おっさんの手料理
なんだかふと、良い匂いがして目が覚めた。
香ばしく、食欲をそそる匂いだ。
もぞりと布団の中で身じろぐ。
良い匂いだ。
焼き立てのトーストと、ベーコンだろうか。
まるですぐ近くから漂ってくるようなその匂いに負けて、俺はむくりと身体を起こし……ちょうど何やらグラスを片手に部屋に入ってきたイサトさんと目があった。
「おはよう、秋良青年」
「おは、よう?」
思わず疑問形になった。
当たり前のように声をかけられたわけだが、ここは俺の部屋であるわけで。
もちろん寝る前にはきちんと戸締りをしているわけで。
……鍵をかけ忘れた?
寝る前の記憶を確認してみるが、鍵をかけた記憶はしっかりある。
「………………」
解せぬ。
戸締りをしていたはずの部屋の中に突如イサトさんが湧いて出てきたのも謎だし、そのイサトさんが当たり前のように朝食の用意をしてくれているのも謎だ。
普段なら寝汚いイサトさんは俺が起こすぎりぎりまで部屋で惰眠を貪っていることが多い。そんなイサトさんが俺より早く起きて朝食の用意をしてくれているなんてことがあるだろうか。いやない。(反語表現)
ということは、これは夢なんだろうか。
起きているつもりで寝ている、いわゆる明晰夢的な何かか。
夢であるならば何でも俺が望む通りの展開になるはずだ。
俺は、ぼやーとイサトさんを見つめたまま呟いた。
「どうせなら――…はだかえぷろんをしていただきたかった」
「何を言ってるんだ君は」
夢のはずなのに、何故か白々とした冷たい眼差しを向けられた。
ということは、俺はイサトさんにそういう目で見られたいという隠れた欲望でも持っていたのだろうか。
そんなことをつらつらと考えていると、ベッドサイドまでやってきたイサトさんに目の前で手をひらひらと振られてしまった。
「朝だぞ、秋良。まだ寝惚けてるのか」
「…………寝惚けてる、ような?」
「なんで疑問形なんだ。君、意外と寝起き良くないんだな」
「イサトさんには言われたくない」
ふわあ、と欠伸をしつつ頭をかく。
指の間を抜ける硬い黒髪の感触やら、発声の感覚がどうにもリアルで、これ以上この状態が夢だと思い込むのに無理が出てきた。
そうなるとこれは現実である、ということになってしまうわけなのだが。
「……イサトさん、鍵、かかってなかった?」
「それはまあ、ほら」
「…………」
ははっ、とイサトさんは笑って流そうとする。
「…………」
じぃ、と見つめていると、イサトさんはふいっと視線をそらしつつ自白した。
「私、鍵開けスキル持ってるので」
「そんなものまで持ってやがったか」
思わず呻いた。
鍵開けスキル、というのはイサトさんが薔薇園でヌメっとしたモンスター相手に使ったスキャンスキルと似たような、あると便利だがなくても別に困らない系のスキルの一つである。鍵開けという言葉からはどちらかというと閉ざされた扉を開くのに必要、というイメージが先立つが、RFCにおいての鍵開けスキルは、もっぱら宝箱を開くために使われることが多かった。
モンスターがドロップしたり、特殊なオブジェクトを破壊することで手に入る宝箱は、そのままの状態では中に入っているアイテムを確認することも、使用することも出来ない。そこで必要になるのがこの鍵開けのスキルなのだ。が、別段自分でスキルを持っていなくとも、街に戻れば手数料次第で鍵開けを引き受けてくれるNPCがいるので、そう困ることはない。
なので俺なんかは、ある程度宝箱が溜まったところでまとめてNPCに依頼して箱を開けてもらうようにしていた。
その場で開けたいという気持ちもわかるし、宝箱のままだと重量がかさばるというデメリットもある。が、多少お金はかかるとはいえNPCという代案が確保されている中で、貴重なスキルポイントを注ぎこんでまで取るほどのスキルではない、というのが俺の判断だった。
その鍵開けスキルを、どうやらイサトさんは習得していたらしい。
……まあ、イサトさんらしいと言えば非常にイサトさんらしい。
