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おっさんの逃げ足は速い

 教会の談話室での話し合い以来、俺たちの周辺はわりと平和だった。

 俺たちのスタンスとしては、「あくまで余所者、部外者」である。

 なので言うべき申し出を済ませた以上は、これ以上は深くは首を突っ込む気はない。もちろん、俺たちが見ていられないような状況になったならば、容赦なく口を挟む気ではいたのだが。

 

 そんなわけで俺とイサトさんは黒の城(シャトー・ノワール)に入りびたり、薔薇姫を乱獲しては着実に薔薇姫の蜜を確保していた。これ、薔薇姫からしてみたら完全に招かれざる客である。そのうち出禁を喰らいそうだ。

 

 今日も、日が沈み始めるころまで黒の城(シャトー・ノワール)で粘った帰りである。赤々と夕日の名残に照らされたセントラリアの街並みからは、夕食時の良い香りがあちこちに漂っている。


「イサトさん、途中で飽きてただろ」

「いやいや外より中の方が敵のレベルが上がる分、薔薇姫もいっぱい出てくるかなーという好奇心だよ」

「……それでなんでそのまま敵を蹴散らしながら最上階目指すことになるんだ」


 気が付いたらイサトさんが周囲に見当たらず、何故か城の中から爆音轟音響き渡っていたときの「oh……」感といったら言葉にならない。結局そのまま黒の城(シャトー・ノワール)のエリアボス、不死王(ノーライフキング)まで撃破することになってしまった。


「楽しかったから良いじゃないか」

「俺は面白くなかったぞ」

「あいつ、物理攻撃効きにくいもんな」

「そうだよ、だからあんまり相手にしたくないんだよ」


 勝てないわけではない。

 時間をかければダメージを積み上げて倒すことも出来るのだが、コウモリになって分散するわ、こちらの攻撃のインパクトの瞬間に黒い霧に姿を変えて逃げ回るわ、フラストレーションがたまるのである。俺はもっとこうガシガシ近接で殴りあうぐらいの戦闘が好きなのだ。今回はイサトさんがいたので、イサトさんの攻撃魔法がガンガン炸裂するのを横から見ているだけでほぼ終わってしまった。「よくぞ来たな、冒険sy」とセリフの途中で炸裂した攻撃魔法のえげつなさよ。いや、俺もゲーム時代ではクリック連打で開幕セリフはスキップしていた口ではあるのだが。

 

「ずっと同じモンスターばっかり狩ってると流れ作業みたいになるからなあ。たまにはちょっと毛色を変えて運動しないと」

「まあな」


 そんな箸休め感覚で襲われる不死王(ノーライフキング)に少しだけ同情したくなる瞬間だ。しないけども。

 

「さて、今日の夕飯はどうする?」

「角の店のシチューが食べたい。チキンの」

「イサトさんあの店好きだよな」

「他に君が何か食べたいものがあればそっちでも良いが」

「うーん」


 あえていうなら和食が食べたい。

 焼き魚と大根おろしに白米だとか。

 生姜焼きと白米だとか。

 が、残念ながらセントラリアの食生活は完全に西洋文化寄りであり、今のところ米食の文化には出会えていない。カラットの人達は米の調理法を知っていたので、そのあたりの文化も街によって違うのだろう。カラットに提供した米は確かエスタイーストあたりのモンスターがドロップしたものだったはずだ。そう考えると、エスタイーストでは米食の文化もあるかもしれない。和食への夢が広がる。


「秋良?」

「いや、シチューで良いよ。行こう」


 そう言って俺たちはてくてくと最近ではすっかり顔なじみになった食事処へと向けて歩きかけ……


「アキラ様、イサト様!」

「ん?」

「お?」


 名を呼ばれて足を止める。

 振り返った先にいたのは、レティシアだった。

 その顔にはやはり少し疲れの色が見えるものの、碧の瞳はきらきらと輝いて活気に満ちている。トゥーラウェストからわざわざ単身乗り込んできたこの少女は、きっと絶賛楽しく目的を遂げるために活躍している最中なのだろう。

