おっさんと出陣
あの変質者に遭遇してから、数日。
俺たちは幸いなことに二度目のエンカウントのないまま舞踏会の当日を迎えていた。いきなりイサトさん相手に子供を産んでくれなどという衝撃的な口説き文句――なのかどうかも不明な戯言――をのたまった変質者なので、もっとしつこく付き纏ってくるかと覚悟していたのだが。
「…………」
次第に慣れつつある二人きりの朝食の席で、俺はちらりと視線をあげてイサトさんの様子を窺った。
本日ナース服のイサトさんは、まだ少し眠そうな顔でトーストを齧っている。あの変質者の登場以来、特に変わった様子もなくいつも通りだ。変わらずマイペースに俺のダンスの練習に付き合ってくれたり、黒の城で薔薇姫からドロップアイテムのカツアゲに勤しんでいる。
…………。
……いろいろと悶々としているのは俺だけ、なんだろうか。
こう。
なんというか、初めて、なのだ。
イサトさんのことを女性として認識した上で口説くような男が現れるのは。
ゲーム時代、俺にとってイサトさんは気心の知れた同性の悪友だった。
この世界にやってきて、イサトさんが女性であることを知ってからも、俺の中でイサトさんはなんとなく「相棒」の位置にいた。もちろん、イサトさんが魅力的な女性であることは重々わかっていたし、俺自身一緒にいる中で何度もその事実は意識している。
けれど、だからといって恋愛対象である「女性」として見ていたかと言われるとそうではないような気もするのだ。
だから、今こうしてイサトさんのことを女性として、恋愛対象として見る男が現れたことに対して、俺は結構地味に動揺している。
この世界にやってきて、今まで当たり前のようにこの世界で俺とイサトさんは二人だった。俺にとってはイサトさんが相棒だったし、イサトさんにとってもそうだったと思う。二人で一緒にいるのが当たり前で、そうじゃなくなる可能性なんてものを俺はこれまで一度も考えたことがなかった。
俺は、イサトさんの隣に誰か他の男が立つ可能性なんていうものを、これまでちっとも考えて来ていなかったのだ。
とはいっても、あの変質者にイサトさんがころっと参るなんていうことはないと思っている。いくら、「イケメン無罪」「ただしイケメンに限る」なんて言葉がまかり通っているとはいえ、アレはない。……ないと思う。
…………ない、よな???
「……私の顔に何か、ついてる?」
「あ、ううん、なんでもない」
思わずイサトさんを凝視してしまっていた。
怪訝そうに首を傾げるイサトさんから、口元を手で覆って隠すようにしつつそっと視線をそらす。なんだか、今追及されるととんでもない自爆をしそうだ。
「…………」
「…………」
「……なん、でしょう」
じぃ、とイサトさんの金色が俺を見つめてくる。
神秘的な色合いと相まって、俺ですら見ないようにしている本心を見透かしてしまいそうに見える。
「君、なんか最近難しい顔をして考えこんでいること多いよな、と思って」
「…………」
うぐ、と息を呑む。
こういう時のイサトさんは妙に鋭い――
「やっぱりまだ舞踏会のことが不安なのか?」
――わけでもなかった。
「ん、まあ、うん」
なんとも微妙な返事を返す。
そんな俺の反応に、イサトさんはくくくと楽しそうに小さく喉を鳴らして笑いながら、ポンポンと励ますように俺の肩を叩いた。
「大丈夫だよ、あれだけ練習したんだから」
「……だといいんだけど」
そう答える一方で、この距離感だよなあ、ともしみじみ思った。
今、イサトさんが座っているのは四角いテーブルの俺の隣の辺だ。
真正面から見つめ合うほどの緊張感はなく、だからといってすぐ真横というほど無造作に近いわけではない。角を一つ挟んだ、隣。お互いの顔が見える角度であり、手を伸ばせば何気なく届く距離。近すぎず、遠すぎない。
「あー……、そっか」
口元を隠す手の中で、ぽつりと小さく呟いた。