俺はぽりぽりと頭を掻きつつベッドから降りる。
「で、イサトさんはどうしてここに?」
「君と一緒に朝ごはんでも食べようかと思って」
「…………」
イサトさんはしれっとそう応えて、口元をきゅっと笑みの形に吊り上げた。
いろいろ問い詰めたいところではあるが、普段でさえわりと勝ち目がないのに寝起きの俺では勝てるわけもない。
「顏、洗ってくる」
「いってらっしゃい」
イサトさんに見送られて、一旦洗面所へと撤退。
冷たい水で顔を洗って眠気を散らす。
ごしごし、と備え付けのタオルで顔を拭き、鏡の中の自分の顔を見つめ返す。
いつも通り人相のよろしくない三白眼と視線が重なった。
昨夜あんなものを読んで寝たわりに憂鬱そうな顔をしていないな、なんてふと思って、それこそがイサトさんが朝っぱらから襲撃をかけてきた理由なのだと気づいて少しだけ悔しくなった。
そうか。
だからイサトさんはわざわざ早起きしてくれたのか。
まったく。
心配性なのはどっちなのだか。
俺は小さく口元に苦笑を浮かべて、身支度を整えると部屋に戻る。
その間にもイサトさんは着々と朝食の支度を進めていたのか、部屋の中にはほろ苦い珈琲の匂いが広がっていた。珈琲を飲まないイサトさんの前には、紅茶のカップが置かれている。
「コーヒーまで淹れてくれたのか。あんがと」
「どういたしまして。君、トーストは二枚で足りる?」
「十分」
皿の上には、目玉焼きが乗ったト―ストが二枚と、無地のトーストが一枚。その隣には端っこがカリっとしたベーコンが何切れか乗せられている。シンプルだが、嬉しい朝ごはんだ。
「美味しそうだな。今までこんなメニューあったっけ?」
ここでの朝ごはんといったら、大体が昨日の夜の残りになる。
昨日の今日なら、くず野菜のスープとパン、といったところだと思うのだが。
「せっかく早起きしたので、軽くこしらえてみた」
「え」
「……なんだ、その驚きようは」
「いや、ってことはこれ、イサトさんの手料理?」
「手料理、というにはシンプルすぎるような気がするけれども……まあ、私が作ったので手料理と言えないこともないとは思う」
「おおおお……」
女性の手料理をいただくのはどれくらいぶりだろう。
家庭科の調理実習ぶりではないかと思うと、謎の感慨がこみ上げてきた。
いや、手作りのお菓子ぐらいならば差し入れで貰ったりしたこともあったのだが、こういうさりげない生活の一コマに出てきそうな料理ともなると逆にレア度が高い。
「イサトさんの手料理……」
ほーと息を吐きつつ矯めつ眇めつ眺めていたら、阿呆なことしてないで冷める前に食べなさい、とやんわりとテーブルの下で足を踏まれた。
ぱらぱら、と塩コショウの振られた目玉焼きにトーストごとかぶりつく。ぷるんとした白身の触感と、とろりとした濃厚な黄身の味が小麦の味に混ざり合って口の中に広がった。
「……ンまい」
「かの有名な天空の城トーストだからなあ」
「確かに」
子供の頃見たアニメ映画の内容を思い出すように、とろとろと零れそうな黄身を慌ててちゅるんと頬張った。見ればイサトさんも同じように、先に黄身をやっつけているところだったりした。てろりと光る口元に思わず視線が吸い寄せられる。が、イサトさんはと言えばそんな俺の不埒な視線に気づいた気配もなく、口元から滴りそうになった黄身を、指先ではっしと押さえている。そのまま、指先をぺろり。人が飯を食う姿はエロい、という説をなんとなく思い出す瞬間だった。
「なんかこういうの、久しぶり……っていうか逆に珍しいのか」
「へ?」
イサトさんの食べる姿に気をとられていた俺は、思わず間の抜けた声を返す。
なんだ。何の話だ。
誤魔化すように口の中身を咀嚼して呑みこみ、首を傾げた俺にイサトさんは言葉を続ける。
「なんだかんだ、二人だけでご飯食べるのって珍しい気がしないか?」
「そう言えば……」
カラットの村にいる時はアーミットや村人が一緒だったし、セントラリアに来てからはエリサやライザが一緒だった。
こうして二人きりの食事、というのは珍しい。