 や、と俺とイサトさん、揃って手をあげて軽く挨拶を交わす。


「どうしたんだ? 今帰りか?」

「いえ、お二人を探していたんです。日没の頃には戻ってくると聞いていたので、この辺りで待ってたら会えるかと思って」

「私たちに?」

「また何か面倒事でもあったのか?」


 気遣わしげに問いかけた俺に、レティシアが小さく笑って首を横に振った。


「ようやく、今後のことがまとまり始めたので……そのご報告と、その、ちょっとご相談に」


 ご相談。

 また何か面倒そうな匂いがする。


「まあ、その辺は食事しながらどうだ?」

「私たち、今からそこの店で夕飯にするつもりだったんだけれども」

「いいんですか?」

「もちろん。な、イサトさん」

「良くなかったら誘ってないよ」

「では、失礼させていただいて……」


 というわけで、レティシアも巻き込んでの夕食となったのだった。













 イサトさんとレティシアはシチューとサラダ、そしてパン。

 俺はさらにそこに本日の肉料理を追加する。

 一皿一皿になかなかの量が乗っているのだが、どうもやはりパンでは腹にたまらない気がしてしまうのである。

 

「……秋良青年、よく食べるなあ」

「育ちざかりだからな」

「まだ伸びる気か!」


 愕然とされた。

 実際さすがに成長期は終わっているので、これ以上伸びるとは思っていない。まあ伸びれば良いな、とは思っているが。


 食事が届いて最初のうちは、お互い今日あった出来事などを軽く雑談して、それから本題に入った。

 

「まず、ご報告なのですが……ギルロイ商会の処分が決まりそうです」

「ああ、そうなのか」

「はい。先日から騎士団による調査も入っていましたから」


 俺たちがマルクト・ギルロイと刃を交えてから一週間以上経っている。

 それが早いのか遅いのか、この世界における判断基準を知らない俺たちには判断が出来かねる。


「結局どうなるんだ?」

「そうですね……獣人を殺していたのはマルクト・ギルロイ単独の犯行ということになりそうです」

「……だろうな」


 あの時黒薔薇の庭にいた二人の商人も、マルクト・ギルロイの連れていた息子の存在には驚いていた。彼らも、マルクト・ギルロイが何のために獣人を追いこんでいたのかは知らないまま、ただその利益に追従する形で従っていただけにすぎなかったのだろう。


「それじゃあ結局ギルロイ商会自体にはお咎めは無し?」

「いえ、流石にそういうわけには。すぐに、というわけにはいかないんですが、ギルロイ商会の果たしていた役割等の引き継ぎが各商会に済んだら、速やかにギルロイ商会を解散させることが決まりました。

 マルクト・ギルロイ名義の財産や、ギルロイ商会の名前で管理されていた利益分に関しては一度国が没収した後、国からの援助として獣人の方々に分配されることになっています」

「ギルロイ商会に、何らかの罪状は出たのか?」

「……名目は、街を騒がせた罪、ということになっています」


 俺の問いかけに、レティシアはふっと目を伏せる。


「まあ、仕方ない。獣人に対する圧政は国ぐるみみたいなものだからな」

「……だよな」


 急に口の中が苦くなったように感じて、俺はコップを手に取ると水でその苦味を流し込むように喉を潤した。

 

 そう、なのだ。

 

 長い間セントラリアという国は、己の民の一部である獣人を利用し、酷使することで利益を上げるシステムに目を瞑ってきた。乱暴な話、共犯なのだ。国が本気で止めようとしていれば、マルクト・ギルロイもあそこまで暴走することはなかったんじゃないだろうか。逆にいえば、システムから乗っ取って獣人に対する暴挙を堂々とやってのけたマルクト・ギルロイの妄執がそれだけ凄かったのかもしれないが。

 

「結局罪に問うことが出来たのは、マルクト・ギルロイが街を出た獣人を殺していたことに関してだけ、か」


 呟くイサトさんの声にも、苦い色が混じっている。


 ここまで騒ぎになった上に、トゥーラウェストで有力なレスタロイド商会の末娘であるレティシアが関わった以上セントラリアとしても見て見ぬふりが出来なくなった、というのが本当のところだろう。それでも、名目上は「騒乱罪」ぐらいでも、ギルロイ商会が解散され、それなりの補填が獣人に行くというのならまだマシな顛末と言うべきなのかもしれない。