俺はこの今の距離感を、崩すのも崩されるのも嫌なのだ。
だから自分から下手に踏み込むような真似もしたくないし、同様に他の男に踏み込まれたくもない。
我ながら、身勝手な独占欲だとは思う。
今は、まだ良い。
でももし、今度真っ当な男がイサトさんに対してアプローチをかけてくるような事があったのなら、俺はどうするのだろう。
そして、イサトさんはどうするのだろう。
少しは、考えるのだろうか。
それとも、やはりいずれ去るはずのこの世界においての恋愛は有りえないと、ゲーム時代同性の女の子たちにしていたように上手に距離を取るのだろうか。
もしくは、相手が男であっても恋愛そのものに興味を示さないのか。
なんとなく、それはそれでやっぱり悩ましい。
――…と。
「また、眉間に皺が寄っている」
びす、と隣から眉間をつつかれた。
そのまま指先が、物理的に俺の眉間の皺を伸ばそうと試みる。
そんな仕草に、ふと口元が緩んだ。
「イサトさんは、逆に本番近づくにつれて元気になったよな」
「ここまできたらもう開き直るしかないからな」
わざとらしく拗ねた口調でぼやけば、ふふん、とイサトさんは勝ち誇ったように楽しげな笑みを浮かべる。
ドレスのサイズ合わせで何度も繰り返される試着だの、ドレスに合わせたアクセサリー選びだのでレティシアとレブラン氏に振り回されている時のイサトさんは本当に大変そうだった。顔に死相が出ていた。あんなにも精根尽き果てたといった状態のイサトさんは初めて見たかもしれない。
女性というのは皆着飾ったり、買い物で試着を繰り返したりというようなことが好きなのだと思っていた俺にとってはちょっとした驚きだった。今まで回りにいた女性が皆そういうタイプだったので、女性というものはそういうものだとばかり思っていたのだ。子供の頃なんかは、母親の買い物に付き合わされるのが苦痛で仕方なかった。何故、欲しいものをさくっと買って終れないのか!
と、そんなことを考えていてふと思い出した。
そうだ。俺も欲しいものがあったんだった。
本日の予定は、舞踏会の支度が始まる午後まで空いている。
それまで、自由時間ということにさせてもらっても大丈夫だろうか。
「なあ、イサトさんはこの後どうするかとか考えてる?」
「私は特には。ああ、少しスキル関係で試したいことがありはするが、そっちは一人でも出来ることだからな。君に何か予定があるならつきあうよ」
「いや、イサトさんが構わないならちょっと一人で出掛けてこようかと思って」
俺の言葉に、イサトさんが少し驚いたように瞬いた。
…………まあ、その気持ちはよくわかる。
これまで心配性と半ば呆れられつつも、なるべく別行動を避けるようにしていたのは俺の方である。そんな俺が急に一人で出掛けたいなんて言い出せば、不審がられるのも当然だし……イサトさんに対して隠しごとがしたい、と言ってるようなものだろう。じ、と意図を探るように向けられるイサトさんの眼差しから、そろっと目をそらす。目的はバレていないはずだか、妙に照れくさい。ここで深くつっこんでこられたならば、果たして俺は上手く誤魔化せるだろうか。
内心焦る俺に向かって、イサトさんはふっと小さく笑ったようだった。
「そんな顔しなくとも、問い詰めたりはしないよ。いくら私たちが運命共同体とはいえ、多少のプライバシーは必要だ」
「……そんな大げさなもんでもないけど」
ただちょっと、イサトさんを驚かせたいだけなのである。
いわゆるサプライズ的な何かだ。
「俺がいない間にあの変態がちょっかいを出してくるようなことがあったら……」
「すぐにグリフォンでも召喚してさっさと逃げ出すよ」
「……よし」
幻術のような厄介な魔法スキルを使ってくるあの変態でも、さすがに日中堂々と襲撃してくるようなことはないだろう。もしそれをやらかすぐらい歯止めの効かない変態だったとしても、逃げることぐらいならなんとかなる――…よ、な?
