺はジャケットの胸についていた花飾りを、ウェストコートの胸につけなおす。

 少々無理矢理だが、せっかく用意した花飾りだ。

 最後までつけていたい。


「俺、広間に戻ったら誰かこっちに人を寄越すようにも言えるけど」

「いえ、私も行きます。……その、ちゃんと知りたくて」

「え?」

「……私も、ちゃんと自分で決めたいんです」

「そっか」


 彼女がそう言うのなら、俺としては止める理由もない。

 よっこらせ、と刳り貫いた岩壁を乗り越えて外に出て、足場が悪かろうと彼女へと手を差し出した。そこでふと、なんだかんだまだ名前を聞いていなかったことを思い出す。


「名前、聞いてなかったな。俺はアキラだよ。アキラ・トーノ」

「アキラ、様」

「様は別につけなくてもいいけど。あんた……、じゃなくて君は?」


 最初が最初だったので、反発感からついあんた呼ばわりしてしまっていたが、彼女はネパード侯爵家のご令嬢なのだ。


「私はニレイナ、いいえ、ニーナです」

「了解、それじゃあ行くか」

「……はい」


 そっと、彼女が俺の差し出した手を取る。

 その手はじんわりと暖かく、それが彼女が人形ではなく人なのだという証めいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ニーナを連れて広間へと速足で向かう。

 大剣は一応『家』に戻したものの、鍵は手の中に握ったままだ。

 何か異変があった折りにはすぐにでも引き抜く準備は出来ている。

 広間が近づくにつれて、優雅な弦楽器の音色と、ざわざわとざわめく人の声がさざなみのように聞こえてきた。

 何かおかしなことが起きている気配はない。

 が、まだ油断はできない。

 イサトさんはどこだ。

 レティシアは。

 俺はぐるりと広間を見渡して――…


「ひ」


 俺の顔を見ていたらしいニーナに怯えたように喉を鳴らされた。

 相当凶悪な顔をしていたらしい。

 

 あ の 野 郎 。

 

 広間の中央、他の貴族たちの視線を集めてイサトさんが踊っていた。

 そのイサトさんの腰を抱き、エスコートしているのはあの変態だ。

 俺の知らないステップを踏む二人がくるりくるりとターンを決めるたびに、イサトさんのドレスの裾が優雅にたなびく。何がむかつくって、その二人の姿が妙にしっくりくることだ。白いドレスを纏ったイサトさんをエスコートする黒のタキシード姿の変態エルフの姿は、悔しいぐらい絵になって見えた。着替えたのか、給仕の恰好自体も幻覚の一部だったのか。

 時折、変態エルフがイサトさんに何か囁きかけるように顔を寄せ、まるでそれに応じるようにイサトさんが変態エルフの胸元へと顔を埋める。

 

 苦虫を、全力で噛み潰した。

 

 イサトさんが決めたことなら、俺は何も言えない。

 ああ、でも。


「――、」


 ちらり、と。

 変態エルフの肩越しに目があったイサトさんが、「助けろ」とアイコンタクトをしてきたように見えたから。

 人ごみをすり抜けて、俺はずんずんと踊る二人に向かって突き進む。

 もしかしたら、俺の都合の良い勘違いかもしれない。

 後でイサトさんには嫌な顔をされてしまうかもしれない。

 それでも。


「――俺の、連れだ」


 きっぱりそう言い切って、俺は変態エルフの肩に手をかけた。













★☆★







 話は、少し前に戻る。

 気づいたら、連れである秋良青年の姿が広間から見当たらなくなっていた。

 つい先ほどまでは、すぐ近くで女性陣に囲まれていたはずなのに。

 何かあったのかとレティシアに視線を送ってみたのだけれども、レティシアも秋良の行方に心当たりがないのか、壁際で小さく首を横に振る。

 トイレにでも言っているのだろうか。

 それなら、すぐに戻りそうなものなのだけれども。

 周囲に集まり、様々な話題を投げてくる貴族たちに卒なく答えつつ視線は広間の入り口あたりを探す。貴族たちの中にいてもちっとも引けを取らない迫力ある長躯はこんな人ごみの中でも目立つはずなのに、いつまで立っても見つけることが出来ない。