いつもより静かで、どことなく時間の流れが緩く感じられる。
しばし、お互い無言でパンを齧る沈黙。
そんな静けさも、相手がイサトさんならばそう気にならなかった。
「……で」
こくり、と食後の紅茶を一口飲んでから、イサトさんが何気ない調子で口を開いた。
「どうですか」
何故か敬語だった。
さりげない導入が思いっきり無駄になった。
なんだかめっきり会話がなくなった子供に向かって、ぎこちなく声をかける休日の父親のようである。
「どうですか、って何が」
「……アレ、読んだんだろう?」
ちらり、とイサトさんがベッドサイドに置いたままのマルクト・ギルロイの日記を見やる。その眼差しに含まれた苦い色に、俺はああ、と小さく声をあげた。
「うん。昨日の夜、あの後目を通したよ」
「で、その。……平気?」
転んだ後の傷口をそっと覗きこまれるような擽ったさに、軽く首を竦める。
「まあ、いろいろ感じることはあるけども……、まあ、平気」
あえて言うのなら、黒ローブの男出て来い、といったところである。
あの男さえ余計なことをしなければ、言い方は悪いがマルクト・ギルロイの身に起きたことは普通の悲劇であれたのだ。
あの男が介入したことにより、マルクト・ギルロイの悲劇は多くの犠牲者の血肉で彩られた生臭い惨劇へと変わってしまった。
だから俺の感想を素直に告げるとしたならば、マルクト・ギルロイへの同情よりも余計なことをした黒ローブの男に対する怒り、の方が近いのかもしれない。
「あの男……何者なんだろうな」
「君がカラットで遭遇した男は?」
「……あいつか」
唸る。
焔の中に消えていった、得体の知れない不気味な男。
俺個人としては諸悪の根源というよりも、ヌメっとした人型の擬態であったような印象の方が強いではある。だが、それがマルクト・ギルロイの日記に登場した男ではないという証拠はどこにもない。
ヌメっとした人型それ自体が、仲間を増やすべく暗躍しているのか。
それとも、何者かが何らかの目的を達成するためにヌメっとした人型を増やして回っているのか。
今の俺たちにはそれを判断するだけの情報が揃っていない。
「……何にしろ、相手の目的が見えないのが不気味だよなあ」
「カラットでは盗賊を煽って小さな村を襲って、飛空艇では機体をモンスターに襲わせて……セントラリアでは獣人を差別対象として追いこんで」
「どうも共通の目的が見えないよな」
「何なんだろう」
二人揃って首をひねる。
俺たちの目的は、別にあのヌメっとした人型との対立ではない。
ただ自分たちの世界に戻るための術を探しているだけだ。
だが、こうも行く先々でぶつかることが続くと、放っておくわけにもいかなくなる。後手を取って追い詰められる、なんていうのは避けたい以上、どうしても気にかける必要が出てくるのだ。
「まあ、わからないことを考えても仕方がない」
イサトさんはあっさりとそういうと、こくりと喉を鳴らして紅茶を飲みほした。
「とりあえず、今はやるべきことから片づけて行くとしようじゃないか」
「そう、だな」
わかっていることから。
出来ることから片づけて行こう。
この場合はまずは今回の騒動の後始末だ。
獣人たちがセントラリアに残るにしろ、旅立つにしろ、最後まで見届けたい。
「んじゃ、教会に顏出してみるとするか」
「そうしよう」
そう言って、俺は珈琲を飲み干した。
俺たちが教会についたのは、ほとんどもうお昼前と言っても良い時間だった。
「あ!」
「アキラ! イサト!」
教会の入り口をくぐった俺達の姿に気付いたのか、すぐにライザとエリサが駆けてくる。
「オマエら、もう身体は大丈夫なのかよ」
「十分休んだからな」
「イサトさんも大丈夫ですか?」
「心配かけちゃったか。ちょっと疲れが出ただけで、もう大丈夫だよ」
心配そうなライザの頭を、くしゃくしゃとイサトさんの指先がかき撫でる。