「……やっぱり別行動はまずいような気がしてきた」
「君はどこまで過保護なんだ」
真顔でしみじみとツッコミを喰らった。
が、誰のせいでこうなったと思ってやがる。
イサトさんは一度自分の胸に手を当ててこれまでの行動を考えてみるべきだ。
俺の半眼からそんな言葉を自ら読み取ってくれたのか、今度は逃げるようにイサトさんがうろりと俺から目をそらした。
「まあ、あれだ。ほら」
「どれだ」
「とにかく、大丈夫だからこちらは気にせず」
「…………」
「気にせず」
「あ、こら、ちょっと、イサトさん!?」
最終的に、何故か背中をぐいぐい押され、物理的に宿屋から追い出されることになった俺だった。
解せぬ。
それから数時間後。
西に傾きかけた陽に赤みが混じり始めた頃、俺は慌ただしくレブラン氏の店に向かっていた。イサトさんはとっくに宿を出ているはずの時間なので、宿に戻ることはせずレブラン氏の店に直行する。
レブラン氏には、日暮れまでには店に来るように言われていたので、ぎりぎりといったところだ。
最初それを聞いたとき、イサトさんは秋良青年だけずるいだのなんだのと呻いていたが、そこは男と女の差だと思って諦めていただきたい。女性ともなれば、俺のよう着替えて終わりというわけにはいかないのである。特に、今回はレティシアやレブラン氏に相当力が入っている。あの二人にとってイサトさんは、相当磨き甲斐のある素材なのだろう。
普段のさりげない装いですらああも見事な美女っぷりを見せつけているイサトさんなので、着飾ったりなんかしたらどうなるのかは俺も楽しみで仕方ない。
「すみません、遅れました」
そんな声をかけつつ、本日閉店の看板のかかった店へと足を踏み入れた。
レティシアはイサトさんへの着付けで奥の部屋にいるのか、店にいたのはレブラン氏だけだ。レブラン氏は俺の声にふと顔をあげて、何故かとんでもなく呆れた顔をした。
「……?」
「君たちは本当そっくりなコンビだな」
「え?」
目を丸くするしかない俺へと、レブラン氏がぽい、と無造作に何かを投げてよこす。受け止めたそれは、下級ポーションの小さな瓶だった。
「ポーション?」
「レティに見つかる前にさっさと怪我を治しなさい」
「――あ」
レブラン氏の言葉にはっとする。
そういえば、先ほど狩りに勤しんでいる間直撃こそしなかったものの敵の攻撃が掠る、ぐらいはあったような気がする。跳んだり跳ねたり転がったり、わりと好き放題暴れてきたような記憶も、少々。
いやほら、普段はわりとイサトさんのフォローを常に頭に置いた上で戦闘を行っている俺であるからして。自分の好き放題暴れられる戦闘の新鮮さについはしゃぎすぎてしまったような気がしないでもないのだ。もちろん、それは普段のイサトさん連れの戦闘スタイルに不満がある、ということではない。ただ上質な食事が続けばジャンクが恋しくなるように、接近してくるモンスターの前線、後衛まで及ばないようどこから潰すのが最適か、なんて計算高く考えることもなく手当たり次第でたらめに、ただひたすら目に映る敵を屠りまくるような戦闘が楽しくて仕方なかったのである。いかん。何かこうものすごく戦闘狂みたいなことを言っている。
「これ、飲めばいいんですかね」
「先ほど君の連れのお嬢さんは塗っていたが」
「――…」
連れのお嬢さん、というのは間違いなくイサトさんのことだろう。
そのイサトさんが下級ポーションとはいえ、回復アイテムが必要になるような怪我をしていたというのは非常に聞き捨てならない。俺がいない間に一体何があったというのか。
「イサトさんは?」
「レティとカーヤと一緒に奥にいる。怪我といっても君と似たような掠り傷だ。ほら、君もさっさとそれを飲んで風呂に入ってきなさい」
カーヤ、というのはレブラン氏の息子さんの奥さんだ。
トゥーラウェストの店では女性向けの衣服のデザインや着付けを手伝っているというだけあって、今回の戦力のメインといっても過言ではない。ちら、と奥の様子を窺うと、いったい何をしているのかわからない謎の悲鳴がか細く聞こえてきた。
「無理無理無理無理無理、入らない!」
「入ります!」