 そろそろ、探しに行った方が良いかもしれない。

 私がそう思って、貴族の男性陣の囲いから抜け出そうとしたときのことだった。


「美しいお姫様、どうか私と一曲踊ってくれませんか?」


 わざとらしい、演技がかったセリフを向けられた。

 連れを探しているので、と断りかけた唇が、「つ」の形で止まる。

 目の前にいたのは、以前廃墟で秋良に迫っていた変態だった。

 わざわざ幻覚で騙し打ちまでして、彼とワルツを踊っていた。

 あの時は私相手に子供を産んでくれなんぞとのたまっていたけれど、私本人にコナをかける前に彼をひっかけにいったあたり、本意が別にあるような気がしてならない。

 

「……あ、くそ」


 周囲には聞こえない程度、低く小さく呟いた。

 この男の登場と、彼の姿が見当たらないことが頭の中で繋がる。

 おそらく無関係ではないだろう。


「……秋良青年に何かしたのか」

「美しいお姫様、どうか私と一曲踊ってくれませんか?」


 同じセリフを繰り返して、男がにこりと笑う。

 灰がかった蒼の瞳には、挑発するような色。

 ノるか、ソるか。

 考えたのはほんの一瞬。

 この男がここにいる以上、秋良が再びこの男による幻惑にひっかけられてしまった可能性は高い。

 そう思うと、変な照れに邪魔されてやるべきことをしそこねた自分をどつきたくなる。込み上げた悔しさに、一度視線を伏せて、それからぎゅっと手を握りしめた。私のミスで彼を危険に晒したのならば、その責任は私が取るべきだ。

 この男にしても、こんな衆人環視の場所では仕掛けてこないだろう。

 それに……、ちらり、とレティシアを見る。

 レティシアは私の様子がおかしいことに気づいてくれているのか、いつでもこちらに駆け寄れる位置をキープしてくれている。

 これなら、イケる。

 たぶん、大丈夫だ。

 うむ。

 私は、きっと挑むように男を見据えた。


「では、エスコートをお願いしても?」


 そっと、手を差し出す。

 男は口角を持ち上げて笑うと、私の手を恭しくとった。

 私たちのやり取りが聞こえていなかったのか、周囲の貴族はにこやかにわあと歓声をあげる。


「さすがエレニ君は女性の扱いがお上手だ」

「宝石だけでなく、美しいもの全般の取り扱いに慣れているらしい」


 エレニ。

 この男は、エレニ、というのか。

 ちらりと視線を投げかけると、男は愛想の良い笑みを口元に浮かべる。


「ご紹介が遅れて失礼。私、宝石商をしておりますエレニ・サマラスと申します」

「それはご丁寧に。私は、冒険者のイサト・クガだ」


 いつか廃墟でして見せたように、男は私の手の甲へと唇を寄せる。

 

「エレニ君はね、珍しい石を扱っていてね。私のつけているカフスも、エレニ君の用意した石を加工して作ったものなのだよ」

「それは素敵ですね」


 おざなりな返事と共にそう言って、近くにいた貴族が差し出した袖口に輝くカフスへと視線を流す。蒼みがかった玉は、石、というよりも綺麗に磨かれた骨のようにも見える。


「クガ様にも、いつか私の贈った石を身に着けていただきたいものですね」


 そういいながらも、エレニと名乗った男は私の手を引いてフロアへと進み出る。

 すっと手を挙げるホールドは悔しいぐらい様になっていて、男がこういった状況に慣れていることを知らしめた。

 軽く眉根を寄せつつも、私もホールドを作って男へと体を寄せる。


「随分と、ネコを被ってるな」

「それは君もだろう?」


 苦味を帯びた私の声に、男の返事は人を食ったように明るい。

 踊り出しは、これまた腹立たしいほどにスムーズだった。

 く、と軽く手に重みがかかったかと思うと、沈みこむように腰を抱かれて後ろへの一歩を踏み出させられる。完璧なエスコート。

 彼とは違う。一緒に視線を重ねて、リズムをカウントして、「どや!」で踏み出すようなダンスとは違う。

 

 だから、面白くない。

 

 何も考えなくとも、完璧なエスコートに勝手に体を動かされる。ある意味それはエスコートとしては正解なのかもしれないけれども、私が求めているものとは違う。多少ぎこちなくても、彼の方が良い。

 