「獣人たちは、それに対してどうしてる?」

「やはり、そのまま街を出てしまう人達も何人かはいたようです。当然ですね、自分たちを縛るしがらみがなくなったわけですから」

「そう、だな」

「残りの人達は?」

「ありがたいことに、セントラリアに残ることを選んだ人達のほとんどがレスタロイド商会との取引を前向きに考えてくださっているようです」

「へえ」


 少し意外だった。

 獣人からしたら、人間の商会なんて信用できない、となるのではないかとばかり思っていたのだ。

 そんな俺の考えは顔に出てしまっていたらしく、レティシアの口元に悪戯っぽい笑みが浮かんだ。


「実は、最初はみなさんそんなに乗り気じゃなかったんです」

「それはそうだろうな」

「でも……ちょっとお話したらすぐ協力的になってくださいました」


 なんだ。

 なんだその「お話」って。

 なんとなくマインドコントロールとかその辺のコワイ匂いがする。

 大人しく淑女然としたレティシアの口から出たからこその、謎の迫力かもしれない。


「今までギルロイ商会や、セントラリアの商人たちは獣人の方々に苦労を押し付けて、競い合うこともせずぬくぬくと利益を上げてきました。ですが、これからはもう違います。うちの商会だけでなく、きっと外からもっと別の大手も参入しようとするでしょう」


 それは今まで、ギルロイ商会が獣人という限りある資源を独占することで防波堤になり防いできたものだ。それが崩れた今、セントラリアの商人たちは十何年かぶりに資本主義の経済戦争に巻き込まれることになる、というわけか。


「獣人の方々のご協力があれば、とことんきりきり舞いさせて差し上げられそうなのですが、とお話しした結果、わりと皆さま乗り気で」

 

 お上品に微笑んでいるはずのレティシアの口元に、獲物をしとめる獣の牙を見たような気がした。

 

 もちろん、多くの獣人がセントラリアに残り、レティシアに協力することを選んだのはそれだけではないだろう。どんな辛い目にあったとしても、彼らにとってもセントラリアは故郷だ。そのセントラリアでの生活が改善され、希望が持てるならば……きっと街に残りたいと思ったとしてもおかしくはない。


「それが報告だとして……、相談っていうのは?」

「あ、そうだ、相談があるって言っていたな」


 今の話を聞いた感じだと、これ以上俺らが力になれるようなことはないように思えるのだが。

 俺とイサトさんの問いかけに、うろり、とレティシアの視線が微かに泳いだ。

 地味に、嫌な予感がする。


「ええと、ですね」

「はい」

「はい」


 身構える。

 心の準備、大事だ。


「お二人のことが、セントラリアの王城および貴族たちにバレました」

「げ」

「うげ」


 思わず呻き声がハモった。

 あまりそれが何を意味しているのかはよくわかっていないのだが、どう考えても面倒臭そうである。そもそも、獣人らの待遇に対して何も動いてこなかった、というだけでセントラリアの国としての有り方に対してあまり良い印象がない、というのもある。


「バレたっていうのは……どの程度?」

「ええと……その、飛空艇を堕としたということと」


 がたり。

 レティシアの言葉が終わる前に、イサトさんが口元を布ナプキンで拭いつつ立ち上がった。


「秋良青年、逃げるぞ」

「まってっ、まってっっ!」


 がしーとそのウェストのあたりにレティシアが抱きつく。

 俺は骨つきの謎の肉を食しつつ、そんな二人にちらっと視線を向けるだけにしておいた。鳥肉っぽいような気もするのだが、鳥にしては脂がこってりとノっている。若干得体は知れないが美味い。もぐもぐ。


「あ、アキラ様も止めてくださいっ」

「何君一人落ち着いて肉なんか食べてるんだっ」

「いやだって逃げようと思ったら、俺らを止められる奴なんてそうそういないだろうし。それならご飯食べてからでもいけると思って」

「――…確かに」


 ぽん、と手を打ってイサトさんがすとんと腰を下ろした。

 レティシアがほっとしたように息を吐いている。それでもなんとなく油断しきれないのか、テーブルの下でそっとイサトさんの服の裾を左手で確保しているのが微笑ましい。

 というか、イサトさんのその鮮やかなまでの逃げっぷりが慣れているようなのは気のせいか。

 ちろ、と胡散臭そうに横目で窺ってみたところ……。


「社畜はな、危険を察知したら速やかに逃げるスキルが育つんだ」

 