「はいはい締めますよう」
「ぎゃっ」
イサトさんは元気そうだ。
というか絶賛元気じゃなくされてそうだが、まあ無事そうなので良いとしよう。
まったく、俺がいない間に何をしていたのだか。
レブラン氏に言われて風呂に向かいかけて、俺ははたと思い出した。
そうだ。忘れる前にレブラン氏に渡すものがあったんだった。
このためにわざわざイサトさんと別行動して狩りに明け暮れてきたのである。
「これ、お願いします」
俺はインベントリから取り出したブツを、レブラン氏へと渡した。
相応しい形への加工は、レブラン氏が行ってくれるだろう。
受け取ったレブラン氏が絶句しているようなのに、俺は小さく笑いを噛み殺す。期待通りの反応だ。
俺はポーションの小瓶を片手に、悠々と風呂へと向かった。
風呂から上がって着替えを行う。
俺が着るのはいわゆるタキシードである。
白のシャツに光沢のある濃いグレイのウェストコート、同じ色のタイに黒のジャケット。ジャケットは少し長めのフロックコートスタイルだ。俺自身が選んだ、というよりも、周囲の女性陣がわあわあ盛り上がっているうちにその路線で確定していた、と言った方が正しい。俺の主張で通ったのは、蝶ネクタイはちょっと、という部分ぐらいだ。
鏡をのぞきこみながら、タイを締める。
こんなものでいいのか。
もしかしたら舞踏会用に何か華やかな結び方があるのかもしれないが、その辺何かおかしければレティシアがレブラン氏が直してくれるだろう。
と、そこでドアが鳴った。
「秋良青年、そっちもう支度出来てたら匿ってくれ」
「匿うって」
おそらくレティシアやカーヤさんから逃げているのだろうが、そもそも何故逃げているのか。ここはイサトさんならここにいるぞー、と大声を出すべきなのかどうかを迷いつつ、ドアを開ける。
で。
見事に言葉を失った。
「これ以上もういいって言ってるのにあの二人ときたらまだ物足りないといって私を追いかけまわすんだ」
疲れたようにぼやくイサトさんの唇は淡いパール。
普段は無造作に流れる銀髪は、サイドの一房を残して丁寧に編み込まれたシニヨンで結われている。前髪の生え際を縁どるような小粒のパールをあしらった繊細な銀細工の髪飾りが、ティアラのように煌めいていた。わかってくれるだろう、と言うように俺を見上げる双眸がいつもよりも華やかに見えるのは、普段けぶるようその瞳を隠す長い睫がくるんとカールしているからだろう。たったそれだけの差で、ずいぶんと表情が違って見える。
わずかにクリームがかった白のドレスも、イサトさんにはとてもよく似合っていた。ドレスは一見シンプルに見えるほど装飾は少ない。胸元や袖口などを縁どるように銀の花が彩る程度。けれど、よく見ると裾に向かって薄く重ねられた白のベールの下に淡くピンクがかった花が散っているのがわかる。清楚にして可憐、それでいて子供っぽい可愛らしさとは無縁だ。
なんていうか、すごい。
すごいよく似合ってる。
たとえ本人が一生懸命ドアに挟んだドレスの裾を引き抜こうと一生懸命になっていようと、だ。
「…………」
無言でそっとドレスの裾を引き抜いてやる。
「ありがとう、助かった……?」
お礼を言いつつ顔をあげて、今度はイサトさんが固まった。
金色の双眸がぽかんと丸くなっている。
人のことを言えた義理ではないが、こういう反応をされると妙に照れる。
「……馬子にも衣装?」
「いやいやまさかそんな」
「七五三?」
「そんなヤクザな迫力背負った七五三は嫌だ」
「ヤクザっておい」
さりげなく酷いことを言われたような気がする。
前回のスーツよりもこちらの方がよりフォーマルな分、真人間感は増し増しだと思うのだが。
「冗談だよ、いやでも君、前髪あげるといつにも増してアレだな」
「アレってなんだ」
「迫力があるというか凄みがあるというか」
「褒められている気がしない」
「褒めてる褒めてる、すごく似合っているし、恰好良いよ」
「イサトさんも……、その、よく似合ってる」
さすがにイサトさんのようにさらっと「綺麗だよ」なんてことは言えなかった。
「ん、ありがとう。白を着るにはちょっとトウが立ちすぎてる気がするんだけどなあ」