「秋良青年を、どうした」

「俺が何かしたとは限らないじゃない」

「とぼけるな」


 が、と事故に見せかけて思い切り足を踏んでやろうとしたのに、無理矢理のターンでかわされた。本来ターンなんて入らないはずのステップに挿入された鮮やかなターンに、周囲がざわめくのがわかる。ますますムカつく。

 

「足癖が悪いな」

「悪いのは足癖だけかどうか試させてやろうか」


 踊りながら、毒づく。


「試してよ」

「……ッ」


 そう囁いた男の唇が、驚くほどに近くてハッと息を呑んだ。

 これは、良くない。

 ダンスのエスコートのふりをして、気づいたら顔の距離を削られている。

 油断したら、唇を奪われかねない間合いだ。

 しかもそれがごくごく自然で、リードに任せていると触れ合いそうになるのだ。

 なにこれ。

 何か仕掛けられるかもしれないとは思っていたものの、こんなロクでもないちょっかいを出されるとは思っていなかった。


「……このッ」


 足を踏もうとする。

 また、派手なターン。

 ふわりと身体が振り回される。

 負担はない。

 負担はないけれど、この男の思うがままに勝手に操られていると思うととんでもなく屈辱的だ。

 また、顔の距離が近くなる。

 この男とキスするぐらいならば緊急回避としてまだタイミングを外して自ら突っ込んだほうがよほどマシだ。自分から、寄り添うように男の胸元に顔を寄せる。


「わあ、積極的」

「殺す、……ッ」

 

 また、ターン。


「キスぐらいいいじゃない。俺、君には子供産んで欲しいんだし」

「誰が生むか……ッ」


 ターン。


「ここで派手なキスシーンぶちかまして、君が俺のものだって既成事実作っておきたいんだけどな」

「嫌、だ……このッ」


 ターン。

 

 秋良の居場所を聞き出したかったはずなのに、すっかり相手のリードに呑まれてしまった。くっそう。悔しい。腹立たしい。そして、少しだけ怖い。

 この世界に来て、戦う力を手に入れて、強くなったと思っていた。

 実際、並大抵の相手になら負けないだけの戦力は持っている。

 けれど。

 こうして純粋な腕力やら何やらの問題に持ち込まれると、こんなにも簡単に言いようにされてしまう。

 

「もう諦めたら? キスしたら俺のこと好きになるかもよ?」

「なるかッ」


 即答で、再びタイミングを外して男の胸元に顔を寄せる。

 そして、そこでずっと探していた人物と目があった。


「あ」


 肩ごしの一瞬のアイコンタクト。

 何故かジャケットを脱いだ彼は、ウェストコートに花飾りをさしている。

 彼が用意してくれた、お揃いの蒼水晶薔薇(ブルークォーツローズ)

 前髪を上げているせいでいつもより迫力のある人相が、今は目つきも相まってまさに凶相といった態だ。本来なら怖がるべきなのかもしれない。

 けれど、それが何より心強い。


「――俺の、連れだ」


 そんな言葉とともに。

 私の身体を良いように振り回していたターンが、ようやく止まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

★☆★








 変態エルフの肩に手をかけて、握りつぶす心意気で力をこめた。

 みしみしみし、と言ってるのはたぶん気のせいじゃない。


「痛い痛い痛い痛い、あのさあ前も言ったけど君の番犬超怖い!」

「うるさい、この変態!」


 わざとらしく悲鳴をあげる男の足を、イサトさんがヒールの踵で力強く踏み抜く。なんだか、ものすごく鬱憤の籠った一撃だった。ギャッ、とあがった悲鳴に、イサトさんは満足そうにしている。その姿に、少し安心した。良かった。助けて良いシチュエーションだった。万が一にでも、邪魔に入ったことをイサトさんに鬱陶しがられるようなことがあったらどうしようと、地味に身構えていたのだ。


「秋良青年、ありがとう助かった」

「や、こっちこそ離れてごめん」


 俺が一緒にいたならば、そもそもこの男と踊るようなことは許さなかった。

 周囲の貴族たちの好奇の眼差しが注がれる中、俺たちはホールの中ほどで睨みあう。イサトさんへの求愛が目的だったとしても、ネパード侯爵を唆してニーナを俺に宛がおうとしたりなどタチが悪すぎる。


「お前……」

「ねえ」


 何の目的があって、と俺が言葉を続けるより先に男が口を開いた。

 

「君たち正義の味方なんでしょう?