 非常に物悲しいコメントが返ってきた。

 心底社会に出たくなくなる瞬間である。


「まあ、それはともかく。他には?」

「後は今回の顛末が貴族院や王城でも話題になったようです。お二人が援助を申し出てくれたおかげで、セントラリアの経済にさほど混乱を生まずに済みましたから」

「なるほどなあ」


 確かにあそこで俺が金を出していなければ、こうまで早く立て直すことは出来なかっただろう。もともと女神の恵みの流通はそれほど派手ではなかったとはいえ、その加工商品を取り扱っている店も少なくはないという話は聞いていた。一週間以上、下手すれば数週間にもわたって商品の供給が止まってしまっていれば、もっと混乱は大きくなっていたはずだ。

 そういうことを鑑みると、セントラリアに恩を売ることが出来た、ということで良いんだろうか。


「飛空艇に関しても、私や、その他の方の証言からむしろ飛空艇の墜落という大惨事からセントラリアを救ってくれた救世主、という形で受け止めてられていますから……本当、逃げないでください」


 レティシアの言葉が切実だった。

 救世主、なんて言われたら言われたらで背中がムズ痒くてやっぱり逃げたくなるのは言わないでおこう。


「そうだ、せっかくなので、ちょっとレティシアに聞いておきたいことがある」

「はい、なんでしょう?」

「私たち、この辺りの国の仕組みがよくわかっていない」


 少し声を落として、イサトさんが言う。

 言われてみれば、俺もその辺りのことはよくわかっていない。

 RFC時代にも、ゲームをプレイする上ではあまりその辺のことはストーリーに関わってきていなかったのだ。ただわかっていることがあるとしたら、王城があるのはセントラリアとノースガリアぐらい、というざっくりとしたものでしかない。


「ええと……では五つの都市国家の関係もご存知ない感じでしょうか」

「はい」

「はい」

「ええとええと」


 どこから説明したものか、と困ったように眉尻を下げつつ、レティシアが口を開く。


「基本的に、五つの都市国家のうち、王を戴いているのはセントラリアだけです。他のノースガリアを除く三つの都市国家には王というものはいません」

「ノースガリアはエルフの国だったから、だよな」

「はい、その通りです。人間が興した国で王がいるのはセントラリアだけ、と言ったらわかりやすいですか?」

「ふむふむ」


 それで他の都市国家には王城にあたる建築物がなかったわけか。

 

「もともと最初はセントラリアしか国はなかったのだと言われています。ですが女神の加護の下、人が栄えるに連れ、人々は新たなる世界を求めてセントラリアを後にしていきました。そして、セントラリアの東西南北にそれぞれ新たな居留地を発展させていったのです。それが、トゥーラウェスト、サウスガリアン、エスタイーストの原型です」

「なるほど。それじゃあ最初のうちは他三つの都市に関してはセントラリアの下についている感じだったのかな」

「そうですね、そうだったという風に言われています。それが長い年月のうちに自治権を勝ち取り、今の都市国家という形になったそうです」


 俺達の世界における世界史でもよく聞く流れだ。


「私の国、トゥーラウェストでは議席の数が決まった議会によって国は運営されています」

「議席の数が決まっている、っていうと?」

「大体村や街の数に、各ギルドの代表者といった構成ですね」

「へえ」

「サウスガリアンやエスタイーストも似たような仕組みだということを聞いたことがありますね。それに比べるとセントラリアはちょっと特殊で」

「貴族院、だっけか」

「はい」


 話し合いの時に、顔を出していた二人組の顔を思い出す。

 あの二人が確か貴族だったはずだ。

 

「セントラリアは一応古く良き伝統を一番残す国、ということになっているので……」

「一応、て」


 小馬鹿にでもしてるのかと思いきや、俺のツッコミにレティシアは苦笑しつつ言葉を続けた。


「セントラリアの大消失、がありましたから。一度セントラリアの伝統は完全に途絶えてしまっているんです」

「あ……」

「そうか、それがあったんだった」


 セントラリアの大消失。

 建物や街の外観には何の変化もなく、ただその街にいたはずの人だけがまるっと消えてしまったという怪事件だ。

 一体何があったのかは、今でもわかっていないらしい。


「じゃあ今のセントラリアって……」

「言葉は悪くなってしまいますが、各都市からの寄せ集め、といった感じでしょうか。だからこそ、歪が出やすい街でもあるんだと思います」

「なるほど……」


 本来なら一番歴史があり、一番安定していなければいけない中央都市でありながら、歴史がリセットされてしまったが故に揺らぎやすい。それが今のセントラリアという国のあり方であるらしかった。