気恥ずかしそうにイサトさんが唇をむにりと軽く尖らせる。
なんでもこの辺りには初めて参加する舞踏会では白のドレスを着るという風習があるらしい。そのためレティシアやカーラさんはイサトさんにも純白のドレスを勧めていたのだけれども、イサトさんとしては本来その白のドレスを着るのが16~18歳の貴族令嬢たちであると聞いてなかなか首を縦に振らなかったのだ。
結果として純白ではなくクリームがかったパールカラー、そしてスカート部分半ばからわずかに透ける淡い花のモチーフという形でお互い妥協したようなのだけれども。淡い色合いのドレスは、イサトさんの褐色の肌にとてもよく映えている。
レティシア、カーラさん、ぐっじょぶ。
ぐっじょぶついで、これ以上まだ磨きようがあるというのならば是非お願いしたい。俺はちょろ、と廊下に顔を出すとすーっと息を吸った。
「レティシア、イサトさんならここにいるぞー!」
「あっ、裏切りもの!!!!」
ふ。
別にヤクザだのなんだの言われたのを根に持っていたわけではない。
根に持っていたわけではない。
大事なことなので二回言いました。
再びレティシアとカーラさんに捕獲されたイサトさんが、逃げないでくださいと叱られつつ連行されてからしばらく。
無事支度の済んだ俺たちは、店の方に集まっていた。
今回舞踏会に参加するのは、俺、イサトさん、そしてレティシアの三名だ。
が、レティシアの方は今回あくまで付添い人ということでその装いはイサトさんに比べるとだいぶ大人しい。なんでもレティシアは正式に舞踏会に招待されたわけではなく、あくまで俺たちのフォローをするための付き添い、ということでの参加なのだそうだ。レティシアの舞踏会仕様も見れるのかと思っていたので、少しばかり残念だ。
そろそろ王城に向かう馬車が迎えに来るという頃になって、ようやくレブラン氏が奥の作業部屋から出て来る。
その手の中にあるのは――…青白い燐光をこぼす、世にも美しい花飾りだ。
レティシアやカーラさん、そしてイサトさんまでが驚いたように息を飲む。
「それは……」
「彼が用意したんだ。まさかこの年で蒼水晶薔薇を見ることが叶うなんて思ってもいなかったよ」
レブラン氏が苦笑交じりに呟く。
そう。
俺がイサトさんと別行動してまで狩りに出かけていたのは、この蒼水晶薔薇のためなのである。
この花は水晶宮と呼ばれるダンジョンマップのボスドロップ素材の一つだ。蒼く煌めく水晶で出来た薔薇の花で、ゲーム時代もアクセサリーとして人気が高かった。本当なら当日ではなく事前に用意しておきたかったのだが……この蒼水晶薔薇、永遠に枯れない水晶の薔薇ではあるのだが、光を放つのはドロップしてから24時間のみ、という制限がある。プレイヤー間の取引でも、光っている蒼水晶薔薇は光り終えたものに比べて二倍ほどの値がついていたものだ。
「それで別行動なんて言い出したのか」
「おう」
舞踏会で女性をエスコートする際に、男性は女性に花飾りを贈るという話をレティシアに聞いて以来、ずっと企んでいたのである。
イサトさんの驚く顔が見られて良かった。
いつもどちらかというと驚かされてばかりなので、たまには俺だってサプライズを仕掛けたい。
まあ、それに。
蒼水晶薔薇の花飾りならば、周囲に対する立派な牽制になるだろう、なんて目論見があるのはイサトさんには内緒だ。
レティシアから聞いたのだが、男性が女性に贈る舞踏会の花飾りには、「この女性にはエスコートしてくれるパートナーがいる」というアピールの意味合いがあるらしい。
女性は手首に。男性は胸に。
揃いの花飾りを身に着けることで、お互いに相手がいることを示すのだ。
逆にいうと、花飾りをつけていない女性に対しては、積極的に声をかけてダンスに誘うのが舞踏会のマナーなんだとか。
青白くほのかに輝く蒼水晶薔薇の花飾りは、きっとよく目立つ。
と。
「ほら、何をぼーっとしているんだ。早くつけてあげなさい」
「え」
レブラン氏に促されて、俺は思わず間の抜けた声をあげてしまった。
つけてあげなさいって。
俺が、イサトさんに?