それに対して気持ち良さそうに瞳を細めるライザにも、その隣で「ちゃんと朝飯は喰ったのか」なんて世話焼きっぷりを発揮しているエリサの表情にも、以前までのような不安げな色はなかった。両親がすぐ傍にいてくれるという安心感からだろう。そう思うと、なんだか俺までほっとする。
これまで頑張った分、十分に甘えさせてもらえよ、なんて言葉が喉元までこみ上げた。言わないけど。言ったらたぶん、意地っ張り極まりないエリサに教育的指導(物理)を喰らうのは間違いない。
「そういうライザの方こそ、体はもう何ともないか?」
「はい、僕の方も大丈夫です! でも……」
元気よく答えていたライザが、しゅんと項垂れる。
何かあったのだろうか。
俺とイサトさんは思わず顔を見合わせた。
「どうした? 何かあったのか?」
ライザに目線を合わせるように屈んで、イサトさんが首を傾げる。
そんなイサトさんに、ライザは申し訳なさそうに言葉を続けた。
「僕、街に残ってみんなを護れ、ってイサトさんに頼まれたのに出来なくて……」
その言葉に、ライザには悪いものの俺はついほっとしてしまっていた。
何かまた良くないことが起こったのかと思ってしまったのだ。
見れば、イサトさんも似たような顏をしている。
ライザにしてみれば、敵に捕まって助け出されるなんていうのは悔しく、情けなく思ってしまうような出来事だったかもしれないが……アレは仕方ないと思う。
俺らだって、まさか敵にヌメっとした人型がいるだなんて考えてもいなかったのだ。
「役に立てなくて、ごめんなさい」
「ライザ……」
しょんぼりと顔を伏せたライザは、ぎゅっと口をへの字にしている。
元々体が弱い自分のせいで家族に迷惑をかけてしまっている、との思いの強いライザだけに、余計に自分を責めてしまうのかもしれなかった。
どう慰めたものか、と俺が言葉に迷っていると……そこで口を開いたのはやはりイサトさんだった。
「ええと、エリサ」
「へ?」
いきなり話をフられるとは思ってなかったらしいエリサの耳が、ぴく、と小さく震えた。つまみたい。
「私たち、黒の城でめっちゃ強かったよな」
「え、うん。凄かった。薔薇姫も庭師も、あっという間に倒してた」
「秋良青年なんてもう、一撃必殺の勢いだった」
「うん。一回普通に蹴り倒しててビビった」
身に覚えは十分にある。
なんだか妙な照れくささを感じて、ぽりと額をかく。
「まあ、そんな滅茶苦茶強い私たちなんだが」
「……うん」
ライザは、項垂れたまま頷く。
「あの、マルクト・ギルロイの連れていたモンスター相手には死ぬほど苦戦しました」
「「え」」
イサトさんの言葉に、ライザだけでなくエリサまで意外そうな声をあげた。
そういえば、あのヌメっとしたモンスターとの戦闘が始まってすぐにエリサたちには『家』へと避難して貰っていたのだ。
「な、秋良青年」
「……いろんな意味で死ぬかと思った」
嘘はついていない。
いろいろな要因が重なった結果とはいえ、この世界にやってきて以来の苦戦だったと認識している。
イサトさんは、苦戦した一番の原因が人質を取られていたことであることを上手く触れないようにしながら、二人へとあの夜の戦いを話して聞かせる。
「私はあの時、モンスターを内側から攻撃する方法を考えていたわけなんだけれども……その時一番問題になったのはなんだと思う?」
「えっと、息が出来るか、とか……?」
「そうだな、それもあった。でも、一番不安だったのはどうやって攻撃するかだったんだ」
「どうやって、攻撃するか……」
ぴんと来ていない様子のライザに、イサトさんはすっとインベントリからいつもの禍々しいスタッフを取り出して見せる。
「攻撃魔法を使うには、その媒介となるスタッフが必要だ。でもそれは冒険者なら……冒険者でなくても、ちょっとモンスターとの戦闘についてを齧った人間なら誰でも知ってることだろう? だから、奪われてしまう可能性があった」
「実際、奪われたよな」
「うん」
あの時の、からん、とスタッフだけが地面に転がる寒々しい音を俺は未だに覚えている。今思い出しても、ぞくりと背筋が冷える。
「魔法が使えなければ、私は非力だ。でも――」