セントラリアに墜落しようとした飛空艇をその手前で撃墜して街を救った。

街に来てからも、搾取され、虐げられていた獣人たちをマルクト・ギルロイから救った」 


 男は、ゆっくりと首を傾げた。

 そして、無邪気に問う。


「なのに、どうして俺のことは助けてくれないの?」


 異様な空気を感じ取ったのか、管弦楽の旋律が止まる。

 ざわざわと不穏なざわめきが俺たちの周囲を取り囲む。

 その中心で、男は朗々と語る。


「エルフも、ダークエルフも、もうこの世界にはいない。たぶん、エルフは俺だけだ。俺しか、残ってない。そして、君も、おそらく最後のダークエルフだ」


 『白き森の民』でも『黒き伝承の民』でもなく、男はエルフとダークエルフというこの世界においては使われていなかった名称で種族を呼ぶ。

 やはり、この男は俺たちと同じように、現代日本から迷い込んだ存在なのだろうか。それとも、何か他に理由があるのか。

 

「俺には、どうしてエルフやダークエルフが滅ばなければいけなかったのかがわからない。でも、きっと誰かがそれを望んだんだろうってことはわかるよ。誰かが、エルフとダークエルフを滅ぼした(・・・・・)んだ。

それが誰にしろ……俺はそいつの思惑通りにだけは絶対なりたくない。

そいつの目的がエルフとダークエルフを滅ぼすことだったなら、俺は死んでも繁栄(・・)してやる」


 その言葉に、ようやく男の意図がわかった気がした。

 この男がイサトさんに子供を産んで欲しいと拘る理由。

 それはその言葉通り、子供だけが欲しいのだ。

 妻が欲しいのではない。

 イサトさんを一人の魅力的な女性として望んでいるわけではない。

 エルフとダークエルフを終わらせないための母体が、必要なのだ。


「君が、胎を貸してくれれば少なくともあと一代はエルフとダークエルフが生き延びる。君の頑張り次第ではもっと。

ねえ、君たちは困っている獣人を助けた。

なら、俺のことも助けてくれていいんんじゃないかな。エルフとダークエルフという種を、救ってくれてもいいんじゃないか」


 それはなんだか、呪詛のようだった。

 ある種、俺たちが一番恐れていた言葉だった。

 まるで善意を義務のように求められる。

 「できる」ならば「やらなければいけない」と。

 けれど「できる」ことと「やりたいこと」は違う。

 それを非難される痛みを俺とイサトさんは知っている。

 だから最初から俺たちは「正義の味方」を名乗らなかった。

 だから俺たちは、最初から「したいこと」しかしてこなかった。

 俺は、イサトさんを見る。

 イサトさんは小さく顎を引いて、それからまっすぐに男を見据えて口を開いた。


「断る」


 きっぱりとした言葉に、対峙する男だけでなく周囲にいた貴族までもが驚いたように小さくざわめいたようだった。


「セントラリアは救ったのに?」

「うん」

「獣人は救ったのに?」

「うん」


 淡々としたやり取りが繰り返される。


「どうして」


 問いかけは短かった。


「私が、したくないから」


 解答も、短かった。

 けれど、それがすべてだ。

 例えイサトさんになら出来て、イサトさんにしか出来ないことがあったとしても。

 どれだけたくさんの人が「そうすべき」だと言ったとしても。

 やるのがイサトさんである以上、決めるのもイサトさんだ。

 その代わり決めたことの責任を取るのも、イサトさんだ。


「私たちはわるもの、だ。正義の味方なんかじゃない。したいことをしてる。だから、したくないことはしない」


 そう言い切るイサトさんは、決して罪悪感に瞳を揺らすようなことなく、まっすぐに男を見つめたまま言葉を続けた。


「だから君には申し訳ないと思うけど。私は――…君の子を産むつもりはない」

「……そっか」


 イサトさんの言葉に、男は小さく息を吐いた。

 どこか最初からイサトさんの答えを知っていたような顔で、柔らかな苦笑がその口元に浮かぶ。


「君はきっと最後のダークエルフだから――…君だけは助けたかったんだけどな」

「え」

「え」


 男の不穏な言葉に、俺とイサトさんの声がハモる。

 そして。

 それと同時に。

 ぱきん、と何かが砕けるような音が、静まり返った広間のあちこちから響いた。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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