わざわざ口に出さずとも、俺のそんな疑問は伝わったのか、レブラン氏に当たり前だろう、と返されてしまった。その隣で、やたら良い笑顔をしたレティシアとカーヤさんもうんうんと顔を縦に振っている。
ものすごく、楽しんでやがりませんか。
「舞踏会の花飾りはお互いにつけてあげるものなんだ」
「…………」
レブラン氏から渡された花飾りを受け取る。
女性用の花飾りは指輪つきのブレスレットのような形をしている。
手首と中指の付け根で固定することで、手の甲に花が咲いたような形になるのだ。
「ええと、その」
「はい」
なんだこの妙な気恥ずかしさと緊張は。
見れば、イサトさんも微妙に動揺しているのか金色の双眸がうろうろと彷徨っている。
「じゃあ、手、貸して」
イサトさんが、おずおずと俺に向かって手を差し出す。
いつもは薄い桃色の爪が、今日は銀色に塗られてきらきらと輝いている。
爪の先まで舞踏会仕様でまったくもって隙がない。
そんなイサトさんの手を取って、まずはブレスレット部分をそっと手首に通した。こうして改めて触れると、手首の華奢な細さに驚かされる。それから、指輪のようになっている留め具を、爪にひっかけてしまわないように気を付けながら指に通した。
蒼水晶薔薇を中心に添えて、似た色調の小花でまとめられた花飾りはイサトさんとも、そのドレスともよく合っていた。イサトさんが腕を動かす度に、青白い燐光がはらはらと零れる。そんな姿はドレス姿とあいまって、可憐な妖精めいている。
「次はイサト様ですね!」
きゃあ、と歓声をあげるレティシアとカーヤさん。
外野は自由だ。
俺も外野になりたい。
なんだこれ。
死ぬほど恥ずかしい。
「俺は自分で」
「何を言っているんだ」
レブラン氏から残りの花飾りを受け取ろうとしたら、しらっと冷たい目を向けられた。俺の差し出した手を綺麗に無視して、レブラン氏がイサトさんへと花飾りを渡す。
「なんだかこれ、すごく照れる」
「……同感」
気持ちが通じ合っているようで何よりだ。
花飾りを手にしたイサトさんが、軽く背を伸ばして俺の胸元に触れる。
ジャケットの胸ポケットに花飾りをさして、留め具で固定しようともだもだ。
真剣な顔をして花飾りと格闘しているイサトさんの顔が思った以上に近くて、じわじわと体温が上がる。絶対これ、俺赤くなっている。
周囲でによによとしている外野が心底憎たらしい。
「よし、できた」
そう言ってイサトさんが少し、身を引いて。
花飾りの出来を確認するように俺を見る。
これはきっとイサトさんにもからかわれるに違いないと覚悟したものの、イサトさんの反応はちょっと予想外だった。
「っ……!」
釣られたように、一気にその顔が真っ赤になったのだ。
そして、そこからの流れるような八つ当たり。
「君にそんな顔されたら私まで恥ずかしくなるだろう!!」
「仕方ないだろ照れるわあんなん!!」
おそらく俺がおろしたての革靴でなければ、足をやんわりと踏まれていたところだと思う。
わあわあ。
ぎゃあぎゃあ。
見た目をどれだけ取り繕うと、やっぱり残念な俺たちであった。
そして。
完全武装が済んだ俺たちは、戦場へと向けて馬車に乗り込み――…いざ出陣。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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