イサトさんは、にんまりと笑みを浮かべてライザの瞳を覗きこんだ。
「君が、砲閃珠を持っていてくれた」
「え……?」
ぱちり、とライザの目が丸くなる。
「君の回りに、私が渡した砲閃珠が漂っているのが見えたから――…万が一スタッフを奪われて魔法が使えなくなっても、内側からあのモンスターを吹っ飛ばしてやることが出来る、って思ったんだ」
「あ……」
「ライザが、諦めなかったからだ」
ぽん、ぽん。
優しいリズムでイサトさんがライザの頭を撫でる。
「君は、砲閃珠を手にしたままだった。逃げなかったんだろう? 最後まで抵抗してやろうとしたんだろう?」
「……っ、う、うん。僕、ちゃんとみんなを護ろうと、して……っ」
「おかげで、助かった」
「っ……」
びえー、とライザの涙腺が決壊した。
柔らかな笑みを浮かべたイサトさんが、そんなライザを抱きしめるように腕を回してその背中を優しく撫でる。
それはもしかするとライザにとって誰にも話したくない敗北の物語が、胸をときめかせる冒険譚に変わった瞬間だったのかもしれない。
イサトさんは、こういうところが上手い。
本人も気づかないでいるような物事の良い面を、そっと優しく差し出してくれるのだ。
そんなイサトさんが、ちら、と俺を見上げた。
ん?
なんだ?
軽く、顎でライザを示される。
何か言ってやれ、ということで良いのだろうか。
イサトさんがこれだけ良い感じに話をまとめてくれているというのに、これ以上俺から何か言う必要があるというのか。
ぐぬぬ。
何か良いことを言ってやらなければ、と思ったものの、結局俺の口から出たのはシンプル極まりない言葉だった。
「ありがとな、助かった」
「アキラ、さん……!」
感極まったように、ぎゅむっとライザが俺にくっついてくる。
今までこんな風に子供に懐かれたことがなかったもので、どうしたものかと困惑してしまった。思わず助けを求めるような眼差しを向けると、イサトさんはおろか、エリサまでもがどこか面白がるような、微笑ましいものを見るような目で俺とライザを見つめていた。どうにも、いたたまれない。
「……イサトさん」
こそり、と小声で呼ぶ。
「なんだ?」
「……この状況がわからない」
イサトさんに懐くならわかる。
イサトさんはライザのコンプレックス、というか悩んでいた自責の念を解決してくれた張本人だ。
だが、俺はただ横から一言声をかけただけだ。
それなのに、どうしてライザはこんなにも嬉しそうに俺にくっついているのか。
「なんだ、本当にわかってないのか」
「わかってない、って何が」
「ライザにとって、君は憧れなんだよ」
「へ?」
俺が、憧れ?
「強くて、優しくて、格好良いお兄ちゃん、だ」
「……っ」
イサトさんの言葉にからかうような色がなかったからか、余計に気恥ずかしさが増した。じわじわと顔面に熱が集う。
うわあ。
思わず片手で口元を覆う。
俺自身にも、覚えがある感情だ。
テレビの中で悪と戦い正義を貫くライダー的な存在や、はたまた身近な父親や部活の先輩に対して抱いたような憧れ。
あんなふうになりたい、ああありたい、と思って眺めた存在。
ライザにとって、俺がそうなのだと思うとただただに照れる。
そんな良いもんじゃないと言いたくなる。
俺はいろいろアレな欠陥も抱えている、ただの大学生だ。
たまたまちょっとこのRFCというネトゲをやりこんでいただけで。
そんな言い訳が喉元までこみ上げる。
でも、まあ。
気恥ずかしさを堪えて、そんなのを飲みこむ男気ぐらいは見せておこうと思った。
せっかくライザが憧れてくれているのなら。
俺の言葉でそんなに喜んでくれるのなら。
その気持ちを受け止めるだけの度量は見せたい、と思ったのだ。
「君のそういうところ、私は本当男前だと思うよ」
ぽん、とイサトさんが軽やかに俺の肩を叩いていった。
ひとごとだとおもいやがって。
―――ものすごく、照れる。
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