 

「セントラリアでは、貴族院と王と教会の三つの柱が中心となって政治を行っています。お互いに相手のしていることを監視して釘が刺せる感じ、といったらわかりますか?」

「いわゆる三権分立って感じだろうか」

「たぶん?」


 俺らの知る三権分立とは随分形は違うものの、お互いがお互いの仕事ぶりを監視するような構造はそれに似ているとも言える。

 

「貴族の意見をとりまとめるのが貴族院、王が王族代表だとして……、教会は?」

「教会が代表するのは民衆の声、となります」

「ああ……」


 どおりでその自浄作用の中で獣人が漏れてしまうわけだ。

 民衆の中でも、数の少ない獣人の声は、多くの民衆の利益の前にかき消されてしまっていたのだ。

 数の暴力怖い。


「で、その貴族院や王族が今回のことで私たちの存在を認知した、ということで良いんだろうか」

「そういうことですね」

「で、その相談っていうのは? 流石に飛空艇造って返せというのは無理だぞ。レシピがないからな」

「レシピがあったら造ってたのか」

「……………………もくひ」


 やってたな、これ。

 レシピが無くて良かった。

 そんな俺たちのやりとりを聞きつつ、レティシアは覚悟を決めるように居住まいを正した。ぴし、と背筋を伸ばして、まっすぐに俺とイサトさんを見つめる。

 そして――…


「王城での舞踏会に、お二人をお招きしたいそうなんです」


 なんですと。

 ぽかん、と俺とイサトさんの目が丸くなる。


 舞踏会。

 武闘会の方ならまだかろうじて馴染があるような気がしないでもないが、これは聞き返すまでもなく舞踏会、踊ったり王子様がシンデレラと出会ったりしちゃう方のアレだろう。


「うえええ……、私も秋良青年もそういった上流階級の嗜みとはほど遠いしがない冒険者なので…………」

「うんうん、無理だって。マナーとか全然知らないし」


 全力で断る方向に走る俺とイサトさん。

 さくっと王城見学ツアーぐらいなら参加してみたい気もするが、そんな王城での舞踏会なんていったら貴族同士のしがらみやら何やら、非常に面倒くさい匂いしかない。


「それが……その、もう招待状が届いてまして」

「なんという」

「逃がすかという心意気を感じる」


 そそっとレティシアが懐から大事そうに二通の白い封筒を取り出す。

 シンプルながら上質な紙に蜜蝋で封の施されたその封筒は、大衆料理屋のテーブルには大層不似合いだった。


「……これ、受け取っちゃったらもう拒否は出来ないのか」

「招待状という名の参加要請ですから……」

「うわあ」


 それを託されてしまったレティシアとしても責任重大といったところだろう。

 だからこそあんなに必死になってイサトさんを捕獲していたわけなのか。

 納得。


「…………」

「…………」


 俺とイサトさんは、顔を見合わせる。

 別に示し合わせたというわけではないのだが、心の奥底からこみあげたというような溜息がハモった。


「「……レティシア」」


 二人、ぽん、とレティシアの肩に手を置く。

 俺とイサトさんに左右それぞれの肩を掴まれたレティシアが、びくっと背を揺らした。


「なななななんでしょうっっ」


 あわあわと焦ったように俺とイサトさんを交互に見やるレティシアは、とても可愛らしく見えるほどに可哀想だった。まさしく悪の手に落ちた姫君といった風情である。でも、逃がさない。


「死なばもろともという言葉を知ってるだろうか」

「責任もっていろいろ教えてくれ」


 付け刃焼き刃だろうが、黒歴史を造り上げて泣きながらセントラリアから夜逃げするような未来だけは避けたい。

 切実に。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

PT、感想、お気に入り登録、励みになっております。


おっさん2巻も好評なようでありがたい限りです(*´д`*)

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